2013年11月01日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




ほぼすべての人間が「完全な真っ暗闇の中で物を見ることができる」という米国の大学が突き止めた驚異の事実




人間が「見る」ためには「目からの光」が絶対的条件ではなかった

先日の記事で不満げな最近の気分を書いてしまって、大人げないと思いつつも、かつてのさとう珠緒さんのような表現で、「現代宇宙モデルに ぷんぷん!」というような意見を表明すればいいのかというと、そういうことでもないわけで、ここ二日ほどはボーッと歩いたりして過ごしていたのですが、今朝、非常に面白い科学報道を記事を見て、少しだけシャキーンとしました。

その内容はこの数年のブログ記事に関しての記憶をかなり昔にまで引き戻すことのできるものでした。

それは米国ロチェスター大学が昨日発表した論文でした。

下がそのページです。

rochester-01.gif

ロチェスター大学 ニュースリリースより。


上の見だしだけではわかりにくいですが、この論文の内容をひとことで書きますと、


50パーセントの人間は完全に光のない状態の中で、自分の動きを目で追う能力を持っていることがわかった。そして、この能力は「学習」により、ほぼすべての人が習得できると結論づけられる。



というものなのです。


これはまあ・・・私個人としては非常に興奮しましてですね。

たとえば、これはもう「個人的な 2013年の10大ニュース」というようなものに入ることがほぽ確定したものとなっているんですが、どうしてこのニュースにそんなに興奮したかというと、過去に私のこの In Sheeple では(興奮して綴りを間違えてるぞ)いや、 In Deep では、「光と視覚と松果体」についてずいぶんと書いていた頃があったのです。


このアメリカのロチェスター大学というのは、Wikipediaによりますと、「アメリカで最も古い光学研究機関である光学研究所を持つ」のだそうで、つまり、「光の研究」の代表的な研究機関だそうです。

ちなみに、ニュートリノの検出でノーベル物理学賞を受賞した日本の小柴昌俊さんは、このロチェスター大学の大学院で博士号を取得しているのだとか。


今回はロチェスター大学の論文の内容について翻訳してご紹介したいと思いますが、その前に少しだけこの数年の「光と視覚と松果体」についての過去記事から少し抜粋しておきたいと思います。






メキシコの「眼のない魚」の研究から始まった松果体との格闘


松果体というのは、人間では脳の下の図の位置にあるものです。

pituitary_pineal_glands_ja.gif


医学的には、メラトニンというホルモンを作り出すことに関与していること以外の役割はほとんど不明ですが、これが哲学、あるいはスビリチュアルの世界となると、「第三の眼」というような表現にも見られるように「人間で最も大事な器官のひとつ」という言われ方をされてきたものでもあります。

17世紀の哲学者デカルトは、松果体は「この世界にある物質と精神という根本的に異なる二つの実体を相互作用させる器官」だと言っていました。

過去記事の、

あらゆる手段で「光」を求める生命: フンコロガシの行動、松果体の意味、そして「太陽神の目」の実体
 2013年01月29日

では、他にも、フランスの作家ジョルジュ・バタイユの小説『松果体の眼』というものについて書いたりもしていますが、そのあたりまで話を広げますと、収拾がつかなくなりそうですので、哲学や精神世界の話は上の過去記事などをご参照下されば幸いです。

ただ、バタイユが、


「松果体の役割は、太陽から火山を経て肛門へ受け渡されたエネルギーを、松果体を通して再び太陽へ回帰させること」


と書いていたことは特筆すべきことではあります(意味はよくわからないですけど)。


それよりも、私が最初に松果体に興味を持ったきっかけは、やはり今回ご紹介するものと同じような「アメリカの大学での研究論文」だったのです。

メリーランド大学のヨシザワ・マサト氏とウィリアム・ジェフリー氏の2名の科学者が、メキシコの洞窟に住む目の見えない魚を研究して、この目がないこの魚が光を感知していることに関して、「脳の松果体が直接光を感じとっている」と結論付けたという研究発表論文に大変興味を持ったことがきっかけでした。

上の実験では、目のある魚でも実験をおこなっていて、その結果、光を感知するための「目の役割は10パーセント程度」で、残りの90パーセントは松果体を通して光を感知しているということをも示唆するものでした。

pene-mexico-fish.jpg

過去記事より。



この論文を紹介した記事は、クレアの2011年01月28日のペアである自分(2) 宇宙の場所という記事に全文訳があります。

また、「人間の光の感知」に関しての私の考えは、やはり、過去記事の、

日本人研究者が獲得した「暗闇での視覚」: 人類と光と植物
 2011年02月28日

というものに、自分の考えが書かれていることに気付きましたので、その部分を抜粋しておきます。



現実に「闇夜でクリアに見える技術」が開発されていて、少なくとも技術レベルでは「完全に光のない場所で物を見るということが)できている。ということは、宇宙の物理の仕組自体は、「本来は暗黒でも見える可能性がある」ということなのではないか、などと思った次第です。

この「光のない場所にあるものが普通に見える」概念や仕組が人体に隠された機能としてどこかにあれば、人間はいわゆる「目での光」だけに頼らなくても「見て」生きていくことができる。

もちろん、かなり遠い未来の話にしても、姿形は同じままで「新しい人間」というものは、遠い未来には存在していてほしいし、それには松果体や脳下垂体、あるいは今は軽んじられている脾臓や盲腸といったすべての器官までもが完全に機能する人間が存在してほしいと考えています。






ちょっとわかりにくい書き方ですけれど、要するに、「目でだけ光を感知する」というのは、多分、私たちの潜在意識も顕在意識も含めて、

「意識の上に薄いベールを張られている」

という状態なのだと思っています。

この「薄いベール」がとれていく過程が「進化」なのであり、人間の進化というのは姿や形が変化していったり、空を飛べたりするということではなく、意識的なレベルでの思い込みのベールがとれることだと思います。

そして、本当の意味の「自由な思考」を持てた時に、感覚そのものが自由になるという変化なのだと。

その時代を今の私たちが見られるかどうかはわからなくとも、人間の機能(松果体も)は何ひとつ退化していないということが、今回の実験でわかったことは大変に喜ばしいことだと思ったりするのです。


では、ここからロチェスター大学の記事の概要です。




Seeing in the Dark
ロチェスター大学 (米国) 2013.10.31

暗闇で見ること


完全な真っ暗闇の場所を探して、そこでゆっくりと自分の顔の前で手を左右に動かしてみる。あなたには何が見えるだろうか?

