2013年01月29日



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あらゆる手段で「光」を求める生命: フンコロガシの行動、松果体の意味、そして「太陽神の目」の実体





▲ 「ラーの眼」(あるいはホルスの眼)と呼ばれる古代エジプトのシンボル。古代エジプトの神「ホルス」の右目は太陽を、左目は月を象徴していたとか。過去記事「2008年、なぜ世界中の海軍は海賊征伐の目的でアデン湾に向かったのか」より。






 

天の川銀河の星の「光」をナビとして使っていたフンコロガシ

昨日くらいに、「フンコロガシが銀河の光を道しるべにしていた」という科学報道があって、翻訳してご紹介しようと思っていたのですが、今朝になり日本語の報道でもいくつか目にしましたので、そちらのリンクを貼っておきます。

フンコロガシ、天の川を道しるべにまっすぐ移動 研究
 AFP 通信 2013.01.28


フンコロガシは天の川の光を頼りにまっすぐにふんを転がすという研究結果が、米科学誌カレント・バイオロジーに発表された。

南アフリカのウィットウォータースランド大学の生物学研究チームは、地元のプラネタリウムで夜の空を再現し、フンコロガシの行動を観察した。その結果、脳は小さく、視力は弱いフンコロガシが、天の川の星々の光を頼りにまっすぐ進み、ふんを奪い合うライバルのいる場所に円を描いて戻らないように移動していることが分かった。



というものです。
海外では、天の川銀河の写真とフンコロガシを対比させた写真などを使った記事などがいくつかありました。


dun.jpg

▲ 米国の科学サイト Sci-News より。


どうして、このニュースに興味を持ったのかというと、これが「光の感知」に関しての話だったからです。


もっというと、個人的にはこの話は「松果体」に行き着きます。


今回のフンコロガシの話と松果体が直接関係あるということではないですけれど、「宇宙の光を追い求める地球の生物の器官」という意味でそこに行き着くというような感じです。

光の「松果体と光の関係」に興味を持ったのは、2年ほど前、米国の大学の日本人科学者が、「目を持たない魚が松果体で光を見ていることを突き止めた」という記事を書いた時でした。

しかも、曖昧に光を感知しているのではなく、この魚たちは「光を直接感じとっている」のです。つまり、「松果体で直接光を見ている」という意味のことで、かなり衝撃的な発表だったと今でも思います。

記事は、クレアの「ペアである自分(2) 宇宙の場所」に載せたものです。

少し抜粋しておきます。


Blind Fish Sees With the Pineal Gland

目を持たない魚たちは松果体で見ていた

mexico-fish.jpg


メキシコの淡水に住む熱帯淡水魚には2つの種族に属するものがいる。

ひとつは、陸地の川に住んでいる目を持つ種類。もうひとつは、洞窟の中に住んでいるもので、こちらの種類は目を持たない。

この目のないメキシコの淡水魚は、眼原基(目の前段階のもの)自体は、胚として成長するが、その眼原基は幼生の時にウロコで覆われることにより退化してしまうために、器官としての目にはならない。

そのため、彼らは目を持っていない。

これまで、目を持たないこの魚は光を感じ取ることはできないと思われてきたが、メリーランド大学の研究者たちが2008年に「ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・バイオロジー」紙に発表した研究論文によれば、「別の方法で見ている」ことが明らかとなった。

この魚の目は機能していないが、脳の中央近くにある松ぼっくりの形をした内分泌腺の「松果体」で光を検出していることがわかったのだ。松果体は皮膚の奥深くにある器官であるにも関わらず、この器官で光を感知できているという。

この松果体は、いくつかの脊椎動物では「第3の目」としての器官として知られているという。



記事は、以下、実験の具体的な方法が記されている部分ですので、割愛しました。


ここに出てくる「松果体」。
人間では下の位置にあります。



▲ 松果体は、医学的な意味では、メラトニンというホルモンを作り出すことに関与していること以外の役割はほとんど不明です。


上に出てくるメキシコのない魚では、「想像上」ではなく、「現実としての光」を松果体で見ていることがわかったのですが、この報道で私が思ったのは、「・・・ということは、松果体を持つほぼすべての動物は本来、このメキシコの魚と同じ能力を潜在的に持っているのだろうなあ」ということでした。

なぜなら、脊椎動物というのは、大体において、「器官の役割は似たようなもの」だからです。

通常の地上に住んでいる多くの脊椎動物は、人間も含めて、目や耳や口の役割は、基本的な機能としては同じような感じだと思います。もちろん、わかっていない動物たちの機能は多くあるわけですけれど、共通している部分が多いことも事実です。


「目」に関しては、地中深くなど暗闇にすむもので、目で光を感知できない場所で生きているような動物の多くは、「目」ではなく「松果体」で光を捕らえているのだと思いますが、実はそれは「目の代用ではないかもしれない」ことも、上の実験でわかっているのです。


つまり、「目がないから、代わりに、松果体が発達したのではない」ようなのです。

というより、「光の探知に関しては目より松果体のほうが役割が大きい」ことが上のメキシコの魚の実験でわかっています。

上の実験では、実はその後、目や松果体を取り除いたりする、やや残酷な実験となっていくのですが、その結果は驚くべきものでした。


両眼を取り除かれた陸地の魚と洞窟の魚は両方が従来と同様の振舞いを示したが、松果体が取り除かれた魚では、約10パーセントの魚しか影への反応をしなかった。



つまり、目がある魚も、主に松果体を使って光を見ていた、ということがわかったわけです。

普通に考えると、「目がある」と「目がない」というのは表面的な大きな違いに見えますが、少なくとも上のメキシコの魚に関しては、光を探知する機能としては、「ほとんど違いはない」ということがわかったのです。



「太陽神の眼」は「人間の第3の眼」の象徴なのか?

その「光を見る」松果体の構造。上にその場所の簡単な位置の図を載せましたが、さらに、詳細な図としては以下のようになります。

pituitary_pineal_glands_ja.JPG

松果体 - Wikipedia より。



さて、今回の記事は「フンコロガシ」で始まる記事だったのに、冒頭には下の「ラーの眼(ホルスの眼)」と言われている図を載せましたが、その理由がこのあたりから始まります。


ra-eye.jpeg


米国の BBS 記事に下の図が掲載されていました。

脳は模型です。

日本語はこちらで入れていて、名称には間違いがあるかもしれないですが、大体のところです。

third-eye.jpg


さらに、下の図も。
こちらは脳全体との対比となっています。


eye-3.png


記事そのものは、報道ではなく、松果体に関しての一般的な「神秘的意味」というものをまとめたもので、特にご紹介はしませんが、下のリンクです。

Secrets Of The Third Eye, The Eye Of Horus, Beyond The Illuminati
(第三の眼の秘密、ホルスの眼、イルミナティを超えて)


このタイトルにある「イルミナティを超えて」というのは何のことかよくわからなく、また本文のほうでも特にふれられていないのですが、画像検索などをしていると、どうも、この「ホルスの眼」のイメージは、イルミナティなどと絡んで、「悪い象徴」として語る派というものが存在するようです。

何かこう、下のような図案の概念と同一視しているのかもしれません。

ilm.jpeg

▲ 陰謀論の引き合いとして出されることが多い「眼」のマーク。これはドル紙幣の裏。



しかし、まあ・・・それを言い出すと、眼のマークは全部、陰謀というようなことになりかねなくて、つげ義春の「ねじ式」なんかもヤバくなりそう。

tsuge.jpg

▲ 漫画家、つげ義春の代表作『ねじ式』(1968年)より。クラゲに腕を刺されて病院を探すけれど、その町には眼科しかない。



まあ、「なんでもかんでもやっちまえ!」のフレーズというのはこの世の常でありまして、この「眼」の話も、昨年の過去記事の「殺され続ける詩人シナ」でふれました、シェークスピアの舞台劇『シーザー』の中のも、「どうだっていい、名前が同じだ・・・やっちまえ、やっちまえ」というフレーズを思い出します。



まあ、それはともかく、Wikipedia の「松果体」には、「松果体の哲学や象徴としての意味」についての記述もあります。

それを抜粋しておきます。


松果体 - 哲学との関連

デカルトは、この世界には物質と精神という根本的に異なる二つの実体があるとし、その両者が松果体を通じて相互作用するとした。デカルトは松果体の研究に時間を費やし、そこを「魂のありか」と呼んだ。

松果体は眠っている器官であり、目覚めるとテレパシーが使えるようになると信じる人もいる。

「松果体の目」という観念は、フランスの作家ジョルジュ・バタイユの哲学でも重要なものである。批評家ドゥニ・オリエは、バタイユは「松果体の目」の概念を西洋の合理性における盲点への参照として使っていると論じている。



上のジョルジュ・バタイユというフランスの作家なんですけれど、私は読んだこと自体がないのですが、若いには、日本のパンクスたちの間で絶大な人気を誇っていました。

バタイユの文学作品のタイトルをそのままバンド名としているものもたくさんあったし、今もあると思います。

日本だけでもバンド名として使われたバタイユの作品タイトルとしては、

『太陽肛門』(1931年)
『マダム・エドワルダ』(1941年)
『ラスコー』(1953年)


などがあります。
アルバム

butti.jpg

▲ 晩年のジョルジュ・バタイユ。




バタイユにとっての松果体

また、今回調べていてはじめて知ったのですが、太陽の誘惑というサイトによりますと、ジョルジュ・バタイユには、『松果体の眼』という松果体そのものの名前が使われるような未完の作品があるらしいです。

ここでは「松果線」と訳されていますが、松果体のことです。

その内容は上のページから抜粋しますと、


『松果腺の眼』。未完に終わったこの幻想的テキストは、この時期のバタイユの探求の痕をいちばんよく見せているように思われる。

題名からすると、『大陽肛門』での火山の主題を展開しようとして発想されたようだが、火山のイメージはこの著作では背景に後退し、関心は松果腺の眼というやはり奇怪な幻想へと移ってゆく。

松果腺の眼とは何か。

人間の頭蓋の上部には一個の分泌腺があって、松果腺と呼ばれているが、この分泌腺の作用はよく解明されていず、ある生理学者たちは、〈眼球となるはずだったが、発展しなかった〉ものと考えている、とバタイユは書く。この未発達に終わった眼は、肛門に発端を持っている、と彼は考える。

前述のように猿はエネルギーを集約し発散させる突出した肛門を持っているが、この肛門のありように変化が起こるのだ。猿は森から出て、後足で歩行を始め、直立の度合いを高める。するとこの肛門は両足の間に引き込まれてゆく。こうして人間が成立するとき、肛門は尻の奥に隠されてしまう。

肛門のこの隠蔽は太陽との直結性の隠蔽であり、この隠蔽によって人間は自律的な存在となるのだ。

しかしながら、肛門のこの隠蔽は、それで平穏に完了するのではない。

内部に貯め込まれたエネルギーは、新たな出口を求める。それは直立に向かう人間の動きに従って、上方に向けて集中され、まさに太陽との直接的な関係を回復しようとして、頭頂に開口部を求める。

