2012年03月19日



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「宇宙は人間そのもの」という結論を夢想するとき



andromeda.jpg

▲ 作家の埴谷雄高さんが「自分のもうひとりの存在がいる」と考え続けたアンドロメダ銀河。




文字の中で続く永遠のサイクル

先日の「「人間は最初 宇宙線だった」:埴谷雄高さんの1994年の言葉」という記事の続きみたいなものですが、昨日、お酒を飲みながら、スエデンボルグの「宇宙間の諸地球」(1785年)をパラパラと2、3ページめくって読んでいましたら、埴谷雄高さんが自分の小説「死霊」の中に書いたくだりとほとんど同じ概念の思想が出ていることに気づきました。

それは、「時間と空間はコミュニケーションと関係しない」という概念です。

私はこのことについては、宇宙の問題を考えながら自分なりに考えていたことがありましたが、「光の速さ」という物理の法則の下では、「時間と距離」は関係してしまうという限界をいつも感じていました。


埴谷さんは小説『死霊』で「そういう時間や重力の括りがない世界」を描こうとするために、物理や天文学もずいぶんと学習していたようですが、それでも死ぬまでに合理的な解決は得られなかったように思います。

そこで、スエデンボルグの書いたひとつのフレーズが目に入り、「これはそういうことを書いているんだろうな」と思ったので、後のために書いておこうと思いました。スエデンボルグの書いたことが解決になっているという意味ではなく、彼が「書いていた」というとことは、「そのことを考えていた」ということではあり、多分、他の人たも含めた多くの人たちが、この「時間と重力」からの脱却というものを目指していたことがわかります。

まず、『死霊の世界』から埴谷さんの言葉を短く引用します。

質問者に小説「死霊」の主人公(三輪与志)について訊かれての中の言葉。

(ここから)



三輪与志の革命というのは、うーんと離れたところにあるんですよ。しかも、うーんと離れて、ある意味でいうと、何百億光年か離れていても一瞬のうちにやってくると。(中略)

思索、想像力は何ものよりも強い。普通は何十万光年、光も何十億光年かかるところから、思ったらすぐやってくる。現実を無視していると。非現実の世界が書かれているわけですよ。




(ここまで)

そして、NHK の番組でも最後のほうの埴谷さんの言葉となったのが下のくだり。

かつては YouTube 上にも番組の動画あったのですが、現在はなくなってしまいましたので、文字として起こしました。

(ここから)



「埴谷雄高独白 死霊の世界」第5回より
NHK ETV特集 1995年1月13日

アンドロメダはですね、(我々の銀河から) 150万光年と言われていたわけですけど、でも今はですね、まあ、天文学もインチキでね、だんだん数値も変わってきて、今では 210万光年ぐらいだといわれているわけです。

だいたい、銀河もアンドロメダも直径は 10万光年ということになっているんですよ。遠くから見ると双子星雲で、非常に遠くから見ると同じようなものが二つ並んでいるわけです。

僕の病気が治った時に表に出てみると、アンドロメダが見えるわけです。

そうするとですね、 昔はこれは 150万光年ということで、直径 10万光年ということだったんですけど、15回繰り返していけば向こうに到着するわけですよ。今は 21回ということになったわけだけれども、それでも 21回でも、地球と月よりもこっちのほうが近いんですよ。

地球と月は、地球の直径を30何回繰り返さないと、到達できない。

だから、地球と月よりもアンドロメダと銀河のほうが近い兄弟。

ということで、僕の兄弟はアンドロメダにいる。

「X(エックス)埴谷」というのがここにいて、僕が見ている時は向こうからも見ていると。僕が見ていると向こうからも同じように見ている。「宇宙の鏡」と同じで、僕が見ているということは、向こうからも見ているわけだ。

「あっ、あそこの向こうの兄弟、あいつが考えている、いつ会えるかな」というようなことですよ。




(ここまで)

これは上と下と共に共通するのは、「自分の描いている状況と物理の法則は矛盾するけれど、でも、その矛盾も含めて必ず正しいはずだ」という埴谷さんの意志が見てとれます。


私はかつてこの解決策として、「人間の中の宇宙」ということを In Deep などで書いていたのですが、最近の薔薇十字関係の記事、

神に怒りはないこと知る日々の中で

というようなものにもそれはあらわれているような感じもしますし、あるいは、先日、メールをくれた female日記 というブログを書いている方の「地球=太陽」という概念をさらに進めて、

地球 = 太陽 = 人間

ということにまで進んで考えていくと、実は、その後に、


人間 = 宇宙


という到達点にいくことがさほど無理なことでもないことが見えます。


そして、上の埴谷さんの「200万光年離れたもうひとりの自分とリアルタイムで交流する」という想いを遂げるには、それしか、もう選択肢はない気がするのです(物理の法則では 200万光年先にいる相手とのコミュニケーションは、どんな方法でも最短で 200万年かかる)。