この答えは、これまでの考え方では「真っ暗闇では何も見えない」というイメージを持つのではないだろうか。

しかし、コンピュータで視線を追跡する装置(アイ・トラッキング・システム)を用いての最新の研究では、少なくとも全体の 50パーセントの人は、まったく完全な真っ暗闇の中で、自分の手のひらの動きを正確に眼球で追随できるということがわかったのだ。

今回の調査チームの主任者として実験を主導したロチェスター大学の脳と認知科学が専門のデュジェ・タディン( Duje Tadin )教授は、以下のように言う。

「完全な真っ暗闇の中で物が見える? そんなことはこれまでの視界に関する自然科学ではあり得ないことなんです。そんなことは起こらないことなのです」

「しかし、今回の研究では、私たち自身が自分の動きを察知することについて、光のシグナルが完全にない状態でも、自分の手の動きを通じ、脳内で実際の視覚認識を作り出すことができ、視覚信号を送信することを示したのです」



bronnen-kant.jpg


今回の実験は5つの異なる実験を 129人の被験者を通しておこなわれた。

研究者たちはこの「完全な暗闇の中で見ることができる」という不気味ともいえる能力について、それが示しているものは、私たちの脳が自らの認識を生み出す際に、別の感覚からの情報を組み合わせているという可能性だと考えている。

この能力はまた、「私たちは視界というものを通常は目で認識していることと考えているが、それと非常によく似た機能が脳にあるということなのです」と、バンダービルト大学の心理学の専門家であるケビン・ディーター(Kevin Dieter)教授は述べる。

これまで、光のない洞窟の内部などを探検した人々が、光のない空間で自分の手の動きを見ることができたというようなことを主張する「スペランカーの錯覚」と呼ばれる体験談が伝えられることがあったが、これまでこれらは一般的に幻覚だと考えられていたが、今回の研究成果はこうした体験談は幻覚をみたものではなかったことを示すものとなるかもしれない。

ディーター教授は、この完全な暗闇で自分の動きを見ることができるという能力については、「ほとんどの人が学習できるものだと思われます」と結論づけている。


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2013年10月30日



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▲ アメリカのフェルミ国立研究所の物理学者デビッド・アンダーソン博士と、ワシントン大学の航空力学の専門家スコット・エバーハート博士が共著した『 UNDERSTANDING FLIGHT 』(飛行の理解)という本。この世界で最も航空力学に詳しい専門家たちの記述によると、「飛行機がなぜ飛ぶかは、いまだにわかっていない」のだそう。飛ぶ理由はわからなくとも、航空力学は存在し、そのシミュレーションも完ぺきにおこなえます。しかし、飛行理論の根本ともいえる「どうして飛行機が飛ぶのか」については、仮説以外は存在しないのだとか。
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心の底から疲れ始めた2013年の秋ですけれど

最近、元気がないんですよね。

今日も記事を書こうとしたけれども、その途中で力が抜けてしまいました。

元気といっても、あっちの話ではなくて(誰がそんなこと思うか)、精神のほうの元気のほうですけど、一日に何度か「心が疲れ果ててしまう」というような瞬間に見舞われます。

若い時から神経や精神系の疾患をそれなりに数多く経験している私も、こういうのはあまり経験がなくて、いわゆる「ウツ」や抑鬱というのともなんか違うし・・・まあ、これはそういうメンタルな話だけでもなく、明確な理由が存在しているとも思います。


それで何だか日々摩耗していて、「この世に疲れちゃってきている」ということかもしれないと。

まあ、原因というのか、わからないでもないのですけれど。



・・・変わらないどころか悪化していっているようにしか見えない社会の精神性。


・・・そして、日に日に衰えていく科学的見識。



この先に生きて少しは素晴らしいビジョンが存在するのだろうかと私自身についても疑問に思わざるを得ないですが、私には子どももいまして、うちの子だけではなくとも、「この世の子どもたちの未来」なんてのは考えるだけで力が抜けるような日々です。

ちなみに、「日本の子どもたち」という小さな形容ではなく、「世界中の」という全体的な話でもあります。



科学といえば、昨年、子どもと一緒に図書館に行った時に、その「子どもコーナー」の棚で手にした「原子の発見」という田中実さんという方の書いた本を立ち読みして、「物質不滅の法則」(質量保存の法則)を知った時のことを書いたことがあります。

大出血のような太陽フレアと真っ赤な富士山上空を眺めながら「物質は永遠」という法則を子ども科学本で知った日
 2012年09月03日

細かいことはともかく、上の「原子の発見」という少年少女向けの本で私が初めて知った物理の絶対的な法則として、


宇宙全体の質量とエネルギーの総和はゼロ


ということや、


ものは消えてなくならない。ものが変化して、なくなったように見えても、じつは別のものがそのかわりにできている


ということがあるわけですけれど、その時点で、「科学者たちはこんな絶対的法則を知っている人たちなのに、なぜ『宇宙が生まれた』(物理の法則に矛盾)だとか、まして、ビッグバン(論外)だとかの考えを平気で主張できるんだろう」と、非常に不思議に思ったことがあります。


また、「原子の発見」の中には、著者の田中さんの言葉として、下のようなことが書かれてあります。




生きているとはどういうことか。人間も動物も、そして、植物も生きている。生きているものと、生きていないものとは、どこがちがうのか。生きているものが死ぬとは、どういうことなのか。

生命という現象には、まだたくさんの解ききれない秘密がある。しかしそれは自然科学の力によって、しだいに解決されてゆくはずである。どんな生物も物質から出来ているのだから『物質不滅の法則』に外れるような現象は起こるはずがない。






田中さんは何気なく書いたのかもしれないですが、この


 > 『物質不滅の法則』に外れるような現象は起こるはずがない


という記述もまた、「生命にはその起源というものは存在しない」という私の考えをサポートするものとなったりしました。


しかし、「起源がないってどういうことだ?」と自分でも思うわけです。


宇宙にも生命にも起源がないなら、「いったい、私たちの存在はどういうことなんだい?」と思ってしまうのですけれど、この「何でも理解できければいけない」という強迫観念そのものがいけないことだと最近気付きました。


事実、理解などしなくても、この世は成立している。


それを知ったのも、やはりまた、子どもと一緒に図書館に行った時の立ち読みによるものでした。






「近似」を許さない今の時代

先日、子どもと図書館に行ったときに、今度は子ども本コーナーではなかったのですが、竹内薫さんという人の『99.9%は仮説』というタイトルの本が目につき、それを立ち読みしていましたら、その本の冒頭に書いてあったのが、


