2013年06月04日



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蘇った400年前の植物や、発芽した3万年前の花の種子 : では人類は?



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▲ およそ3万2000年前の種子から発芽、成長したナデシコ科の植物。ロシアの研究チームが成功。 ナショナルジオグラフィック ニュースより。
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未来は見えないままだけれど


先週末、神奈川県の藤野というところに行っていたんですが、湖や木々の光景を見てリフレッシュするつもりが、森を眺めているうちに、むしろ、いろいろと精神的に混迷してきまして、昨日は1日ぐったりとしていました。

個人的な迷いとか、自分の家族の問題だとかは書いても仕方ないことですので、それは置いておいて、なんとなく私は都会から遠く離れたところで暮らすようなことを想定して最近生きていたような気がするのですが、藤野で森を見ている時に 2011年 3月の震災直後に書きました記事の、

新しい神話の神様たち
 2011年03月16日

で記したことを思い出したのです。

そこに私はこのように書いています。


次の何千年かの神話がスタートしたのであろうことを感じます。

今の世界には、大洪水の中をひとりで逃げたところから始まるような世界での神話の中で生きてきた人たちもいます。

しかし、これから始まる神話はそうではありません

その頃には、願わくば、文字で記述された聖典などのない時代であってほしいですが、仮にそういうものがあるとしたら、その聖典の最初のページに出てくるのが、今の東北の災害と、もしかすると、今後、日本の他の地域も襲うかもしれない災害の中の「日本人」だと思います。

その何千万人の神様たちが世界の人々に言いたいことは、その何千万人の他の何十億人の人々も、全員が同じ神様そのものであることに気付いてほしいと。




私が最近考えていたことは、単に上にある「大洪水の中をひとりで逃げたところから始まるような世界での神話」の主人公と同じなのではないかと。

あるいは、昨年2012年12月には、中国などでは「舟を建造する人たち」が続出していました。

ch-2012-12-ship.jpg

▲ 過去記事「世界終末狂想曲」より。


昨年は、こういう中国の人たちを見ながら、なんとなく見苦しさを感じていたのですが、しかし、自分の考えていることも、舟を作り続ける人たちと何も変わらないのではないかと。「ひとりで逃げる神話」の延長。


そう思うと、藤野の森の木々を眺めているうちに、最初は少し恥ずかしく、次に次第に「疲れて」きました。

この「疲れ」は、もう何をどう考えればいいのだかわからなくなってしまう入り口に自分がいることを感じての疲れだったのかもしれません。

fjn2013.jpg

▲ 宿泊した場所から見える森の様子。


そういえば、上にリンクした「世界終末狂想曲」という記事には、7世紀の中国の予言書である「推背图」(ツイベイトウ)というものの第1章の部分を載せています。

大体このような文章で始まる予言書です。


推背图 第一象

私はこの広大な世界の終わりを知らない、と唐の予言者は言われた。
太陽と月のサイクルは永遠続いていくのだと。
盤古(宇宙を作ったとされる神様)以来、物事は龍のように繋がっている。




ここにあるような、世界には終わりもなく、また始まりもないというような概念は様々な伝承、神話、聖典などの中に記されているものですが、しかし、

「そうは言われてもねえ」

というのが、私たちのような普通の人間の偽らざる感覚でもあります。
特に「終わり」の概念が強迫的につきまとうのは人間の本性かもしれません。


いずれにしても、何となく先月あたりに考えていたことが、藤野行きでむしろ停滞してしまった感もありますが、かといって考えるのをやめてしまうことに意味があるとも思わないですし、今のこの「疲れ」がひどくならない程度に考えてはみたいと思います。


ところで、一番上に載せましたナデシコの写真は、 2012年 2月のナショナルジオグラフィック・ニュースにあったものです。下のような概要の記事でした。


3万年前のナデシコ、種から開花に成功
ナショナルジオグラフィックニュース 2012.02.22

ロシアの研究チームが約3万2000年前の種子から花を咲かせることに成功した。

氷河期に、リスが食料貯蔵のために隠し埋めたと見られており、放射性炭素年代測定の結果およそ3万2000年前の種子と判明した。永久凍土の地下38メートル付近から出土し、周囲の地層からはマンモスやバイソンなどの骨も見つかっている。



そして、数日前には、退行した氷河の跡から出てきた「完全に死んでいると思われていた400年前の植物が繁茂を始めた」という科学記事が、米国のエポックタイムズに出ていました。

400年間、氷河の下にあり、「ミイラ化した苔」が、死んでいなかったというものです。

植物たちの生命のエネルギーからは、確かに「永遠」という概念を感じさせてくれるなあ、と思いましたので、それほど大きなニュースというわけでもないかもしれないですけれど、ご紹介したいと思います。



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2012年07月22日



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▲ ハワイのオアフ島の南海岸に「数百万」単位で展開している謎のカニ系生物。本記事に動画もあります。
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(訳者注) 夏休み前から子どもと「7月中に、海と山と水族館に行く」という約束をしていて、その「海」のほうを履行しています。

そんなわけで、今、海のほうにいます。

江ノ電のあたり、つまり湘南とか江の島のあたりをうろうろとしていますが、このあたりに来たのも下手すると 20年ぶりくらいです。突然気温が下がって、海辺にもあまり人がおらず、暇をもてあましている海の家で働いている女の子(「鉄拳」のアリサ・ボスコノビッチと同じ髪の色とヘアスタイルをしていた)から「最近の海事情」などを聞いたりしていました。


alisa.jpg

▲ アリサ・ボスコノビッチ。「鉄拳」というのはもともとゲームですが、私はこのゲームをしたことは一度もありません。しかし、ある事情から、最近このアリサにハマッています。