こうして頭蓋に大陽に向かう眼球が生じようとする。
それは、水平方向に働き、対象を捉え、有用な世界を組織してゆく眼ではなく、垂直方向にのみ作用し、大陽を見るためだけの眼である。

それが松果腺の眼だ。

太陽から火山を経て肛門へ受け渡されたエネルギーは、異様な眼を作り出すことで再び太陽へ回帰しようとする、とバタイユは論じる。




もう・・・何が何だか私には理解できないですが(苦笑)、多分、ラストの部分から考えると、バタイユは、

「松果体の役割は、太陽から火山を経て肛門へ受け渡されたエネルギーを、松果体を通して再び太陽へ回帰させること」

と考えたように読めなくもないです。

なるほど、「松果体は光を見る機能」を持つことが上のメキシコの魚の実験などでわかっているわけで、太陽を探し出す機能としては一理あります。

ちなみに、上の他のページの他の部分によれば、バタイユがこの『松果体の眼』という小説を思いついたのは、「動物園でサルのお尻が赤くなっているのを見たとき」だったとか(笑)。



しかし、上のページを読んでいると、若者たちがバタイユに憧れた理由もわかるような「ソソる文言」が並んでいます。上のページでバタイユの著作に出てくるフレーズ・・・たとえば・・・、

・「死にゆく私」と「死にゆく神」の間

・人間の自己としての存在を意識することを超えてしまう「完全な超越性」

・残酷と汚辱のなかで、神でも虚無でもなく破局となって最後に現れるのはただ物体である世界


のようなフレーズ。
どうもソソる感じですね。

若い時の私はこういう難しいことにまったく興味がなかったですが、今ならちょっと興味あるかもしれません。


さて、フンコロガシから始まって、なんだかわからない展開となってしまいましたが、「未来の人類の進化」のひとつには、この「松果体の働きの再活性化」というものがあるのではないか、とは昔から言われていることのようではあります。

そういえば、今回の話はフンコロガシと共に、「ホルスの眼」から始まりましたが、バタイユの最初の作品といえる『眼球譚』(1928年)の表紙には下のようなものもありました。

histoire.jpeg

▲ 1967年出版の『眼球譚』の表紙。


さて・・・こんなに長くなっていますが、実は今回のこの部分は「余談」として書き始めたことなのでした。フンコロガシの記事が日本語の記事となっていましたので、今回は、別の記事をご紹介するつもりで書き始めたら、もう何が何だかわからない展開となってしまいました。

その話題は松果体などとはまったく関係のない「飢え」と「カニバリズム」に関係する話で、最近の報道からいろいろと思うことがありました。

次回で書きたいと思います。



  

2013年01月21日



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andromeda-dwarf-galaxy.jpg

▲ 現代の宇宙モデルでは説明のつかない矮小銀河が周回していることがわかったアンドロメダ銀河。地球からの距離は、250万光年程度。






 


現代の宇宙モデル理論の矛盾が早いピッチで噴出し続ける2013年


今年、2013年になってから、宇宙に関しての下の2つの記事を記させていただきました。









どちらも、現代までの天文学や宇宙物理学などでの「宇宙モデル」という概念が崩壊・・・とまでは言わないまでも、説明が難しい事態が観測されているということに関してのものでした。

今回ご紹介するものも同じようなタイプの記事で、米国のメディア「クリスチャン・サイエンスモニター」にとても興味深い記事が載っていました。

それは「アンドロメダ銀河の周囲に現代の宇宙モデルでは説明のできない宇宙構造が見つかった」というものです。今年 1月3 日の「ネイチャー」誌に発表されたものだそう。

このクリスチャン・サイエンスモニターという媒体は、その紙名から宗教的なものとおもわれがちなのですが、一般紙です。そのあたりについては、昨年、このクリスチャン・サイエンスモニター紙から記事をご紹介した、


宇宙空間に「強烈な匂い」が漂っていることを知った日
 2012年07月24日


の中でもふれましたが、キリスト教系新宗教の創始者が創刊(1908年)したためにこのタイトルとなったようです。

ところで、上の「宇宙の匂い」のことは自分でも最近忘れていましたが、そうそう、「宇宙空間ってところには強烈な匂いが満ちている」のですよ。しかも、ステーキっぽいような、金属のような形容のしづらい匂いで。

don-02.jpg

▲ 国際宇宙ステーションで6ヶ月のミッションを終えて地球に帰還した NASA のドン・ペティット宇宙飛行士のインタビューに字幕をつけたもの。「宇宙はどなんな匂いですか?」と質問された時のものです。NASA のYouTube のリンクはこちらです。



今回のアンドロメダ銀河に関しての記事は、私には「どうして奇妙なのか」はよく理解できないですので、あまり余計なことを書かずに翻訳に入ろうと思います。

翻訳の前に、今回の記事に出てくる、アンドロメダ銀河、局部銀河群、についての一般的な説明を Wikiepdia から抜粋しておきます。


アンドロメダ銀河

地球から約239万光年の距離に位置し、およそ1兆個の恒星から成る渦巻銀河である。直径22〜26万光年で、直径8〜10万光年である我々の銀河系(天の川銀河)よりも大きく、局部銀河群で最大の銀河。

また、肉眼で見える最も遠い物体である。




局部銀河群

局部銀河群は、太陽系の所属する天の川銀河が所属する銀河群である。局部銀河群には銀河系を含め、大小およそ40以上の銀河の所属が確認されている。

最も大きい銀河はアンドロメダ銀河で、その重力にひかれて多くの銀河がアンドロメダ銀河周辺に存在する。



ということですが、今回アンドロメダ銀河の周囲で見つかった宇宙構造は「規定外のもの」だったようです。

では、ここからです。





What's going on around Andromeda? Curious structure puzzles scientists
Christian Science Monitor (米国) 2013.01.04


アンドロメダ銀河の周辺で何が起きているのか? 奇妙な構造が科学者たちを困惑させている


科学者たちの研究グループが、アンドロメダ銀河の軌道上の非常に狭いリング上で 13の矮小銀河を発見した。これは、現在の宇宙モデルにはまったく適合しないことであり、科学者たちは当惑している。

それらの 13の矮小銀河は、アンドロメダ銀河の周囲のリング上を、まるで、ゲームをプレイするように宇宙的スケールで動いている。これらを現在の天文学での宇宙モデルでの「銀河の進化」に関する理論で説明することは非常に難しいのだそうだ。

現在の理論にならえば、数十億程度の星からなる小さな銀河は、ランダムにアンドロメダ銀河の周囲に配置されているべきなのだ。

しかし、それらの矮小銀河は、アンドロメダ銀河の周囲を3万光年の厚さで幅が 100万光年の軌道を描き回っている。比較として、アンドロメダ銀河の直系は 22万光年だと見積もられている。

カリフォルニア大学の天文学の研究者であるマイケル・リッチ( Michael Rich )博士によると、「私たちの銀河系を含め、これらのリングは、局部銀河群と呼ばれており、宇宙での最大の宇宙構造を示す代表的なものです」なのだという。

リッチ博士の研究グループは 2013年1月3日に『ネイチャー』にこの観測について発表した。

「局部銀河群」は、1000万光年の幅を持ち、54以上の銀河から構成されている。

現在の天文物理学での銀河進化の理論では、この、アンドロメダ銀河の周囲に現れているようなリングが出現することは考えられないという。

加えると、現在の天文学では、私たちの銀河系(天の川銀河)とアンドロメダ銀河は、約 45億年後に衝突すると思われている。このふたつの銀河の距離は、わずか 250万光年まで近づいている。

リッチ博士は以下のように述べる。

「このアンドロメダ周囲の宇宙構造に関しての明確な説明は今の私たちにはありません」。

フェルミ国立加速器研究所の天文学者クリス・ストートン(Chris Stoughton )博士は、これらの構造を理解することは、宇宙の「暗黒物質」の謎の解明にも関係するかもしれないと述べる。

暗黒物質とは、成長する銀河の繭(まゆ)を形成する足場を提供したとされる。しかし、暗黒物質は光線を発しないので存在を直接見つけることができない。天文学者たちは、暗黒物質を重力の影響からその存在を推測してきた。





(訳者注) 余談になりますが、過去の In Deep の記事にも「アンドロメダ」という言葉は出てくるのですが、それは、作家の埴谷雄高さんのことについて書いた時のものでした。

翻訳も終わりましたし、少し書かせていただこうかと思います。
上の記事の内容とは関係のない話ですが。




アンドロメダ兄弟を探して


過去記事の、

「宇宙は人間そのもの」という結論を夢想するとき
 2012年03月19日

という記事で、NHK が 1995年1月13日に「 ETV特集」という当時のテレビ番組で、5日間連続で放映した「「埴谷雄高独白 死霊の世界」」の中からの埴谷さんの言葉を抜粋しています。

haniwa.jpeg

▲ 「埴谷雄高独白 死霊の世界」の中の埴谷雄高さん。手に持っているのは、ハンガリーの「トカイ」というワイン。数ヶ月にわたるインタビューの間、いつでもこのトカイワインを飲み続けていました。


この「「埴谷雄高独白 死霊の世界」」を見たのは 1995年ですから、もう18年前のことのようですけれど、当時も今以上にテレビを見ない生活だったんですが、偶然、他の人の部屋のテレビで流れていたものでした。そして、友人にビデオに録画をしてもらって、その後何度も見ました。

その時まで、この「埴谷雄高」という老人が誰なのかも知らなかったし、「死霊(しれい)」なんていう小説の存在も知りませんでした。


番組の5回目の最終回に「アンドロメダの自分の兄弟」についての話が出てきます。
再度、文字と映像を抜粋しておきます。

埴谷さんの言っているアンドロメダ関係の数値は約20年前のもので、今と違いますが、そこは下の埴谷さんの言葉そのもので、「天文学もだんだん数値も変わってきて」という通りですので、適度に読まれて下さい。


「埴谷雄高独白 死霊の世界」第5回より
NHK ETV特集 1995年1月13日

アンドロメダはですね、我々の銀河から 150万光年と言われていたわけですけど、でも今はですね、まあ、天文学もインチキでね、だんだん数値も変わってきて、今では 210万光年ぐらいだといわれているわけです。

だいたい、銀河もアンドロメダも直径は 10万光年ということになっているんですよ。遠くから見ると双子星雲で、非常に遠くから見ると同じようなものが二つ並んでいるわけです。

僕の病気が治った時に表に出てみると、アンドロメダが見えるわけです。

そうするとですね、 昔はこれは 150万光年ということで、直径 10万光年ということだったんですけど、15回繰り返していけば向こうに到着するわけですよ。今は 21回ということになったわけだけれども、それでも 21回でも、地球と月よりもこっちのほうが近いんですよ。

