2015年09月14日



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2001年と2015年のどちらの9/11にも浮き上がったオサマ・ビン・ラディンの亡霊を眺めつつ、「変化に突入した地球」の時代を生きる



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昨日(9月13日)で、ユダヤの安息年であるシュミータが終わり、今日から「ヨベルの年」と呼ばれる年に入ります。[参考記事:シュミータとは何か

ヨベルの年というのは「イスラエル人が 50年目に迎える自由と解放の年」(コトバンク)とされています。

7年ごとのシュミータが7回めぐってきた年がヨベルの年ということのようで、前回のヨベルの年(1967年)は、第三次中東戦争(六日戦争)によって、イスラエルが国家としての基盤を確立した年でした。

その前のヨベルの年(1917年)には、イギリス政府が、パレスチナにおけるユダヤ人の居住地の建設を支援することを表明し、実質的な「イスラエルの再建」が始まったバルフォア宣言がなされています。

そのようなヨベルの年が本日(9月14日)から始まります。

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荒れた自然現象が多発する時代に

先ほど(9月14日 午前9月48分頃)、阿蘇山が噴火したようで、一昨日の9月12日には、東京湾を震源とする最大震度5弱の地震、その前は、関東や東北での大洪水と、毎日毎日、自然関係の出来事が続きます。

噴火した阿蘇山

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気象庁


アメリカ海洋大気庁( NOAA )などは、現在、太平洋の赤道付近の海域で起きている海水温の上昇(いわゆるエル・ニーニョ現象)が、史上最強クラスとなっていると発表しています。

これについては、

史上最強のエル・ニーニョ(赤道海域の海水温の異常な上昇)が進行中。アメリカ海洋大気庁は異常気象の頻発を警告
 2015年09月13日

という記事にも書きましたが、この先の気象も地質活動も、どちらも予測はできないとはいえ、それなりに激しい状態で推移する可能性が高そうです。

まあ・・・自然や気象については、起きることにあらがっても仕方のないことですので、起きたら起きたで、それに対処する最善の方法をその局面において実行していくというより他はないようにも思います。

日本はあらゆる自然災害をその歴史の中で受けてきた国で、そして、その中で「生きて」きました。地域的にはともかく、全体としては1度も滅びていません。

世界で一番地震が多く、また、火山も多く、最も台風の直撃を受け続けてきた日本と日本人は何千年何万年と、その中で滅びずにきたのですから、大局的に見れば心配ない話のはずです。

この「大局的に見る」ということは確かに難しいことではあるのですけれど、過度な心配や不安は、むしろ事態を悪くする可能性はあるのかもしれません。

以前、

日本式ファイト・クラブ:この世こそ極楽であることに感謝し、激動でも素晴らしい時代を死ぬまで生きる
 2015年06月29日

という記事で、自称プレアデスの人の言葉が書かれているとされている『プレアデス+地球をひらく鍵』という本から、以下のような記述を抜粋したことがあります。


『プレアデス+地球をひらく鍵』より

恐れる気持ちこそ最大の敵です。あなたに恐れの気持ちが出てきたとき、あなたの力は失われるということを忘れないでください。

あなたが何かを恐れているとすれば、それは頭上に大きな看板をかかげて、「大歓迎! 私はあなたを待っています!」と恐れているものに呼びかけているようなものです。

恐れの気持ちを抱くことの目的は、あなたの生命を助けることです。そしてあなたが行動を起こして、現在という瞬間にあなたを飛び込ませることです。



何だか複雑な表現ですが、「恐れること」は、

> 最大の敵

であると共に、

恐れを抱くという心境は、行動を起こして自分を行動させるためにある

としていて、「人間に恐れという感情がある理由」も書かれています。

たとえば、山道を歩いて熊と出くわせば、多くの人は恐れますが、同時にその恐れが「次の具体的な行動」を考えさせる動機にもなるはずです。熊と出会ってもまったく恐れないで、ニコニコと立っているいられる人はすごいとは思いますが、それで助かるかどうかは微妙な気がします。

