【人類の覚醒と真実】 の記事一覧

2014年03月03日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




嘆きの壁に集った人々の「その後」を見て、「太陽活動は人間社会の騒乱状態と関係する」ことを思い出す



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▲ なんとなく最近の海外の話題の主役らしき3人の、それぞれのイスラエルの「嘆きの壁」にお祈りをする光景。リンクは、ロシアのプーチン大統とアメリカのオバマ大統領が The Justice of God より。ウクライナのティモシェンコ元首相は、2009年11月9日の lalak.org.ua より。





お祈りのあとに

それにしても、なんかこう・・・世界が荒れてますよね。

上の写真は何か意味があるというわけではないですが、こういう当事者たちが「同じ場所で同じことをしている写真とかはないものかなあ」と興味本位で探していたら、「同じ場所で同じことをしている写真があった」ということでした。

1年くらい前に、

イスラエルの「嘆きの壁」に中国人民解放軍の参謀総長が立つ姿を見た日
 2013年01月31日

という記事を書きまして、そこで、中国人民解放軍の総参謀長である陳炳徳という人が嘆きの壁を訪問したことを書いていますけれど、陳さんは軍帽を被ったままでした。

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▲ 嘆きの壁を中国人民解放軍の総参謀長の高官がユダヤ教のラビの案内で訪問したことが報道されていた2013年 1月 30日のイスラエルの shturem より。


オバマ大統領とプーチン大統領は、共に「キッパ」と呼ばれるユダヤの民族衣装の帽子のようなものを頭に乗せていて、そのあたりも「同じことをしている」と思った次第です。

また、「同じ」といえば、オバマ大統領のアメリカと、ティモシェンコ元首相のウクライナは、先日の記事の、

カオス化する2014年 : 地獄の業火に包まれ続けたウクライナと「プロビデンスの目」を結びつけるもの
 2014年03月01日

で書きましたように、「共に紙幣に『ピロビデンスの目』が描かれた国」であるということも共通しています。

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▲ 上記の記事より。



ついでといっては何ですが、下のような人たちもキッパを頭に乗せて嘆きの壁を訪問したことがあるようです。

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Radio Islam より。



ウクライナのことは日々報道されていますが、実は、タイも結構まずい感じになってきています。「内戦」という言葉がメディアの文字に乗るようになってきているのです。

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▲ 2014年3月2日のタイ matichon より。「内戦」を示す部分だけタイ語ではなく、Civil War と、英語で表記されているのが印象的です。タイ字新聞には英語は普通まず出てきません。


これは、下の報道のことを示していると思われます。


タクシン派が「軍」創設? タイで内戦、国家分裂の懸念
newsclip 2014.02.28

タクシン元首相・政府支持派の一部は27日、東北部ナコンラチャシマ市で記者会見を開き、東北部の若者60万人で新たなタクシン派組織を結成する構想を明らかにした。

バンコクの反タクシン・反政府デモ隊が民主政体の転覆に成功すれば、タクシン派、民主派との間で内戦になる可能性があると主張。新たな組織が武装して反政府勢力と争う可能性を示唆した。

タクシン派の中核団体「反独裁民主戦線(UDD、通称赤シャツ)」の会長は同日、タクシン派の「軍」創設を否定。国家分断を想定していないとも述べた。





最近の騒がしい状況の中で、「太陽」についてまた考えたりします。






太陽活動は「人間社会の騒乱状態と確実に一致する」という事実を思い出す

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▲ 3月2日の太陽の様子。地上からでも見えるような巨大な黒点群がいくつかあります。 2014年3月3日の Spaceweather より。


最近の状況の「今後の動き」を多少気にするのには、太陽の黒点数が最近また多く推移しているということがあります。活動そのものもやや活発ですが、黒点だけが多いという状況が続いています。

過去記事の、

「真実の太陽の時代」がやってくる(1):私たち人類は何もかも太陽活動に牛耳られている
 2013年07月11日

なども含めて、過去に何度かふれたことのあるロシアのアレクサンドル・チジェフスキー博士(1897 - 1964年)は、太陽生物学( Helio-biology )という学問を提唱し、博士は、


「病気や死の転帰を誘発するのが宇宙や天地間の現象である、という推測は妄想であってほしい。だがもとより妄想などではない」


と述べていて、太陽と人間の生体についての関係を数多く研究しました。

ちなみに、「太陽と人間の生体の関係」について、世界で最初に現代医学で具体的な相関関係を見いだしたのは、日本人科学者でした。

1951年に東邦医科大学血液学者だった高田蒔教授が、「血液の凝固速度と太陽黒点の活動との一致」を報告しています。実は日本人はそれ以前の 1935年に、太陽と人間の関係を研究を発表しているのですが、これは別の記事として、いつか記してみたいと思います。


さて、チジェフスキー博士は、「社会動乱と太陽活動の関係」も研究し、論文として発表していました。

昨年の、

真実の太陽の時代に向かっているかもしれない中で「太陽に向かう天使」の出現度はさらにアップ中
 2013年07月26日

という記事では下のグラフを掲載しています。

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▲ オリジナルの論文は Cycles Research Institute (サイクル・リサーチ研究所)に保存されています。


また、上の記事では、太陽の黒点観測が始まってからの太陽活動最大期にどのようなことが起きていたかの一覧を記しています。

全部はちょっと多いですので、代表的なものを抜粋します。

・第 5太陽活動周期(1790年前後がピーク) フランス革命(1789年)
・第 9太陽活動周期(1838年前後がピーク) アヘン戦争(1840年)
・第10太陽活動周期(1850年前後がピーク) 太平天国の乱(1851年)
・第11太陽活動周期(1860年前後がピーク) アメリカ南北戦争(1861年)
・第14太陽活動周期(1895年前後がピーク) 日清戦争(1895年)
・第15太陽活動周期(1918年前後がピーク) ロシア革命(1917年)
・第16太陽活動周期(1930年前後がピーク) 世界大恐慌(1929年)
・第17太陽活動周期(1940年前後がピーク) 第二次世界大戦(1939年)
・第18太陽活動周期(1948年前後がピーク) 第一次中東戦争(1948年)
・第21太陽活動周期(1980年前後がピーク) イラン革命(1979年)
・第22太陽活動周期(1990年前後がピーク) ソビエト連邦崩壊(1991年)


さらに、たまに取り上げさせていただくことのある『太陽活動と景気』には、1982年に出版された高橋浩一郎著『生存の条件』という本にある、非常に興味深い図が載せられていまして、それが下の図です。

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▲ 高橋浩一郎著『生存の条件 - 21世紀の日本を予測する』(1982年)より。


「気温変化と歴史」という表ですが、ここには、黒点の増減も書かれています。

ちょっと小さくて、見づらいですので、近世以降を拡大します。

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何が興味深いかというと、このように「日本の近世の歴史と黒点を関連付けた表」というものを初めて見たからでした。

おわかりのように、「いいくに作ろう」のフレーズで、子どもでも成立年を知っていることで有名な鎌倉幕府( 1129年 ← だから間違ってるって)、まあ、何年でもいいですが、その鎌倉幕府と江戸幕府の成立という大きな出来事が「その前後数百年の中では最も黒点が多い時だった」ということを知ったのです。

さらに第二次世界大戦勃発の時の黒点の多さは異常なほどでした。

その頃に比べれば、現在の太陽活動は明らかに弱いのですが、このあたりは、過去記事の、

太陽活動が「過去200年で最も弱い」ことが確定しつつある中で太陽活動は復活するか
 2013年10月21日

など、何度も記しています状況とそれほど変わってはいません。

しかし、それでも確かに現在は「太陽活動の最大期か、あるいはそこに向かっている」時であることもまた事実です。


そして何より「世界が混沌とし始めている」ことも事実のようにも思います。


もちろん、こういう時に焦ったり不安になったりしても仕方ないわけで、聖書の


マタイによる福音書 24章 6-8節

戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。




ということで、慌てないように気をつけたいと思いままますすす(慌ててるじゃねえか)。







東から戦争は起こると言った人

ところで、ふと、過去記事の、

アロイス・アールメイヤによる「第三次世界大戦の予言」の壮絶な描写
 2013年04月10日

という記事を思い出しまして、読んでみましたが、そこに以下のようなフレーズが書かれていました。




ドイツ人の予言者といえば、19世紀のアイラート・ジャスパーという人が下のように言っていたことが資料として残されています。


アイラート・ジャスパーの1833年の予言

東からこの戦争は起こる。
私は東が恐ろしい。
この戦争は急に起きる。

Visions from Central Europe より。




というもので、今回のドイツのアロイス・アールメイヤさんの予言に出てくる表現とも、何となく似ています。ただ、 1950年代という年代もあるのでしょうが、アロイス・アールメイヤさんの「東」は「ロシア」(当時のソ連)を想定しているようです。





と書いてあったのでした。

また、記事の本題であった、アロイス・アールメイヤさんの予言の中には、下のようなフレーズがあります。


まだ外が真っ暗なうちに彼らは「東」からやって来る。
すべては突然に、そして急速に起きる。
私は数字の「3」を見た。

巨大な軍隊が東からベオグラードに入ってくる。そして、イタリアに向かって進軍する。事前通達なしに、ドナウからドイツのライン川まで一気に進む。

あるはずのドナウ川の橋が見えない。そして、大都市フランクフルトは見る影もなくなっている。ライン渓谷の空気はよどんでいた。

私は3本の槍が迫ってくるのを見た。
ロシア軍だ。




というようなフレーズなどもあったりして、最近の世界の状態などと絡めて考えますと、どうも不安は感じないでもないですが、やはり焦らないでいることが大事だと思いますすす(まだ少し焦ってるじゃねえか)。


まあしかし・・・冷静に考えてみれば、歴史は繰り返すものなのかもしれないですし、先を不安に感じるよりは、むしろこんなに良い面も悪い面もバラエティに溢れていた時代に生きられたことに感謝してもいいのかなとも思います。過去にも、そして未来にもこんな数十年間のような時代は存在し得ないような気がします。

繰り返しますけど、良い意味でも悪い意味でも過去にも未来にも存在しない気がします。

どんな時代でも、その文明の形式が永遠に続いた時など存在しません。
必ずいつかは消滅していきました。

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2014年02月23日



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まだ人類が月から地球を見たことのない頃の「地球の出」/1965年

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▲ アポロ8号がはじめて宇宙から月と地球を撮影したのが1968年。その3年前の 1965年から撮影が開始されたスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』の月から見た地球。



はじめて人類が月サイドから地球を見た光景/1968年

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▲ 『2001年宇宙の旅』公開後の 1968年12月24日にアポロ8号が撮影した月面の方向から見た地球。



日本の探査機がその光景を再確認した時/2007年

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▲ 日本の月周回衛星「かぐや」が 2007年11月に撮影した月と地球。宇宙航空研究開発機構より。





時間のない1週間

今週は、家族を含めて周囲が次々とインフルエンザとなり、結局、発症していないのが私だけということもあり、家事なども含め、慌ただしく過ぎました。家事はふだんでも、「手の空いている方がやる」ということが普通になっていて、そんなに違うことはないのですが、作る料理に「病人向け」というのを取り入れなければならなかったり。

それにしても、こう・・・最近になって、さらにインフルエンザワクチンの予防効果は薄くなっているのでは、ということは実感として感じます。周囲では受けている人がバタバタかかっています。

予防効果については、インフルエンザワクチンの有効率というページによると、鼻スプレー型のワクチンはそこそこ有効であることが書かれていますが、一般的な注射タイプのだと下の程度の予防率のようです。

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▲ カピバラあかちゃんこどもクリニックより。「回避」という部分がワクチンの有効率に当たります。


このページは小児科の病院サイトなので、子どもを対象とした調査かもしれませんけれど、いずれにしても、打つと打たないでは、そんなに大きな差があるということでもないようにも見えます。


そんなわけで、慌ただしい感じの日々でしたが、それと同時に、最近見つけたあるページを何日かをかけて読んでいました。それはいわゆる「アポロ計画陰謀論とスタンリー・キューブリックとの関係」について書かれたものでした。偶然見つけたサイトです。

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再び私の前に現れたキューブリックの亡霊

ずいぶんと前のことになりますが、過去記事に、

キューブリックの亡霊: 2001年宇宙の旅とアポロ11号の月面着陸
 2010年12月05日

というものがあります。

フランスのテレビ局が制作したフェイク・ドキュメント「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」というものをご紹介したものでした。

その番組はドキュメントではなく、娯楽ドラマといった感じの番組ですが、


「アポロ 11号の月面着陸シーンは、地上のスタジオで撮影された。アメリカ政府からそれを依頼されたのは映画監督のスタンリー・キューブリックだった」


というようなことが描かれています。

最近見つけて読んだそのサイトは、「スタンリー・キューブリックはいかにしてアポロの偽の月面着陸シーンを撮影したか」というタイトルで、そのことを本当に徹底的に述べているページでした。

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How Stanley Kubrick Faked the Apollo Moon Landings より。


確かに陰謀論系の話として書かれてはいるのですが、多分、書いた作者の人が熱烈なキューブリックのファンなのだと思います。とにかく、その熱意がものすごいものなのでした。そして、これは論文といって構わないほど長く、飛ばし読みでも何日かがかりでしたが、最後のフレーズを読んだ時には少し涙が出るほどのものでした。

この「論文」は最後だけ下のようにややセンチメンタルに終わるのです。


遺作となる『アイズ・ワイド・シャット』は 1999年7月16日に公開された。 スタンリー・キューブリックは、この映画の公開をこの日付にすることを契約書に折り込むことを最初に主張していた。