> 飛行機がなぜ飛ぶのかはまだよく理解されていない。


だったのです。


「いくらなんでも、そんなわけねーだろ」と思い、家に帰って調べてみましたら、今回のトップに載せました、フェルミ国立研究所とワシントン大学の航空力学の専門家のふたりの記した本に行き着いたりして、この今の世の中で、「飛行機がなぜ飛ぶのか、わかっていない」ということが真実だったことを知るのです。


でも、飛ぶ理由はわからなくても、設計もシミュレーションもできて、飛行機は実際に飛んでいます。


飛行機が飛ぶ理由の仮説についてはこれまで、私はそれぞれ何の定理か知らないですが、ベルヌーイの定理というものや、渦動説だとかいうもので説明できると思われていたそうなのですが、これでは説明できないというのが真実だそう。

be-01.jpg

▲ 飛行機が飛ぶ原理とされていた「ベルヌーイの定理」というもの。これについて、フェルミ国立研究所の物理学者デビッド・アンダーソン博士などは、そのような今まで説明されてきたことは「全部デタラメ」だと。真実は、「まだわかっていない」ということ。


この『99.9%は仮説』という本は、Amazon をはじめ、どこででも入手できると思います。


ところで、その本には、1965年にノーベル物理学賞を受賞しているアメリカの物理学者リチャード・ファインマンの、


「科学はすべて近似にすぎない」


という言葉も紹介されているのですけれど、なんかこう、子どもの頃から、今に至るまで、教師や科学者の口から、


「今教えている勉強はすべて近似(大体そんなもの)にすぎない」


と教えられた記憶がないです。

学校でも、あるいは「上から教える人」たちから、


「今教えているこれは絶対的なもの」


というように「学問はすでに 100パーセント決定しているもの」として教えられ、そして、私たちの下の世代の子どもたちや若い人たちもそのように教えられて育っていくのでしょう。


そして、これが地球を滅ぼします


学問の進歩は止まり、「わかってもいない、確定もしていない、あるいは、そもそもがねつ造されたものかもしれないような理論かもしれない数々」を「絶対」として頭の中に叩き込まれていく社会。


その結果として地球の文明は衰退して、私たちは滅びていく。


その責任は専門家の人たちだけではなく、私なども含めた一般の多くの大人にもあると思います。

なぜなら、「疑っていない人が多すぎる」からです。


たとえばですけれど、どなたかがノーベル賞をとったとする。
専門家の人たちはともかく、ニュースを見た多くの人々は、


「日本人がノーベル賞を取った! バンザーイ! バンザーイ!」


これで終わり。


その本質を疑うどころか、場合によっては、いったい何の業績で受賞したのかもわからない。


これからもずっとこんな「シープル的世界」な感じで世の中は続いていくのだろうなあと思うと、自分の子どもをこの世の中に生みだしてしまったことにも罪を感じたりして、落ち込みはひどいものですけれど、まあしかし(あまり期待していないですけれど)、ほんの少し、何か起きたり、何かが変わるかもしれない。


希望が完全に消えるまで(現在、約 80パーセント消滅中)は書きたいと思っています。


そういえば、上に「その結果として地球の文明は衰退して、滅びていく」と書いていますけれど、私の書き方ではまったく具体的に伝わらないですが、過去記事に、フレッド・ホイル博士の言葉を抜粋したことがあります。

ホイル博士は、誤った科学的見解について、


学会は誤った知識の領域を持つことになり、その損失はもとより、その周辺領域すべての進歩を阻害してしまう。このことが同時に、多方面に影響し、人間社会の衰退、そして最終的には破滅へと導くのである。



と書いています。

これは、過去記事の、

破局の回避という奇跡があるとすれば
 2013年03月09日


に記したものですけれど、再度、部分的に抜粋しておきます。





『生命はどこから来たか』(1995年)より
 フレッド・ホイル、チャンドラ・ウィクラマシンゲ共著


われわれは皆、許しを請うことなくこの未知の世界に生まれてくる。生まれて数ヶ月もすると、目も見え、自らの足で立つこともでき、やがて話し始め、ついには言語の壁をも突破する。初めは何の手がかりもないのに他人の話していることを理解し、自分自身でも話すようになるのである。

われわれは、これらすべてのことを自然のうちに学ぶのである。しかし、唯一残念なことは、この時期において子供たちは、周りの大人たちに世の中の状況の偽りのない真実を、流暢に語る手段を身につけていないことである。そのため、大人たちは適切な双方向の会話ができればやがて誤解に気づくだろうという幻想を抱いたまま生き続けることになる。

不幸にも、偏見のない見解を伝達することができるようになる頃には、教育という過程により偏見のなさを失ってしまうのである。

(中略)

先に述べたように、ある分野の科学的知識は確かなものである。確かな知識からまだ未解決課題へと進むと、事情は違ってくる。教条的な意見や教義が顔を出す。科学者は真の科学者であることをやめ、事実より教義を取り上げ、こうして創造主義者と同じ思考をとるようになる。

われわれの考えは、地球上の生命の起源と進化に関する進化論者の見解は、創造論者と同じくらい全く間違っている。創造論者の誤りは明白だが、進化論者の誤りはわかりにくく、特に学校で学ぶ子供たちの目から真実を隠していると思う。科学の進歩の方法は確実な知識を外へ押し広げていくことである。注意深い研究により、最前線が次第に広げられていくならこの方法はうまくいく。

しかし、突然大飛躍して科学が発展することもある。ニュートンの力学の飛躍的な進歩が、天体力学の発展、 19世紀の光と放射線の理論、そして現代の量子力学を導いてきた。

これらの進展に貢献した科学者各人の称賛に値する業績は偉大であり、その名は永く刻まれるようになっている。科学者たちが大進展の主役になりたいと野心を持つのは当然である。ある者はその才能により成功し、ある者は幸運に恵まれ、さらにある者はけしからんことに作り話で成功を収めた。そのやり方は、何もないのに大進展があったかのように振る舞うのである。

このようなニセの効果がうまくいくには、一人の孤立した科学者ではなく、科学者の陰謀団のほうがよい。声を揃えることで、陰謀団は各々の科学者の口を封じ、科学雑誌に発表される論文の内容に圧力を加え、ついには反対意見を一掃してしまうことができる。

こんなことは全くの作り話ではうまくいかない。初めには、ゲームでいうところの「ツキ」があったに違いない。すなわち初めには、事実は陰謀団の言う理屈に合っているかのように見える必要がある。