つまり、

「人間は宇宙そのものである」

という結論を先にここに据えた上で、「それはどのように考えていけばいいのか」ということにしたいと思います。ダメだったら前言撤回ということで(苦笑)。


「結論先にあり」ですが、埴谷さんの願いはこれによってしか叶えられませんし、私の日々見る「ペアである自分」の解決策もこれしかないようです。


さて、そういう中の解決的な考えのひとつに、実証的ではないですが、スエデンボルグが『宇宙間の諸地球』の中で書いたことばがあります。

というか、私、今でもスエデンボルグの著作はこれしか持っていないし、これしか知らないのです(2年くらい前に、時間つぶしのために古本屋を眺めていた時にタイトルに惹かれて誰だか知らずに買いました)。

『宇宙間の諸地球』が書かれたのは 1758年のようですが、持っている本の奥付を見ると、日本で最初に発行されたのは、昭和33年(1958年)のことのようです。日本で出版されたのは、オリジナルが書かれてからちょうど 200年後のことだったようです。


はっきり言って、書かれてあることは難解で、あまりわからないのですが、多分、スエデンボルグはここで「宇宙の状態はひとりの人間の内部の状態と同一」と言いたいのだと感じます。なので、距離や重力は関係ない。というか、宇宙にはそれは存在しないと。

ここから抜粋します。

(ここから)



『宇宙間の諸地球』 星天の諸々の地球
イマヌエル・スエデンボルグ 1758年

自然界の空間と距離とは、引いては進行は、その起源と第一原因においては、内部の状態の変化であって、天使たちや霊たちにあっては、それはこの変化に応じて現れ、かくて彼らはこの変化により一つの所から他の所へと、また一つの地球から他の地球へと、実に宇宙の端にある地球へすらも明らかに移されることができることを知られよ。

人間もまたそのように、その身体は依然その同じ場所に止まりつつも、その霊は移されることができるのである。人間の霊はそのように移ることができることを感覚的な人間は理解することはできない。なぜなら、そのような人たちは空間と時間の中にいて、その運動をその空間と時間に従って測るからである。




(ここまで)


実はこの後のくだりで、スエデンボルグはとても興味深いことを書いています。

それはブルーノなども言う「たくさんの地球、たくさんの太陽」という概念のことで、そのこと自体は多くの人たちが言っていることなのですが、その言い回しが、お釈迦様(ブッダ)の言葉とほぼ同じだったのです。

スエデンボルグのそのくだりは、書き出すには長いですので、今度機会があれば書きますが、対応するお釈迦様の言葉というのは、何度か抜粋したことがあります。

下のくだりです。
フレッド・ホイル博士の著作「生命はどこからきたか」 第十五章の中に出てくるものです。

こちらの記事から転載します。

(ここから)



『生命はどこからきたか』
フレッド・ホイル 1995年

紀元前六世紀に、ブッダの世界観はすでにコペルニクス革命以後に入っていた。彼は宇宙が、各々がわれわれの惑星系と似た数十億の ”小さな宇宙” から成り立っていると記している。ブッダの対話形式になっている古い仏教の教典のなかに無限の宇宙について述べられている。

「無数の太陽、無数の月、・・・、無数のジャムブディパス、無数のアパラゴヤナス、無数のウッタラクラス、無数のブッダビデバス」

ジャムブディパスとは当時の北インドの人々が知る限りの人の住んでいる地域を表す単語である。この対話から、ブッダが生命と意識が宇宙の構造に全体として結びついていて別々にできないものと捉えていたことは充分に明らかである。




(ここまで)


この中の生命と意識が宇宙の構造に全体として結びついていてという部分。これは、上の埴谷さんの「X埴谷というのがアンドロメダにいて、僕が見ている時は向こうからも見ている」を実現できる道筋のひとつだと思います。

フレッド・ホイル博士はこういう信念で科学を進めたせいで、科学界から「焼かれ」ましたが、焼かれた「神々の死体」に感謝している私のような人はたくさんいます。



何だか長くなってしまいましたが、

「宇宙=人間」

という結論を夢想した日の記録でありました。





  

2012年03月17日



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昨日の記事「今の太陽は自分自身も爆発を繰り返しながら何かと戦っている模様」では、最初は太陽の話を書いていたのですが、どんどんと逸脱していって、最終的には、作家の埴谷雄高さんの話へとなっていました。

あのあと何となく気になって 1995年に発行された『埴谷雄高 独白 死霊の世界』という本を適当にめくりながら読んでいたんですよ。その年に NHK 教育で5日間にわたり連続でテレビ放映された同名の番組を本にしたものです。

そうしたら、その中に「宇宙線」の話が出ていたんです。

埴谷さんがニュートリノが大好きだったのは知っているんですが、「宇宙線」という単語そのものが埴谷さんの口から出ていたというのは驚きでした。

しかも、「遺伝子には宇宙線時代もあったわけですよ」なんてことを言っている。

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テレビ番組のほうは知人にビデオで録画してもらったものを何度も見ていたのですが、その発言の記憶はなく、変だなあと思っていたんですが、本の前書きなどを読むと、「書籍のほうにはテレビで放映しなかった独白部分も収録」したのだそうです。そういや、本のほうはあんまり読んでいなかったので、それでこの 17年間気づかなかったのでした。