地球と月は、地球の直径を30何回繰り返さないと、到達できない。

だから、地球と月よりもアンドロメダと銀河のほうが近い兄弟。

ということで、僕の兄弟はアンドロメダにいる。

「X(エックス)埴谷」というのがここにいて、僕が見ている時は向こうからも見ていると。僕が見ていると向こうからも同じように見ている。「宇宙の鏡」と同じで、僕が見ているということは、向こうからも見ているわけだ。

「あっ、あそこの向こうの兄弟、あいつが考えている、いつ会えるかな」というようなことですよ。



下のは、その映像です。




それで、上の In Deep の記事では、そこからスエデンボルグという 18世紀の人の話へ飛びまして、当時の私の結論として、埴谷さんの「夢」をかなえるたったひとつの考え方というものは、


> 宇宙の状態はひとりの人間の内部の状態と同じ


と考えることではないのかなあと思った次第でした。

現代物理学モデルが崩壊・・・。いや、崩壊という悪い言い方ではなくとも、現代宇宙モデルが見直しの方向に来ている中で、今後の「宇宙と私たち人間の関係」というものも、また個人個人で考えていくことが大事かなとも思います。

個人個人というのが大事で、統一した意見なんて要らないのですよ。

そんものはクソで。

なぜかというと、統一した意見なんかができあがると、またも子どもたちが学校で「教わる羽目」になる。

統一した意見以外は禁じられる。

だから、どこまでも意見はバラバラでいいと今も思います。


上に書いたスデンボルグの著作の内容の抜粋も一応しておきます。
何が書かれてあるのか今でもよくわからないですが。


『宇宙間の諸地球』 星天の諸々の地球
イマヌエル・スエデンボルグ 1758年


自然界の空間と距離とは、引いては進行は、その起源と第一原因においては、内部の状態の変化であって、天使たちや霊たちにあっては、それはこの変化に応じて現れ、かくて彼らはこの変化により一つの所から他の所へと、また一つの地球から他の地球へと、実に宇宙の端にある地球へすらも明らかに移されることができることを知られよ。

人間もまたそのように、その身体は依然その同じ場所に止まりつつも、その霊は移されることができるのである。人間の霊はそのように移ることができることを感覚的な人間は理解することはできない。なぜなら、そのような人たちは空間と時間の中にいて、その運動をその空間と時間に従って測るからである。



やっばりよくわからないですけれど、埴谷さんにしても、スエデンボルグにしても、フレッド・ホイルさんにしても、これだけ長い期間、繰り返し、自分の頭の中に出てくるのですから、何か重要なこと(私にとってということ)はあるのでしょうねえ。



  

2013年01月15日



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NASA が月面のデータに30年以上にわたり修正を加え続けてきた証拠の内部告発も開示される


vt-01.jpg

▲ 米国の退役軍人向けの政治サイト「ベテランズ・トゥディ」の記事「Congressionial Disclosure Studies Alien Moon Bases (「月にエイリアンの月面基地が存在することが議会で暴露」)より。






 


「月面」と「アメリカと中国」、そして、「戦争と陰謀」。それぞれの真実


アメリカに「ベテランズ・トゥディ」( Veterans Today )という政治サイトがあります。この「ベテラン」というのは英語では「退役軍人」のことをさします。退役軍人や、軍事動向に興味のある読者に向けての政治的なサイトで、英語の Wiiepdia では下のようにあります。



Veterans Today

「ベテランズ・トゥディ」(VT)は自らを「国家安全保障、地政学的な安定と国内政策の分野における軍事とベテランのコミュニティのメンバーの位置を表すオンラインジャーナル」とするアメリカの政治のウェブサイト。

同サイトを批判する「名誉毀損防止同盟 ( ADL ) 」等はベテランズ・トゥディの記事が、主に陰謀と右翼過激派を指向しているウェブサイト上だと批判している。



まあ要するに、どこの国にもよくある「保守派の右系サイト」というもののようです。

ちなみに、上に出てきた アメリカの名誉毀損防止同盟というのも今回初めて知ったのですけれど、こちらは、日本語の Wikipedia にもありました。


名誉毀損防止同盟

名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League 略称ADL)とは米国最大のユダヤ人団体。ブネイ・ブリスに起源を持ち、反ユダヤ主義と合法的に対決することを目的としている。ユダヤ人団体ではあるが、究極的な目的として、ユダヤ系以外を含む全ての市民の平等をも謳っている。



なんだかこのような物々しい始まり方をいたしましたが、そのような物々しい話題として上がるような政治サイトに「月面にエイリアン基地があることが議会に提出される」という記事が出ていたという話です。

そして、同時に記事では「 NASA が数十年にわたり、宇宙の写真に修正を加え続けてきた」という、まあ、私はそれとリアルタイムで戦ってきたので(笑)よくわかりますが、そのことにもふれられています。


こういうニュースがいわゆるSF系やオカルト系のサイトにあっても何も感じないのですが、純粋な政治系サイトに出てくるあたり、「世の中もいろいろと変わってきたものだなあ」という思いがして、ご紹介しようと思いました。


ちなみに、今回の記事の「核」となるのは実は「中国の宇宙開発」なんです。


まあ・・・中国・・・。

中国といえば、今の日本との絡みでのキーワードは「戦争」であることは確かで、最近の米国の BBS などを見ると「アルマゲドン戦争は日本と中国の戦争から始まるのかねえ」というような書き込みも多く、また通常の海外の報道でも今では、「日本と中国の戦争は始まるのか」といったものばかりが目につきます。


c-japan-war.jpg

▲ 米国の「ビジネス・インサイダー」という経済ニュースサイトより「中国紙は日本との海域問題で「最悪を想定して準備している」と述べる」という昨日の記事。


勘弁してほしいとは思いつつも、昔の日本だって、ほとんどの人がしたくない戦争に引きずり込まれていったのは同じ。


そして、たくさん死んだ。
日本人だけじゃないですけど、本当にたくさん人が死んだ。


私は自分だけが楽に人生を終えていいとは思わないですし、あるいは、自分が死ぬ瞬間に「ああ、死んだ人はこういうふうに苦しんで死んだんだ」とわかることで、死ぬ瞬間にだけ少しは謙虚になれるかなあ、という思いもあります。

子どもなんかもいる私ですし、戦争なんかないほうがいいですけれど、それとは別に、現代の私たちは少し傲慢な気がします。この傲慢は是正したほうがいいと最近思います。


まあ、いずれにしても、私は今の世界には少し疲れているので、何もかも消えてもそれでも結構(まあ、私は今、うつ気味なのでこういう思考に向きやすい)。





中国は月面の真実の写真の公開に本当に踏み切るのか


話が逸れましたが、同時に、中国は「今後、数週間から数ヶ月の間に月面の写真を公開する」という談話を発表しているようですので、このあたりがどうなるか。

中国は巨大ですので、それを封じることは難しいでしょうし、 NASA を含めて、もし仮に、よく言われているように「陰謀論と宇宙の真実が関係あるのならば」、いわゆる「影のエリート」と言われるような人たちはやや苦しい感じかもしれません。


なお、記事には、中国の月の探査機「嫦娥2号」というものが出てきます。
私は知らなかったので、Wikiepdia から説明を抜粋しておきます。


嫦娥2号

嫦娥2号(じょうが2ごう/Chang'e 2)は、中華人民共和国が2010年10月1日に打上げた月探査機。中国2機目の月周回機であり、月探査終了後は中国初の小惑星フライバイも行った。

解像度10メートルという高解像度CCDカメラと改良した3Dカメラを搭載する。



カナダの科学者がこの中国の月探査機の写真を入手したことが話のベースとなっています。

というわけで、ベテランズ・トゥディの記事を。





Congressionial Disclosure Studies Alien Moon Bases
Veterans Today 2013.01.09


エイリアンの月面基地が存在することが議会で暴露される

長年にわたり改ざんされてきたデータ、写真、ビデオが議会に開示


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月には地球からは見えない月面があるが、そこにエイリアンの月面基地があるといったような写真やビデオは実は珍しいものではない。これらは、NASA や防衛宇宙プロジェクトによって、30年間にわたって、継続的に修正・改ざんされてきた。この調査が最近議会に開示された。


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月や火星に関しての宇画写真の研究者たちによれば、そこに明らかに撮影されている人工の建造物などが映り込んだ写真は NASAの 上層部たちの判断によって、継続的に修正が加えられてきた。

NASA の内部告発者であるケン・ジョンストン(Ken Johnston)氏とドナ・ハレ(Donna Hare)氏の2人は、「月にエイリアンが存在している証拠を消し続ける NASA のトリック」と題する論文の中で、 NASA が証拠写真の隠滅を主導し、これまでに数千枚にのぼる写真に修正をほどこし、曖昧で見えにくいものへと細工していたと NASA を告発した。

方法の一つとしては、フィルターを使用して動いている物体を消してしまう方法がある。また、ソフトウエアによって地形そのものに微調整を加えるという方法もあるという。

その結果、本来の写真に写っていた物体が消えてしまうということになる。

カナダのメディア『ザ・カナディアン』は、「科学者マイケル・サラ(Micheal Salla)氏が、月面に建物物や構築物がはっきりと写っている写真が存在していることを公表した」という記事を発表している。

それによると、博士は、中国の月探査衛星「嫦娥2号」が撮影した高解像度の写真を入手したが、そこには月面の建物や複合的な構築物がはっきりと写っていたと述べている。



3-moon.jpg



4-moon.jpg


そして、中国は「嫦娥2号」から受信したすべてのデータや写真を今後数週間から数か月以内に公開するとしている。

これから新たな時代が始まりそうだ。


ところで、 NASA の消息筋によれば、確実とは言えないが、来月、地球は「小惑星」とニアミスを起こし、もしかすると壊滅的な大惨事になりそうな衝突があるかも知れないことを示唆した。

この問題もまた NASA の問題を提示している。

直径約 50メートルの小惑星が地球の静止衛星の間を通り抜けることに対して適切な追跡や準備ができていないことが問題なのではなく、むしろその脅威そのものが公表されないことが問題なのだ。



5-moon.jpg

▲ NASA はこれからもフォトショップですべてを覆い隠すつもりだろうか。





(訳者注) 最後の写真は何ですかね。キャプションが少ないので、よくわからないのですが、いわゆるイメージ写真なのかな。よくわからないです。

ところで、記事の最後のほうにあった、


NASA の消息筋によれば、確実とは言えないが、来月、地球は小惑星とニアミスを起こし、もしかすると壊滅的な大惨事になりそうな衝突があるかも知れないことを示唆した。