そのちょうど 30年前の 1969年7月16日にアポロ11号が発射された。

そして今日 2009年7月16日、幸せな 40周年目を迎える。

スタンリー、これでやっとあなたは安らかに眠りにつくことができる。




というものです。

つまり、これは最近のものではなく、今から4年前の記事なのですが、「幸せな 40周年目」という意味は多分この記事を投稿したこと意味しているのだと思います。

まあしかし、上にもリンクした過去記事、「キューブリックの亡霊」の際にも、

> もっとも、私はアポロ計画陰謀論というものに興味がなく

と書いているように、この記事にしても「アポロ計画陰謀論」の方に興味があったのではなく、映画監督としてのスタンリー・キューブリックの手法を調べ尽くしている内容に感動を受けたということがあります。


ところで、なぜ、「アポロ計画陰謀論に興味がない」というように書いたのかというと、アポロ11号という個別の問題はともかくとして、

「人類が月に行ったこと自体」はほぼ証明されたので

ということがあります。

それは、日本の月周回衛星「かぐや」の探査によるものでした。「かぐや」というのは、 宇宙航空研究開発機構 ( JAXA )のページの説明では下のようなもので、現在は運用は終了しています。


月周回衛星「かぐや」

2007年9月14日、日本初の大型月探査機がH-IIAロケットによって打ち上げられました。この計画は「SELENE(セレーネ)」と呼ばれ、アポロ計画以来最大規模の本格的な月の探査として、各国からも注目されています。




この日本の「かぐや」はいろいろなことを発見していますが、中でも、アポロ15号の撮影した着陸地点の月の地表と一致した画像を撮影していて、その時点で、少なくとも、アポロ15号が月面に着陸したことには疑いの余地がなくなっています。

アポロ15号が月面着陸した場所から撮影した写真(1971年7月)

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月周回衛星「かぐや」が撮影した月面(2008年7月)

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▲ 共に、 2008年7月16日の Universe Today より。


もちろんこのことがアポロ 11号の着陸の何かを示しているわけではないですが、「人類は月に行ったか行かなかったかという二択」では「行った」という認識が現状では妥当だと思われます。


しかし、映画監督としてのキューブリックについては、私もいろいろと謎に感じていたことがあったのですが、その「スタンリー・キューブリックはいかにしてアポロの偽の月面着陸シーンを撮影したか」というサイトを読んで、(正しいかどうかはともかく)いろいろな疑問が少し解けたような気がして、それで読みふけっていた次第です。

ちなみに、本当に全然関係ないですが、このキューブリックという人は、最近亡くなった私の長年の友人とよく似ているのでした。

地球サイズの黒点を眺めながら「必ず今年終わるこの世」を神(のようなもの)に誓って
 2014年01月09日

という記事でちょっとふれましたけれど、いろいろな意味で私の最大の恩人のような人でもあった年下の男性が最近亡くなっちゃったんです。まだ 48歳でした。

その田中くんという人のルックスをわかりやすく紹介するには、キューブリックの写真を探せばいい、というほど似ている部分が多いのでした。

下の右の太った人がキューブリックですが、これとほぼ同じ姿の友人でした。

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▲ 1980年の映画『シャイニング』の撮影風景より。中央が主演のジャック・ニコルソン、右が監督のスタンリー・キューブリック。

田中くんとは何度か外国にも行きましたが、行く先々で目立ちました。韓国では田中くんを見て逃げる人までいました(笑)。フィリピンでは空港で警察の別室につれていかれました。

そんな友人でしたねえ・・・。まあ、キューブリックと似ているのはルックスだけで、中身は違いましたけれど。






『博士の異常な愛情』から『2001年宇宙の旅』までの出来事

私はこのキューブリック監督の作品の中で最も好きなのは、1963年に撮影された『博士の異常な愛情』というものなんですが、今回読んでいたサイトでの主張では、

『博士の異常な愛情』の B-52 戦略爆撃機の特撮にとても感心した NASA がスタンリー・キューブリックをアポロ着陸ねつ造計画の撮影責任者にしようと発案した。


ということなどが書かれています。
ただし、その根拠は文書的に残っているわけではなく、曖昧です。


『博士の異常な愛情』という映画は、 Wikipedia の説明では、「冷戦時代の世界情勢を背景に、偶発的な原因で核戦争が勃発し人類滅亡にいたるさまをシニカルにえがくコメディ」ですが、その Wikipedia のページには、下のような下りがあります。


核攻撃仕様のB-52内部構造はアメリカ空軍の機密で、全く協力が得られなかった。細部まで造り込みがされているが、これは美術監督ピーター・マートンの創作である。マートンは合法範囲で可能な限りB-52のインテリアを調べ上げた。

苦心の創作が結果として実機とあまりにも一致していたため、美術チームはFBIの捜査対象とされたほどであったという。




というもので、そもそもがスタンリー・キューブリックと、そのスタッフというのは「異常なほど優秀だった」ことがうかがえますが、今回読んでいたサイトによれば、この映画が「 NASA と米国政府のお目にかなった」との主張でした。

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▲ NASA を唸らせた(かもしれない)映画『博士の異常な愛情』に出てくる核攻撃仕様の B-52 戦略爆撃機。アメリカ軍の協力が一切得られず、内部も含めて、すべて自作。


そして、サイトの作者は、「月面着陸映像制作のその見返り」は・・・映画『2001年宇宙の旅』の制作予算を無尽蔵に提供する・・・ことだったと。

ちなみに、『2001年宇宙の旅』というのは恐ろしく予算のかかった映画で、公式には 1050万ドル(当時のドル円換算で約 38億円)となっていますが、そもそも、この 40年前の 38億円の価値だけでもちょっと換算がうまくいかないですけど、それでも、実際にはさらにかかっていたという話もあります。何しろ、『2001年宇宙の旅』は、足かけ4年に渡って撮影されています。

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▲ 2001年宇宙の旅のシーン。木星の衛星軌道上で巨大なモノリスと遭遇した後、ストーリー中の人物は「人類を超越した存在」であるスターチャイルドへと進化を遂げます。


すごい話としては、この映画の製作会社だった MGM の当時の社長は 映画が公開された 1968年に、公式に、

「公開されるまで一度もラフカットを見たことががなかった」

と述べていることです。

作品に口出しすることで有名なハリウッド・メジャーが、しかも、社運がかかっているかのような大規模な予算で作られた映画への対応としてはちょっとあり得ないことのようにも思えます。

しかし、これを「 MGM はまったくお金を出していなかった」とすれば、社長のこの態度も納得できます。基本的に今も昔も、ハリウッドの映画メジャーの経営陣は作品の内容などはどうでもよく、「お金になる映画かどうか」だけを考えます

なので、今の円で換算すれば 100の単位の億がつくような、しかもアート映画にも近い「退屈な作品」を、黙って4年間も作らせておくわけもないだろう・・・とは思ったり。





映画も現実も技術の中では同じという現実

しかし、その最近読んでいたサイト自体はどこまで書いても、陰謀論の域を出ないものですので、内容を細かく紹介するつもりはないですが、作者は、その中で「映像技術」について様々に述べていて、その中でも、昔の映画では一般的な技術だった、スクリーン・プロセス(プロジェクター合成)というような呼び方をされる技術について言及しています。

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▲ スクリーン・プロセスの原理。 Wikipedia より。


スクリーン・プロセスとは簡単にいうと、人物の背後の風景をスクリーンに写すようなことで、たとえば、上の『2001年宇宙の旅』を例にすれば、下のような技術か、それと類似したものです。

これはスタジオ内で、後ろにスクリーンのようなものがありますが、ここに映像を投影します。

Space-Odyssey.jpg

▲ 2001年宇宙の旅の撮影風景。17 little known facts about 2001: A Space Odyssey より。


そうして撮影された映像は下のような光景となるのです。

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後で合成するわけではないので、自然な光景に見えます。

他のシーンで、具体的に線を引くと、下のようになります。

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▲ 白い線から手前がスタジオ内。白い線から向こうがスクリーン。


オリジナルは下の映像です。

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作者はこの技法がアポロ 11号の写真に多用されていると主張します。

たとえば、下の写真は、

ap-07.jpg


下の白い線の向こう側がスクリーン・プロセスだと作者は主張します。

ap-08.jpg


このような例がサイトでは何枚も何枚もピックアップされています。

それと、やはり特撮映画で多様される手法でもある「写真のガンマ値」というものを増加させることや、画像の「コントラストの調整」で本物らしく見える細工をしていることについても述べています。

この「画像の細工」については NASA は今でもおこなっていて、それは NASA 自身認めています。しかし、それは偽造のためではなく、何らかの理由のためだとか何とかで、よくわからないですが、過去にも火星の写真をはじめとして、細工された疑いのかかる画像についての報道は多かったです。


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▲ オーストラリアの報道をご紹介した 2010年10月9日の過去記事「土星の衛星ディオネの後ろを通過する直径 1000キロメートル規模の巨大物体の正体は」より。



火星の写真や太陽の画像なんかもそうですけれど、修正そのものは常に加えられています。

ただ、 NASA が数々の写真を修正するその理由はよくわかりません。

陰謀論とは関係のない科学的な理由なのかもしれないし、それとは違う意味かもしれないです。






いずれにしても、すでに存在しないアポロのオリジナル資料

まあしかし、すでにアポロの資料は、アームストロング船長の月面着陸の様子や音声が収められたビデオを含めて、「ほぼ紛失」していて、今ではビデオなどのオリジナル資料の多くが残っていません。これは 2006年に発覚しました。

下の記事は、国立国会図書館のサイトに残っていた記事です。


アポロ計画のオリジナル資料をNASAが紛失
2006年8月16日

NASAが保管していたアポロ計画の通信記録テープが紛失し、約1年間にわたる調査が行われたものの、いまだ発見に至っていないことが明らかになりました。

紛失したテープは約700本におよび、ニール・アームストロング船長の有名な「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」を記録したオリジナルテープも、目下、紛失状態にあるとのことです。

ただし発見されたとしても、磁気が劣化していて再生できる状態ではない、とNASAのスポークスマンはコメントしています。




テープといっても、現在のようなコンパクトなものではないです。

moon_tapes.jpg

▲ NASA の Apollo 11 Tapes より。


こんな巨大なテープが 700本紛失・・・。

NASA は月の石も 2011年に紛失しています。


NASAずさん管理 月の石など大量紛失
共同通信 2011.12.12

アポロ宇宙船が持ち帰った月の石など貴重な地球外物質の試料517点を、米航空宇宙局(NASA)が紛失していたことが9日までに分かった。

8日付の監察官の報告書によると、517点は月の石や土壌のほか、隕石や彗星のちりなど。1970〜2010年の間に紛失した。





このあたりにも、いろいろな陰謀論が出やすくなる素地があるのかもしれないです。これらが単なる「ずさん」なのか、それともそうではないのか、という意味で。

現実はいろいろなことがあります。

さて、そろそろ夕食の準備をしなければ。
そして、今夜はまた『博士の異常な愛情』でも見よう。

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2014年02月14日



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▲ イスラエルのタルシハ( Tarshiha )という町のマリア像が「油の涙」を流したと報じられています。2014年2月11日の米国 CTV ニュース より。



ユダヤ教のラビが書き残した「救世主の再臨のビジョン」の内容

昨日の記事、

「暗黒物質は存在しないかもしれない」 : 王立天文学会の総会で発表された科学界にとっては衝撃的な新学説
 2014年02月13日

で途中となった翻訳はまだ終わっていないのですが、1度離れて別の話題にしようと思います。


というのも、先日の、

「コーランに登場するイエスの再臨は近い」とイスラム教の導師が語った頃、イエメンの少女は「石の涙」を流し始めた
 2014年02月11日

という記事の後半の「ユダヤ教のラビが幻想の中で見た救世主の登場時期」というセクションで、ユダヤ教の高名なラビ(宗教的指導者)が、「シャロン元首相が死亡した後に救世主が現れる」というビジョンを書き残して亡くなったらしいことを記しました。

sharon-02.gif

▲ 上の記事より。


そのビジョンの内容については、

> それらの内容の詳しいところはヘブライ語のウェブサイトで公開されているそうですが、詳しい内容はわかりません。

と記しました。

ところが、その記事をイスラエル在住の方が見つけて送って下さったのですね。

下の記事です。

messiah-top.gif

▲ 上がアリエル・シャロン元イスラエル首相( 2014年没)、下の写真がユダヤ教の宗教指導者イツハク・カバリィ師( 2006年没)。イスラエルの nrg より。

上の言語はヘブライ語で、なかなか難敵な言葉ではあるのですが、その方が日本語として内容を書いてくださっていまして、多少こちらで書き加えたりしていますが、大体、下のような記事です。


約束への失望:「シャロンの死後にメシアがやってくる」


ユダヤ教の宗教指導者イツハク・カドリィ師は、シャロンの時代の後に救世主がやってくることを信奉者たちに約束した。彼は「聖なる地にいる」という。師の約束によれば、その時、宇宙規模でのイベントが発生し、「良い終末の訪れ」に関しての秘密の法が告げられる。


元首相アリエル・シャロンの死後、多くの信者たちは失望感を大きくしている。その理由は、偉大なカバリストであり、新しい世代に受け入れられているラビ(ユダヤ教の宗教指導者)の故イツハク・カドリィ師から出された最近の公式声明の内容にある。

カドリィ師は 2005年、カバラの報告で「シャロン内閣の後にメシアがやって来るだろう」と伝えたのだ。そして、「メシアは既に聖なる地にいる。そして、天上界が決めた時間にそれが判明するだろう」と言及した。

ビルナ・ガオンによって編集された記述がある。それによると、安息年(古代ユダヤ人が7年ごとに耕作をやめた年)の金曜日にアルマゲドン下となり、それは7年間続くだろう。その途中では、いつでも救世主が現れる可能性がある。