陰謀はのちにその理論に合わない事実がわかってきたときに現れ、科学雑誌を自由に操ることを通して慎重にこの事実を葬り去ってしまう。さらに陰謀団の理論が、教育課程に侵入し、常に難しい試験の連続に追い立てられ、自らを失っている数多くの生徒たちに教え込まれると教義は確立してくる。

学会は誤った知識の領域を持つことになり、その損失はもとより、その周辺領域すべての進歩を阻害してしまう。このことが同時に、多方面に影響し、人間社会の衰退、そして最終的には破滅へと導くのである。





ここまでです。

まあしかし、「近似を認めないこの世の破滅を見てから死んでやろうか」という凶暴な気持ちもややあります。

暗い元気の源ですが、それが確かに生きている理由にもなっているかもしれません。

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2013年10月18日



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minoan-top1.jpg

上のものは、エーゲ海のクレタ島で紀元前 2000年頃に栄えたミノア文明の装飾品なのですが、このように「中央の人物(多分、神を表している)が両サイドに蛇や龍のような動物を持つ構図」のことを、日本語での言葉が見つからないのですが、英語では「ロード・オブ・ザ・アニマルズ(Lord of the animals / 動物の王)と呼ぶようです。

そして、この構図の神のシンボル。

これが実に世界の古代の遺跡のいたるところで見られるということを知りました。


lord-of-animal-s1.jpg

▲ 古代の神の構図であると思われる「ロード・オブ・ザ・アニマルズ」の構図を持つ古代の遺跡の一部。本記事でこの何倍もの写真をご紹介します。


現在の学説の主流は、「その地域での最初の古代文明は、各地域で個別にバラバラに誕生した」ということになっています。なのに、なぜ、遠く離れた地域で独自で発祥した文明での信仰のシンボルがこれほど同じ構図なのか?ということが書かれてある記事を見つけまして、興味深いものでしたので、ご紹介しようと思います。

これらが示すことは「全世界が単一の、あるいは宇宙的な概念の神を持つ古代の時代が存在したのではないか」というようなことが書かれてありました。


ところで、最近の地震のことについて、リアルタイムで経過の記録は続けたいと思っていますので、そのことを最初に書きます。






さらに発生し続ける比較的大きな地震


gwadar_aerial-02.jpg

▲ 9月24日のパキスタンの地震で数時間で浮上した島。パキスタン国立海洋研究所による撮影。過去記事「世界各地で見つかる「失われた大陸」」より。


最近の記事の、

世界各地で警告される大地震情報の前に立ちはだかる米国の政府閉鎖
2013年10月13日

では、新しい島が作られた 9月 24日のパキスタンの大地震以降、全世界で比較的大きな地震が続いていることを書きました。 9月 24日から 10月 12日まで、マグニチュード6以上の地震が、


09月24日 パキスタン M7.7
09月25日 ペルー南東 M7.1
09月28日 パキスタン M6.8
09月30日 ニュージーランド M6.8
10月01日 オホーツク海 M6.7
10月04日 中央インド洋海嶺 M6.4
10月11日 ニュージーランド M6.4
10月12日 ギリシャ M6.4



というように起きていて、その記事の後も、


10月15日 フィリピン M7.1
10月16日 パプアニューギニア M6.8



と続いています。

特にフィリピンの地震では大変な被害が出ているようでして、新しい報道では「フィリピンの地震、死者151人に 同国最古の教会も被害( AFP 2013.10.16 )」とのこと。

建物の崩壊での犠牲者が多いようです。

Philippines15.jpg

▲ 大きな被害を受けたフィリピン最古のキリスト教会。現地のテレビ報道より。


9月のパキスタンの地震から震源地に印をつけていますが、フィリピンの地震が起きた時に書きましたこちらの記事までの地図に、パプアニューギニアでの M 6.8の地震を加えておきます。

earthscience_f-555.jpg



ちなみに、地震とは関係ない(だろう)とはいえ、数日前にはアメリカの西海岸で、とんでもなく大きなリュウグウノツカイの死体が浅瀬で発見されたりしています。

orf-05.jpg

▲ カリフォルニアで発見された体長5メートル以上のリュウグウノツカイ。カリフォルニアで体長 5.5メートルの巨大リュウグウノツカイが発見されるより。


それとは関係ないですけれど、ふと思い出したのですが、3年くらい前の英国のテレグラフで、「日本でのリュウグウノツカイに関しての伝説」に関しての記事がありました。

下の記事は、2010年3月のもので、東日本の大地震から1年ほど前のものですが、ハイチで大きな地震があった時で、世界中で大地震についての関心が高まっている時でもありました。

oarfish-2010.png

▲ 2010年3月4日の英国テレグラフより。


上の記事の内容は、この記事が出された 2010年の 3月頃までの数週間、日本の東北から、京都、島根、長崎県などの各地で 10匹以上のリュウグウノツカイが漁船の網などにかかったことが報告されたというものです。

もちろん、記事には「リュウグウノツカイと地震の発生の関係には科学的な根拠はない」と書かれてあります。

ちなみに、今年も、高知県の室戸岬でリュウグウノツカイを含む深海魚が「80匹以上」網にかかったということが産経ニュースで報じられていました。



いずれにしても、私自身は、地震に関して、タイムラインを含めての予測はできるものではないと思っていますが、上のようないろいろなことが「後になって思い出される」ということは確かにありますので、資料としての意味も含めてご紹介しておきました。

地震関係で長くなりましたが、ここから「世界の古代遺跡に共通する偶像」についての記事です。






ギリシャから古代南米にまで続く「同じ構図の神のシンボル」


下の記事は、 2003年の科学誌「ネイチャー」のものです。

andean-bc2000.jpg

Nature News より。


これは 4000年前のアンデス文明跡で見つかった「スタッフ・ゴッド Staff God 」と呼ばれているアンデスの神のシンボルだそう。

この「両手に棒、あるいは蛇や龍のような動物を持っているという神の構図」が、一体どのくらいの古代文明の遺跡に描かれてきたかということが、リチャード・カッサロという人の昨日の記事にあったのです。

写真の量がかなり多いですので、あまり前振りをせずに、その記事の概略をご紹介しておきたいと思います。

ここからです。

ものすごい量の世界の古代の遺跡にある「動物の王」の写真が出てきますが、これでもこちらで選んだもので、実際の記事にはさらに数多く出ています。



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2013年10月10日



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bosnia-maria-top.jpg

▲ クロアチアの Jutarnji の記事より。
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[参考用語]メジュゴリエの聖母