というのは、先日の In Deep の記事の、


2月15日に地球の軌道圏内に突入してくる小惑星が重力の影響でどんどんコースが地球寄りに
 2013年01月12日


のことなんですかね。

他に該当する小惑星がないので、多分このことだと思うんですけど、やっぱりどんどん軌道がズレてきているのが気になっている人はいるんだなあ・・・。

いや、私も上の記事では直接的には書かなかったんですけど、記事に載せた当日の軌道の下の図を見て気になることはあったんですよ。





このコースだと、なんか「地球から離れていくようなコース」をとっているじゃないですか。

でも、この小惑星のコースに重力で作用を与えそうなもの(引力とか)を持つものは、みんなその逆にあるのですよ。

地球も太陽も月も。

なので、もし、そっちの重力に引っ張られたら、もっと地球に接近するような気が実はしているんですけれど、でもまあ、当日ギリギリまでわからないことですしね。



ところで、今回の関連記事として、過去記事で、NASA が「修正したけれど修正に失敗した写真」を載せた記事をふたつほどリンクしておきます。


・土星の衛星ディオネの後ろを通過する何か



▲ 「土星の衛星ディオネの後ろを通過する直径1000キロ以上の巨大な物体」(2010年10月09日)より。



・月面に写る「草」



▲ 「アームストロング船長の失敗」(2012年04月05日)より。1969年のアポロ11号の月面着陸の際の写真。



  

2013年01月04日



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夢やデジャヴで私たちが見て体験しているものは「どんな存在」なのか?

dna-clouds.jpg

▲ 今回の記事とは全然関係ないんですけど、ちょうどマヤカレンダー騒動の日付けが終わった翌日の 2012年 12月 23日にロシアのモスクワの上空に出た「 DNA の形をした雲」。Unusual World より。私自身、こういう雲はよく見ますけれど、ここまできれいな二重らせんのものは見たことがないです。






 

混乱と混沌の中にあったこの数週間の状態は落ち着いていくのですかね


昨年の暮れは、個人も法人も確かになんだか混沌としていました。

オーストラリアの首相の発言(映像)とか、ロシアの首相の発言(字幕つき映像)とか、いろいろと混乱・・・というか、グタグダになっていた感がありますが、台湾でも数日前に連日、「台湾に宇宙人が現れた」という報道を報道各社がテレビなどで流していました。

taiean-01.jpg


やっぱり「混乱しているのかなあ」とやや思います。
娯楽番組ではなく「ニュース」ですしね。


いや、私自身もなんだか今でも精神的には混沌としているんです。

そんな中で、最近また、中国古代神話の人類の創造神である「ヌーワ」と精神的に対峙していて、

「どうしてオレは今ここにいるんだ?」

ということを、相当混沌とした気持ちの中で自分と(見えない)ヌーワに問いかけています。


ヌーワに関しての記事は、以前のブログの「クレアなひととき」のものですが、

中国の天地創造神話 - 女媧(Nüwa)
 クレアなひととき 2011年06月01日

人類の未来(5):神話が教えてくれる「女性」
 クレアなひととき 2011年07月02日

などがあります。

上のうちの後者の記事は一昨年のものですが、この記事の一番最後のほうに、これから「男女」、あるいは人類が向かう方向として下のように私は書いています。


消滅を目前にしたみずがめ座の時代の男性の最大の役割とは

古代神話から読み取ることのできる「男性と女性の存在の概念」については他に下の2つのことがあります。

男性の役割は、本来、女性とは関係のないところにあり

そして、

女性もまた男性とは関係のないところにある

ということ。

では、双方が何に関係しているかというと、男女とも相手は「宇宙」(のようなもの)であり「世界」(のようなもの)であり、言い方によっては「神」(のようなもの)とかそういうものです。

そして、それらはまた「母なる地球」と呼ばれる理由を持つ女性自身でもあるのですが。

男女のどちらが「この宇宙から最初に消えていく」のかは、今さら書くまでもないと思いますが、一応書きますと、男性です。実際に Y 染色体を減少させ続けている男性が先に消えます、物理的に考えても合理的な考えだと思います。

では、「男性がこの宇宙に存在している最大の目的は何か」ということを、特に私たち男性は知る必要があります。

それは、ヌーワ(つまり宇宙で単一の女性)の心の空白を永遠に埋めるものをこの地球(あるいは宇宙)に文明として残すこと。

それが終わった宇宙から順次、男性(の染色体を持つもの)は消えていくということになると思います。



というようなことを書いていましたが、昨年の末あたりからまたこのことをよく考えるようになりました。

まあしかし、このことはまた別の話として、いつの日か。



そして、最近の「水没関係」の話からも離れまして、昨日の記事、

水没していく地球に住む私たちの 2013年からの決意
 2013年01月03日

の最後に、「夢やデジャヴはパラレルワールドと関連あるのか?」というようなことを書きましたので、その記事翻訳してご紹介しようと思います。

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夢やデジャヴで私たちが見ているものは何なのか?


今回の記事はミチオ・カク(加來道雄)博士という、近年、米国メディアに頻繁に出る米国の日系3世の物理学者の話の記事ですが、難解なものではなく、軽い感じのものです。

カク博士の専門そのものは、超弦理論だとか量子力学などの難解な物理学の専門家ですが、「この世には多くの宇宙が同時に平行して存在している」というパラレルワールド理論を早くから支持した人です。

そして、今回、カク博士は、「デジャヴは、異なる宇宙から移転してきたことと関係あるかもしれない」という興味深いことを言っていました。要するに、デジャヴは「他の宇宙での体験との原子の波動のリンクと関係する」というような意味合いだと思います。


ところで、この「デジャヴ」という意味の正確な定義を Wikipedia から抜粋しておきます。


既視感

既視感(きしかん)は、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることである。デジャヴ(デジャブ)(英語を経由した発音)などとも呼ばれる。



また、上のページには「未視感」というセクションもありましたので、抜粋しておきます。


未視感

既視感と逆に、見慣れたはずのものが未知のものに感じられることを「未視感」という。「ジャメヴ」とも呼ばれる。



この「未視感」って私は結構あるんですよ。
いつも見ているのに「見たことのないものに感じる」という感覚。

いちばん多いのが「文字」なんです。

普通のひらがなとかが、突然、「なんだこれ?」とわからなくなるんです。

もちろん、読めるんだけど、その文字の形が「見たことのないものの」のように感じて気持ち悪くなることがあります。


moji-01.jpg

▲ 突然、文字が変に見えてきたりすることってないですか? 上みたいに見えたりして、困ることがたまにあります。


そういう時はとにかく視線を逸らします。




既視感と未視感と「存在しないもの」が混在する夢という場所


最近、「夢」のことを書いていましたが、夢のすごいところは、上の「既視感と未視感が同居している」ところに、さらに自分の実際の世界の中には存在していないものも出てくる、というところにあります。

過去も未来も架空もゴチャゴチャになっていて、ないものまで登場するのに「しかもまるで本当のように感じる」という「夢」というものを私たちは見る。



夢に関しては、昨日の記事で、元旦から2日くらいまでに見た夢を書きましたが、最近、夢が具体的で激しくなっています。

昨日なんか、ロサンゼルス(あるいは西側に海岸がある華やかな街)らしき場所が複数の核攻撃を受けて、私はちょうどの現場に居合わせた「夢」を見ました。

灰と化した人々が白い雪みたく道の上に積もっている。


nuclear-explosion_0.jpg

▲ 昨日、夢の中でいた街では何カ所かでこのようにキノコ雲が上がりました。


ところが、やはりコワイとかの感情はあまりないのです。
淡々としている。

ただ、夢の中でも「逃げる方向の計算」とかはしているんです。

「あの方向でキノコ雲が上がったから、そっちの地下街から向こうのビル側に行ったほうがいい」

とか思いながら行ってみると、そこは灰と化した「元人間」の雪が積もっている。


まあ、こういう極端な夢を連日見るというのは自分の感情の変化と関係あると思うのですが、しかし一方では「社会全体の精神的混沌」を感じているという可能性もあるような気はします。

それとも、やっぱり疲れているのかなあ。
この世の飽和状態に。


話がおかしな方向にいきましたが、今回の本題は久しぶりの軽い話題で、「デジャヴ」と「パラレルワールド」の関係についての話です。

ここから本題です。





Can Parallel Universes Explain The Déjà Vu Phenomenon?
Messagetoeagle 2013.01.01


パラレルワールドは、デジャヴ現象を説明することができる?


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▲ デジャヴとパラレルワールドに関係があるという説が存在する。


デジャヴ(既視感)を経験したことがあるだろうか? デジャヴは、実際には経験していないのに、経験したような感覚を持つような感覚のことだ。デジャヴの語源はフランス語だが、その意味である「すでに見たこと」という意味が英語などの言語にも転用された。

デジャヴという奇妙なこの感覚は、長い間、超常現象から神経障害までを含む原因として説明されてきた。特に、心理学や脳神経学の研究対象として注目された。

科学的には、既視感は予知や予言ではなく、記憶異常であると考えられるのが現在の一般的な科学的見解だ。

近年、より多くの科学者たちがこの現象についての研究をおこなっており、デジャヴに関して、今までになかった新しい理論のいくつかが発表されている。そして、新しい理論の多くは、デジャヴが単なる記憶異常に起因するものではないということを示唆している。

心理学の面からの新しい理論と同時に、より神秘的な説としては、「生命の旅」の中での過去の記憶と結びついているというスピリチュアルな意見もある。

しかし、いろいろな説が出る中でも、いまだにデジャヴはミステリーであり、その原因が合理的に説明されたことはない。


その中で、大変に興味をひく理論のひとつが「デジャヴがパラレルワールド(平行宇宙)の存在と関係している」という可能性に関しての説だ。



今では多くの人が知るところとなったが、私たちの存在しているこの宇宙は単一ではないという理論が存在する。数多くの宇宙が互いに平行して存在しているという説で、多元性の中での宇宙の存在は「パラレルワールド」と呼ばれている。

そして、米国の著名な物理学者ミチオ・カク博士によると、デジャヴは「異なる宇宙からの転移、あるいは(波動の)同調と関係あるかもしれない」という。

カク博士は、量子物理と超弦理論の専門家だ。



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▲ 素粒子論と超弦理論の理論物理学ミチオ・カク博士。日系アメリカ人3世。


ノーベル賞学者であり、パラレルワールドを提唱した理論物理学者のスティーヴ・ワインバーグ博士の説を、カク博士は支持している。私たちの存在しているこの宇宙には同時に無数の宇宙が平行して存在しているという理論だ。

カク博士はこれを日常にたとえて以下のように説明してくれた。

「駅からあなたの家に帰るまでに、あなたは非常に数多くの違った種類の、違った周波数の電波に満ち溢れた中を歩いています。その数は無数ともいえるもので、本来ならそこから意図的に何かを選ぶこなどできない。でも、たとえば、あなたが車でラジオをつけると、その中のひとつのラジオ局から音楽が流れる」。

「そのラジオの電波は他の電波と干渉していないにも関わらず、しかし、他の無数の電場も同じ場所に存在しています。電波の持つエネルギーにもそれほどの差はないのです。選ばれたラジオ局は、ただひとつだけ(あなたが選んで)同調したものです」。

「同様に、私たちの宇宙も、私たちの一つの身体と一致するように調整されている可能性があるということです。特定の宇宙に対応するように、その宇宙の振動(波動)の中にある原子から私たちの身体は成り立っているのです」。