この本の元となったテレビ番組『埴谷雄高 独白 死霊の世界』は 1993年6月から1994年4月までの1年近くのあいだ、NHK のディレクターと取材スタッフが埴谷さんの家に赴いて撮影を続けた NHK 番組史上でも相当な執念と労力で作られた番組ですが、時代は今から20年前ですし、その頃に「宇宙線」と放映しても、見ている人にはよくわからなかったかもしれないですしね(科学番組ではなく、あくまで文学の番組だったということもありますし)。

私なんかに至っては「宇宙線」という言葉自体を知ったのが2年ほど前のことです。

そんなこともあり、埴谷さんが宇宙線について語っていた部分をメモも兼ねてその部分を抜粋しておきます。

ちなみに、ここには、「無機物から生命が発生して」という旧科学の発想がベースにありますが、これと進化論は、この世代の人として誰も逃れられなかったものなのかもしれません。また、ここで埴谷さんが言っている天文学は 1993年時点でのもので、現在では宇宙線もニュートリノも多少理論的に違うことになっているかもしれません。

han-nya.jpeg

▲ 埴谷雄高さん。多分 1993年頃のものだと思います。やっぱりトカイワインと一緒に写っている写真が埴谷さんらしいと思いましたので、これに。
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タグ:埴谷雄高



  

2012年03月03日



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「ビッグバンは人類にとって有害」だと知った日に

前回の記事で「ニュートン」といういろいろな意味で有名な(有名すぎる) 17世紀の科学者のことについてふれましたが、この「ニュートンとの絡み」はしばらく続きそうな気がします。

前回の記事「土星を周回する「月の龍」」でこのように書きました。


ニュートンは自然科学者としてだけ教えられてきた私たちが受けてきた学校教育の価値観についての話です。

実際にはニュートンの研究の大半は今の時代でいえば「オカルト」に属するもので、ニュートンは、錬金術の研究、賢者の石の捜索、ヘルメスのエメラルド版の解析、そして、聖書の研究と、聖書の予言の解析などに人生を費やしていました。

どうして私たちの学習の歴史では「こちらが無視されてきたのか」ということは、科学史を考える上でかなり重要なことのように思います。




そして、少し前の「現代のジョルダーノ・ブルーノを作り出さないために(1)」という記事では、「進化論とビッグバン理論」が現在の科学の最大の阻害となっているかもしれないと書きました。

しかし、さらに言うと、上のうちの「ビッグバン理論」。

これが現代の科学だけではなく、「人類存在全体の概念の中で最も有害な概念かもしれない」ということにさきほど気づいたのです。宇宙論としての正否ではなく、「ビッグバン理論は、人類が持つすべての概念の中で最も有害かもしれない」という意味です。

そのことに気づきました。

まあ、また夢で見ただけですけど(自分の考えごときじゃ、私は何も気づきやしないです)。

でも、どうして「正否」を越えて「有害」なのか。
そのことをどう書くといいのか・・・。

でも、少し書いてみたいと思います。



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2012年02月02日



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先日、ご紹介した「世界各地で響き渡る不可解な轟音」に関しては、その後も各地から報告が相次いでいますが、その「謎の音」に関して詳しく調べている科学者たちの国際グループのメディアを見つけました。

ジオチェンジ・ジャーナル ( Geochange Journal )というものです。

音の解明についてはまだ途中のようですが、そのジオチェンジ・ジャーナルのニュースの中に、「地球の中心部(コア)から強力なエネルギーが放出されていることが記録された」というタイトルのものがありました。

「ほんまかいな」と思いつつも読んでみると、国際科学団体とはあるものの、どうも本流系の科学団体とは違う系統の団体らしい雰囲気にあふれていますが、まあしかし最近、地球の動きというのは何となく気になる話ではあるので、ご紹介したいと思います。

一応「地球のコア」の話ですし。
最近は記事にしていないですが、この「地球の中心の正体」というものと地球の今後の環境などの異変の根幹とは関係すると考えています。まあ、私などにとっては「そもそも地球にコアなんてあるのか」という話も含まれてしまいますけれど(オカルトですが多分ガチ)。


ところで、先日、「南極で数々の地質的変化が増加中」という記事で書きました南極周辺での地質的変化に関しては、その後もさらに地図に「地質的イベント」が書き加えられていましたので、日本語のほうも書き加えておきます。


南極周辺の地質的変化マップ 2012.02.02

地図にはスペース的に書ききれなくなっていますので、赤の□(四角)の中に番号をふってあります。


1. マグニチュード 6.3の地震(ペルー)

2. マグニチュード 5.3の地震(イースター島)

3. マグニチュード 5.0の地震(マッコーリー島)