すでに宇宙の様々な出来事によっての天からの徴候は始まっており、秘密とされる宣告者から最高の結末を意味するメシアの到着の前触れが告げられる。

カドリィ師は言った。この世界は去り、甘くなるだろう。メシアの発見は、ユダヤ人のいないエルサレムを求める宗教からエルサレムを救う。

しかし、それらは叶わず、宗教同士での争いがある。

また、カドリィ師は、訪れるメシアの衣には隠された「六芒星」があるという。
六芒星はメシアに隠された指導者としての力を与える。




というものです。

この記事の「約束への失望」の失望という意味があまりよくわからなくて、つまり、シャロン元首相は1月に亡くなっているのに救世主らしきものが現れないということに対してのものなのか、そうではないのか、わからない部分もありますけれど、ビジョンの内容としては上のようなもののようです。


「訪れるメシアの衣には隠された六芒星がある」という記述がありますけれど、そういえば、この「六芒星」に関しては、最近ちょっと面白いことに気づきました。

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消えたイラン国際空港の六芒星と、存続したスヴァスティカ

イランの首都テヘランの国際空港のひとつに、メヘラーバード国際空港というものがあります。

この国際空港ビルの屋上に「六芒星のシンボルが描かれている」ことは有名でした。
下は 2010年に撮影された Google Map にあるメヘラーバード国際空港です。

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そして、下の写真は現在のメヘラーバード国際空港です。

mehrabad-airport-2014.jpg

Google Map より。


イランの国際空港の屋上に刻まれていた「六芒星が消されちゃった」のですね。

まあ、イスラム国イランに六芒星は似合わないということなのかもしれないですが、しかし、イランではさらに面白い屋上のシンボルもあります。

テヘランには、イスラーム自由大学(イスラム・アーザード大学)というものがあります。その屋上に今も昔も燦然と輝くシンボルが下の写真にあります。

azahd.jpg

Google Map より。


4つ並んだスヴァスティカ。

azahd-02.jpg


空港の六芒星は消えましたが、この大学の屋上のスヴァスティカは今も Google Earth で見ることができます。


それにしても、このイランのイスラーム自由大学。
ここは学生の数がすごいのです。

Wikipedia によりますと、「在籍学部生数は 130万人」とのこと。

この多さの比較としては、日本の大学の学生数のランキングというページから、日本の大学の学生数の多いほうから3つは下のようになるようです。

 第1位 日本大学  6万7921人
 第2位 早稲田大学 4万4756人
 第3位 立命館大学 3万2524人


これを見ても、在籍学生数 130万人というのはすごいですね。


さて、本題というか、今回の記事のトップに貼りましたものです。



記事「コーランに登場するイエスの再臨は近い」とイスラム教の導師が語った頃、イエメンの少女は「石の涙」を流し始めたでは、「石の涙を流す少女」というものが報道されていること記しました。

イエメンという遠い国での出来事で、話の信憑性を含めて、いろいろとわからないことが多いですが、今度は、「マリア様が油の涙を流す」ということが、トップに貼りましたように話題となっています。

これは上のシャロンさんが元首相だったイスラエルの話。

英語での報道が多いですが、地元イスラエルでも、下のようにテレビでは、現地からレポートなどをしているようでした。

marry-in-israel.jpg

▲ 2014年2月10日のイスラエル ynet.co.il より。


簡単に内容をご紹介いたしますと、下のような出来事です。



何千人もの人々が油の涙を流す聖母マリア像を見るためにイスラエル北部の小さな町に集まっている

mary-01.jpg


イスラエル北部の、レバノンとの国境に近い町タルシハ( Tarshiha )に住むキリスト教の家族は自分たちのリビングで奇跡を見たと語る。

この家の妻が、リビングに置いてある聖母マリア像が「油で覆われている」ことをに気づいた。そして、隣人もそれを目撃したことで、この話はすぐに他の地域へと伝わっていった。

マリア像は何度も拭き取られたが、拭き取った後も、湿ったように表面が滑らかであるようだ。


mary-02.jpg


家族によると、「涙」がマリア像の頬を落ちていくように見える時に、その光景はもっとも驚くべき状態に見えると言う。

先週から、2000人以上の人々がマリア像を見にこの家を訪れている。






In Deep で過去に取り上げた「マリア像の涙」は、「血」(のように見えるもの)でしたので、「油」というのは意表を突かれた感じがあります。

ind-catholic.gif

▲ 過去記事「世界中に出現する血を流す聖母マリア:インドでは血の涙。米国ではこめかみから流血」でご紹介したインド・カトリック教会のウェブサイトの2012年7月15日の記事より。



実際のところ、「マリア像の目から何か流れ出す」というのは、かなり頻繁に起きていることでもあります。

アメリカ

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▲ 2011年2月3日の英国デイリーメールより。



スペイン

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▲ スペイン・ポンテベドラ市にある教会のマリア像。 2014年2月10日のインターナショナル・ビジネス・タイムズより。



バングラデシュ

5-tear-mary.gif

▲ 2003年2月18日の英国 BBC より。


調べていて気づいたのですけれど、この事例は、非常に多くあることがわかり、あまり個別にご紹介しても仕方ない感じです。

いずれにしても、このような現象をどのように感じたりするかということについては、まったく人それぞれ違うと思いますが、人為的・作為的なものを別とすれば、特に信者の方々にしてみれば、いろいろと感じるところはあるかと思います。

そういえば、昨年の10月にボスニア・ヘルツェゴビナで、「聖母マリア像が光り始める」という報道をご紹介したことがありました。

bosnia-maria-3.jpg

▲ 過去記事「突然光りだしたボスニア・メジュゴリエの聖母マリア像に対してのバチカン司教による正式な調査が始まる」より。


そのボスニアでは、今、内戦終結後で最大のデモが起きていて、暴徒化し始めてしたりもしています。 



今(2月14日の午後3時頃)、外を見ましたら、雪が勢いを増していました。まだ先週の雪も溶けていない場所が多いですので、あっという間に全体が雪景色となりそうです。

この雪だと、いろいろとやることがありそうですので、今回はここまでとさせていただきます。

北海道から関東に出てきて30年。
結局は、関東で北海道と同じ冬を経験しています。

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2014年02月13日



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dark-matter.gif

▲ 現在の宇宙論。この世の約 73%が暗黒エネルギー、23%が暗黒物質というよう「ことに」なっています。つまり、「この世は95%以上が正体のわからないもので作られている」というのが現代宇宙論です。この理解しにくい理論が崩壊しつつあります。オリジナルの図版は、2013年4月4日の朝日新聞デジタル「暗黒物質の痕跡?確認 宇宙つくる正体不明の成分」より。


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▲ 2014年2月8日の Daily Galaxy より。



世界はふたつの相反するもので出来ている

今から 30年くらい前、アメリカで「 MISHIMA 」という三島由紀夫を描いた映画が作られたことがありました。地獄の黙示録などの監督フランシス・コッポラと、スターウォーズなどの監督ジョージ・ルーカスの二人が製作総指揮で、タクシー・ドライバーなどのポール・シュレイダーが監督を務めるという大作で、主役は緒形拳でした。

kyoko-house.jpg

▲ 映画 MISHIMA より小説『鏡子の家』の映画化シーンより。 まだジュリーが美青年だった頃。


しかし、諸事情あったらしく、日本では映画は公開されず、ビデオも DVD も発売されないまま現在に至っています。そのあたりのことと、作品そのものについては、Wikipedia の「ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ」などに書かれていますが、私は二十数年前にこの映画を見ていました。

当時この映画に興味を持ったのは、三島由紀夫のほうのことではなく、知り合いが、

「ミシマって映画は、フィリップ・グラスが音楽やってるらしい」

と言ったことでした。

フィリップ・グラスはアメリカの作曲家で、二十代前半だったその頃、とても好きで、「それなら見たいなあ」と思っていたのですけれど、実際に見たのは数年後の 1987年頃でした。

アメリカで Mishima のビデオを買ってきた人がいて、それを見せてもらったのです。

出演者は全員が日本人で、ナレーション以外のすべてが日本語で作られている、ようするに「日本語の映画」ですので、そのまま見てもわかるのでした。そして、この映画は驚くほど格式の高い映画で、日本人を扱ったからということではなく、単純にアメリカ映画史の中でも際だって不思議ともいえる格調を持つ映画でした。

今、上に「ナレーション以外のすべてが日本語」と書いたのですが、実はナレーションも緒形拳による日本語のバージョンがあるのです。実は、私はそれを持っているのでした。

その映画の中、少年時代の三島由紀夫の回想から作品「金閣寺」の映画化シーンに移る下りがあり、そこで緒形拳の三島由紀夫本人の回想としての下のナレーションが入ります。



MISHIMA(1985年)より

子どものころ、
私はすでに世界がふたつの相反するもので出来ているのだと感じていた。

ひとつは世界を塗り替えることのできる言葉。
もうひとつは言葉とはまったく関係のない現実の世界。

世の常の人は、体が先にできて、そして、言葉を覚えるのであろうに、
私の場合は、言葉が先に来た。




下がそのシーンです。




映画では三島由紀夫の自伝的ドラマの間に、『金閣寺』、『鏡子の家』、『奔馬』の3つの作品が映像化されて挿入されますが、上のように、すべて舞台でのお芝居のようなセットの非常に幻影的な光景が続きます。「異次元の世界にいるような日本人の姿」を見ることができます。


なお、今では YouTube にナレーションなどがオリジナルと言語などが違う形などであれば Mishima は全編がいくつもアップされています。


なお、私がこの映画を見たいと思うキッカケとなったフィリップ・グラスの音楽は、これはもう圧巻としか言えないほど素晴らしいものでした。映画音楽史に残ると個人的には思っています。下はオープニングの 30秒ほどです。日本語はこちらで入れています。

Mishima オープニング




さて、ずいぶんと話がおかしな方向にいきましたけれど、要するに上の、

世界はふたつの相反するもので出来ているのだと感じていた。
ひとつは世界を塗り替えることのできる言葉。
もうひとつは言葉とはまったく関係のない現実の世界。

という三島由紀夫の台詞を思い出して、こんなに長々と書いてしまったのでした。今回の「暗黒物質は存在しないかもしれない」という報道を目にして、この言葉がたちまち浮かんできたのです。

ちなみに、関係ないですが、三島由紀夫は自動書記に近い形での小説の執筆の状態が若い時から続いていたようで、上の「言葉が先に来る」というのは、人生の最期までずっと続いていたことだったことが映画から見てとれます。「勝手に手が動く」というのは比喩でもなかったようです。

聖書やコーランでいう「この世は言葉だった(そしても今もなお)」というような部分というのは、私のような鈍感な人間には理解しにくいことでも、それを感じながら生きる人はいるようです。

ここから本題です。




暗黒物質の存在が消えると、私たちはこの宇宙を「計算だけの宇宙」から現実の宇宙として取り戻すことができる

本題といいつつ、ここまで変な方向に熱が入って、すでにやや疲れてしまいましたが、最近はいろいろと「実はあった」とか「実はなかった」とか、めまぐるしいことも多くなっていて、少し前の、

ホーキング博士の「ブラックホールは存在しない」という発表が物理学界を震撼させている時に「太陽の 1,000,000,000,000,000倍」以上の大きさの銀河団が発見されたことに考え込んだ2日間
 2014年01月26日

という記事では、ホーキング博士が、「ブラックホールは存在しない」ということを発表したことなどをご紹介しました。

そして、最近、「暗黒物質は存在しない」ということが、天文学会議の中でもっとも権威のある会議のひとつである英国の王立天文学会の総会で発表されました。

その内容は、米国のデイリーギャラクシーの「"Dark Matter Might Not Exist" (暗黒物質は存在しないかもしれない)に掲載されていますが、非常に長い記事であり、その理屈も私には難解ですので、このタイトルにある、

「暗黒物質は存在しないかもしれない」

という学説がクローズアップされているということをご承知いただいて、続けます。

これはまあ・・・事実上、「現代宇宙論の崩壊宣言の始まり」と等しいと思うのですけれど、その「暗黒物質」(ダークマターという言い方もあります)というものの定義を Wikipedia から記しておきます。


暗黒物質

暗黒物質とは、宇宙にある星間物質のうち電磁相互作用をせずかつ色電荷を持たない、光学的には観測できないとされる仮説上の物質である。「ダークマター」とも呼ばれる。"人間が見知ることが出来る物質とはほとんど反応しない"などともされており、そもそも本当に存在するのか、もし存在するとしたらどのような正体なのか、何で出来ているか、未だに確認されておらず、不明のままである。




上の Wikipedia の説明は現在、つまり 2014年 2月のものですが、実は、以前はこのような説明の始まりではありませんでした。

過去記事の、

「そこに暗黒物質は存在しなかった」:従来の宇宙論を否定する観測結果を欧州南天天文台が発表
 2012年04月20日

にも当時の Wikipedia を掲載しています。


暗黒物質

暗黒物質とは、宇宙にある星間物質のうち自力で光っていないか光を反射しないために光学的には観測できないとされる仮説上の物質である。暗黒物質の存在は、1934年にフリッツ・ツビッキーによって銀河団中の銀河の軌道速度における"欠損質量"を説明するために仮定された。

宇宙全体の物質エネルギーのうち、74%が暗黒エネルギー、22%が暗黒物質で、人類が見知ることが出来る物質の大半を占めていると思われる水素やヘリウムは4%ぐらいしかないことが分かってきている。




これは今から2年ほど前の「暗黒物質の説明」ということになります。つまり、この2年で「定義がやや変わってきた」とも言える部分があります。2年前のものと比べると、最新版では、

> そもそも本当に存在するのか

という表現なども入っていて、科学の世界の移り変わりの早さを感じます。

また、2年前の Wikipedia に「 74%が暗黒エネルギー、 22%が暗黒物質」という下りがありますが、今回の記事のトップに貼りましたのが、それを現す現在の宇宙論での「この宇宙の組成」です。