パラレルワールドは、それぞれの宇宙は同じ振動数で振動していないが、ひとつの宇宙と他の宇宙が「同調するとき」に、宇宙と宇宙の間で転移が発生すると理論的には考えられているという。

もちろん、デジャヴがパラレルワールドと関係しているかどうか実際のところはわからないが、カク博士は、「パラレルワールドの中で他の宇宙と同時に振動しているとき」の状態のひとつとして説明することはできるかもしれないと述べる。




  

2013年01月01日



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この数百年くらいの間で「地球から最も巨大に見える」彗星アイソンは2013年に地球から何度も目撃されると思われます。上はコンピュータシミュレーションで作られた2013年11月29日の夕暮れ前の様子。 waiting for ison より。






 

人類も環境も含めた「本質的な人類の変化」が始まる可能性が高い2013年が始まりました


今日は特別な記事を書くつもりではないのですが、私は2013年になってやはり書こうと思っていたことがあります。

それは、この 2013年からの数年間が、現代人類が「生命としての精神の独立」を果たせるかどうかの最後の機会としての時期だと考えるからです。


それがどうしてかということはおいおいと記していきたいと思いますが、まず第一に、昨年、多く書いた記事に、「彗星の爆撃の時代が近いうちに始まる可能性が高い」ということがあります。これは NASA のジェット推進研究所の彗星の軌道などを見ていても、上の予想図を載せたアイソンという彗星を筆頭に、この数百年以上誰も見たこともないような巨大な彗星が地球の軌道近くまでにやってきます。


そして、このアイソン、ただ単に「大きく見えるだけではなく、太陽に極めて近いコースを通っていくと予測されています。


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▲ NASA のジェット推進研究所のシミュレーションによるアイソンが 2013年 11月に描くと考えられる軌道。


上のコースだと、この巨大な彗星が「太陽に影響を与える」という可能性があります。場合によると太陽に突っ込んでいくコースを取る可能性もあります。

これに関しては、年末のアメリカのフォーブス誌でも「電磁バルスによるアルマゲドン」に関しての特集を組んでいたほどでした。

for-2012-12.jpg

フォーブス 2012年11月30日号より。タイトルは「太陽接近型彗星が、電磁気のアルマゲドン(終末)を起こす」とあります。



この「電磁気のアルマゲドン」という言葉はあまり耳にされたことがないかもしれませんが、原理としては、今まで In Deep でも何度かふれたことのあります、

・巨大な太陽フレアなどによる磁気嵐による影響

・EMP (核使用の電磁パルス兵器)による攻撃での影響


と、ほぼ同じようなものと考えていいと思います。


だからこそ、フォーブスで「アルマゲドン」などという大げさな表現を使っているのだと思います。その原因が太陽であれ、 EMP であれ、彗星であれ、電磁アルマゲドンとは地球に下のような状態が現れることです。

・電力送電網のクラッシュによる完全な停電
・通信システムの崩壊
・放送網(テレビ、ラジオ)の崩壊
・インターネットシステムのシャットダウン
・電気システムに頼るインフラの停止
・コンピュータシステムの停止
・移動手段(車、電車等)の停止
・コンピュータに依存する軍事システムの停止
・コンピュータに依存する政治システムの停止
・コンピュータに依存する医療システムの停止
・移動手段とコンピュータに依存する物流の停止



これらのことはわりと簡単に起きてしまうということが、最近ではよく研究されてわかってきています。

上の太陽フレアや CME (太陽からコロナの放出)について、あるいは EMP については、下に過去記事をいくつかリンクしておきますので、ご存じない方はお読み下さると幸いです。

「地球上から近代文明が消える」という表現の状態がいとも簡単に起きる可能性があることがわかります。









しかし、この「巨大彗星が地球に接近したり、あるいは大きな影響を及ぼすかもしれない」ということは、単に「破滅的災害ではない」ということは、このブログを少し前から読んでいただいている方ならわかっていただけるのではないでしょうか。

そのことを少し書かせていだきます。



破局がやってくるのではなく、新しいサイクルのひとつが始まる


フレッド・ホイル博士をはじめとした現代のパンスペミア説の学者たちのほぼ総合した意見として「彗星が宇宙で生命(あるいは DNA 、アミノ酸)を運んでいる」というものがあり、そして、これは実際には実験、研究で実証されているといっていい部分にに近いところにまで来ていることがあります。

そのあたりの過去記事は多いですが、3つほどリンクしておきます。

フレッド・ホイルさんの霊に捧げる:インドに降った赤い雨の中の細胞が 121度の温度の下で繁殖し、銀河にある光と同じ光線スペクトルを発した
 2010年09月07日

国立天文台が地球上の生命の素材となるアミノ酸が宇宙から飛来した証拠を発見
 2010年04月07日

「良い時代と悪い時代」(3): 2013年の巨大彗星アイソンのこと。そして宇宙から地球に降り続ける生命のこと
 2012年10月11日





「彗星の衝突」の意味は「小惑星の衝突」の意味とはまるで違う


最近、小惑星の地球への衝突についての科学記事などをよく目にします。

下のような動画もよく見ます。




小惑星の衝突みたいなことは、それはそれでまあ、過去にもあったことでしょうが、小惑星の地球への衝突と彗星の地球への衝突は意味が全然違います

つまり、彗星の衝突は上のようなことが起きるというだけの意味ではなく、もっと大きな意味を持つと、少なくとも私はそう考えています。


確かに小惑星の衝突は上の動画のように、壊滅的な災害を地球に与える(だけ)が主でしょうが、彗星はそうではなく、「地球の生命を刷新する」はずです。

それは彗星自体が生命の塊である可能性が高いことが、様々な研究機関の検証でわかってきているからです。生命の塊といっても、微生物とか DNA 、あるいはアミノ酸などかもしれないですが、いずれにしても、彗星はそのような「生命の球として宇宙を周回している」というものだと考えられるのです。




大量絶滅も、それは生命の刷新へのサイクルとして必要なものだった

過去の地球で「大絶滅が何度か起きていた」ことを私たちは学習したりしました。たとえば、それは Wikipediaによれば、少なくとも地球の生物の大半が消えてしまうような大量絶滅が五度起きたといわれています。

最後は約 6500万年前の恐竜の絶滅ですが、その前にもあらゆる微生物などの生物が「完全に地球から消える」ということを経験しています。原因はそれぞれの大量絶滅について今でも確定していないことが多いですが、しかし、原因はどうでもいいです


とにかく、「地球の70〜95パーセントの地球の生き物いなくなった」ということが何度かあった。



しかし・・・・・・・。



今、私たちはどこにいますか?
その「すべて絶滅したと思われた地球」に私たちは生きています。


そして、多分ですけれど、先代の様々な大量絶滅がなければ、今の私たちまでの生命体系にはつながらなかったはずです。つまり大量絶滅というのは、その反面で「新しい時代の始まりだった」ことは否定できません。


「新しい生命の登場」というのは、たとえば新しい DNA を持っていたり、あるいは、細胞に流入してそれを変化させるウイルスやバクテリオファージのような、「新しい地球への侵入者」によるところが大きいはずです。それをもたらすものが彗星だと「私は」思っています。


そして、その「彗星の活発な時代」が再びやってくるという予感があります。

確かに災害や、あるいは今でも天候などはムチャクチャな状態ですが、太陽活動の影響も奇妙になる可能性もあり、「過酷になる」という予測は避けられない面はあります。


しかし、私たち人類はもっともっと積極的な今の自分たちの人生で存在している意味を考える時期に来ているのかとも思います。「新しい人類を作り出す最高の踏み台のため」に宇宙に生み出された、宇宙の最高の材料が私たちだとさえ考えたこともあります。


映画『2001年宇宙の旅』では、スターチャイルドだか何だか、とにかく新しい人類が生まれますが、そういうものでなくともいいのです。


20001.jpg

▲ スタンリー・キューブリックの『 2001年宇宙の旅』は、要するに、上の「猿人」から下の「新しい人類の子どもの誕生」までを描いたものだったとも言えます。そして、私のたちは、この写真の歴史の真ん中あたりに実際に位置している存在である可能性もあります。



いずれにしても、地球は新しい時代を迎える時期だと個人的には感じます。

そう感じる理由は「何もかも飽和している」と感じるからです。


限界。


もう発展するものも衰退するものもない。


今回は年の最初ということで、いろいろと抽象的なことも書きましたが、メディアの作り出した「2012年12月21日」という時がやっと終わり、私たちは本当の変革の時に足を踏み出した可能性があります。

再度書きますが、今までのの2、3年の自然災害などを見てもおわかりかと思いますが、今後の数年も確かに「過酷」が多いと思います。


しかし、私が先日の「あなたの中の宇宙が具現化すると思う2013年以降」という記事に、

ここから数年間くらいの環境の変動はそれくらい激しいと思います。私のようなヤワな人間が生き残れるような世界だとは思っていません。


と私自身のこととして書いたんですけど、知り合いの人からメールがあって、

むしろ生き残るのは一番弱いものでは? 今の文明が壊れるのに、今強い人が生き残れるはずない。


と書かれてありました。

「あー。そうかもなあ」などと思いました。

そういえば、年末飲んだ昔からの友人と、今年から「サバイバル・リサーチ・コミュニケーション・センター」を作ろうということにもなりまして、まあ、何をするかというと別に何もしないと思うんですけど、それでも、「生き残るため」ではなく「見るために」、サバイバル・リサーチをしていこうとは思っています。

25年くらい前に書いた演劇の脚本でしたか、私が言うセリフでしたが、


「オレは始まりを探しているんだ。終わりは・・・わかってる」


というのがありました。

その「始まり」というものがこの世には存在しない可能性があることを In Deep を書いている中で知ったりもしてきたわけですけれど、それなら「始まり」というのは「サイクルの生まれかわり」なのだと思います。

それを見るまで頑張ります。




精神の独立を宣言する


そういえば、最近の大晦日は事情でひとりで過ごすことが多くて、昨日もそうだったんですが、アイスランドの国民的な歌手ビョークの4、5年前の歌で「ディクレア・インディペンデンス」(独立宣言せよ)」という歌があり、それの「アルマゲドンバージョン」なんかを作っていました。

ちゃんとした、ディクレア・インディペンデンスのオリジナルのプロモーション・ビデオは Declare Independenceにあります。

bjork-declare-independence.jpg

▲ 「ディクレア・インディペンデンス」のプロモーション・ビデオの中のビョーク。


「ディクレア・インディペンデンス」は下に訳詞も載せますが、比較的、政治的な意味を感じますが、私は「2013年からの精神の独立宣言」として、今年のテーマとしたいと思います。