です。

south-pole-20120202.png

▲ オリジナルは Seismicity South Pole: Update for January to February 2, 2012 より。


寒波等も含めて、確かに地球では急速にいろいろなことが起きている感じはしますが、こういう地質的イベントに対して、不安に思うことも、あるいは一種の期待を持って臨むことも、それらはどちらでもいいと私は思います。その理由は「自然に思う感情がその人の自由な感情だから」です。感情は他の人から言われて「思う」ことではないはずです。

たとえば、今の地球のいろいろなどを見聞きして、

・変化への期待

・変化への恐怖


のどちらの感情も抱く人々がいるでしょうけれど、本人がどちらかに思うのなら、それでいいのだと思います。

他人から「これは怖いことだから恐怖と思いなさい」とか、「これは楽しいことだから楽しいと思いなさい」とかいうようなことは、人間の感情が多様化している以上は人に言われることではないと思います。

「人が自由である」という最初の確認は、「感情は自分だけのもの」という「感情と感覚の自由」を獲得することだと思っています。


それでは、ここからジオチェンジ・ジャーナルの記事の翻訳です。

記事にの中に「アトロパテナ」という文字が装置の名前として出てきて、これがどうもよくわからずに調べてみますと、古代のアゼルバイジャンにあった「アトロパテネ王国」のことのようで、それを測定装置の名としているようです。

Wikipedia から抜粋しておきます。

アトロパテネ王国は、旧メディアの北部地域に作られた王国。首都はプラスパ。アトロパテネの名はアレクサンドロス大王の遠征後、同地で独立勢力を築いた将軍アトロパテスに由来し、現在でもアゼルバイジャンとして名残をとどめている。その歴史は殆ど知られていない。


それでは、ここからです。




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2011年12月23日



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two_moon_august_2007.png


(訳者注) 今回のものは通常の科学報道で、オカルト範疇の記事ではないですが、「隠された月」とはいっても、直径1メートル程度のもので、巨大な月が2個あるというようなものではないです。

もともとは、 2006年に「地球の軌道上を回る小さな衛星」が見つかっていたのだそうで、それ以来、「地球と月の重力の関係」についての研究が進められていたそうです。そして、先日、米国マサチューセッツ工科大学の研究者チームが、地球が月を持つシステムについての結論を発表したのだそう。

このシステムは、非常に簡単にいうと、


・地球の軌道には、常に直径1メートルの月が約10ヶ月の周期で地球を回っており、3回地球を回った後に去る


というものらしいです。

妙に正確な周期をもって「地球を旋回する直径1メートルのもの」というフレーズはいろいろと憶測を呼ぶ可能性もありそうな感じはいたします。

ちなみに、上に載せた写真は今回の記事とは関係ないもので、2007年8月に満月と火星が並んだ時のものです。


記事は米国ディスカバリーより。



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2011年12月18日



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昨年 2010年の今頃の私は、現在の 2011年の終わり頃には、太陽はバシバシと太陽フレアと CME (太陽コロナの放出)の激しい発生を繰り返していると思っていたのですが、太陽活動は「その逆」に向かっています。

黒点の数とは別に、太陽フレア活動はさらに弱まっており、もはや太陽活動最大期に向かっているとも思えない状態が続いています。

昨年考えたほうと真逆の方向に太陽の活動は進んでいるわけですが、この10日間くらいのあいだに立て続けておきた出来事、それは過去記事の、



あたりの出来事ですが、特に前者の、記録に残る上では人類が目撃した中で最大の太陽接近型彗星である「ラヴジョイ」が「まるで太陽と遊んでいるように」飛行を続けているという状況に関しては、宇宙にある存在の中で彗星の意味を特に大きく考えている私としては、かなりのインパクトを受け続けている日々となっています。

lv-03.jpg

▲ 12月17日(日本時間18日)のラヴジョイ彗星。その存在感の大きさはほとんど失っていません。


彗星の重要性の私の考えについては、うまくは書けていませんが、過去記事の、



などをご参照下されば幸いです。

基本的にはバンスペルミア説の中にある「彗星があらゆる生命の運搬役を担っている」という部分に考え方の源泉があります。



2011年12月24日

ところで、基本的にオカルトの領域ですので書くかどうかを迷いますが、あくまで個人的な感覚として、今週 12月25日あたりまでの1週間というのは注目すべき期間のように思っています。

どうして「12月25日あたりまでの1週間」という期間が重要な感じがするかというと、それは「アステカの神話の太陽と第5の世界」の解釈によります。

アステカ神話では、トナティウは太陽神であると同時に、現在の5番目の太陽そのものであるとされていますが、その区切りとされている日が2011年12月24日という説があります。


220px-Tonatiuh.jpg

▲ 古文書にあるトナティウの図。


しかし、これはひとつの解釈の受け売りであるわけで、もう少し調べてみたいと思いましたところ、英語の資料でトナティウとアステカ文明のカレンダー(アステック・カレンダー)のことを比較的詳しく解説しているものを見つけました。