しかし、仮に「暗黒物質が存在しない宇宙論」だと下のように変化し、「この世はわかりやすく」なります

dark-universe-23.gif


arrow-darkmatter.gif


uchu-01.gif

となり、これはつまり、

「私たち人類が認識できる《この世》は全体の4パーセントだけ」

という現在の難解な宇宙論から、

「私たち人類は宇宙のすべてを認識できる」

という、わかりやすい世界に住むことができることになります。


言い方を変えれば、「計算の宇宙」から「現実に体感できる宇宙」に変わるといってもいいのではないかと思います。

もともとどうして、暗黒物質というような、概念自体が奇妙で、しかも正体不明の「仮定の存在」を考えなければならなかったのかというと、ヒッグス粒子などと同じく、「現在の宇宙論を、計算上で成り立たせるために必要だから」というような部分があるのではないかとも思います。

何しろ、「観測レベル」では、もう、すでに暗黒物質の存在は崩壊しているといったほうがいいようなのです。

上にもリンクしました過去記事「そこに暗黒物質は存在しなかった」では、2012年の科学記事をご紹介していますが、その記事のタイトルは、

暗黒物質理論に深刻な逆風? 最近の研究により明らかとなった太陽の近辺の「謎の暗黒物質の欠落」の発見

というもので、また、このように観測レベルで「仮定と合わない」事例が他にも多く存在しました。

そのあたりは、他の過去記事、

宇宙論の終焉? : 「暗黒物質理論」を否定する2つの銀河の存在
 2011年10月18日

分裂する宇宙論: ハッブル望遠鏡が撮影した光景が現在の宇宙論と矛盾することに揺れる天文学会
 2012年03月04日

などでもふれています。

abel520-03.jpg

▲ 暗黒物質の存在を否定する観測結果をもたらした 「アベル520」と呼ばれる大銀河団(多数の銀河が集まっている)。24億光年の距離にあります。「分裂する宇宙論」より。

そして、今回天文学の最高権威である王立天文学会の総会において、「重力の理解が根本的に間違っているかもしれない」という理論が発表されたということになります。



現代科学の何が問題なのか

ところで、「科学者」について、最近読んだ本の中に、わかりやすい記述があったことがありました。

英国のノンフィクション作家のピート・デイヴィスという人が、1918年から始まった鳥インフルエンザのパンデミックであるスペイン風邪について調査し書き上げた長編ノンフィクション『四千万人を殺したインフルエンザ - スペイン風邪の正体を追って』という本の中に、「科学者の問題点」として書かれている章があります。

今回は余談的なものが長くなってしまって、文章の全体はご紹介できないですが、この著作の中に、下のような出だしで始まる章があります。


四千万人を殺したインフルエンザ 第9章「おそろしく屈辱的なもの」より
ピート・デイヴィス

科学者たち --- ことに、どんどん財源が縮小されつつある公的資金に頼っている人々 --- は、熾烈な競争の中で活動している。そこにはたらくシステムを一言でいえば、「発表するか、消えるか」である。研究助成金を獲得するためには、自分の勤勉さ、意欲、創意を示すことになる論文の数を増やしていかなければならない。



この「論文の数を増やすということだけに科学者の熱意が使われてしまっている」ということに、たとえば、よく問題になる論文のねつ造や盗作などの生まれる要素があり、そして、フレッド・ホイル博士などがいう「ビッグバン理論のような作為的な理論」が生まれる素地があり、そして、地球温暖化のような「巨大な疑似科学的な詐欺」(元カリフォルニア大学名誉教授ハロルド・ルイス氏の言葉。過去記事をご参照下さい)が生まれてしまう土壌が生じるのだと思います。

科学者として生き残るためには資金が必要で、そのために「多くの論文を発表する」ということが科学者の情熱の中心となってしまっている。

今になって本格的な否定が始まった暗黒物質、宇宙物理の理論ですが、しかし、それが否定されても、正しい道へとは進むのかどうかはわからないと私は思っていますが、その理由は、上に書いた「論文と資金獲得」が主となっている科学界のシステムが変わらない限りは、同じことの繰り返しだと思えてしまうからです。

ちなみに、「正しい道」とは、あくまで個人的な考えとして、「宇宙は無限である」という方向の道に進むということですが、これはまた脱線した話となるのでやめます。このあたりは、今となれば 2011年の記事で、わりと昔の記事ですが、「バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場」の「 16世紀にジョルダーノ・ブルーノが描いた宇宙の姿」というあたりに書いた考えが、その後ずっと続いています。

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2014年02月11日



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islam-01.gif

▲ 2014月1月24日のナイジェリアのデイリー・ポストより。



イスラム教の地でもユダヤ教の地でもキリスト教の地でも飛び交う「イエス再臨」というフレーズ

今回のタイトルには、

「イエスの再臨が近い」とイスラム教の導師が語った

ということと、

イエメンの少女が「石の涙」を流す

ということを並べて書いていますが、もちろん共に関連性のある出来事ではありません。

stone-yemen.gif

▲ 石の涙を流すイエメンの少女の報道。 2014年2月3日の英国ミラーより。


ただ、最近、

「悪魔 vs キリスト教」の戦いが世界中でエスカレートしている
 2014年01月29日

というような記事を書き、これはキリスト教の受難の時期というのか、いろいろと厄介なことが起きていることを書いたのですけれど、実際には「宗教全体として」いろいろと厄介な時代なのかもしれない、というような気もします。

そして、どちらも何となく印象的な報道でしたので、同じ記事にしました。


ナイジェリアで、イスラムの導師(グル)のモスクでの講義の発言が、またたく間に、数多くの英語メディアに転載されていったということがあり、まずはその記事をご紹介します。

下は最近のアフリカのイスラム系のメディア Osun Defender の記事です。元は、上に貼りましたナイジェリアの英字報道紙に記されたものですが、下のタイトルの方がわかりやすいように思いましたので。

islam-jesus-01.gif

▲ 2014年1月25日のナイジェリアの Osun Defender より。


この記事を翻訳したものをご紹介します。
私自身が、訳していて、ちょっと驚きました。



A true Muslim MUST believe in the second coming of Jesus -Islamic Cleric
Osun Defender 2014.01.25


真のイスラム教徒は、イエスの再臨を必ず信じなければならない


今朝のムスリムの祈りの場で、ヤバモスク連邦工科大学のイスラム教導師イマーム・サイード・サルモン師( Imam Saeed Salmon )は、イエス・キリストの2度目の登場(再臨)について述べた。

そして、キリストの再臨を信じないイスラム教徒は預言者ムハンマドの真の信奉者とは言えない、とイマーム師は語った。

ラゴス中央モスクで開催された特別講義の際、このイスラム教の聖職者は、イエスは神のメッセンジャーだったこと、そして、再びダマスカスのモスクに戻ってくると述べた。

イマーム師は以下のように言った。

「イエス・キリストの再臨は、すべてのイスラム教徒が信じなければならない教義である。預言者ムハンマドの教えはこれについて広範囲に語られているのだ。コーラン4章157節から159節はこのこと(イエスの再臨)を教示している。イスラムの教えではイエスが殺されたとはされていない。むしろ、イエスは全能のアラーによって成長させられた」。

「イエスは、ユダヤ人たちの主張の誤りを明らかにするために再び現れる。イエスはキリスト教徒たちの教義を修正するために神の子として十字架に貼りつけられたのだ。繰り返し言うが、イエスは、預言者ムハンマドとイエス・キリストの間に密接な関係があるということを確立させるために再臨するのだ」。

講義のホストと主催者であるアミール・アジャラは、イマーム師は、ナイジェリア国民を教育し、イスラム教についての誤解を訂正するための、真のイスラム教徒としての義務のもとにあると述べる。

「イエス・キリストは預言者であり、そして、真のイスラム教徒たちにアッラーの言葉を伝えるメッセンジャーなのだ。その中で、我々はアッラーのすべての預言を信じてひとつとなっている」。

「神聖なコーランは、イエス・キリストの再臨はこの世の終末の予兆だと指摘している。しかし、米国のハーバード大学のムスリム団体や、カイロのムスリム団体の中で、ファティミスト( Fatimist )、あるいは、アーマディスト( Ahmadist )として知られるいくつかのグループは、そうではない(コーランにはイエスの再臨が終末として書かれているわけではない)と述べている。なので、私は私自身でそれについて彼らに意見の修正を促したいのだ」。





ここまでです。

上の内容の記事は、またたく間に数限りない数のアフリカ諸国のメディアに転載された感じがあります。

jesus-come-again.gif

▲ ナイジェリアの芸能系サイト My Celebrity & I より。




コーランの中のイエス・キリスト

イスラムもコーランも知らない私は、上の記事を読んで、「うーむ」と唸ったのですが、しかし、そもそも、上のイマーム師という人が言っているように、コーランに「キリストが十字架にかけられた」というようなくだりが出てくるのでしょうか?

調べてみますと、日本語のコーラン(クルアーン)のウェブサイトに上のコーラン 第4章 157-159節がありました。

下のようなものでした。
なお、一部の漢字等を読みやすく訂正しています。


コーラン 第4章 157-159節

157.「わたしたちはアッラーの使徒、マルヤムの子マスィーフ(メシア)、イーサーを殺したぞ」という言葉のために心を封じられた。だが、彼らがイーサーを殺したのでもなく、また彼を十字架にかけたのでもない。ただ彼らにそう見えたまでである。本当にこのことについて議論する者は、それに疑問を抱いている。彼らはそれについて確かな知識はなく、ただ臆測するだけである。確実に彼を殺したというわけではなく。

158.いや、アッラーは彼を、御側に召されたのである。アッラーは偉力ならびなく英明であられる。

159.啓典の民の中、彼の死ぬ前にしっかり彼を信じる者は一人もいなかった。審判の日において、彼は彼らにとって不利な証人となろう。




とありました。

イマーム師の言葉から見ると、上の 157節では「イーサー」という人が十字架にかけられていますので、この「イーサー」という人がイエスと同一人物ということになるのでしょうか。


しかし、実際のアラビア語ではどのような表記がされているのか気になりました。


幸い、上のサイトにはアラビア語の原典も横に記載されているので、比較するのは比較的簡単ですので、調べてみました。

すると、このコーラン 第4章 157節で、日本語で「イーサー」と訳されているアラビア語の文字は下のものだということがわかりました。

al-jesus.gif


これは、英語に直訳すると「イエス」と出ますが、つまりは「主としての神」のことをいうもののようです。

コーラン 第4章 157節全体をアラビア語で示すと下のようになります。

al-messiah.gif


現在の Google 翻訳は音声も聞くことができますので、アラビア語で聞いてみると上の文字の発音は「アル・メシア」であることがわかります。

「アル」はアラビア語の接頭語だと思いますので、つまりは「メシア」、すなわち救世主という意味だということになり、しかし、一方で、日本語のコーランでは、

> マルヤムの子マスィーフ(メシア)

という下りも出てきて、メシアが複数いるということなのか、そうではないのかわからないですが、やや混乱する感じはあります。

いずれにしても、英語では「 Jesus (イエス)」と出る、そのイーサーという人がイエス・キリストだとした場合、157節には、

> ただ臆測するだけである。確実に彼を殺したというわけではなく。

という下りがあり、イエスは、十字架に貼りつけられたにしても、「死んだ」というのは推測である(死んでいないかもしれない)と書かれてあり、さらに、158節では、

> アッラーは彼を、御側に召されたのである。

とあるのでした。

イスラム教徒の言うところの「全能の神アッラー」が「イエスを御側に召された」とあり、つまり、「アッラーとイエスは共にいた」というようなニュアンスとなるようです。


今回の記事のイマーム師の理論は、


・コーランにはイエスが再臨することが書かれている

・コーランは聖なる書で、その内容はイスラム教徒にとって絶対である

・なので、真のイスラム教徒はコーランの記載、すなわち、イエスの再臨を信じなければならない




というようなことのようなんですが・・・しかし、そう言われても、イスラム教徒の人たちも、やや混乱した話として受け取りそうで。

「どうすりゃええんじゃ」というナイジェリアのムスリムの人々の呟きが聞こえるような。


一方で、イエスの本家というか、ユダヤ教やキリスト教のほうでも、実は今年の初めから「キリストの再臨」については多く語られていました。

キッカケは、イスラエルのシャロン首相の死亡です。

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ユダヤ教のラビが幻想の中で見た「救世主」の登場時期

jesus-returns.gif

▲ 2014年1月13日の米国 WND より。写真は2014年1月11日に亡くなったシャロン元イスラエル首相。


こちらは、ややオカルトに近い話ですが、イスラエルというより米国などの噂レベルでは話題となりました。

イスラエルのシャロン首相は、2006年の在任中に脳卒中で倒れ、そのまま昏睡状態となり、そして、今年 2014年 1月 11日に死去しました。 8年間も昏睡していたわけですけれど、シャロン首相が在任していた頃、イツァク・カドゥリ師( Yitzhak Kaduri )というユダヤ教の高名なラビ(宗教的指導者)が、

「救世主はシャロンの死の後まで来ないだろう」

と語ったことがあることから始まる話です。


rabbi-yitzhak-kaduri.jpg

▲ イツァク・カドゥリ師。2006年に108歳で死去。


カドゥリ師は自らが亡くなる前に、「救世主のビジョン」を見たのだそうで、死の前にそれをメモに残したのだそう。それらの内容の詳しいところはヘブライ語のウェブサイトで公開されているそうですが、ヘブライ語だけらしいので、詳しい内容はわかりません。