「助からなくてもいい」という考え方もあるかもしれないですが、それは、人間の通常生活への全否定ということになりかねないですので(基本的には、生命を保つために生きているのですから)、適度な恐れは素晴らしい感情ではあるとは思います。

なので、恐れには大きな意味はあるのですが、恐れ続けていては、さらなる「恐怖の現実」が実現してしまう可能性があるということでもあるようです。

起きていない恐怖に恐怖ばかりしていると、「恐れていることが実現してしまう」ということについては、中村天風さんなど多くの賢人が述べていますが、マザー・テレサは、


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思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。



というような言葉をのこしていて、「思考が運命になる」ことに明らかに言及していますが、これは個人を越えて、周辺や環境をも巻き込んだ大がかりな運命の左右と関係することのようにも最近は思います。

それにしても、最近の一連の報道や情報の中にある「ネガティブな未来感」の雰囲気の強い感情の流れを感じますと、何となく確かに大きな出来事に向かっているのかもしれないことを感じます。





本来は災害に異常に強い日本人

以前も書いたことがありますが、日本人というのは、本来的に災害などに対してとても強いとは言えます。

先ほどリンクしました記事で、著書『逝きし世の面影』に記載されている、幕末の日本の海軍教官だったオランダの軍人カッテンディーケの以下の言葉を載せたことがあります。


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日本人の死を恐れないことは別格である。むろん日本人とて、その近親の死に対して悲しまないというようなことはないが、現世からあの世に移ることは、ごく平気に考えているようだ。


他にも、1876年に東京の日本橋から京橋にかけて一万戸を焼いた「銀座大火災」の時の日本人の様子を、東京大学医学部で教鞭をとっていたエルヴィン・フォン・ベルツという人が、以下のように記録しています。


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日本人とは驚嘆すべき国民である! 今日午後、火災があってから 36時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる。

……女や男や子供たちが三々五々小さい火を囲んですわり、タバコをふかせたり、しゃべったりしている。かれらの顔には悲しみの跡形もない。

まるで何事もなかったかのように、冗談を言ったり笑ったりしている幾多の人々を見た。かき口説く女、寝床をほしがる子供、はっきりと災難にうちひしがれている男などは、どこにも見当たらない。



一万戸を消失したという大災害の直後に、

> 冗談を言ったり笑ったりしている幾多の人々

> 災難にうちひしがれている男などは、どこにも見当たらない。


を見て、大変に驚いたようです。

このベルツという人は、29年間も日本に滞在したそうで、奥さんも日本人だったとのことで、相当の日本好きな方ではあったようです。

この江戸の日本人たちの、一種の「異常な楽天的行動」(あるいは、悲しんでいるくらいなら早く自分たちで仮設住宅を作ったほうがいいという意味で現実的な行動)は、たとえば、1707年の富士山の噴火(宝永噴火)の時の江戸っ子の行動にも見てとれます。

神奈川県立歴史博物館主任研究員の古宮雅明さんが書かれた、富士山の宝永大噴火というページには以下のような記述があります。


「富士山の宝永大噴火」より

昼過ぎからネズミ色の灰が降り始め、夕刻からは黒色の砂に変わった。 どこかの山の噴火であろうと推測されたが、富士山噴火と確認されるのは駿河吉原宿(現静岡県富士市)からの急報が届いた25日であった。

降灰や地響きなどの異変はその後も断続的に続いたが、富士山噴火と判明したことで江戸の人心は落ち着き、富士山が望める日には、江戸橋や日本橋に噴火する富士山を見物する群衆があふれた。



> 富士山が望める日には、江戸橋や日本橋に噴火する富士山を見物する群衆があふれた。

物好きが集まったということではなく、「群衆があふれた」とありますから、みんな、「噴火する富士山」を見ながら楽しんでいたということになります。

未曾有の大火災の直後にも冗談を言って笑い、富士山の噴火を娯楽にしてしまう江戸の人たち。

この宝永噴火の後、時間と共に農作物などへの影響が出てきて、飢餓が発生するような状態になっていくようなのですが、しかし、そんなことを起こる前から心配しても確かに仕方ない。