その中から、アステック・カレンダーについての部分の要点を翻訳しました。

自分自身が太陽である」と言明している点が、私がトナティウに興味を持った理由のひとつです。


なお、文中に「太陽の石」というものが出てきますが、こちらから解説をお借りします。

太陽の石は、古代アステカ王朝6代目の皇帝・アシャヤカトルが作らせたとされるモノリス。別名、アステカの暦石。西暦1479年に奉納された、と記されている。


ちなみに、下の人が書いている数学的なアプローチは、あくまでこの記事を書いた人の考え方で、マヤカレンダーもそうですが、実際には私たちには正確にはわからないことだと思います。




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2011年11月26日



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(訳者注) この世の中でもっとも「オカルト」に属するもののひとつとして、


・地球の実際の年齢


があります。

一般的には四十数億年と言われていますが、その根拠は知っていそうで、私も含めて、実はよくわからない。


ここから書くことは今回の翻訳とは全然関係ないです。ただ、その記事の内容が「地球の歴史」と関係するものでしたので、地球の年齢というものについての一般的な事象を書いておこうかと思います。

1yr_cal.jpg

▲ 現在の学問上での一般的な地球の歴史。Qxygen revolutionより。



これまでの調査での結果は、地球の歴史は「200億年から 5000年」と誤差は約 199億年

一般的に、「物の年齢」を計測するためには「放射性崩壊」という、つまり、「どのくらいの時間をかけてそれは崩壊していくか」ということが物質ごとに決まっていて、そこから計測します。有名なのが「炭素」を計る方法(炭素14)のようで、そこから物の年齢を計る方法があります。

しかし、この方法での誤差は壮絶で、同じものを計測しても、「桁がひとつふたつ違うような」誤差が出るのだそうです。

なので、誤差を最低限にするために、いろいろな物質や状況から計測して、そのものの年齢を推定していくわけですが、調べてみる限り、地球の年齢は、計測上では次のようになるようです。




計測されて判明している地球の年齢の候補

・46億年と出るもの → 炭素、ルビジウム、カリウム

・200億年以上と出るもの → ウラン


そして、ここからなのですが、


・17万5000年と出るもの → ヘリウム

・10万年と出るもの → 宇宙塵
ポインティング=ロバートソン効果



そして、「地球はさらに若い」という科学的主張も多いようです。

このあたりいろいろな意見あるとはいえ、こちらのサイトや、こちらにまとめている意見がありますので、抜粋します。

・炭素14では実は地球の歴史は 6000年

・宇宙塵の月と地球の堆積量での比較で、地球の歴史は 5000年から6000年

・彗星の存在から考えると「太陽系」自身の寿命が10万年以内

・放射能崩壊を大気中のヘリウムとの関係で考えると、地球の年齢は長くて1万年

・海の炭酸塩の存在の最大の上限が10万年
(つまり地球の年齢の上限は10万年)


などです。





いろいろとあるようで、しかし、完全な一致を見ている数値があるわけでもなく、これまで科学界で挙げられた数値をまとめて、ある程度正確な言い方であらわすとすると、


・地球の年齢は、最大 20,000,000,000年(2百億年)から、最短で 5000年


ということになるようです。

どうしてここまで差が出てしまうかというと、上にも書きましたように、計測上の誤差と共に、「進化論者と進化論否定派との科学の学会上での争い」というものもあるようで、つまり、

・進化論を支持する人は「地球の歴史は長くないと困る」

ということがあるようです。


私は人類の創造神ヌーワが好きなこともあり、一見、創造論者のようにも見えますが、すべての創造神自身は人間の中に存在していて(別物としての神ではなく)、それは、聖書の、

「はじめにことばがあった」

という文言に集約されている通り、母音が神様だったと信じるに至った人ですので、「創造神なんかいない創造論者」なわけで、現在でもほとんど誰とも意見は共にできないことは自覚しています。


なので、上の「進化論者」と「創造論者」の争いはどちらでもいいわけですが、それはともかく、私のもつ歴史感覚からいうと、実際には地球の年齢が「ゼロでも無限大でも同じこと」ではあります(ゼロなら、地球の歴史は今はじまったばかりということ)。

まあしかし、「どちらでもいい」では済まないのが科学界でしょうし、早いうちに適切な歴史の数値がはじき出されるといいですね。

ちなみに、基本的に、現在ある科学知識のいくつかが「その時の科学界でチカラ(あるいは勢力)を持つ人の意見が科学の中心意見となる」ということは否定できないと思います。昔では地動説、今ならビッグバンとか進化論などそれが正しい正しくないではなく、「それ以外の学説を認めない」という意味です)。

逆らった場合は中世だとブルーノのように焼かれちゃいますし、今ではもっと簡単で、「立場的に焼かれちゃう」だけで、時代は変われど同じようです。

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地球の歴史が浅いのなら、ヌーワとパングーの立ち位置も少し変わる