いずれにしましても、「シャロン首相の死後にメシアが現れる」ということが、かなり真面目に語られているということのようです。


「終末騒動は継続中」という感じでもありそうです。


そして、これらのこととは何の関係もないものではあるのですけど、イエメンで、「石の涙を流す少女」の話が世界中で報道されています。







少女はなぜ石の涙を流すようになったのか

イエメンの少女が、「目から涙のかわりに石が出てくる」ということが、イエメンの衛星テレビニュースで報じられてから、その後、全世界で報道されています。

イエメンの地方の信心深い・・・というより、迷信深いその村では、記事をそのまま訳しますと、


「迷信を信じる村人は、少女が悪魔に取り憑かれた、あるいは、疫病が蔓延する徴候かもしれないと怖れている」


という状態となっているのだそう。

内容を簡単にご紹介します。記事中に動画も貼りましたが、なかなか痛々しい感じのものでもあります。



涙のかわりに「石」を目から流す少女に医師たちは困惑し、村はパニックに陥る

迷信を信じる村の人たちは、少女が悪魔に取り憑かれたと考えたり、あるいは、疫病が蔓延する徴候かもしれないと怖れる




小さな女の子が、涙ではなく「石」を目から流し、医師を困惑させている。

イエメンの少女サディヤ・サレハさんは、彼女のまぶたの下にやや固い石を作る。しかし、いかなる既知の疾患にはかかっておらず、この現象の説明を与えることができなかったと述べた。

残念なことに、少女のいる村では、この少女が悪魔の魔術を使っているという話が広がり、村はパニックに陥ってしまった。

また、イエメンの衛生テレビでは、科のの地元の人々が、「これは危険な病の流行の兆しかもしれない」と述べている光景が収められている。





というものです。

それにしても、私にはイエメンの人たちの「迷信」を笑うことができないです。少なくとも、私たち自身の考えや、周囲を見れば、最近の世界はイエメンの迷信と大差ない概念の中に生きている部分が多い気もします。

悪魔とか再臨とか、いろいろな話が飛び交う時期ですけれど、それらが非現実的なことなのか、あるいは何らかの現実なのかはこれからわかることです。

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2014年02月10日



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前記事、

ヴォイニッチ手稿とアステカ文明のリンク(1) : 植物学者とアメリカ国防総省の情報技術者がつきとめた「古代メキシコの植物学と消滅した言語」との共通性
 2014年02月09日

からの続きとなります。

前記事をお読みになられていない場合は、上のリンクの前記事からお読みいただけると幸いです。

今回はその論文の内容を簡単にご紹介したいと思います。

アーサー・タッカー( Arthur O. Tucker) - 植物学者。米国デラウェア州立大学名誉教授。

レックスフォード・タルバート( Rexford H. Talbert ) - アメリカ国防総省の元情報技術者。 NASA の情報技術も担当。


のお二人によって調査、執筆されたこの論文は、全体として非常に長く、また難解で、完全な意味でご紹介するのは私の知識では無理ですので、調べられる範囲の資料を元に何とか翻訳できました冒頭の部分をまずご紹介させていただきます。

この部分を読むと、お二人は、もともとヴォイニッチ手稿に興味のあった人たちではないことがわかります。それだけに、過去の幻想的な伝説に固執することなく淡々と情報収集とデータ分析ができたのかもしれません。

適度に、注釈や写真などを入れています。

それでは、ここからです。





A Preliminary Analysis of the Botany, Zoology, and Mineralogy of the Voynich Manuscript
米国植物協議会 HerbalGram

ヴォイニッチ手稿の植物学、動物学、および鉱物学に関しての予備的分析


我々についての前置き

我々はヴォイニッチ手稿の存在については以前から知ってはいたが、非常に多くの人々と同様、それはおそらく幻想的で手の込んだ単なるでっち上げ( hoax )として認識しており、科学的な意味でとらえることを却下していた。

これらの散乱し、交差する証拠の背景には、1576年 から 1612年に神聖ローマ皇帝として在位したオーストリアのルドルフ二世の存在がある。


(訳者注)ヴォイニッチ手稿は、 1582年に、ルドルフ二世によって購入されたことが分かっています。


ヴォイニッチ手稿に関しての出所や原点は、厳密にはすべてが推測だが、しかし、このような疑わしい主張は、学者たちの思考をチャンネル化してしまっており、そこに実りは生まれなかった。

我々は(今のところ) 1576年から 1612年の期間より以前のヴォイニッチ手稿の存在の証拠となる繋がりにおいて明確なものは存在しないという事実と直面しなければならなかった。

したがって、我々は、ヴォイニッチ手稿に描かれている植物の地理的な起源を同定するために、自分たちの背景としてある植物学者としての植物学や、あるいは、情報技術者としての化学的視点から、世界中の植物を偏見なく探し出すことに決めた。

最良の説明への仮説推論は、たとえば、医師が患者を診断する際や、法医学者や陪審員が犯罪者に対して犯罪の有無を決定する時に使われるが、その場合、一般的に科学的方法を適用する。

そして、仮説推論では、たとえ、それらが相互にまったく関係ないと思われることでも、すべての事実を記録する必要がある。

その中で、我々は、メキシコで記された「アステカの薬草本」とも呼ばれる 1552年のクルズ・バディアヌス写本( Codex Cruz-Badianus )の9折目に描かれるサボンソウ( Soap Plant / Chlorogalum )のイラストと、ヴォイニッチ手稿に描かれるイラストの相似性に心を打たれた。

クルズ・バディアヌス写本では、つぼみと花の両方が葉と共に描かれている。ヴォイニッチ手稿ではその植物は、ひとつのハート型のつけ根を持つ葉と共に、つぼみだけが描かれている。


(訳者注)

cruz-badianus.jpg

▲ クルズ・バディアヌス写本の植物。これは、上で書かれているサボンソウではないです。


chlorogalum-soap-plant-01.jpg

▲ サボンソウ。論文では、学術名の xiuhamolli という名称で書かれています。


これが示唆する新世界の起源の可能性は、これまでのヴォイニッチ手稿研究者からの分岐点を設定することなり、もし、我々の識別によるこれらの植物、動物、そして鉱物がメキシコか、その周辺から発信されている場合、私たちの仮説推測は、1521年のヌエバ・エスパーニャ副王領成立の先の、ヨーロッパに初めてヴォイニッチ手稿が現れた 1576年に焦点を当てなければならない。


(訳者注)ヌエバ・エスパーニャ副王領とは、 1519年から1821年までのスペイン帝国の副王領地のことで、北アメリカ大陸、カリブ海、太平洋、アジアに至る範囲でした。





というようなものです。

ここは序文の中の、しかもその序文の前半部分だけで、その後、非常に長い説明が始まりますが、そこは簡略化し、図でご説明したいと思います。

いずれにしても、 神聖ローマ皇帝に在位( 1576 - 1612年)したオーストリアのルドルフ二世が所有していたことから歴史が始まるヴォイニッチ手稿の出所は、どうやら、スペインの南米征服などの時期とのリンクがあるらしいということになってきているようでもあります。

ここからはこの論文にに出ている図に焦点を当てたいと思います。





植物学者がヴォイニッチ手稿のイラストから同定した植物の一部


木になるアサガオ

上の論文の中で、「クルズ・バディアヌス写本のイラストと、ヴォイニッチ手稿に描かれるイラストの相似性に心を打たれた」とあるものは、多分、これではないかと思います。

vvv-02.jpg


この図は、前記事にも掲載しましたが、イポモエア・ムルコイデス( Ipomoea murucoides )という植物だと同定されています。

ヴォイニッチ手稿に書かれてあるのはつぼみの状態で、調べてみますと、イポモエア・ムルコイデスのつぼみは下のようなものでした。

bud-1.jpg


とはいっても、イポモエア・ムルコイデスと言われても全体像が何だかわからないので、さらに調べてみると、九州大学大学院・理学研究院のサイトに「木になるアサガオ」という、とてもわかりやすい表現のページがあり、下の写真がありました。

ki-as.jpg

▲ 九州大学大学院理学研究院 Ipomoea murucoides より。


ヴォイニッチ手稿では、つぼみの状態で描かれていますが、1552年のメキシコのクルズ・バディアヌス写本( Codex Cruz-Badianus )では、開花した状態も描かれています。

flower-cruz-badianus.jpg

Codex Cruz-Badianus より。


どうやら、この「イポモエア・ムルコイデス」という植物と「クルズ・バディアヌス写本」というふたつのメキシコと関係するものとヴォイニッチ手稿が結びついたことが、今回の研究の対象を、「メキシコ周辺にする」というキッカケとなったもののひとつだったようです。


メキシコ周辺の象徴のひとつであるサボテンの仲間もわかりやすい特徴を持っていたようです。





オプンティア(ウチワサボテン)の一種

vvv-01.jpg


オプンティアというのは、 Wikipedia によれば、


> サボテン科の属の1つ。いわゆるウチワサボテン類の中で典型的な種の多くがここに属している。約200種が知られ、サボテン科の数多くの属の中で、最も多くの種を擁する属でもある。


というもので、わりと一般的なサボテンの仲間のようですが、上のヴォイニッチ手稿で白く囲まれているオプンティアは、その 200種類あるという中の「オプンティア・フィカス・インディカ( opuntia flcus-indica )」という種と同定。また、これは、アステカの書にある nashtli とか nochtli (カタカナの読みに変換できないです)というサボテン種と共通項があるそう。

これらの仲間は何ともきれいで、かつ不思議な形状をしているものが多いです。

opuntia_ficus-indica.jpg

▲ オプンティア・フィカス・インディカ。


opuntia_riviereana_1.jpg

▲ 同じ仲間のメキシコのオプンティア・リヴィエレアナ( Opuntia riviereana ) 。


あと、日本人には比較的親しみ深い、「食べる根っこ関係」を取り上げます。





ヤマイモの世界

voynich3.jpg


上の写図で白の線で囲まれたものは、「ディオスコレア・レモティフロラ( Dioscorea remotiflora )」という植物と同定され、これは、アステカの写本にもトゥラカノーニ( tlacanoni )という種として描かれているのだそう。

ディオスコレア・レモティフロラというのはメキシコ北部から南部まで一般的にあるものだそうですが、名前だけではどうも実物の想像ができないですので、調べましたら、ディオスコレア・レモティフロラというのは下のものです。

imo-mexico-01.jpg

▲ Google Dioscorea remotiflora より。


これは要するにヤマイモですね。

あるいは、北海道などでいう長芋。
葉っぱは下のようなものです。

imo-mexico-02.jpeg

▲ ディオスコレア・レモティフロラの葉と茎。 Instituto de Biologia より。


上と同じようなヤマイモは、今でもメキシコや、あるいは南米などで食べられているようですが、どちらかというと、現在では、「ワイルドヤム」という名前で健康補助食品的に世界中で売られているもののようです。

下は海外のサイトですが、粉末で販売されたりするもののよう。

yam-extract.gif


ヤマイモ好きな私などは「粉末なんかにしないで、醤油かけろ、醤油」とは思いますが、しかし、健康食品になるくらいですので、多分、滋養にいいのでしょう。そして、ヤマイモのたぐいは、アステカ文明下でも「栄養のつくもの」として食べられていたと思われます。あるいは、何らかの病気や症状に効くもの、つまり「薬」として説明されていた可能性もあります。

そして、仮にヴォイニッチ手稿がアステカ文明と関係があるならば、ヴォイニッチ手稿の中にヤマイモの効能が説明されていても不思議ではない感じがします。


関係ないですが、このメキシコのヤマイモであるワイルドヤムは、たまに変な形のものができるそうで、下は昨年の記事ですが、このような人間型イモが収穫されることが結構あるそうです。

yam-man.gif

▲ 2013年76月18日の NewsRescue より。



今回は植物の話のほうを取り上げましたが、論文ではヴォイニッチ手稿のイラストから、

ポポカテペトル山腹の16世紀初頭の修道院群

popo-catepetl.jpg


アリゲーターガー(アメリカ、メキシコなどに住む北アメリカ最大の淡水魚)

Atractosteus_spatula.jpg

▲ アリゲーターガー( Atractosteus spatula )。 Wikipedia より。


メキシコザリガニ( Cambarellus montezumae )


など、植物だけではなく、多数のイラストについて、メキシコの様々な実在する動植物や建造物などと同定しています。


もちろん、これらはあくまで「仮説」であり、何らかの確定があったわけではないですが、数百年来の謎のひとつであるヴォイニッチ手稿は、もしかするとメキシコのものか、それと関係する写本であるという概念が初めて導入されたということは事実だと思われます。

個人的には、今回のことにより、ヴォイニッチ手稿は「異常」とか「神秘」というようなキーワードで語られるものというより、「アステカ文明下での日常生活でのヒーリング」というものと関係するもののような気もします。

それだけに、文字の内容も知りたいですね。

今回の仮説推定を元にして、古典ナワトル語の専門家と暗号解読の専門家がチームを組めば、少し解読の可能性があるのかも。

下の記事は関係する過去記事です。





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2014年02月09日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





voynitch-top.gif

▲ 2014年2月7日の米国 Epoch Times の記事 Have Botanists Unlocked the Secret of the Mysterious Voynich Manuscript? より。





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▲ 米国植物協議会がウェブサイトに掲載した論文より。写真の下の図はヴォイニッチ手稿。上にある図は西暦 1552年にメキシコで記された「クルス・バディアヌス写本( Codex Cruz-Badianus )」という書物より。この本は、アステカ文明で使用された植物の成分配合などが記されているもので、「古典ナワトル語」という現在では存在しない言語の文法で書かれています。
--