以前から思っていますが、これからの時代に、個人的に見習いたい気質です。

1897年の富士山の写真

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120年前の日本の光景に見る「私の中のパラダイス」


というわけで、今後もおそらくは、いろいろとあるとは思いますが、前向きというか、不安や恐怖ばかりにとらわれないように生きていきたいところです。

ところで、タイトルにしました「オサマ・ビン・ラディン」という響き、今となっては懐かしい感じですが、どうして、この言葉が入っているのかといいますと、2001年の同時多発テロから14年後(7年×2)の今年の 9月11日に、またも、メディアに、その名前が出たのでした。





2015年9月11日のふたつの地

先日の記事、

ニューヨークの世界貿易センタービル跡に「二重の虹」が現れた9月11日の翌日、過去のシュミータに何が起きていたかを「完全調査」してみました
 2015年09月12日

で、今年の 9月11日、ニューヨーク世界貿易センタービル跡地の上空に、「二重の虹が出た」ことを記しました。


2015年9月11日 ニューヨーク世界貿易センタービル跡地

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Facebook


海外メディアでは、これを「追悼の虹」などの表現であらわしていたものもありました。

上記の記事では、イスラエルで古くから伝わる「虹の下は地獄の釜」という伝説のことも記したりしたのですが、この今年の 9月11日に、そのような状態になったのは、ニューヨークではなく、イスラム教徒たちの最大の聖なる場所のひとつであるサウジアラビア・メッカの「聖モスク」でした。

9月11日に、サウジアラビアのメッカで、モスクに巨大クレーンが転倒して 107名が亡くなるという事故が起きたのです。

下のような出来事です。


巡礼地メッカの聖モスクにクレーン転倒、死者107人超
ロイター 2015.09.12

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サウジアラビアの巡礼地メッカで11日、イスラム教の聖地カーバ神殿がある聖モスクに向かってクレーンが倒れる事故が発生し、サウジアラビア当局によると少なくとも107人が死亡、238人が負傷した。

メッカではイスラム教の大巡礼「ハッジ」を数週間後に控える。大勢の巡礼者が押し寄せるため災害が起きやすく、2006年にも数百人が死亡している。今回の事故は災害防止に向け巡礼施設の拡張工事などが進められるなかで発生した。



この日のメッカは大変な悪天候で、下のように、落雷なども起きていた嵐の天候だったようです。


9月11日 メッカの聖モスクの天候

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INDEPENDENT JOURNAL


ここで先ほどのような悲劇が起きてしまったのですが、この出来事には、続きがありました。

いくつかのメディアが伝えたものですが、実はこの倒壊したクレーンの所有者は誰かといいますと・・・。


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▲ 2015年09月12日の rollingout より。


というわけで、メッカで倒れたクレーンは、オサマ・ビン・ラディンの家族が所有する建設会社のクレーンだったのです。

上の記事をご紹介しておきたいと思います。



Crane owned by Bin Laden family kills dozens at Grand Mosque in Saudi Arabia
rollingout.com 2015.09.12


サウジアラビアの聖モスクで、ビン・ラディン家が所有するクレーンが倒れ、数十人が死亡


サウジアラビア・メッカの聖モスクは、すべてのイスラム教徒から聖なる地と呼ばれているが、その場所が、2015年9月11日の悲劇の地となってしまった。

イスラム教徒が生涯に少なくとも1度は行うことが必要とされている大巡礼では、多数の人々がメッカに集まる。そんな中で、落雷と強風を伴う嵐が聖モスクの周辺で吹き荒れ、近くの建設用巨大クレーンが倒壊し、少なくとも 107人が死亡し、238人が負傷した。

モスクは 147万平方メートルの面積を持ち、事故現場は凄惨なものだったという。モスクの内部には、9月20日からの巡礼の焦点でもあるカーバ神殿がある。ここは、イスラム教徒から「神の家」と呼ばれる。

ところで、この倒れたクレーンは、2011年に起ち上げられた巡礼施設の改修プロジェクトで使われていたもので、所有するのは、キングアブドラ・ビン・アブドゥル・アジズという、ビン・ラディン・グループが所有している会社だ。

このグループは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの首謀者であるオサマ・ビン・ラディンの財産を使い、家族により作られた建設会社だ。