Wikipedia より

メジュゴリエの聖母は、1981年6月24日から現在に至るまで毎日、聖母マリアが出現していると数名の幻視者が主張するボスニア・ヘルツェゴビナ南部ヘルツェゴビナ・ネレトヴァ県、メジュゴリエにおける聖母出現である。この現象は目下のところ公認されてはいないが、カトリック教会によって研究が進められている。




先日の記事、

米国モンタナで人々が「空が落ちてきた」と口にした日、宇宙では彗星アイソンが崩壊を始めているという懸念が台頭
 2013年10月03日

の最初で、太陽からの CME (コロナ質量放出)などによる地磁気の影響で、米国ではかつて見られたことのないような見事な色彩のオーロラが出ていることに少しふれました。


このオーロラがですね、何というか、さらにすごくなっていて、こう・・・いわゆる「神々しい」というような形容をしても構わないのではないかというレベルのオーロラが出現し続けています。


selfoss-iceland-2013-10-08.jpg

▲ 10月 8日にアイスランドのセルフォスで撮影されたオーロラ。 Realtime Aurora Photo Galleryより。




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▲ 10月 9日にノルウェイのトゥロムスで撮影されたオーロラ。Realtime Aurora Photo Galleryより。



2つめのノルウェイのオーロラなどは、4年ほど前のアップルのパソコンの OS である Mac OS X スノーレパード( Snow Leopard )のデフォルトの壁紙などを思い出させてくれます。


snow-lepard-macbook.jpeg

▲ 2009年頃のアップルの Mac の広告より。


アップルといえば、今はスマホとタブレットの代名詞となってしまいましたが、アップル社の方々は、パソコンのほうも忘れないでくださいね・・・と、18年来の Mac ユーザー( Windows は 20年使ってますけれど)としては言いたくなる時もあります。

私はパソコン部門以外のアップルにはあまり興味がなく、今後もスマホは使うつもりがないですし、タブレットにもあまり興味がないです。


Mac OS の思い出に関しては、スティーブ・ジョブスさんが亡くなった 2011年の10月頃に、「夢にまで見たような OS - Mac OS X をありがとう」という記事を書いたことがあります。



話が変な方向に逸れましたが、本題は上の神々しいオーロラを見て、最近、ボスニアやその周辺の国で話題となっている「光るマリア像」のことを思い出したのです。






涙が定番だったマリア様が光り出した


マリア像やキリスト像というと、話題となりやすいのは、「木や壁にその姿が出現した」というものや、あるいは「血のようなものを流した」というようなものが多いように思います。 In Deep の昨年の7月の記事にも、

世界中に出現する「血を流す聖母マリア」:インドでは血の涙。米国ではこめかみから流血
 2012年07月23日

というものを記したことがあります。



▲ インドのカトリック司教協議会が伝えた 2012年7月14日に目から赤い液体を流し始めたマリア像。





▲ 2012年7月に、こめかみ部分から赤い液体を流しはじめた米国ルイジアナ州にある聖母マリア像。



そして、今、ボスニアの周辺で話題となっているマリア像は「光り始めた」というものです。

それだけならともかく、その話を聞いたバチカンの司祭たちが、そのマリア像の調査のためにボスニア・ヘルツェゴビナの現地をチームで訪れ、現在、鑑定を続けているというニュースなのです。


下のマリア像がそれです。
左が光った様子だというのですが・・・。

marry-01.jpg

24 SATA より。


なぜ、このような話に対して、バチカンから司祭たちがやってきているかというと、このボスニアのメジュゴリエという場所と関係しているようです。ここは、一番上に載せました「メジュゴリエの聖母マリア像」という話の存在する、キリスト教徒たちにとっては、一種の「超常的な意味での神聖な場所」のようなのです。

実際、今回の「光るマリア像」の話は、ボスニアとその周辺国の新聞やメディアはほとんどが取り上げるほどの「大ニュース」となっているようで、日本で例えれば、「奈良の大仏が歩き出した」というようなインパクトのあるニュースのようなのです(なんか例えが違うな)。

上で「周辺国のメディア」と書きましたが、このボスニア・ヘルツェゴビナの周辺というのは、日本人には地理的にあまり馴染みのない場所ですので、地図を載せておきます。

下の地図の「A」の場所が、光る聖母マリア像のあるメジュゴリエです。

bosnia-marry-map-01.jpg


さらに、このマリア像が教会にあるものではなく、一般家庭にあるマリア像だということが混乱を招いています。

というのも、多くの人々が「光るマリア様」をひとめ見ようと、この家に押しかけているのです。

教会なら、もともと人が集う場所ですので、いくら人が集まっても何の問題もないのですけれど、一般の家だとそうはいかない。

下はその混乱ぶりを伝える地元の報道です。

faith2013.jpg

Index HR より。

なんだか、敬虔なクリスチャンというより、愚連隊っぽい雰囲気を醸し出している黒づくめの若者たちも多く見受けられるのが気になりますが、そういう理由からではないでしょうけれど、マリア像の持ち主である家の人たちは、バチカンの司祭たちが現地に到着した際には、下の写真のようにマリア像に白い布を被せて完全に覆い、集まる人々から逃げるようにマリア像をキリスト教区の事務所に運んだようです。


1-lead-statue.jpg


2-lead-statue.jpg

▲ メジュゴリエの現地メディア Medjugorje Today より。



報道の内容そのものに関しては、現在のところは「バチカンの調査団が到着した」というところまでのことですので、何らかの結論が出たということでもなく、特に詳しくご紹介するような部分はないのですが、何かわかれば、またお伝えしたいと思います。


しかしまあ、真実がどうであれ、今のこのご時世というは、マリア様あたりに出現してほしいと願う人々の多い時であることも事実であるような気はします。

世界はこう・・・なんというのか、いろいろな時計の針が「同時に一気に急ピッチで動き始めた」感じになってきているようにも感じます。

壊れていたはずの時計までもが動き始めてしまった気がする。

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2013年09月28日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





9月24日にパキスタンでのマグニチュード 7.7の地震と共に浮上した「地震島」について、「パキスタンでのクリスチャン追放活動の渦中で発生した大地震と共に海底から浮上した新たな島」という記事で記しましたが、今日になって、その島を「宇宙から見た光景」の写真を見ました。