Declare Independence / 訳詞

独立を宣言しなさい
奴らにやらさせるのではなく自分で

自分たちの価値観を作りなさい
自分たちの言語を守りなさい

植民地主義者たちはクソだ
彼らの保護など無視しろ

あの目隠しを切り裂き
奴らの目を見開かせなさい

旗を掲げトランペットを持ち
一番高い山の頂上へ行きなさい
そこに旗を揚げなさい

独立を宣言しなさい




下のは私の作った「2013年アルマゲドン・バージョン」です。ノイズ音楽的になっちゃってますけど、何となく貼っておきます。

Declare Independence (Welcome 2013 /TDG Hell version)




それでは、皆さん、2013年から2015年くらいまで頑張りましょう。

そういえば、昨日見たのが初夢というわけではないのでしょうが、丸い惑星みたいな UFO から降りてきたお供えの餅みたいな人(宇宙人?)に、「一緒に来ないか」と言われたけれど決心がつかない夢でした。


e-2013.jpg


あと、地球の表面が「メロンの皮みたいに剝けるというか割れるポイント」を地図で発見した夢を見ました。その地図の場所を思い出そうとしたんですけど、思い出せませんでした。

年始らしい夢でした。



  

2012年12月29日



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前記事: 様々な火星の「リアル」: 強調修正された 214枚の写真に浮かび上がる光景の中の現実と「非」現実(1)



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▲ 火星無人探査機キュリオシティのボディの横に写る火星の「岩」。
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宇宙の姿は「その人の心のなかにある宇宙の姿とその真実でいい」と思う2013年からの年


今年2012年は「火星に関しての記事」は確かにとても多かったと思います。

今回はそれらの中から「火星探査」に対しての過去記事のリンクもピックアップしておきたいと思います。何しろ、現実に「その惑星を地球の機器が調査のために走っている」太陽系の惑星は火星だけですし、気になる部分は確かにあります。


しかし、今はもう私はこんな感じで思っています。


「NASA がどう発表しようと、科学的にどう結論づけせられようと、火星はオレの思う火星でいい。そして、みんなの思う火星でいい」


と。

そして、これは宇宙全体にに言えることだとも思います。

「宇宙の姿と真実はオレの思う宇宙でいい。そして、みんなの思う宇宙でいい」


というように。


私個人は 2013年から地球の環境の激変含めて、人類の考え方までも大きく変化していくと考えています。


その渦中で、私自身に関しては、生き残って 2015年を迎えるとはほとんど思っておらず、要するにあと2年くらいの間で私自身は「生命としての終焉を迎える」とは思っています(ここから数年間くらいの環境の変動はそれくらい激しいと思います。私のようなヤワな人間が生き残れるような世界だとは思っていません)。

数年後に、私は「意志のない DNA 」として塵や微粒子と共に、大気の中に漂ったり、地中に沈殿しながら数百万年後の「半減期(消滅)」を待つということなのだと思います。


話がいきなりそれましたが、いずれにしても、私は 2008年頃から少しずつ自分の中で変化していった「宇宙の姿」への思いとして、「宇宙の姿は自分の精神の中の反映の姿なのかもしれない」というように曖昧とした考えを持てるようになったことはとても幸せなことだったと思います。

権威者や科学者が、

 「宇宙とはこういうものなのである! それを信じなさい」

と語る宇宙の姿に従うのではなく、

 「自分の中に漠然と存在する宇宙」

のほうを重視する。

あるいは、重視するという言い方がよくなければ、「それを好きになる」という言い方でいいかもしれません。

そういう生き方と考え方が少しだけできるようになった2012年だったかもしれません。


では、今回は、2012年の「火星探査関係の記事」のリンクをピックアップした後に、昨日の続きのフォトギャラリーの写真の中から何枚かご紹介します。

ただ、下のリンクの中で最初にピックアップした「火星に何が起きた?」というタイトルをつけたことについては気になっています。

かつて火星で検出されていた「メタン」が今回検出されなかったということで、何か、途方もない激変が火星で起きたのではないかというようなことを思いました。

2012年3月には、こちらの記事でご紹介した、下のような「 240キロメートルの高さのモヤが上る」みたいなことも火星で実際にありましたし、火星で最近大きな環境変動が起き続けていることは事実のような気もします。



▲ この「 240キロメートルの高さ」というのは、たとえば、地球で実際に起きている噴火の規模として最大級に近いフィリピンのピナツボ火山の1991年の噴火での最大の火山灰の高さが約 34キロだったことを考えると、「まさに壮絶な自然現象」だと言えると思います。








上の過去記事は、ほぼすべて NASA に批判的なものですが、そのあたりは、まあ、「批判」がメインではなく、「私たち人類と宇宙(や神)との関係」を破壊しようとし続ける現在の宇宙科学全体に対しての苛立ちのようなものからくるものなのかもしれません。

このあたりは年が明けましたら、再度、ジョルダーノ・ブルーノさんあたり引き合い出して書いてみたいと思います。このことに関して2013年は2012年までほどの容赦はないと思います。


ついでですし、現代のジョルダーノ・ブルーノを作り出さないために (2012年03月01日)とい記事に引用したブルーノの『『無限、宇宙および諸世界について』』からの抜粋をふたたび引用しておきます。



ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』 第五対話より。

天の真実とはいかなるものであるかを知らせるために、君は説きつづけたまえ。

万物の真の実体、素材、活動、動力とはいかなるものであるか。感覚されうるあらゆる合成物は、どのようにして同じ原理、元素からつくられるのか。

無限なる宇宙を認めることについて確信をもたせてくれたまえ。

この我々の星、世界も、我々の目に入るあのたくさんの星、世界も、同じものからできているのだということを知らせてくれたまえ。

巨大で広大な数限りない諸世界のなかで、どの一つをとっても、他の、より小さな無数の世界と、同じ秩序で結ばれていることを、繰り返し教えてくれたまえ。

扉を開いて、この星もあの星も相違ないことを見せてやりたまえ。この世界同様、他の諸世界も自立自明していることを示してやりたまえ。

万物の運動はその内にすむ霊魂から生じることを明らかにしてくれ。






特に最後の、「万物の運動はその内にすむ霊魂から生じることを明らかにしてくれ」と私もお願いしたいけど、誰にお願いすれば?(笑)


というわけで、変な展開になりましたが、前記事「 様々な火星の「リアル」」でご紹介したサイトから、「自分の心の中の火星に忠実に修正した火星の写真」のサイトから何枚かご紹介します。

ただ、前記事にも書きましたが、強調や色修正はしていますが、いわゆる「「加工写真」ではありません。そういう意味では「本当の火星の写真」です。

では、ここからです。



続きを読む



  

2012年12月28日



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top-mars.jpg

▲ 無人火星探査機が撮影した火星の写真を「作者の目に映るような風景に」色彩、コントラスト等が強調されている火星の地表。強調以外の「加工」はされていません。
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人間の感情が「無の中からリアルを蘇らせる」瞬間


米国のフォト・ギャラリーで大変におもしろいものを見つけまして、今回は、それをご紹介したいと思います。

それは、1977年のバイキングから、2012年のキュリオシティまで、火星無人探査機が撮影した「火星の写真」から「自分の感情の中で気になる部分を強調した」という写真コレクションなのです。なので、いわゆる NASA が発表した写真とはまったく違うように見えますが、形などを加工したものでもないということも事実です。


「自分はこのように見える」という意志で色彩やコントラストなどに強調を加えているもののようです。だと思います。現在のところ 214枚アップされて、本人によると「あと 800枚アップする予定がある」とのこと。


この作者のおこなったことには今まで私が火星の写真に対して思っていた様々なことに対して、「感情面」を含めて、いろいろなことを感じさせるものがあるものです。

なので、ある意味で「自分への反省」の意味を含めまして、ぜひご紹介させていただきたいと思いました。



私たちは「見ている」のに「見ていない」と気づかされるとき

たとえばですね、火星からの写真で NASA から発表れているものには、モノクロからカラーまでいろいろとあります。

たとえば、下のような火星のモノクロの写真があるとします。


war-0002.jpg


あるとします、というか、実際に NASA にあるものです。
よくある「砂漠っぽい火星」があるだけのように見えます。





これが、今回ご紹介する、「作者の目」には下のように写るのです。



war-0001.jpg



彼は、写真にほとんどキャプションをつけないですが、「戦争の後」とぶっきらぼうと書かれてありました。



さらに、下のような(多分想像上の)説明つきの写真も載せていました。


war-003.png



あえて写真には日本語は入れませんでしたが、「腕」とか「マシン」とか、いろいろなものに見えるということのようです。あくまで彼には



しかし、私にもとにかくいろいろなものが見えます。



上の写真のオリジナルはもっと広域なのですが、上の風景の他のエリアには下のような風景が広がっています。 NASA 発表のオリジナルです。


animal-0001.jpg


これも、火星の写真でよく見る、岩と砂の殺風景な風景の写真です。





ところが、この「作者の目」には上の写真の風景は下のようなものなのです。




animal-0002.jpg




特に、中央右あたりの「モノ」と、その周辺はもうなんというか、ゲゲゲの鬼太郎も妖怪人間ベムも逃げ出したくなるような禍々しい迫力があります。


animal-003.jpg





そう・・・。この作者の「目」にうつる火星は「生きている」のです。そして、それは生き物がいるというだけの小さな範疇ではなく、火星全部が生きているという感じがするのです。



全部が生きているということを現す意味では、たとえば、下の写真。
火星の山のようになっている部分の一部に矢印を引いています。



gst-0001.jpg


ここをピックアップした写真がいくつかあって、そして、「作者の目に映るこの部分の光景」の写真が色彩と共に作り出されているのです。



上の部分の拡大写真は何枚かありますが、そのうちのひとつが下です




gst-0002.jpg




こんどは、まるで「亡霊の火星」の様相を呈しています。



作者はほとんど説明やキャプションをつけずに、このように写真の色彩やコントラストを強して、淡々と日々、新しい「写真」を作っているようで、まだ数百枚は作るつもりだとか。

フォトギャラリーの URL 自体は、

214 Photos Of What Mars Really Looks Like

なのですが、ページによっては「マルウェア(ウイルス)の警告」が出ることがありますので、そういう表示に慣れていない方は直接行かないほうがいいかもしれません。

こういうマルウェアなどを含むコンピュータウイルス的なものは、サイトの作者本人が仕込むのではなく、「悪意のある第三者などによって仕込まれる」ということが多いと思います。ですので、上のページに何らかのマルウェアが存在している可能性は、排除できないからです。


なので、上のフォトギャラリーの存在を知った米国の BBS のサイトをご紹介しておきます。
ここからです。
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2012年12月01日



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india-china_border.jpg

▲ インド中国の国境地点。左の制服の男性は中国の国境警備兵で、右の華やかな衣装の人は、インド・チベット国境警察隊。格好は楽しそうですが、このあたりはインドの最重要防衛地点のひとつで、精鋭です。
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最初に、最近の記事の絡みで「やや残念な追加報告」をしておきたいと思います。



NASA ジェット推進研究所を巡る「世界中の超唖然」

先日、

NASA が 12月7日前後に行うと思われる「火星の生命についての歴史的発見」の報道を見て
 2012年11月25日

という記事を書きました。

火星で、「歴史的な発見があったかもしれない」ということを示唆する NASA のスタッフの発言についてのものです。単純にいうと、生命か有機化合物が見つかったということを「匂わす」ようなものでした。