同時多発テロから 14年目の 9/11と、今回の事件の起きた 9月11日との「偶然」は、多くの人々に、当時の記憶を蘇らせるものかもしれない。

サウジアラビア政府は、今回の事故は悪天候によるものとしており、テロの可能性はないとしている。




ここまでです。

アメリカの同時多発テロの首謀者が誰であるかに関しては、さまざまな主張があるため、オサマ・ビン・ラディンが首謀者なのかどうは今となってはよくわからないですが、どういう形にしても、この人物が 2001年の 9/11と関係したイメージでは最大の象徴とはいえそうです。

そのオサマ・ビン・ラディンが、事件から 14年後の 2015年の 9月11日に、今度は、イスラム教徒の最大の「聖地」で起きたこのような事件と共にその名前が出てくるというのは、偶然は偶然にしても、不思議な感覚があります。

最近の中東は、 9月11日という概念を抜きにしても、「象徴的」な感じでした。





赤い中東で

少し前の、

中東とイスラエルの「赤い朝」の光景も含めて、何となく漂う「終末感」を感じて過ごす安息年の9月11日
 2015年09月11日

という記事では、9月8日くらいから、中東のいくつかの地域が「赤くなっている」ことをご紹介しました。


シリアのダマスカス 9月8日

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Refugees Welcome


イスラエルも同じように砂嵐に見舞われて、エルサレムなどでも大気汚染が激しいものとなっていることが伝えられていました。

エルサレム 9月8日

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Times of Israel


そんな中、イスラエルのエルサレム在住のお知り合いの方からご連絡をいただきまして、この砂嵐はシリアからやって来たものだとのことです。

また、今のエルサレムは大変に厳しい気象となっているようで、つまり、砂嵐によって空気が汚染されているので、「窓を開けられない」のだそうで、その上に、エルサレムは現在、気温 36℃、湿度 85%(エルサレムは砂漠ですので、この湿度はすごい)だそうで、相当厳しい状態のようです。

窓は開けられないのですが、

「窓を閉めっぱなしにしていても砂が積もるのです」

と書かれていて、そのすさまじい砂嵐ぶりが少し想像できます。

普通だと、イスラエルの砂嵐は、主に春にあるもので、サウジアラビアの方からの砂嵐がイスラエルにやって来るのだそうですが、このような時期に、いつもと違う方向のシリア方面からやってきて、何日も去らない砂嵐は珍しいもののようです。


イスラエルと周辺国の位置関係
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Google Map


このイスラエルの現象も「地球的な大気の流れの大きな変化」が関係しているのかもしれません。

ちなみに、今回の砂嵐の発祥地となっているらしいシリアは、


内戦のシリア、1060万人が住居失う 全人口の半分
CNN 2015.09.13

国連などは13日までに、内戦下にあるシリアで戦闘などに巻き込まれ、居住先を失った住民が約1060万人に達したと報告した。2011年の内戦開始前の総人口の約半数に当たる。

世界全体で同様の環境にある住民総数のうち、5人に1人がシリア人になる計算だという。シリアから逃れた住民数は国際社会では近年にない規模としている。



という過酷な現状となっていて、その中で、上の捨身にありますような激しい砂嵐が吹き荒れるという、何とも厳しい感じになってしまっているようです。

このシリアという国は、シリアの歴史 -Wikipedia によれば、大変に古い歴史を持っている上に、

> 人類史の縮図

と表しているように、世界の状況を代弁してきた場所のようです。

このシリアの混乱もまた、人類史の縮図となってしまうのでしょうかね。


今日からは「ヨベルの年」です。

イスラエルと中東、あるいは全世界にとって、過去重大な事柄が多く起きていたシュミータの時期を通過して、50年に1度のヨベルの年が始まります。


[追記] 9月13日に、エルサレムにあるアル=アクサー・モスクに、イスラエルの兵士たちが侵入し、動画を見る限りでは、どうやら銃を撃ったり、爆弾で爆発などをおこなったようです。

下はその時の内部のものらしき動画です。


Dozens Of Soldiers Invade Al-Aqsa Mosque


何だか、いきなり始まっているのですかね。

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