NASA の地球観測衛星1号( EO-1 )という地表を高解像度で観測する衛星によって撮影されたものが下の写真です。海の中に丸く写っているのが浮上した島。

pakisatn-earthquakw-island.jpg

▲ NASA 地球観測衛星1号による撮影。Universe Today より。


島の周囲の海域が白くなっているので、そのあたりを含めて、隆起した海底の面積は島の何倍かあるように見えます。


そして、この島の全体的な形状もパキスタンの国立海洋研究所の航空撮影により明らかになりました。

gwadar_aerial.jpg

▲ パキスタン国立海洋研究所による撮影。Universe Today より。


高さは20メートル程度。大きさは記事によりまちまちですが、上のやや楕円形の長い部分は、200メートルと報道しているものもありますし、80メートルと報道しているメディアもありますが、右上のほうにボートのようなものがたくさんうつっていて、そのあたりからの比較で、大体の大きさはわかるように思います。

今回のポルトガルの島のように「浮上するもの」がある一方で、過去には水没していった数々の大地があり、中には文明圏だったと考えられる場所も数多くあります。




大西洋の海底で発見されたピラミッド


前回の記事、

パキスタンの新しい島を見て、最近の「海底の異変」の場所を思い返してみました
 2013年09月26日

の中では、最近、海で起きたいろいろな現象のことを記しまして、下の地図を載せました。

2010年〜2013年までに In Deep で取り上げた海底に関係する異変の場所




上の地図の左下に「 2013年2月に失われた大陸と発表された場所」という海域を示しています。こういうものは、アトランティス大陸とか、そういうような伝説上の話と結びつきやすいのですが、しかし、伝説との関係はともかくとしても、「海底の文明跡らしきもの」が存在する海域は非常に多くあります。

今回は、大西洋のアゾレフ諸島というポルトガル領の海底で、ピラミッド形状の構造物が発見されたという報道をご紹介します。

下の写真は現地の報道からのもので、GPS によって映し出された、そのピラミッドのような構造物と思しきものの形状です。

acores-ptramid.jpg

Terra より。


そして、こういうものが見つかると、すぐに下のような報道タイトルの記事が並びます。西洋の人々はアトランティス伝説がとにかく好きなようです。

atlantica.jpg

▲ 海底ピラミッドの想像図。ポルトガルのメディア DN より。


この建物のようなものの規模は GPS やソナーなどでの解析では、わりと大きなもので、高さは約 60メートル、全体の面積は 8,000平方メートルにのぼるものだそう。


アゾレス諸島というのは、下の赤い星の位置にあり、9つの島々でなっています。

acores.jpg


この中で、海底でピラミッドのようなものが見つかったのは、テルセイラ島とサンミゲル島というふたつの島の中間あたりです。

pyramid-undersea.png



今回は、アメリカに住むポルトガル人の人たちのための報道メディア「ポルトギース・アメリカン・ジャーナル」からその記事をご紹介しようと思います。ところで、今回ご紹介する記事を見た時に、コメント欄の一番最初に下のようなものがありました。

comment.png


海面下 40メートル!建設は氷河期の間に行われたのだと思います。 26000年前から 41000年前、あるいはもっと以前のサイクルに。しかし、誰によって? そして、もうひとつが日本の海にもあります。私たちはこの地球の最初の文明人ではないのです。



というようなことが書かれてあるのですが、まあ、いろいろな主張はともかく、この中に「もうひとつが日本の海にもあります」という響きが気になり、調べてみましたら、検索で行き着いたのは In Deep の過去記事でした。自分ではその記事を忘れておりました。






与那国島にある海底ピラミッドとされるもの


その記事は、3年以上前のもので、

紀元前数千年前のものとされる与那国島にある海底ピラミッド
 2010年06月26日

というものですが、 2008年に放映されたヒストリー・チャンネルというテレビ番組の内容を紹介した記事を掲載したものです。



▲ 上の記事より。


これは、ピラミッドだとか、あるいは古代の遺跡であると確定しているものではないのですが、琉球大学の木村政昭教授などを中心に人工物だとしての研究を進めているもののようです。

yonaguni-undersea-structure.gif

▲ 与那国島の場所。海洋政策研究財団より。


この場所は「与那国島海底地形(よなぐにじま・かいていちけい)」と名づけられていて、Wikipedia から抜粋しますと、下のようなものです。


与那国島海底地形は、沖縄県八重山諸島与那国島南部の新川鼻沖の海底で発見された海底地形である。人工的に加工されたとも考えられる巨石群からなることから、海底遺跡と考える説もあり、この立場からは与那国海底遺跡、与那国島海底遺跡とも呼ばれる。



とあり、上のページでは、現在ある説として、

・遺跡説
・古代文明遺跡説
・石切り場説
・中世遺跡説
・自然地形説
・侵食説


があるそう。

このうちの「遺跡説」に関しては、海洋政策研究財団の2004年のニュースレターに木村教授の与那国島海底遺跡の現状、保護のあり方というページがあります。

yonaguni-pyranid-1.jpg

▲ 上のページにある海丘の断面図。


上の図で「海底ピラミッド」と明記していることが目を引きます。

そんなわけで、確定されていないものが多いわけではありますけれど、世界中に、海底の文明かもしれないものがあるということは事実で、その中には、ピラミッドのようなものも多々あります。


上のコメントの人じゃないですけれど、私たち現世人類の十数万年前歴史の間、あるいはそれ以前には知られていない多くの文明が確かにあったということはあるのかもしれません。


そして、多くは海に沈んでいく。


そういうサイクルが存在するのなら、今の私たちの文明社会も、そのうち水没していくのだという気もします。

それも、何万年とか何億年の時間の話ではなく、パキスタンの地震島が「数時間で出現した」ように、あっとい間に消えていくのかもしれないです。パキスタンの地震島はそのことを改めて教えてくれました。

つまり、「地球の変化は一瞬にして起きる」ということを。


というわけで、ここから大西洋の海底でピラミッドかもしれない形状が発見されたという記事です。



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2013年09月18日



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tataouine-meteo-01.jpg

▲ 9月16日にチュニジアのタタウイヌという場所に隕石が落下したニュースです。今回の記事とは直接関係ないですが、アラビア語と隕石の記事の組み合わせがなんとなく興味深かったので貼っておきます。被害はなく、目撃されたというだけの内容です。写真はもちろんイメージ図だと思います。チュニジアのメディア Alikhbaria より。
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幻想の自由


昨日の「真っ赤な空の中の真っ黒の富士山を見た日に太陽活動はほぼ止まった」という記事で、途中、コリン・ウィルソンやら、妙な話の展開となっていった部分がありまして、そこに「その著作の前書きからショックを受けた」と書いているのですけれど、「何にショックを受けたのか?」という根幹が書かれていないことに気付きました。