ヴォイニッチ手稿に関しての新しい論文と、それに関しての複数の報道を目にしました。

欧米ではヴォイニッチ手稿に関しては、新しい考察や論文が出ると、一般のメジャーメディアでもかなり大々的に記事にされますので、それだけヴォイニッチ手稿に興味が持たれ続けているようです。そして、その「欧米」という部分がヴォイニッチ手稿の解読の障壁となっていた可能性もあります。

今回は、論文が発表された、米国植物協議会( American Botanical Council )の、

A Preliminary Analysis of the Botany, Zoology, and Mineralogy of the Voynich Manuscript
(ヴォイニッチ手稿の植物学、動物学、および鉱物学に関しての予備的分析)

というものから、少しご紹介したいと思います。


ところで、昨日 2月 9日は関東は記録的大雪となり、私の住むあたりも史上最高レベルの雪が降りましたけれど、関東の大雪については数多く報道されましたので、雪には触れずに本題に入ります。

toko-snow.jpg

▲ 何度も雪かきをしなければならず、その作業の中で、渡り廊下に子どもと一緒に大量の雪だるまを作りました。






ヴォイニッチ手稿とは

ヴォイニッチ手稿は、一般的な説明を Wikipedia から抜粋しておきますと、次のようになります。


14世紀から16世紀頃に作られたと考えられている古文書。全230ページからなり、未知の言語で書かれた文章と生物を思わせる様々な彩色された挿絵から構成されている。

文章に使用されている言語は、単なるデタラメではなく言語学的解析に照らし合わせ、何らかの言語として成立機能している傍証が得られているため、一種の暗号であると考えられているが内容は不明。

ページの上部や左右にはかなり緻密な、植物や花の彩色画が描かれている。植物の絵が多いが、それ以外にも、銀河や星雲に見える絵や、精子のように見える絵、複雑な給水配管のような絵、プールや浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿し絵が多数描かれている。




なお、書かれた年代に関しては、アリゾナ大学で行われた放射性炭素年代測定により、ヴォイニッチ手稿に使用されている羊皮紙が「 1404年から 1438年に作られたと判明」したことが 2011年2月11日の Discovery News で報じられました。

内容の執筆時期はさらに後年の可能性があるそうですが、いずれにしても 1400年代のその頃から記述され始めたということは濃厚のようです。

Wikipedia の説明にある「文章に使用されている言語」は下のような表記です。

voi-moji-02.jpg


プールや浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿し絵」というのは、拡大しますと、下のようなものです。

voi-23.jpg


現在、下のサイトですべてのヴォイニッチ手稿のページが閲覧できます。

Voynich Manuscript - Photo gallery


ヴォイニッチ手稿に関しては、過去に何時か記事にしたことがあります。

『ヴォイニッチ手稿を解読した』という人物の登場
 2011年12月06日

クロップサークルやエジプトの亡霊の話題などの続編と「年代が特定されたヴォイニッチ手稿」のことなど
 2011年02月14日

などです。

そして、このヴォイニッチ手稿は、多くの人が解読に挑んできた歴史があります。 The Most Mysterious Manuscript in the World には、これまで世界中の非常に多くの、言語学者、歴史学者、暗号学者、植物学者、オカルティストたちなどが解読に挑んで、ことごく失敗してきた歴史などが書かれてあり、そして、現在の科学界では、

「この手稿を解読しようと試みるものは皆、人生の貴重な時間をまったく成果のない調査に費やすことになるであろう」

という結論への帰結を辿ろうとしているようです。

上記サイトには、中世において、ヴォイニッチ手稿は、

・植物学者たちは植物についてはナンセンスであるとした。
・天文学者たちは天体についてはナンセンスであるとした。
・占星術師たちは占星術的なものはナンセンスであるとした。
・製剤の専門家たちは薬草はナンセンスであるとした。
・暗号作成者たちは暗号はナンセンスであるとした。
・美術史家たちは絵の年代は特定できないとした。
・古書の研究家たちは書の年代は特定できないとした。
・そのスタイル、体裁、出版は知られているものと共通点はない。


とされましたが、結局、これらは当時の「西洋の視点と知識からの見識」だけのものだったからこのような結論となったということがいえるかもしれません。


そして、植物学的にはかなり的確な指摘だと思われる今回の米国植物協議会の論文は、ヴォイニッチ手稿が、メキシコのアステカ文明下での知識を示している可能性が高いということに迫るものなのです。


また、ヴォイニッチ手稿で使われている言語(表記ではなく文法)を解くポイントに関しても、現在は消滅した言語である「古典ナワトル語」というものとの文法の関連性が指摘されていて、どうやら、ヴォイニッチ手稿はヨーロッパの神秘主義との関連よりも、メソアメリカ文明の「実生活」との関連を探ったほうが近いという可能性を感じます。

あくまで、非常に個人的な感覚としてのことですが、ヴォイニッチ手稿は、アステカ文明の薬学か医学の知識が書かれている書物だという感じがします。

azteck-map-01.gif

▲ アステカ文明、マヤ文明、インカ文明のそれぞれの場所。アステカ・マヤ・インカ文明より。


アステカ文明の歴史は Wikipedia によりますと、

1428年頃から1521年までメキシコ中央部に栄えたメソアメリカ文明の国家

とあり、また、上に書きましたように、ヴォイニッチ手稿は、放射性炭素年代測定からは、

1404年から 1438年頃から編纂され始めた可能性が強い

となっていて、アステカ文明とのリンクは年代でも適合する部分もあります。






古典ナワトル語という言語の性質

なお、今回の米国植物協議会の論文は植物学的見地からのものが多いですが、言語学からの見地として、ヴォイニッチ手稿に記されている言語の文法が、古典ナワトル語というものと共通している可能性を指摘しています。

この「古典ナワトル語」というのは Wikipedia にもない、わりと日本ではマイナーな言語なのですが、しかし、何と日本語で文法を紹介してくれているサイトがありました。古典ナワトル語で学ぶ「抱合語」体験という PDF のページで、その冒頭には以下のように書かれてあります。


言語学の概説書には必ずといっていいほど登場する「抱合語」「複総合的言語」。

たいていの本には「1つの語根が何十という接辞を伴って複雑な内容を伝える言語」、「1つの語が1つの文のように機能する言語」などと解説されていますが、それが本当だとしたら、世の中にはなんとも不思議な言語があるものです。1つの文を1語で言える言語なんて、まるでおとぎ話のようではありませんか。(中略)

今回の発表は、そんなおとぎ話の魔法の島を自分の足で探検してみよう、というコンセプトで企画したものです。目的地は、「抱合語」の1つの典型として有名な古典ナワトル語。




古典ナワトル語というのは、このように

「1つの語根が何十という接辞を伴って複雑な内容を伝える言語」

であるようで、なるほど、それだと、ラテン語など「欧州の言語体系での常識」で挑んでいた西洋の科学者たちが、ヴォイニッチ手稿の文法を「デタラメだ」と考えても不思議ではないかもしれません。

ちなみに、古典ナワトル語は、アイヌ語などと同様に、「独自の表記文字のない」言語です。その当時にラテン語やスペイン語に転記されたものが現在に伝わっています。オリジナルの文字は少なくとも記録の上では存在しません。

なので、仮にヴォイニッチ手稿が古典ナワトル語の文法とよく似た言語で記載されているとしても、表記文字が存在しないですので、「表記文字そのものはデタラメ」である可能性はあると思います。デタラメというか、「ヴォイニッチ手稿のためだけに作られた文字」というような意味です。もちろん、そんなことが論文に書かれてあるわけではないですけれど。


それにしても、上の古典ナワトル語の資料は興味深く、下のように、ちょっと言語資料のテキストだとは思えない説明が出てきます。

nawa-01.gif

▲ 上記「古典ナワトル語で学ぶ「抱合語」体験」より。


できるのならば、未来の人間が使う言語は上のような感覚的な言葉であってほしいですけれど、世界全部が英語のような「記号的な言語」に染まっていっている現状では難しいのでしょうね。

まあ、それにしてもですね、日本語と古典ナワトル語は全然違うかもしれないですけれど、日本語も感覚的な部分が多い素晴らしい言語ですので、大事にしてほしいのですけれど。今はなんだか、少なくとも学校的には英語のほうが大事なみたいな国になっちゃって。

脱線する前に話を進めます。






植物学者とアメリカ国防総省の元情報技術者による共同作業

そんなわけで、新しい見地が出現したかもしれないヴォイニッチ手稿ですが、その論文が書かれたサイトから、写真と、こちらで集めた資料などと照らしてご紹介しようと思います。

論文そのものは大変に長く、学術的ですので、視覚的にわかる要点を抜粋できればと思います。なお、クレジットされている記述者のそれぞれの経歴は、米国 Digital Journal によりますと、

アーサー・タッカー( Arthur O. Tucker) - 植物学者。米国デラウェア州立大学名誉教授。

レックスフォード・タルバート( Rexford H. Talbert ) - アメリカ国防総省の元情報技術者。 NASA の情報技術も担当。


の、お二方。

この2人は、ヴォイニッチ手稿中に記録されている植物の内容と、世界全体の植物の分布とを比較したところから作業を始めたとのことで、その研究の中で、ヴォイニッチ手稿の中に出てくる 37種類の植物の特定に成功し、 6種類の動物の特定にも成功したとのこと。

元米国防総省のタルバート氏が情報とデータ収集を担当し、タッカー博士が植物学から、それらのデータを分析したのだと考えられます。

論文では、下のように特定した植物の各部を植物学的な記述で説明しています。

voynitch-tokei.jpg

▲ 論文より。イラストはヴォイニッチ手稿の植物図のひとつ。


ちなみに、上は、メキシコ原産のパッシフロラ( Passiflora )と呼ばれる植物の種類であることが特定されています。下のような花です。日本ではトケイソウと呼ぶらしいです。

passion_flower.jpg

トケイソウ - Wikipedia より。






ヴォイニッチ手稿とアステカの薬学知識との関係

そして、彼らはアステカ文明の、オスナ写本( Codex Osuna )や、クルス・バディアヌス写本( Codex Cruz-Badianus )といった、1500年代の古い書との共通項も見いだしています。

オスナ写本

osuna.jpg

Aztec Codices より。


下のように、クルス・バディアヌス写本とヴォイニッチ手稿とを比べてみても、そのイラストの雰囲気の共通性なども見いだせるかと思います。

それはたとえば、普通の植物図鑑では、「根」までは書かないですが、どちらも根まで書かれているというようなことです。


クルス・バディアヌス写本(1552年)

cruz-02.jpg


ヴォイニッチ手稿(15世紀頃)

voynitch-page-10.jpg


この「すべての植物が根まで描かれている」というのは、観賞用や(現在での)植物学的な意味よりも、「治療と健康のための植物(ハーブとしての植物)」として大事な部分はどこかということを示しているのかもしれません。

ちなみに、山芋とかゴボウとかワサビとかの「根」を数多く食べている私たち日本人は、「日々の生活においての植物の大事な部分が根にあることが多い」ことを知っているような感じはあります。また、後でご紹介しますが、山芋のようなものもヴォイニッチ手稿には多く描かれています。

いずれにしても、「薬効」、あるいは「食材」として考えた場合、根まで書くのは正しいようには思います。


あくまで個人的な見解で、論文とは無関係のことですが、これらのアステカの写本が、「薬剤としての植物」を記載したものであるということもあり、もしかすると、ヴォイニッチ手稿の全体ではないにしても、少なくとも一部に関して、

ヴォイニッチ手稿は、アステカ文明での治療法(ヒーリング)に関しての植物、天体の役割、具体的な治療法を記した書物である可能性

があるということも言えるかもしれません。

そう考えると、ヴォイニッチ手稿の中の得体の知れない女性たちのイラストも、星座か太陽系を描いたかのように見える図も「治癒」として理解できる気がするのです。


voy-rem.jpg

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▲ 共に、ヴォイニッチ手稿より。上の図は薬草風呂だとでも考えれば、それほど奇異でもないようにも感じます。下は太陽活動と何らかの相関を示しているように見えます。


太陽活動と人間の健康の関係については、西洋では、1900年代頃になってわかり始めたことですが、今となっては、太陽活動が人間の健康に直接影響を与えることはほぼ事実ですので、上のような図もそれぞれ「意味がある」のかもしれません。アステカの人々が「天体と健康の関係性」を今より重要な事項として考えていたという可能性もあります。

太陽が人間に与える影響などは過去記事の、

「真実の太陽の時代」がやってくる(1):私たち人類は何もかも太陽活動に牛耳られている
 2013年07月11日

などをご参考いただければ幸いです。

solar-corera-02.jpg

▲ 上の記事に掲載したグラフのひとつ。嶋中雄二著『太陽活動と景気』より。


ここから米国植物協議会の論文に掲載されていた図などをご説明しようと思いますが、ちょっと長くなりましたので、2回にわけます。

続きは、

ヴォイニッチ手稿とアステカ文明のリンク(2) : 論文「ヴォイニッチ手稿の植物学、動物学、および鉱物学に関しての予備的分析」

です。

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2014年02月03日



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1月は隕石の突入で始まり、2月は「霧」で幕を開ける2014年


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▲ 濃霧の中に浮かび上がる高速道路の交通警備員の姿。2014年1月31日の中国南都網より。



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▲ 2014年2月2日の RT より。



ペルーでは2012年に数千頭規模の大規模なイルカの大量死が起きましたが、数日前、再び、ペルーの海岸に 500頭以上のイルカが死亡して打ち上げられました。また、以前から記しているアメリカ東海岸のイルカの座礁ですが、2013年の1年間のその数は「平均の10倍弱」という驚異的な数値であることが判明しました。