このニュースはまたたく間に世界中に広まり、米国の WIRED が「火星の土に有機物か:「歴史的な分析結果」発表へ」という記事を掲載した他、世界中の宇宙関係、ミステリー関係のサイトやブログで取り上げられたものでした。

私も上のように紹介しているわけで。

そんな中でリリースされた、一昨日 11月29日の NASA ジェット推進研究所のニュース。
ジェット推進研究所は、キュリオシティなど火星探査を統括しています。

jpl-11-29.jpg

▲ NASA ジェット推進研究所のトップページより。赤い線を引いた前後をご紹介しています。



Update Set in San Francisco About Curiosity Mars Rover
NASA JPL 2012.11.29

アメリカ地球物理学連合のサンフランシスコでの秋季会合に向けて

12月3日から開催されるアメリカ地球物理学連合の会合で、キュリオシティに関しての報告がなされる。

ところで、現在出回っている噂について、その噂が間違っているということを記しておきたい。現段階では、キュリオシティが採取した土壌からは有機化合物が検出されたという証拠は出ていない。



そして、これに前後しておこなわれたというインタビューでは、VOR によると、前回、「歴史的な」と発言したジェット推進研究所のキュリオシティ責任者のジョン・グロッツィナー博士 ( John Grotziner )は、以下のように言ったとのことです。


「歴史的」というのは誤解に基づくものであり、「歴史的」とされたのはこのプロジェクト自体だという。しかし、取材した記者たちは最近採取されたサンプルが「歴史的」だと誤って理解して今回の騒動となった。



これを読んで、「やりおった・・・」と思ったのは私だけではないはず。

グロッツィナー博士は、「あれはさあ・・・キュリオシティ計画そのものが歴史的なものだと言っただけだよ」と述べたわけです(笑)。


まあ、記者の誤解にせよ何にせよ、上のグロッツィナー博士の発言はまさに「全世界」で報道されたわけで、どうやら・・・こういう書き方はよくないとは思うのですが、あえて書かせていただけば、私も含めて「宣伝に使われてしまった」ようです。前回の「歴史的発見」の報道以来、 NASA のジェット推進研究所へのアクセスは急増していたはず。何しろ、「12月3日から始まるアメリカ物理学会の会議の後に正式に発表する」と言っていたのですから。


天罰として、「桃太郎侍」などをNASA ジェット推進所に派遣したい気持ちもありますが、いずれにしても、「火星には何もないことが再度確認されたという報道があった」ということを一応書いておかないと、前回の記事を取り上げた私の責任もありますので、記しておきました。


さて、それでは次の話題です。


momo.jpg


いや・・・桃太郎侍は今回はいいです。
次の話題にいきます。


というか、こちらが本題になると思います。

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2012年11月29日



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事態を重視したインド軍が、インドの各国家機関に調査を依頼

india-ufo-01.jpg

▲ インド・チベット国境警察 ( ITBP ) によって撮影された写真。インド軍の報告では、最近目撃された飛行物体は、すべて発光しているのだそう。


事態が拡大してきた「インド中国の国境でのミステリー」

インドのラダックという中国との国境に近い場所で、「おびただしい数の正体のわからない飛行物体が目撃されている」というニュースを最初に見たのは、11月のはじめ頃でした。

しかし、それを最初に伝えたインドの報道などを見た時には、興味はありながらも様子見をしていた感じではありました。

わりと日々、このニュース関連はチェックしたのですが、騒動は拡大の兆しを見せています。報道もインド国内にとどまらず、米国のハフィントン・ポストや、インターナショナル・ビジネス・タイムスなども取り上げていて、思ったよりも事態が拡大している感じが漂ってきています。

この事件がインドでどのくらい「オオゴト」になっているかというと、翻訳記事にもありますが、インド宇宙研究機関( ISRO )、インド国防研究開発機構(DRDO)、インド国立技術研究機構(NTRO)などが調査を行い、その結果「いかなる調査でも飛行体を識別(認識)できず」ということになり、ついにインド天文台の天文学者も招聘されて解明に当たっているという「国家的調査」となっています。

調査規模としては国家戦争と準じるくらいのオオゴトにも見えます。


多くの記事では、選択としては下の二つとなっていて、それは、


・中国の新型の無人偵察機

・宇宙からの、いわゆる UFO



というようになっています。

現時点では、自然現象である可能性は「ほぼゼロ」だそう。

また、「中国の無人偵察機」という可能性も現在までのインド軍の解析では否定されています。

今回は、インターナショナル・ビジネス・タイムスの記事をご紹介しますが、この目撃された発光体の数は 数ヶ月で100を越えているそうです。

また、大紀元の報道に以下のようにあることにも興味を持ちました。


地球の「経脈」と超常現象
大紀元 2012.11.29

インド・タイムズ紙11月6日の報道によると、中国とインド国境に駐留している第14軍団が過去3カ月間に100件以上の未確認飛行物体(UFO)を目撃したという。

部隊の報告によれば、中国とインド国境地域の中国側に、時々黄色の不明飛行物体が地平線から昇り、空中で3〜5時間ぐらい飛んでから消えていった。インド政府は、これらの不明飛行物体は中国の偵察機や衛星ではないと表明している。

しかし現在、軍隊を含めて国防機構及び民間研究機構の研究で、いずれもこれら発光する飛行物体の正体は確認できなかった。軍隊は、移動可能の地面レーダーシステムとスペクトル分析機器を使ってこれらの正体不明の飛行物体を観測したが、肉眼で見えているのに測定することができなかった。そこで、これらの飛行物体は金属製ではないと分かったという。



とあり、この中に

> 軍隊は、移動可能の地面レーダーシステムとスペクトル分析機器を使ってこれらの正体不明の飛行物体を観測したが、肉眼で見えているのに測定することができなかった


この「肉眼で見えているのに測定できない」というところに興味を持ったのです。

もっとも、軍事偵察マシンというのは「敵に感知されないように開発される」のが普通なので、そうそう簡単に敵のレーダーシステムで見つかるようではいけないものなので、認識されないこと自体は不思議なことではないのかもしれないですが、普通の偵察マシンの場合は、「見えないように飛びながら、感知もされない」のが普通なんです。

相手に見えるように飛んでいるのに、レーダーでは感知できない」というような偵察マシンは聞いたことがないです。

しかも、1度だけではなく何百回も

また、上の記事に「これらの飛行物体は金属製ではないと分かった」とありますが、金属を使わない偵察機というのも(多分ですが)存在しないと思います。

いっぽうで、米国のハフィントン・ポストでは、この出来事を紹介すると同時に、「最近 UFO 写真ではないかと報道されたものの写真」を数十枚掲載していました。違うとわかったものもありますし、今でも何かわからないものもあるようです。

それも多少面白かったですので、何枚かご紹介しておきます。

すべてご覧になりたい方は、

100 UFOs On India-China Border Cause Official Concern

にあります。

写真のキャプションはすべてそこにある翻訳で、私の感想ではありません。


・レンズフレア

flare.jpg

▲ グーグルマップに写った画像。2008年にアリゾナ州で撮影。レンズフレアと思われる。



・気象現象

phenomenon.jpg

▲ 2006年に撮影された「スプライト」という空の発光現象。かつては、よく UFO と間違われたが、現在は高層大気の現象として確認されている。


・南極の飛行物体

antarctic_ufo.jpg

▲ 2012年 8月に南極にあるドイツ観測基地の上空で撮影された飛行物体。観測気球ではないという。




などです。

最後の南極のエクストレム棚氷にあるドイツ基地の写真に関しては、他に下のような写真もあり、いろいろなものが写真に撮影されています。まあ、ドイツですしね(関係あるのか?)。

雲のようなものと、黒い球体

gearman-antarctic-01.jpg


黒い太陽?

gearman-antarctic-02.jpg

UFO Hovers Over Scientific Lab In Antartica Jan 31, 2012 Video. より。


それと、上の「気象現象」という中のキャプションにある「スプライト」という光の現象については、過去に取り上げたことがありました。本当に「一瞬」しか光らない現象なので、つい最近まで科学では「存在自体が科学的に否定されていたけれど、実際に存在した」という自然現象です。



▲ 高層大気で存在が確認されている様々な「光」の現象の想像図。東北大学の福西研究室による。


下のリンクに過去記事があります。

地球の上空では光のフラッシュが永遠に続いていて、私たちはその下にいる
 2012年07月15日

空の赤い妖精「スプライト」
 2011年08月29日


さて、そんなわけで地球の現象というものはいろいろなものがあるわけで、自然現象での発光現象も「現象」ですし。軍事兵器などでも現象は現象です。昨年あたりから、私は「何もかも現象だよなあ」というような想いもありまして、今ではオカルト的なことを特に強調して考えることもないですが、こういうものの出現比率も確かに多くなっているようです。

では、インターナショナル・ビジネス・タイムスより。



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2012年11月20日



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「虹」を越えると何が?


1939年のミュージカル映画『オズの魔法使い』で、ジュディ・ガーランドが歌った「虹の彼方に」は、地球に大衆曲という概念が生まれた中でも、最大のポピュラーソングだと思います。実際、2001年には、全米レコード協会が選んだ「20世紀の名曲」の第1位となっています。

下のがその劇中シーンです。
モノクロですが、映画は、主人公のドロシーが「オズの国」に飛ばされてからカラーの場面となります。


虹の彼方に(1939年)




上で歌っている主人公のジュディ・ガーランドは、この映画の主役に抜擢された後、映画会社 MGM から「ドロシーのイメージとしては太りすぎなので、ダイエットをしろ」ときつく命じられ、まだ 13歳だったのですが、そのために「覚醒剤」を使用して、以後、常習者となります。映画『オズの魔法使い』の弾けるような元気な演技もその薬理作用のためという側面もありました。

ジュディ・ガーランドはその後も、薬物中毒と神経症がどんどん悪化して、彼女は人生の最後も睡眠薬の過剰服用(オーバードーズ)により死亡しています。

なので、『オズの魔法使』は夢を語る映画である一方で、「ジュディ・ガーランドという個人の地獄の門」を開いた映画だとも言えます。

ちなみに、ジュディ・ガーランドは「性」にも異常なほど奔放だったといわれています。上の「虹の彼方に」は、今でも米国では「同性愛解放運動の象徴の曲」として流されるのだとか。


さて、しかし、この映画のことは本題ではないのですが、上の中の「虹と地獄」という部分が関係します。


昨日、


「お前たちは自らの手で地獄の門を開いたのだ」: かつてない大規模サイバー攻撃を受けるイスラエル
 2012年11月19日


という記事を書きました。

知り合いで、イスラエルに住んでらっしゃる日本人の女性の方がいます。
その方からメールがあって、一緒にとても興味深いファイルが送られてきました。

興味深いというか「妙なもの」です。

下の図はイスラエルの「11月18日から21日までの天気予報」だそうで、ヘブライ語ですが、この図に直接日本語を入れると雰囲気も壊れるので、そのまま載せてあります。

israel-weather-2012-11-20.png


上の太陽マークの「晴れ」が11月18日だと思います。

さて、そして、下段に並ぶお天気アイコンの真ん中は、11月20日のイスラエルの天気の予報です。このアイコンが示すものは・・・。


曇りときどき・・・・虹?