それは一言で書くと「実は私たちは自由ではないし、そもそも自由の意味がわからなくなっている」ということなんです。

どうしてかというと、今の文明社会において「価値」がどういうふうに作られているというと、それは「比較」だけです。

他者との
他の国との
他の考え方との


あるいは、


物質的な
精神的な


比較。

資産の格差でも立場の格差でも男女の差でも、イデオロギーの違いでも、人種の違いでも何でもいいんですけど、「価値」はすべて「他との比較だけ」というのが現実で、「絶対的な価値」というものが存在しない。

せめて神様の世界だけでも、と思ってもダメで、「こっちの神様のほうがエライ」というような話ばかりで、戦争にさえなる。

スビリチュアルの世界の話でも、たとえば、高い次元とか低い次元とか、あるいは、どこそこの宇宙の存在は人間より優れているとか劣っているとか、比較でなければ語ることのできない存在にまで堕ちている(比較できる対象を持つものは絶対存在ではありません)。


「純粋、あるいは絶対の存在」がこの今の社会ではもう見えないのです。


つまり、前回の記事で書いたそのコリン・ウィルソンの『殺人百科』の前書きを 30年前に読んだ時に、その時にはじめて、「世の中に絶対的な価値が存在しない」という事実に気付いたということなのでした。

それでまあ、愕然としたわけです。

まあ、知るのが遅いといえば遅いんですけど、ショックはショックでした。

それから若い時は暴力的な演劇のようなものや、あるいは存在を消した無為な生活を送り続けることなどで、この「価値のない自分」と「価値の存在しない世界」を考えたりしていました。


それにしても、以前からこのブログでは、ジョルダーノ・ブルーノだとか、フレッド・ホイル博士だとか、あるいは、ロシア宇宙主義のアレクサンドル・チジェフスキー博士などの話を書いたりすることがあります。

その人たちのことを知ったのはつい最近で、具体的にはこの3年くらいの間のことですが、この人たちの主張は、私が若い時にやっていた暴力演劇の根源にある問題を非常によく(私自身の心に対して)サポートしてくれることにいつも驚いていました。

ブルーノやフレッド・ホイル博士の言う「宇宙は無限」ということ、チジェフスキー博士たちの言う「人間と宇宙の末端は繋がっている(同一である)」ということ。

これらの意味を突き詰めると、第一段階として、


・宇宙は無限 → 無限という観念は裏返せば「存在しない」と同義


というものがあり、そして、


・人間と宇宙は同一である


ということを照らし合わせると、どうも宇宙か人間のどちらかが存在していないという疑惑が出てくる。


宇宙だけか、人間だけか、どちらかということになりそうな気がする。


これは、今の科学の概念では「とにもかくにも宇宙は存在している」と、当然のように語られます。その理由は、人類が地球に誕生する前から宇宙はあったという一種の「科学的推定」に基づいていますが、しかし、それが本当かどうかは今ひとつよくわからないとも言えます。

なぜなら、科学以外では、はじまりは宇宙からではないから。

聖書やコーランなどのメジャーな聖典を含めて、宇宙は「人のことばや人の行動から作られた」というような感じの記述ばかり。

もし、これらの記述通り、仮に「最初の存在が人間」なら、逆にそこに化学の基本的理論である「質量保存の法則」を当てはめれば、人間がエネルギーとして姿を変えたものしかこの宇宙には存在しないことになってしまいます。しかし、実際には宇宙には人間からは生産されない物質や人間には含まれない物質がたくさんある。


「じゃあ、自分たちの周りに存在しているこれらの物質やら色や匂いや感覚や空気は何なんだ?」と、たまに気がおかしくなりそうになることもあります。


こう書いていても、何だかもう全然わからなくて、ほぼ「狂気の逸脱」を見せているわけですけれど、いずれにしても、絶対的な価値というものは、比較する対象がない場合にはじめて言えることです。

どうにも、現世にはその「価値」が存在していないようにしか見えない。


こんな訳の分からない余談はここまでにしておきましょう。



さて、この地球の歴史は「周期的に劇的な変化」を繰り返しています。その中のひとつには「天体の地球への干渉」があります。これは簡単にいうと、彗星などが地球に衝突して、地球の様相を一変させるという意味です。


聖書「ヨハネの黙示録」 21章5節に


「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」


というくだりがあります。この「わたし」という主語が誰だかはわからないですが、彗星には地球を完全に新たにする力があります。

というわけで、今回の本題に入ります。






天体は地球を変えてくれるだろうか?


今回は、久しぶりにパンスペルミア説(地球の生命は宇宙に由来するという考え方)とも関係する話ですが、最近、「彗星が地球に生命をもたらした」という意見が科学界のメジャーフィールドでかなり大きな支持を集めはじめていて、そういう中の最近の報道のひとつをご紹介したいと思います。

今回の記事には米国のローレンス・リバモア国立研究所という名前が出てきますが、この名前は、ちょうど3年前の記事、


[彗星が地球に生命の素材を持ってきた]米国ローレンス・リバモア国立研究所でも地球の生命が宇宙から来たアミノ酸だという研究発表
 2010年09月16日


とというものにも出てきますが、その研究がさらに進んでいるようです。

上の記事にはフレッド・ホイル博士のよき共同研究者として、パンスペルミア説を補強する研究を続けた英国カーディフ大学のチャンドラ・ウィクラマシンゲ博士の話も引用されています。



▲ チャンドラ・ウィクラマシンゲ博士。記事「「私たちはひとりではない」と語り続けるチャンドラ博士が隕石から見つけたエイリアンの化石」より。


ウィクラマシンゲ博士の考え方は上の記事での彼の下の語りに凝縮されています。


「最近の驚くべき彗星の役割についての発見は、パンスペルミア説に対しての理論を補強している。我々は、次第に、それ(宇宙から生命が地球にやってくること)がどのようにして起きるのかというメカニズムも解明しつつある。土、有機分子、水、など生命に必要な要素がすべてそこにはある。長い時間と、膨大な量の彗星たちは確実に地球の生命に関与している」




また、今回の記事には「アラニン」というアミノ酸の名前が出てきますが、私がこのアラニンという言葉を知ったのは、国立天文台が「地球のアミノ酸が宇宙に由来している」という可能性が極めて高いことを発見した 2010年の報道の時でした。下のは、当時の読売新聞の記事の一部です。