そのようなことを記録として記しておこうと思いますが、その前にちょっと、タイトルにも入れさせていただきました「霧」と関係する時事的な話題など。






世界は霧の中

昨日 2月2日は、関東全域で濃霧が発生していたそうで(私のところも関東ですが、なぜかまったく霧がありませんでした)、下のような、ちょっと映画「ブレードランナー」っぽい東京タワーの周辺の写真などが掲載されていました。

tokyotower-2014-02-02.jpg

▲ 2014年2月2日の毎日新聞より。


この「濃霧」。

旧正月に入りつつある中国全土の多くでも発生しています。

最近は光景が「大仰」になりやすい中国ですが、濃霧の写真も、やや現実を逸脱しているような映画的な味わいがあります。冒頭に貼った写真も数日前の中国の報道です。視界が 500メートルもないのだとか。

中国は通常のスモッグの問題などもあり、どんどん「霧の国」となっていっている感じもあります。

また、旧正月は、爆竹や花火が、各地で多く打ち鳴らされるため、さらに大気の状態が変化する可能性があるとのこと。

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▲ 霧とスモッグに包まれた 1月 31日の北京の夜景。2014年1月31日の新華網より。


中国では旧正月というのは一大イベントで、帰省と観光によって、想像を絶する数の人たちが移動します。中国国際放送局の報道では、現時点ですでに「 14億人以上」が移動しているとのこと。


春節連休2日目も濃霧で高速道路が通行止め
中国国際放送局 CRI 2014.02.02

広範囲に発生した濃霧の影響により、春節(旧正月)連休ニ日目となった1日に、依然として12省・市の53の高速道路の一部の区間が通行止めとなっています。

しかし一方で、人々の親戚回りや旅行などへの意欲は留まるところを知りません。交通運輸省によりますと、春運(旧正月の帰省・Uターンラッシュに伴う特別輸送体制)開始以来、全国の道路の旅客輸送量は前年比6.7%増の延べ14億1800万人に達したとのことです。

また、大勢の観光客が景勝地に詰め掛けており、中国南部の雲南省では1日だけでも139万人の観光客が訪れました。





とのこと。

さらに、少し古いものですが、下のような写真も幼少の頃の映画的な記憶を思い起こさせてくれます。

ch-fog-02.jpg

▲ 河北省の高速道路。 2013年12月9日の第一金融網より。



上の光景などは、学習障害の一種であるディスレクシアであることで有名なスティーブン・スビルバーグ監督の『未知との遭遇』に出てくるマザーシップの下にでもいるような感じにさせてくれます。

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▲ 『未知との遭遇』(1977年)より、科学者たちの前に現れたマザーシップ。


話が逸れましたが、日本や中国の霧の報道を見て、

「なるほど、2月は霧で始まったか」

と、何となく思った次第です。

霧というのは、手探りの世界を示唆しているようで、趣深いです。






再度発生したペルーのイルカの大量死。そして、多分また増え始める「ソチ」でのイルカの大量死

2012年の春、ペルーで総数では数千頭のイルカが死亡して打ち上げられるという出来事がありました。その時の記事は、

政府により立ち入り禁止となったペルーのイルカ大量死現場周辺の海岸
 2012年05月09日

などにあります。

当時、最も多くイルカの死体が漂着したのが地図の下のあたりです。

lima-2014.jpg


そして、そのペルーで、またも、死亡したイルカが大量に打ち上げられる出来事が起きています。
その数、約 500頭。

冒頭に貼りましたような報道が南米のスペイン語圏で非常に多く報道されています。

まだ調査が始められたばかりで、原因はわかっていませんが、前回の 2012年の時も、結局、数千頭のイルカが死亡した理由は、様々な推測はあったものの、断定された原因は報道にはならなかったと記憶しています。



2012年のソチでの数百頭のイルカの大量死の原因は

そういえば、その同じ頃、黒海のソチでもイルカの大量死が起きていました。
今回の冬のオリンピックがおこなわれる場所です。

そのことについては、

黒海の大量死: ロシアのリゾート地「ソチ」の海岸に連綿と連なるイルカたちの亡骸
 2012年06月11日

という記事でご紹介したことがありますが、このイルカの大量死とオリンピックには、「もしかすると」関係があった出来事だったかもしれません。

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▲ 2012年5月24日の Radio Free Europe より。


上の2年前の報道では、


イルカがソチの海岸に打ち上げられ始めたのは、数週間前のことだ。イルカは、ウクライナ側の黒海沿岸にも打ち上げられた。環境保護団体によれば、現在までに、イルカなどの大型生物を含めて約3百匹の海洋生物の死体が見つかっているという。

(中略)

ソチは 2014年の冬季オリンピックの会場に選ばれているが、それ以来、ソチ周辺の汚染物質の濃度が高くなったという。ソチでは建設ラッシュに制限が設けられておらず、このままではソチ独自の生態系が回復できない状態にまで破壊されてしまうのではないかと懸念されているという。




とありました。

オリンピックの地は、それが終われば、多くの人々に忘れ去られますが、仮に生態系が崩壊したままなら、さらに海洋生物の大量死はソチでも続いていくのだと思います。大量の金メダルの表彰台は大量のイルカの「死霊」で作られているという概念・・・なんてことは書いちゃいけないことでしょうかね。


ちなみに、黒海で死亡したイルカたちは、「アゾフ海」という内海から移動してきたものらしいのですが、そのアゾフ海の水はその年の夏に「真っ赤」になりました。

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▲ 過去記事「赤の意味(1): 再び現れた赤い海と赤い雨」より。


「いろいろなことが連なっている」というようなことも今となって、気づいたりすることもあります。

そして、昨年から記していますアメリカ東海岸のイルカの大量死も、相変わらず続いています。






アメリカ東海岸の2013年のイルカの大量死の総数は平年の10倍に

これまで、こちらの記事こちらの記事などに、 NOAA (アメリカ海洋大気庁)のデータを掲載していました。

2013年 1月 1日から 11月 24日までのイルカのアメリカ東海岸のイルカの座礁数

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▲ 過去記事「東の海ではイルカの大量死、そして、西の海ではザトウクジラの狂乱の渦中にあるアメリカ」より。


今年 1月 26日、アメリカ海洋大気庁は 2013年の1年間を通したアメリカ東海岸でのイルカの大量死のデータを発表しました。

dol-2007-2014.gif

アメリカ海洋大気庁より。


上の総数で示されたアメリカ東海岸のニューヨーク州からフロリダ州とは下のエリアを指します。

noaa-2013-01-26.gif

アメリカ海洋大気庁より。


その中で、最もイルカの漂着が多い、ニューヨーク州、ニュージャージー州、デラウェア州、メリーランド州、ヴァージニア州、そして、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、ジョージア州、フロリダ州の9つの州での正確なイルカの死亡総数は下の表の通りです。

noaa-map-02.gif

アメリカ海洋大気庁より。


これを見ると、2013年は平年の10倍近い数となっていることがわかります。

今のところ、減る気配を見せていません。

そんなわけで、どんな世界に生きているのかよくわからない、まるで、霧の中を歩いているような状態で生きている私たちですけれど、それでも世界は続きます。

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2014年01月26日



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計算の宇宙の中に生きる科学者もまた真実に到達しつつあるのかもしれない

何だかもう異常に長いタイトルになってしまっていますが、最後の「考え込んだ2日間」というところが本題で、つまり、昨日は「あるふたつの記事」を見まして、しばらく考え込んでしまいました。そして、考えるだけで終わって何も書けなかったのですが、今日もうまく書けそうにもないです。

そのふたつの記事とは、まず下の記事。

hawking-no-blackhole-03.gif

▲ 2014年1月24日の英国デイリーメールより。


タイトルの通り、スティーブン・ホーキング博士が、「ブラック・ホールというものは存在しない」と発表して、物理学の世界は大騒ぎとなっているという話です。

これは、他にも多くの科学系メディアで報じられています。

翻訳しようと思ったのですが、その「なぜブラックホールが存在しないという結論に至ったか」という理論の部分が私にはとても難解でした。待てば数日のうちに、日本のどこかのちゃんとした科学サイトが内容を紹介してくれるだろうということで、詳細はともかくとして、同じ日にもうひとつの下の報道を目にしたのです。

The Most Powerful Black Hole in the Univers

▲ 2014年1月24日の Daily Galaxy より。


タイトルにある英語のクァドリリオン( Quadrillion )という単位は、辞書的には、アメリカなどでは 1,000の 5乗ということで、

1,000,000,000,000,000

というような単位。

ドイツやイギリスでは 1,000の 8乗ということで、

1,000,000,000,000,000,000,000,000

というような単位になるそうで、とにかく果てしなく大きい単位であるわけですが、 NASA のチャンドラ観測衛星が、太陽の数千兆倍から 数京倍もの大きさのある銀河団を観測していることに関しての報道でした。

そして、この RX J1532 と名付けられた銀河団の中心には「知られている中で最大のブラックホール」が存在していると考えられるということが書かれています。


さて、しかし。


ホーキング博士が「ブラックホールは存在しない」と述べ始めた。

そして、実は私も以前から「ブラックホールというものは存在しないものなのではないか」と考えることがありました。別に難しい理論からそう考えたのではなく、単純なことからそう思っただけですが、そのあたりは過去記事の、 2012年に「発見された 130億年前のブラックホールが放つ矛盾」などに記したことがありました。

CLG-J02182-05102.gif


上の記事で、私は「私たちがブラックホールと呼んでいるものの正体は何なのか」として以下のように書いています。


ところで、そもそもブラックホール(と呼ばれているもの)とは何なのか

報道(新聞やテレビでさえも)などでも「ブラックホール」という言葉は完全に定着していて、あたかも「確定した現象であり存在」として報道されたりしています。

今回の記事に興味を持ったのは、そこに私と同じような疑問のコメントがあったからです。その130億光年の場所のブラックホールの報道記事のコメントに下のようなものがありました。


「今の宇宙モデルでは、ブラックホールは、惑星や銀河より先に形成されるのですか? 誰か教えて下さい」


確かに、ビッグバンとされる130数億年前の「直後」にブラックホールがあるということは、このブラックホールは「他の惑星や銀河より先にできた」ということが考えられます。

(@_@) ?





そもそも、ブラックホールという名称は、ブラックホール - Wikipedia を読みますと、


ブラックホールとは、極めて高密度かつ大質量で、強い重力のために物質だけでなく光さえ脱出することができない天体である。名称は、アメリカの物理学者ジョン・ホイーラーが1967年に命名した。



というように、概念として命名されてから、また 40年しか経っていないとても歴史の浅い概念です。

また、上の記事で Wikipedia から下の部分を抜粋しています。
気になる部分をこちらで赤字にしてあります。


ブラックホール - Wikipedia より。(赤字は私によるものです)

ブラックホール

ブラックホールとは、きわめて高密度で大質量で、きわめて強い重力のために物質だけでなく光さえも脱出できない天体のこと。きわめて強い重力のために光さえも抜け出せなくなった時空の領域、とされている

21世紀初頭現在、ブラック・ホールは仮説的存在であり、ブラックホール自体を直接観測することにはまだ成功していない。だが、宇宙の特定のエリアにおいて、ブラックホールが存在すると想定すれば、理論的に予想される物質の運動に相当する宇宙ジェットや、降着円盤やブラックホールに吸い込まれていく物質が出すと理論的に予想されるX線は観測されていることから、ブラックホールが実際に存在することはほぼ確実だろうと多くの科学者から見なされている。



全編を通して、仮定の表現が使われていることを知ります。


まあ、ホーキング博士に関しては、「科学は創造者の助けなしで宇宙を説明することができる」というような奢った言葉の連発を聞くにつれて、実はあまり好きではない科学者のひとりでした。しかし、その「計算の宇宙」に住む彼の生き方も何となく理解できるようになってきました。




ホーキング博士への感情の寛解

2011年の記事ですが、

理想を持たない科学: ホーキング博士の言葉をきいて
 2011年11月23日

という、やや感情的に書いたようなものもありました。

そこでは、ホーキング博士の言う、「銀河系で知的生命がいる星は地球だけで、地球にエイリアンは来ない」という意見に行き着いた理論的な思考があまりにも単純で失望したということもあります。

たまに書くことがありますが、私もホーキング博士と「結果としては同じ」ように、地球に宇宙のエイリアンが来ているとは今では思っていません。これは3年くらい前から確信に近いものがあります。しかし、その理由は「ホーキング博士とはまったく逆の意味」なのです。

過去記事から抜粋しますと、下のような概念が「地球に宇宙から宇宙人は来ない」と思う理由の根幹だと私は考えているのです。



宇宙にはどこまでも太陽系と同じような形とシステムの恒星系があり、その中の多くにも「太陽」と「地球」が存在していて、その数は文字通りに無数にあり、人類が存在する数もその通りに無数の数だと考えられる。



からです。


star-system.gif

▲ 最近、天文学者たちは「銀河系には数百億以上の地球と似た惑星がある」と発表しました。上の図は、この数年間で大量に発見されている「太陽系と似たような恒星システム」の一部です。2013年11月4日の米国 newsy より。





物理学的にはどれだけ未来になっても行くことのできない地球型惑星

この数年くらいは、地球型の惑星が非常に多く見つかっていますが、それでも、どの惑星も近くても十数光年以上の距離です。

(参考記事)
・別の太陽系の「地球の双子」が NASA により「確定」される
 2011年12月06日

kepler-22-23.jpg

▲ 上の記事よりNASA が発表した「ケプラー22システム」という恒星系と私たちの太陽系を比較した図です。


仮に、地球に「光の速さで動く乗り物」が作られるとします。あるいは、量子テレポーテーション技術のような、光の速さで物質さえも転送できる技術が確立したとします。

しかし、上のケプラー22b にしても、「行くのに 600年」。
戻るのにも 600年かかります。
ひとつの通信にもそのくらいの時間がかかります。

あるいは、比較的近い生物が住めそうな惑星とされているグリーゼ581までなら、たった 20光年

gliese581.jpg

▲ グリーゼ581 の想像図。 Boston.com Gliese 581g より。

20年かけて到着。

グリーゼから当地の状況を無線で地球に送っても地球に届くのが 20年後。
地球からグリーゼに返信して、また 20年。

連絡と往復だけで、あっというまに 100年近く・・・。


馬鹿馬鹿しいことを書いていると思われるかもしれないですけれど、これが現実であって、そして、これがいかに現実的なことではないことかということもおわかりかと思います。