ちなみに、以前、ヌーワパングー(盤古)の記事をたてつづけにご紹介したことがありました。共に古代中国の神話に出てくる神様で、ヌーワは人類の創造神の女性の神様なんですが、パングーは地球(世界)を作った男性の神様なんですね。

中国だけではないですが、古来から神話などでは、

・地球(世界)先 → 人類あと

という構図が一般的にあって、このことがずっとどうも疑問だったんです。
この世の成り立ちの概念から考えて、「男性が先におこなうことが、この世にあるわけがない」と(ひとつの例:出産 ← ひとつのことはすべてに通じる in エメラルド・タブレット)。


それが、古来の神話上の概念では、

・男 → 女

という順番になっていて、「そりゃねーだろ」と、まあ思っていたわけです。

「どちらが先か」というような概念がないという意見もあるかと思いますが、「順番」という概念はほんのわずかな差でもあるように思います。

その理由は、「言葉」と「世界」が同時に発生することは無理だからです。


でも、その頃は私は、「地球の歴史は 46億年」とか思っていたわけで、そうなると、なんとも「46億年という時間に圧倒される」という部分がでてくる。時間の巨大さにごまかされる。

じゃあ、地球の歴史が10万年とか5000年なら違うのかといわれると、とりあえず「巨大な数字に惑わされることはなくなる」ということはあるかと思います。

今まで教えられてきた地球の歴史から考えると、10万年なんて「一瞬」ですし。

10万年前なら現代の人類さえ登場している。通称ミトコンドリア・イブと呼ばれる人類の母みたいなのは 20万年くらい前の登場ということになっています。

なので・・・仮に地球の歴史が 10万年とかだと、「地球ができる以前に現代人類の母がいた」ということになり、厄介な感じの流れとなりますが、もしそうなら、それはそれで仕方ない。


それと、上のオジサンの神様(盤古)の翻訳のくだりで、

宇宙がつくられる前は、それは巨大な混沌とした「卵」だった。

この卵の中に盤古は生まれた。

盤古はこの巨大な卵の中で 18,000年の間眠り続けた。

彼が目覚めた時、卵の中はまだ暗かった。盤古は、両腕と両脚を伸ばし、卵の殻を突き破り、卵を壊した。

その時、光と陽の「気」が立ち昇り、大きな空がつくられた。



というものがあって、訳しながら、「ずいぶんと短い眠りだな、おい」と思った記憶があります。その後も、次の 1万 8000年で世界が作られている。

つまり、中国の古代神話だと「 3万 6000年で世界が作られている」ということになってしまうわけで、いくらなんでもその時間では地球はできないだろと思っていたのですが、何となく考え方を改める時期にきているようです。

さて、地球の年齢は何歳なのか?

200億歳なのか5000歳なのか。あるいはまだ歴史は始まっていないのか(キッズ・リターン)。



では、ここから今回の翻訳です。
まあ、上に書いたようなこととはあまり関係しないのですけど(苦笑)。

今回ご紹介するものは、地球の歴史は「もっと古いのでは」という方向性のものです。ただし、その基本的基準となっている考え方が、「現在の科学での地球の形成のされ方」を想定してのものですので、地球の形成の方法が違うものだった場合、この論文の主張はまったくあてはまりません。

それでも今回ご紹介したのは、このように今でも「ちょっとしたことで科学界がゴタゴタする」という科学界の現実があるということです。

最近「ちょっとしたことで科学界がゴタゴタする」のが多いですよね。
光の速度とか。

なお、参考までに下の図が現在の地球の内部としての一般的な図です。

in_earth.jpg


さらに参考までに、下は「一般的ではなくなった地球の内部」。地球の内部構造・レトロバージョンより。

retro-world.jpg


時代によって地球のイメージも変わります。



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2011年09月28日



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▲ アタナシウス・キルヒャーが『地下世界』で描いた「太陽」。300年以上前のイラストですが、現実に、現在観測されている太陽とさほど差はありません。最近になってようやくリアルな写真が撮影されるようになった太陽の黒点の写真

magnificent_strip.jpg

などを見ると、ほぼそのままのように見えます。

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[資料] 17世紀に描かれた地球の「内側」

[地球の内なる太陽] Vol.5 - 歴史の中での地球中心の謎(前編) の後編となるはずの「The Hollow Earth Enigma (地球空洞説というミステリー)」を訳している中に、はじめて知る人や単語が数々出てきます。

ここに出てくるアタナシウス・キルヒャーとか、フェルディナンド・オッセンドフスキとか、これまでまったく聞いたことのない名前にあたる際に、それを調べるという段取りが多くなり、翻訳そのものより、その背景や歴史を調べる時間に大きく使っています。そして、その中で、「地球の内側の世界はずいぶんと昔から具体的に描かれている」ということを知ります。