そのあたりの話はともかく、昨日、子どもと江の島の水族館に入ったんですが、思ったよりも面白い場所で、そのひとつが、クラゲファンタジーホールという展示場でした。

ちょっとそのことを書いておきます。



外部のコントロールのみで動いているように見える生き物たちに囲まれて


江の島水族館のクラゲファンタジーホールというのは、ひとつの部屋がすべてクラゲの展示となっていて、水族館のサイトの説明をお借りすると、


クラゲの体内をイメージさせる半ドーム式の空間に、約1〜26トンまでの大小9つの水槽と、小窓型の6つの小さな水槽を配置しています。
常時約15種類のクラゲを公開しています。



とのことなんですが、クラゲというのはもうなんかスゴイ

間近で見ると、「本当にいわゆる生命なのか?」という想いが湧くのですね。

たとえば、昆虫でも、あるいは単細胞生物みたいな生き物でも、それなりに体内のシステムや、行動のための神経系統やその伝達系統というものは、なんとなく理解できるのですが、クラゲにはそれが感じられない。

クラゲファンタジーホールに入るとデカイ水槽にクラゲたちがいます。
正面の大きな水槽には下のがウネ〜ッと漂っています。

kurag-1.jpg


その隣あたりにはこんな赤いのとかがいます。

kurag-2.jpeg


クラゲはどの種類も半透明かそれに近いので、体の内部も見えるのですが、「生物として必要があって機能していそうな部分が見えない」ということがあるのです。

上の赤いのなんて、他のクラゲと尾の部分が絡みついたままになっているものもいれば、「自分の尾が絡み合ったまま」になっているものもいます。


しかし、いずれにしても、こういうクラゲの状態を見ていると、クラゲという生物は「完全に外部の力のコントロール下にあるのでは」と思わざるを得ない部分があります。

その「外部のチカラ」というのが何なのか自分でも書いていてよくわかりませんが、過去記事でもとりあげたことがありましたが、クラゲはよく発電所などに大量に流入して、使用できなくさせることがあります。ああいうのも、波のチカラだけでは考えられない部分はありそうです(波だけの影響なら他の小型海洋生物や海草や海のゴミなども同様に流入するはずですが、報道されるのはいつもクラゲばかり)。

最近の日本の原発でもありましたが(クラゲ押し寄せ、関電ピンチ 火力発電所の出力落ちる(朝日新聞))、 In Deep の過去記事は 2011年の夏にスコットランドでクラゲが原発を停止させたニュースです。


クラゲの大群がスコットランドの原子力発電所を運行停止に追い込む
 In Deep 2011年07月01日


ちなみに、その江の島水族館のクラゲホールには次のような掲示がありました。

kura-03.jpg




クラゲは、10億年も昔の地球上に現れました。

無心の命のようなクラゲに、わたしたちの祖先は心ひかれたのでしょう。海月・水母・久羅下とさまざまに書かれ、日本最古の書物「古事記」(こじき)にも登場しているのです。

命の誕生の不思議、生きるために必要なこと、死なないためにすべきこと。
わたしたちに大切なさまざまなことを、きっと発見できるはずです。




と書かれてあります。

この中の「生きるために必要なこと」はともかく、「死なないためにすべきこと」という表現に多少の引っかかりを感じつつも、「クラゲって古事記に出てんのかよ」と、急に凶暴な気分になり(どうしてだよ)、その部分を確かめてみましたら、冒頭に登場するようです。

ちなみに、古事記が書かれたのは 712年ということですので、今から1300年ほど前のことのようで、クラゲの誕生した10億年前と比較すると、「つい最近」のことです。

古事記の冒頭の「原文」は、古事記の概要によりますと、


天地初發之時於高天原成神名天之御中主神

次高御産巣日神次神産巣日神此三柱神者並獨神成坐而隠身也次國稚如浮脂而久羅下那州多陀用弊流之時

如葦牙因萌騰之物而成神名宇摩志阿斯訶備比古遅神

次天之常立神

此二柱神亦獨神成坐而隠身成上件五柱神者別天神



だそうです。
わかる部分がひとつもありません。

しかし、関係ない話ですが、こういうのを見ていると、「ひらがなやカタカナ」というものの発明が日本語にとって、どれだけ大事なことだったかわかります。漢字だけでは、情感を伝えることが難しいことがわかるのです。

多分、カナは便宜上という以上に、「人間(あるいは日本人)」の感情を表現するために必要で生まれた(か、あるいはもともと存在していた)のだとつくづく思います。


さて、上の古事記の冒頭の現代訳は大体、下のようになるようです。


天と地はまだはっきりせず、水に浮いた油のように、海に浮かぶクラゲのように、漂っていました。そしてそのあとに、天地を動かし、国を固め、万物を生み出し、この世をみえる形に現す働きの神として、男神である伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と、女神である伊邪那美神(いざなみのみこと)が生まれました。



というようなことになっているようで、「海に浮かぶクラゲのように、漂っていました」の部分は、「久羅下」と暴走族風に表記されているのがクラゲの部分のようで、上記の漢字の難文では「次國稚如二浮脂一而、久羅下那州多陀用弊流之時」という部分が、そこに該当するようです。

しかし、「クラゲのような」という比喩として書かれているということは、この時代(1300年前)の人はクラゲの生態を認識していたようです。



そんなわけで、クラゲの不思議を改めて実物を見て想った「寒い夏の日」でしたが、海関係の話ということで、久しぶりに「生き物ミス