どう見ても「曇りときどき虹」というアイコンに見えます。
イスラエルでも、ふだんはこんな表示はないそうです。

表示ミスかとも思いますが、表示ミスというには完全な図柄となっているわけで、「不思議」に思います。

そして、私はそのメールで初めて以下のことを知りました。


・「虹というのは地獄の釜」と関係があるという伝説が、少なくともイスラエルなどではある。つまり、「虹が見えればその下は地獄のお釜」だということ。

・虹は龍を例えている。



そういう神話というか伝説を聞くと、イスラエルの天気予報に「虹」が表示されていたというのは何とも意味深い感じはします。

もちろん、これは、だからといって、11月20日に何かあるとかそういうようなことを書きたいわけではなく、とにかく「何だか不思議な感じ」がしたのです。

ちなみに、今回のことで私は、初めて気づいたのですが「虹」って漢字はムシ編。

「虫と工」

漢字の意味としては「虹は虫の作りもの」ということなのでしょうかね。

虹と似ている漢字としては「アブ(虻)」なんてのも似ている。
蛇もムシ編でちょっと似ている。


ところで、この「虫」についてもちょっといろいろとあります。



ムシの問題

シンクロというかなんというのか、数日前に、私は「見たことのない虫が手につく」という夢を見たんですけど、まあ、虫の夢は体調の悪い時とか、眠っている時に具合の悪い時がある時なんかに見るものなので、それほど気にしていなかったんですけど、そのイスラエルの方も、「変な虫が手につく夢を見た」と書かれていて、さらに、最近、「虫」というキーワードではいろいろと思い出すことがあるんです。


まあ・・その・・・非常にオカルトっぽい話で申し訳ないんですけど、昨日のイスラエルの記事の報道を知った理由・・・。

パソコンに向かっていましたら、モニターにアリみたいな虫がいたんですよ。アリというか、羽のない羽虫みたいな。過去記事の「来ているのは「宇宙人」じゃない: 世界各地から届く「考えられないほどの悪天候」の報道を見て」の一番最後に、北海道の小樽で妙な羽虫が大発生しているということを書きましたが、あの虫から羽をとったみたいなやつです。

それがパソコンのモニタの画面上にいたんですね。

まあ、私の部屋にはかなりの植物があるので、土から虫が出てくる可能性はあると思うんですけど、とにかく、モニタの画面上にいたので、その虫を手で払おうとしたあたりに表示されていたブラウザ上にあったニュースのリンクから、イスラエル関係のニュースに行き着いたんです。

ふと「虫の知らせ」なんていう言葉を思い出し、それで記事にしたというような側面はあります。ちなみに、払おうとした虫は払えずに、どこにいったのかもわからないままでした。その後出ていません。

そういうオカルト筋の話のひとつとして、

地獄の釜が開くと、虫が出てくる

というような話のたとえはあります。


あと、昨日の記事で最近のこととして書いた「聖書に存在しない死後の生命という概念」のことを少し書かせていただきます。



街角の宗教おばあさんから考えさせられた「生命」の実際


昨年まで長く住んでいた東京杉並区の西荻窪という街にも、様々な新宗教の支局がありました。杉並区は若者が多いせいか、昔から「ターゲット地域」だったようです。

そして、越してきた所沢の奥地なのですが、この街にも多くの新宗教の支局があり、街で人々がチラシを配ったりしています。ただ、杉並区と違うのは「立っているほうも、声をかけられるほうもご老人」というところが違います。

今年の夏などは 35度を越えるような日々が続いたのですが、炎天下の中に立つご老人たちの姿を見て、「大丈夫ですか?」ときいたこともありました。

そして今は「寒い季節」。
今度は寒風の中を街角で看板のようなものを持ったり、チラシを持って高齢者が立っている。

なので、チラシなどを「どうぞ」と言われると断るのが申し訳なく、「ああ、どうもどうも、ご苦労さんです」ともらうのですが、一昨日もらったのは、「ものみの塔」という冊子を発行している宗教団体のもので、本誌ではなく、三つ折りにした紙一枚のチラシでした。

いつもならこういうものは見えないところで捨てるので、まともに読んだことはないのですが、捨てようとしてその表紙のタイトルを見た時、「あ、これ読んでみよう」とポケットに入れて持ち帰ったのです。そのチラシの表紙は下のものでした。

satan.jpg


「実際に世界を支配しているのは誰ですか」と大きく書かれてあります。

私は「うーん・・・宇宙線か、あるいは地球上ではウイルスかなあ」などと考えながら帰りましたが、家に帰って読むと、要するに「この世はサタンが支配している」という内容だったのですが、飛ばし読みしていると、途中、下のようなセクションがありました。


邪悪な霊者たちがそのために用いる一つの方法は、死後の生命という考えを促進することです。

しかし神の言葉は、死者には意識がないことをはっきり示しています。(創世記 2:17 、3:19。エゼキエル 18:4。 詩編 146:3、4。伝道の書 9:5 、 10)

ですから、邪悪な霊者は死者の声をまねて、霊媒による仲介や目に見えない領域からの「声」を使い、その人の親族や友人に話をすることがあります。その「声」は死別した人を装いますが、実はそれは悪霊なのです。

ですから、そのような「声」が聞こえても、欺かれてはなりません。その声が何を語っても、それを退けてください。

霊の領域に対する好奇心に駆られて、邪悪な霊者たちとかかわりを持つようになってはいけません。どれほど面白く、またどれだけ刺激的に思えても、心霊術に関連したあらゆる行為に抵抗してください。



と書かれてありました。

内容の真偽はともかく、この冊子にある引用は聖書からなのですが、すべてに「出典」とその章が記載されており、それが実際がどうかをインターネットで調べることができました。

上には、

創世記 2:17 、3:19
エゼキエル 18:4
詩編 146:3、4
伝道の書 9:5 、10


とありますので、日本聖書協会のホームページで、それぞれの段落を調べてみたのです。「伝道の書」というのは聖書の「コヘレトの言葉」というものだそう。

以下、その結果です。


創世記 / 2章 16-7節

主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」



創世記 / 3章 19節

お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。



エゼキエル書 / 18章 4節

すべての命はわたしのものである。父の命も子の命も、同様にわたしのものである。罪を犯した者、その人が死ぬ。



詩編 / 146編 3-4節

君侯に依り頼んではならない。人間には救う力はない。
霊が人間を去れば/人間は自分の属する土に帰り/その日、彼の思いも滅びる。



伝道の書 / 9章 5-6節

生きているものは、少なくとも知っている/自分はやがて死ぬ、ということを。
しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく/彼らの名は忘れられる。



まあ、創世記あたりのほうのは、「人は死ぬ」ということが書かれてあるだけの感じもして、上のチラシにある「神の言葉は、死者には意識がないことをはっきり示しています」というようニュアンスは感じられないですが、下のほうの「詩編」の、

霊が人間を去れば/人間は自分の属する土に帰り/その日、彼の思いも滅びる。


とか、「伝道の書」にある、

しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく/彼らの名は忘れられる。


あたりは聖書から、「死」というものに対しての、一種の「突き放した感じ」を受けます。

つまり、なんとなく私たちが持つキリスト教などのイメージ・・・たとえば、適当ですが、「死んだら天国に行くんだよ」というようなイメージとは違った感じがあるということです。

「伝道の書」にあることは、「人間は死んだら単に土になる。他に何もない」というようなことなわけです。


それにしても、この聖書の「コヘレトの言葉」(伝道の書)というのは、その冒頭がなかなか考えさせられる文章で始まります。

下は第1章の前半部分です。伝道の書より。



伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。

日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。

世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない。

日はいで、日は没し、その出た所に急ぎ行く。

風は南に吹き、また転じて、北に向かい、めぐりにめぐって、またそのめぐる所に帰る。

川はみな、海に流れ入る、しかし海は満ちることがない。川はその出てきた所にまた帰って行く。

すべての事は人をうみ疲れさせる、人はこれを言いつくすことができない。目は見ることに飽きることがなく、耳は聞くことに満足することがない。

先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。

「見よ、これは新しいものだ」と言われるものがあるか、それはわれわれの前にあった世々に、すでにあったものである。

前の者のことは覚えられることがない、また、きたるべき後の者のことも、後に起る者はこれを覚えることがない。




これを読んでいて、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」から始まる『方丈記』を思い出してしまいました。

方丈記の訳と全文はこちらのページにあります。

最近知りましたが、方丈記には、震災後の今の日本を彷彿とさせるようなことも書かかれているのです。「元暦の大地震」(文治地震)という 1185年の大地震の描写があるのですが、その最後に以下のようにあります。現代語訳です。


「方丈記」より

その(大地震の)直後には、だれもかれもがこの世の無常とこの世の生活の無意味さを語り、いささか欲望や邪念の心の濁りも薄らいだように思われたが、月日が重なり、何年か過ぎた後は、そんなことを言葉にする人もいなくなった。




「歴史も人心も繰り返すなあ・・・」としみじみと思います。



そういえば、昨日のこちらは天候は曇りだったんですが、雲間から少し太陽が見えたんですね。ベランダからそれを見ていると、

「ああ、こういう状況でも太陽って3つにも4つにも見えるのだなあ」

と思いました。
下の写真がその時のものです。

sun-3-1.jpg


これだと何だかわからないと思いますので、下のは太陽のあたりを拡大したものです。

sun-4.jpg

雲の後ろに太陽があるのですが、いくつか見える光源のうちどれが太陽かわかりますか?
実は私は「どれが太陽か分からなかった」のです。


このいくつか並んでいる中で実際の太陽の大きさの光は両端の丸くらいのもので、ふだんの太陽の位置から考えると、右端の光が太陽だと思うのですが、左のほうがよく光っている気もする。光が雲に反射しているという原理はわかるのですが、「本体よりも明るく見えるのかなあ」と思ったりしていました。

そして、ずっと見ていると他の小さな光源も太陽に見えてきて、次第にどれが太陽だか全然わからなくなってきて、ちょっとこわくなったので見るのをやめました。


そんなわけで、書きたい日記を脈絡なく長々と書いてしまいました。

下の絵は、子どもの箱などを整理していたら出てきた絵です。本人は「いつ描いたか覚えていない」というのでずいぶん以前のもののようですが、文字が書かれてあるので、小学校に入ってからのもののはずです。


「じゆうちゃう」、あるいは「じゆうちゅう」

free.jpg


こういうのもちゃんと見ていてあげればよかったと思いますね。

次は普通に記事を更新いたします。