そういうことなどを、自分が知るためのメモという意味も含めて、資料的に断片的に記しておきたいと思います。

今日は17世紀に書かれたに『地下世界』という文献からイラストをご紹介します。


ちなみに、このアタナシウス・キルヒャーという人は、 Wikipedia によりますと、当時の科学界の最高権威にいた科学者の一人だったようで、

ヒエログリフ (ヒエログリフ=聖刻文字、神聖文字) の科学的研究と読解に取り組んだパイオニアとしても有名。また伝染病がなんらかの微小生物によって引き起こされるという考えをはじめて実証的に示し、その説にもとづいた予防法を提案した。当時のヨーロッパ学会における最高権威であったが、最晩年はルネ・デカルトなどの合理主義の立場から批判にさらされた。


ということです。

この「地下世界」を描くことになる研究についてはこうあります。



地質学

1638年、アタナシウスは地球内部の構造を調査するために南イタリアへ赴き、ヴェスヴィオ火山に登って噴火口を調査している。

またメッシーナ海峡では地底から聞こえる不思議な音に興味を引かれている。一連の地質学研究は1664年に出版した『地下世界』にまとめられた。同書の中では潮流の原因は海洋における温度の違う水の動きにあると鋭い考察を行っている。







今回は、フランス国立図書館(こちら(仏語))で公開されているキルヒャーの『地下世界』のイラスト内容の抜粋などを資料として書いてみたいと思います。

kir-01.jpg

▲ アタナシウス・キルヒャー(1602-1680年)。

日本語の文献でこれらのことにふれている詳しいものに、間瀬玲子さんというヨーロッパ語系文学の研究家の書かれた PDF 書類「ネルヴァルとアタナシウス・キルヒャー」という論文を見つけましたが、そこで、キルヒャーと共に、やはり地球の地下の様子が描かれている 19世紀フランスの作家ジェラール・ド・ネルヴァルという人の『オーレリア』という作品のことに触れられています。オーレリアで描写される「地球内部」はこのようなものです。


『オーレリア』 第一部 第4章 より

私は地球を貫く深淵に落ちたと思った。溶解した金属の流れによって苦痛もなく運ばれていくような気がした。

無数の似たような河は、その色調が化学的相違を示していて、脳葉の間を蛇行する脈管と血管のように地球の内奥に筋をつけていた。



それでは、ここからキルヒャーの「地下世界」のイラストです。

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2011年09月21日



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地球の中に秘密の「生命地帯」が存在するのだろうか?

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Vol.0 - 私たちが過去の知識から学ぶべき本質的なこととは何か?
Vol.1 - [地球の内なる太陽] の意味
Vol.2 - 地球からのニュートリノと地球内部からの膨大な熱の源は何か
Vol.3 - ヘルメスのエメラルド板

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(訳者注) 米国に基盤を置く「アメリカ化学会」は、世界最大の科学系学術団体で、グリグリの科学の最前線情報を提供する権威筋であるわけなんですが、そのアメリカ化学会での先日の会合(第242回ミーティング)での話題は、
 
 > 1864年のSF小説「地底旅行」について

だったのだそう。

その「地底旅行」という小説はフランスのジュール・ヴェルヌという人が書いたもので、内容は一言でいうと、

地球の中心にある空洞へ旅行する話

で、 Wikipedia にはストーリーとしてこのように書かれてあります。

3人は数十日をかけて南東へ 1400km 、下へ 140km 進んで大空洞に到達する。「オーロラのような電気現象」で照らされたこの大洞窟には、海があり、キノコの森が繁茂し、地上では絶滅したはずの古生物たちが闊歩していた。

mash-01.jpg

▲ 小説のイラスト。登場人物たちが地球の中心で見た巨大キノコの森。




ちなみに、「地底旅行」はアメリカでの英語版では「A Journey to the Center of the Earth」(地球中心への旅)です。


もちろん、化学界がこのようなことを話題にしたことには正当な理由があり、それは、現在、化学会が取り組んでいる大きなプロジェクトである DCO プロジェクトという地球の深層部の調査があり、そのプロジェクトの目的は、


・ダイヤモンドの生成についての調査
・石油の由来の解答を得ること
・新たな極限環境での地球生物を見つけること



などがあるのだそう。

ちなみに、石油の由来というのは、こちら によると、


1. 生物由来説(有機成因論)
2. 無機成因論
3. 石油分解菌説



などの説があり、資本主義とか西側諸国の多くの国では、「1」の生物由来説が主流ですが、ロシアなどでは「2」が主流で、さらに、「3」の石油分解菌説は日本で生まれた説で、もし、「2」か「3」なら、将来、石油が枯渇するということはないことになるのだそう。ただ、「1」の生物由来説でも、「生命が地球の奥深くのどこにでもいる」ということになると、石油はどこにでもあるということにもなるわけですが。

今回のアメリカ化学会での考え方は、「1」の生物由来説を採りつつも、「地球の内部にはまだ知られていない他の生物の生息地帯が存在するのではないか」という疑問に繋がったもののようです。それが冒頭の「地底旅行」と繋がったようです。