近い近いといっても、「光年」というのは十分に遠いです。

この状況を打破するには「光の速度が最も速い」という物理学が完全に崩壊するしかないでしょうが、それはかなり難しい。

現状の科学では、上の惑星などと比べると比較にならないほどすぐ近くにある火星にまでさえ有人飛行はいまだできない。


じゃあ、話を変えて、もっともっと科学も人類も進化して、例えばそのうち、人類には肉体的な形も必要ないような「精神的な存在」の時代になるというようなスビリチュアル的な時代がくるとする。

つまり、「時間も空間も関係ないような人類の時代」が来るとする。

それならそれで・・・なんと、もう他の惑星にいく必要さえないわけです。
なぜなら、時間も空間も関係ないなら、物理的な移動には何の意味もないからです。

どう転んでも、遠い宇宙に物理的な移動を目指すことにはどこかに無理が生じてしまいます。


まあ、しかし、このような不毛な話はともかくとして、ホーキング博士の話からずいぶんと逸れてしまったのですが、確かに、ホーキキング博士は今でも「計算だけで作られる宇宙のお花畑」の中にいる人のようです。

それでも、その「計算の中の宇宙」からも真実が生まれ出てくるのかもしれないと思うと、ホーキング博士の、一種、奢ったように聞こえる言葉の数々も、「彼の特性」として寛容に考えるべきだったと、短気な自分を情けなく思います。

そんなわけで、ホーキング博士との自分の中の軋轢も消えつつあり、そして、次は、ビッグバンも進化論も、あるいは有限の宇宙すべてが消えていく時にさしかかっているのだと思います。


というわけで、今日はほとんど無駄話のようになってしまいましたが、過去記事に記した「お釈迦様の言葉」を引用したフレッド・ホイル博士の文章で締めたいと思います。

ブッダの安堵: 科学が到達しつつある「宇宙に存在するあまりにもたくさんの他の地球と生命」
 2011年05月25日

という記事からのものです。



フレッド・ホイル著「生命はどこからきたか」 第15章より

紀元前六世紀に、ゴータマ・ブッダの世界観はすでにコペルニクス革命以後に入っていた。彼は宇宙が、各々がわれわれの惑星系と似た数十億の ”小さな宇宙” から成り立っていると記している。ブッダの対話形式になっている古い仏教の教典のなかに無限の宇宙について述べられている。

「無数の太陽、無数の月、・・・、無数のジャムブディパス、無数のアパラゴヤナス、無数のウッタラクラス、無数のブッダビデバス」

ジャムブディパスとは当時の北インドの人々が知る限りの人の住んでいる地域を表す単語である。この対話から、ブッダが生命と意識(彼はすべての生命に意識があると考えていた)が宇宙の構造に全体として結びついていて別々にできないものと捉えていたことは充分に明らかである。





この文章に宇宙構造の根本が示されていると私はずっと思っています。

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2014年01月23日



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収集のめどがつかない、ウクライナ、タイ、ルーマニア、エジプト、イラク、トルコ、ギリシャ、イラク、シリア、ロシアなどの混乱状態


ukrn-warzone.gif

▲ もはや内戦状態といっていいウクライナ。 2014年1月22日のロシア・トゥディより。



今は真夜中なんですが、夢で目がさめてこれを書いています。

夢は、どこかの駅での大規模な爆発と戦闘に巻き込まれる夢で、非常に疲れて目覚めましたが、最近はこのような夢がとても多いです。

しかし、現実のほうに目を向けますと、そんなような夢とさほど大差ない現実が並んでおりまして、そんな世界に住んでいるのだから、そんな夢を見続けるのも当然なのかもしれません。

今回は、現在進行している世界のいくつかの社会的混乱の概要をご紹介します。

それらの混乱や暴動の個別の社会的背景の詳しいところはわからないことも多いですので、あくまで表層的なご紹介です。






聖書の世界にたとえられる現在の世界の中で

今年の元旦頃に、アメリカの BBS で、

「私たちは聖書のイザヤ書 17章の世界にいる」

というタイトルの記事を読んだことがあります。イザヤ書 17章とは下のようなものです(抜粋)。ちなみに、ダマスコというのはシリアのダマスカスのことだそう。


イザヤ書 17章からの抜粋

見よ、ダマスコは都の面影を失い/瓦礫の山となる。

ダマスコからは王権が絶える。アラムに残るものは/イスラエルの人々の栄光のようになる」と/万軍の主は言われる。

その日が来れば、ヤコブの力は弱まり/その肥えた肉はやせ衰える。

お前は救い主である神を忘れ去り/砦と頼む岩を心に留めていない。それなら、お前の好む神々にささげる園を造り/異教の神にささげるぶどうの枝を根付かせてみよ。

ある日、園を造り、成長させ/ある朝、種を蒔き、芽生えさせてみても/ある日、病といやし難い痛みが臨み/収穫は消えうせる。

災いだ、多くの民がどよめく/どよめく海のどよめきのように。国々が騒ぎ立つ/騒ぎ立つ大水の騒ぎのように。

国々は、多くの水が騒ぐように騒ぎ立つ。だが、主が叱咤されると彼らは遠くへ逃げる/山の上で、もみ殻が大風に/枯れ葉がつむじ風に追われるように。

夕べには、見よ、破滅が襲い/夜の明ける前に消えうせる。これが我々を略奪する者の受ける分/我々を強奪する者の運命だ。




ここに出てくるヤコブというのは Wikipedia によりますと、


> 旧約聖書の創世記に登場するヘブライ人の族長。別名をイスラエルといい、イスラエルの民すなわちユダヤ人はみなヤコブの子孫を称する。


だそう。


そして、現実は、聖書の舞台となった中東という範囲をはるかに越えて、

> 国々は、多くの水が騒ぐように騒ぎ立つ

という状態になっています。

というわけで、現在、暴動が起きている国の中からいくつかの報道の概要です。シリアやイラク、エジプトなど中東に関しては多く報道されていると思いますので、他の国について取り上げます。



ウクライナ

ウクライナでは反政府デモから、次第に「内戦」の様相を呈してきています。

ukn-gun.jpg

▲ ウクライナの首都キエフで暴動に参加する市民。すでに市民側も銃やガスマスクで武装している様子がうかがえます。ロシア・トゥディより。


ちなみに、ロイターによれば、ウクライナの国債も大きく下落(利回り 9.40%)しているようで、いろいろな意味でウクライナという国家そのものの存亡の際にいるような感じです。




タイ

タイで起きている暴動というか、抗議デモについては、日本の報道でもわりと報じられているのですが、 1月 13日に「首都閉鎖」というスローガンを掲げてヒートアップしている抗議デモに対して、 1月 21日にタイ政府は非常事態宣言を発令しました。

th-nhk-01-21.jpg

▲ 2014年1月21日の NHK より。


非常事態が宣言されると、集会などに対して強制的な阻止や排除等が可能となりますので、これで少しはタイの情勢も鎮圧されるかと思った人もいました。

そして、下はタイの首都バンコクの非常事態宣言の翌日の報道です。



22日もバンコクで反政府デモ 首相脱出、航空局閉鎖
newsclip.be 2014.01.22

th-shutdown.jpg

▲ 2014年1月22日の newsclip より。

タイ政府がバンコクなどに非常事態宣言を発令した初日の22日、バンコクの主要交差点を占拠している反政府デモ隊は非常事態宣言を無視して占拠を続けた上、バンコク都内各所にデモ行進し、政府の命令を無視する姿勢を鮮明にした。

デモ隊の1団約500人はインラク首相兼国防相らが執務していたバンコク郊外ムアントンタニの国防次官事務所に押し寄せ、首相とスラポン副首相兼外相は裏門から脱出した。





要するに、非常事態宣言の発令は何の抑止効力もなかったということになります。次におこなうとすれば、武力的な阻止ですが、そうなるとタイは混乱の極みにいたる可能性もあります。

ちなみに、報道では、在タイのアメリカ大使館は、バンコク首都封鎖が始まる3日前の1月10日に、タイの自国民(アメリカ人)に対して、現金1週間分と、食料、水、医薬品を2週間分備蓄することと、また、携帯電話を準備するように助言しています。


アメリカは外国の自国民に対しての警告を迅速に、また数多くおこなう国でもありまして、オリンピックがおこなわれるソチにも明確な「警告」を発しています。テロの発生が続いていることによるものなので、当然といえば当然の注意喚起ですが、下のはアメリカ国務省のウェブサイトに1月10日に掲載された文書です。

アメリカ国務省が発令した「オリンピック観戦でソチへ渡航する人たちへの注意情報」

ru-alert-2.gif

▲ アメリカ国務省 Russian Federation Travel Alert より。


これはテレビなどでも繰り返し報道されてます。このようなこともあって、もともとロシアにまでオリンピックを観戦しに行くアメリカ人が多いとは思えませんが、さらに減るものと思われます。

日本では次第に報道が少なくなっていますが、ロシア南部の連続テロは収まっていないようで、 1月 18日にもレストランが爆破されています。

ru-explosion-01-17.gif

▲ オリンピックが開催されるソチの属するロシア南部にあるダゲスタン共和国のマハチカラで1月17日に起きた爆破。警戒中の警官を含め、7名が負傷。2014年1月17日のロシアの LENTA より。


さらには、


ソチ五輪を前にハンガリーにテロ脅迫状
nikkansports.com 2014.01.22

ソチ冬季五輪を前に、ハンガリーのオリンピック委員会は22日、同国代表団が五輪に参加すればテロ攻撃を加えると脅迫する電子メールを受け取ったことを明らかにした。国際オリンピック委員会(IOC)やイタリア、ドイツ、スロベニアのオリンピック委員会にも同様の脅迫状が届いた。



というようなことも起きていて、国際オリンピック委員会は「イタズラ」だと即断していますが、治安の専門機関ではない国際オリンピック委員会の即断はあてにならない気もします。



とはいえ、日本人にはソチオリンピックは大人気のようで、産経ニュースの「ソチ五輪 高額、不便…でも行きたい 堅調ソチツアーに「東京」効果?」という記事によれば、


100万円前後の高額旅行でロシア入国のビザが必要。ソチ五輪観戦ツアーは過去の大会と比べ「気軽に行きやすい」とは言えないハードルの高さが特徴で、不振も心配されたが、旅行会社各社によると「販売は堅調」。日本のメダルラッシュへの期待に加え、2020年東京五輪開催決定で関心が高まったようだ。



ということで、ソチへ行く日本人の方は多いようです。

このことに関しては何も言うことはないですが、楽しい旅になることをお祈りします。

もちろん、最大の安全策は取られたほうがいいです。今回の場合は「生きてソチから帰って来る」ことが最大の目的となりそうですので、一般的なサバイバル本を一読されてからソチ・オリンピックに向かうというのもいいかと思います。



さて、話が逸れましたが、他にも、見出しにしましたように、ルーマニア、トルコ、ギリシャなどで市民暴動の嵐が吹いています。

以下、報道とタイトルの羅列となりますが、ご紹介しておきます。


トルコ

tk-riot.gif

▲ 2014年12月27日のロシア・トゥディより。


このトルコの反政府デモは、ややお祭り騒ぎの感じのあるタイのデモなどとは違い、「市民の装備に完全性が見られる」という点で本気度が伺えます。

下の写真の人は、ガスマスクをつけていますが、この直前に警察隊の放水車の放水を受けながらピースサインを出した後にゆっくりと歩いて戻ってきている様子です。

tk-gas.jpg

RT より。

後ろに写っている人も、ガスマスクとリュックサックを背負っていて、この光景などは 2009年 1月に起きたギリシャの若者たちによるデモを思い出します。 2008年の暮れから始まったギリシャの抗議デモは、若者が警官に撃たれて死亡したことから始まったものでしたが、参加者たちはインターネットを使って、「理想的なスタイル」を共有します。それは、

パーカー
リュックサック
ガスマスク

の3点で、この格好で行動することを推奨していました。

gr-2009.jpg

▲ 2009年1月のギリシャの学生たちによるデモ。多くの若者たちが上の「3点セット」で参加しています。リュックには水と食糧、医薬品などが入れられます。パーカーはどこでも眠ることができるためです。


そのギリシャでは、現在も市民による抗議運動が連日のようにおこなわれているようなのですが、しかし、それは当時とは内容が違い、現在のギリシャは、「アンチ・ファシズム運動」の報道が多いです。

gr-af.gif

▲ 2014年1月17日の YouTube より。


現在のギリシャの政治は詳しくないのですが、どうやら現在のギリシャでは極右のファシズム的政党が大きく台頭しているようです。

下のは、黄金の夜明けというギリシャの政党だそうで、 AFP の 2013年 11月の記事によりますと、ギリシャで支持率を大幅に伸ばしているとのこと。

golden-dawn.jpg

The Greek far right より。


しかも、すでにギリシャの国会にはこの党から 18人の国会議員が在籍しているということで、なかなか、先行きとして波乱含みではあります。

前回の記事のタイトルに、「荒れ狂う地球の姿がはっきりしてきた」と入れましたけれど、天候や環境のこととして入れたのですが、「人間そのもの」も十分に荒れ狂っているとはいえそうです。

私個人も、心身共にあまり好調とはいえないですけれど、まだまだ激しい夢を見る日が続きそうです。

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