そういえば、以前、

生物は地球のいたるところに存在する: 地中3.6キロから発見された「悪魔の虫」
 2011.09.03

devil-worm.jpg

という記事をご紹介したことがあります。

下3キロという場所から大型生物(0.5ミリの線虫。上の写真)が発見されたというニュースでした。
思っている以上に地球にはどんな場所にでも「生命」が存在するようです。


それでは、ここから今回の本記事です。



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2011年09月02日



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Vol.1 - [地球の内なる太陽] の意味
Vol.2 - 地球からのニュートリノと地球内部からの膨大な熱の源は何か
Vol.4 - アメリカ化学会の数百名の科学者たちが挑む「地球内部の謎」

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(訳者注) 上の「地球の内なる太陽」のVol.1 - [地球の内なる太陽] の意味の中で、ヘルメスのエメラルド板というものについてふれました。

今回はそこでリンクを紹介した海外の解説サイトを訳してみることにしました。

TABULA SMARAGDINA HERMETIS

というページです。

この「タブラ・スマラグディナ・ヘルメティス」というのが、ヘルメスのエメラルド板(ヘルメスの緑玉板)の英語表記のようです。以前も紹介したことがありますが、イラストや内容について詳しい解説をしてくれています。


なお、どうしてこのヘルメスのエメラルド板のことをもう少しいろいろと知りたいと思うかというと、「何となく」なんですが、「ここには、太陽系(あるいは銀河系やその上の宇宙)と人類の体の対応に関する示唆が書かれてある」ような気がするのです。


最近、人間の細胞自体が「地球にそっくり」と思い始めて以来、いろいろと体の各部と宇宙の「形」の対応を考えることがあります。

下のイラストは科学雑誌ニュートンのサイト内「動物細胞(真核細胞)の全体像と,その中に含まれる細胞小器官について紹介しましょう」というページにあるものです。

なんか地球ですよね。

alleaths.jpg


細胞が地球に見え始めて以来、人間の体のいろいろな部分を宇宙のいろいろなものと比較したりします。たとえば、細菌の類いからタンパク質やアミノ酸の類いと、超新星爆発とかブラックホールみたいなものとか、まあ宇宙の様々なものと人間とは「何となくいろいろと似ている」と感じるのですが、そういう曖昧な感覚的な部分とは別に、文字として、あるいは概念として類似のようなことを知ってみたいと思う部分があります。


最近思うのは、「ペアである自分」という日記の時からずっと書き続けているのは、「自分の中の宇宙」という概念であり、さらにいえば、「人間個人はひとつの宇宙である」ということを考えているのだとは思います。実際にそうであるかどうかは別としても、好きな考え方ではあります。

もちろん、仮に「自分もまたひとつの宇宙である」ということだったとしても、生活は今までと何も変わらないわけですが。


このエメラルド板に書かれてある文章の内容も先に記しておきます。

参考にさせてもらったのは、種一弓ドットコムのもので、近代科学の第一人者のひとりであるアイザック・ニュートンが 1680年に翻訳したものを日本語にしたものがあります。

それをさらに平易な「一般の日本語の口語」に変えてみました。どうしてかというと、エメラルド板の英語のほうの文章は実に平易な言葉で書かれてあるので、「汝」とか「ごとし」とかいう言葉がなじまない気がするのです。

なので、ごく普通の日本語にしてみました。


「エメラルド・タブレット」( Translation of Issac Newton c. 1680)

これはまったく偽りのない真実です。
唯一となる奇跡の実現のためには、下のものが上のように、あるいは上のものが下のように。

そして、すべてのものはたったひとつの適合によってひとつからやってきます。
なぜかというと、すべての物はこのひとつのものに起因しているからです。
「太陽」がその父で、「月」がその母、「風」はそれを胎内に宿し、「大地」はその乳母です。全世界の、すべての完全性の父がここにいます。

その作用と力は完全です。それが地に転換されれば、偉大なわざによって大地から火をつくり、粗雑なものを精妙なものに変えることができます。
それは地上から天へ昇り、また再び地へと戻り生まれ変わります。
そして、上のものと下のもの両方の力を身につけるのです。

そして、あなたにとって世界の奇跡は自らのものとなります。
あなたからすべての曖昧な概念は消え去るでしょう。
これはどんなものより力強く、どんなフォースよりパワフルです。どんな精妙なものも、どんなに堅くて強いものも貫き通します。

このように世界は創造されました。

希有な結合、そして多くの驚くべき奇跡によって。

このため、私はヘルメツ・トリツメギストスと呼ばれています。
私は全世界の知恵の三つの部分をマスターしています。

私が錬金術の偉大さについて言いたいこと、すなわち、太陽の作用について私が言わなければならないことはこれで終わりです。




というわけで、ここから翻訳記事です。
オリジナルには太字や色分けなどの強調が一切ありませんので、いくつか、こちらで太字などにしています。

今回は「前編」として、図の解説までを翻訳します。



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