生命の起源、宇宙から飛来か…国立天文台など
読売新聞 2010.04.06

国立天文台などの国際研究チームは、地球上の生命の素材となるアミノ酸が宇宙から飛来したとする説を裏付ける有力な証拠を発見したと発表した。

アミノ酸には「右型」と「左型」があるが、人類を含む地球の生物は左型のアミノ酸でできている。しかし、通常の化学反応では左右ほぼ等量ずつできるため、なぜ地球の生物にアミノ酸の偏りがあるのかは大きな謎となっていた。

研究チームは、南アフリカにある近赤外線望遠鏡を使って、地球から1500光年離れたオリオン大星雲の中心部を観測。アミノ酸をどちらか一方に偏らせてしまう「円偏光(えんへんこう)」という特殊な光が、太陽系の400倍という広大な範囲を照らしていることを初めて突き止めた。




上に出てくるアミノ酸の一種のアラニンというものの図が下のものです。


amino-alanin.png

▲ 国立天文台の生命をかたちづくるアミノ酸の謎より。


そして、この記事の中の記述である、


> 地球の生物は左型のアミノ酸でできている。


と、さりげなく書かれてある部分が「この地球上の生命の最大の謎のひとつ」だったのです。

これはあまりにも謎すぎるので「なかったこと」にして、科学の世界は進んできたらしいのですが、国立天文台が 2010年にこの謎に大きく迫ったという歴史的な出来事でした。

正直に書けば、この国立天文台の発見の時点で「地球の生命が地球で生まれた」という説の可能性がほぼゼロになったということも発表すべきだったと思います。

なぜなら、仮に地球の原始スープから生命が発生したのなら、その後の進化の中で、「左型のアミノ酸だけの生命で地球が満たされた」ということはありえないからです。


そして、現在の地球上の生命におけるアミノ酸も、ほぼすべて左型だという事実があります。


これは過去から現在に至るまで、すべての地球の生命の素材が宇宙から訪れ「続けて」いるという、かなり大きな証拠といえるのではないでしょうか。

国立天文台の当時のニュースリリースは、「宇宙の特殊な光から地球上の生命の起源に新知見」というページに残っていますので、興味のある方はご覧いただければ幸いです。人類の価値観に大転換を与える可能性のある発見を日本の国立天文台が今から3年以上前になしえていたのです。


ということで、国立天文台の発見に続き、英国と米国の研究チームも、地球型アミノ酸(左型)の発生源を宇宙空間(彗星)に確認したというニュースです。



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2013年08月26日



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「宇宙論は間違っているのかもしれない。そして、恒星物理学も間違っているのかもしれない」(ハワード・ボンド/宇宙望遠鏡科学研究所)


met-HD-140283.jpg

▲ 145億年の惑星と算出されたメトセラ星。以前はこの星は 160億年前のものとされていました。どちらにしても、現代宇宙論での宇宙の年齢より古い星ということになってしまいます。
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宇宙も生命も「その起源」というものは考えにくい


今回の記事は、過去記事の、

ビッグバン理論での宇宙の誕生より古い「 145億年前の星」が観測された報道を見た日に
 2013年03月09日

という記事と内容としては同じようなものなのですが、今朝、宇宙関係のサイト Daily Galaxy にまたその関連の記事が出ていまして、このことに関しては繰り返し記事にしてもいいものかもしれないと思って、その今朝の記事をご紹介します。

Daily Galaxy は科学系サイトで、コメントも多く寄せられるのですが、この記事にあった下のコメントが、この記事の「意味」を的確に表しているように思います。


Daily Galaxy のコメントより

この記事の冒頭の段落がすべてを言い表していると私は思います。つまり、「この星の年齢である 145億年というのは、宇宙の年齢として計算されている 138億年よりも古い星ということになる可能性があり、矛盾を提示する範囲の計測となる」の部分です。



この矛盾がどこに存在しているのかを科学的に突き止めるのが科学者の役割でしょうけれど、私のような科学者でもなく、科学に疎い人間としては「人類としての理念」からこの矛盾を考えたいわけで、なので、ビッグバン関係に関しては、過去の記事と重複した内容となっても、繰り返し掲載することもあります。

なぜ、「繰り返し記事にしてもいいか」というと、「ビッグバンの存在の有無」は、科学者ではない多くの人々も繰り返しそのことについて考えていいことだと思うからです。

もちろん、「ビッグバンの否定」というようなことは小さな節目でしかなく、それはひとつの第一歩でしかないわけで、行き着きたい先は、昨日の記事、

「地球の生命は地球自身の年齢よりはるかに古い約 100億年前に始まった」ことを論文で発表した米国の二人の科学者
 2013年08月25日

にもハーバード・スペンサーという19世紀の科学者の言葉を書いたのですけれど、その意味である、


「無から有は生まれない」


という、この世の不変の科学の真理です。


そして、そこから辿ると、どうしても、


「宇宙は生まれていない」


というところに行き着くしかないのですが、これは証明することはとても難しいと思います。

でも、証明されるとかされないはともかくとして、「何もないところからは何も生まれない」という概念については直視するべきだと思います。


生命もです。
無から生命(有機物)は生まれないんです。


もう2年以上前の記事ですが、

最も驚くべき存在である有機物
 2011年05月06日

という記事を書いたことがあります。

そこに私は、


「有機物は無機物からは生成されないので、有機物は「元々あった」と考える以外にない」



と書いています。

有機物は無機物からは自然には生まれないのです。


これに関しては、フレッド・ホイル博士の『生命はどこから来たか』から抜粋しておきます。


生命はどこから来たか 「第四章 至るところにある有機物」 より抜粋

一酸化炭素、窒素のような無機物から非生物学的に有機物を生成することが無理であることを考えると、星間にある大量の有機物は生物学的に作られたのに違いないのは明白である。科学者の中には逆の方を主張する人もいるが、これは極端な独断である。

もしも、無機物からほんのわずかな、痕跡量以下の有機物を生成できたとしても、それは実験室で注意深く設定された条件、特に触媒に気を遣った条件での話であり、宇宙空間のような制御の利かない条件下では触媒がすぐ壊れて大量の生成物は得られないであろう。



というようなことで、実験室で注意深く設定された条件の下ならともかく、自然の条件下では無機物から有機物が発生することはあり得ないようです。


どうやら、私たちの生きているこの宇宙というのは、


・宇宙の起源はないし

・生命の起源もない



という非常に不思議な状態の場所である可能性が高いです。


この「不思議さ」が理論的なレベルで解消できる可能性はないと私は思います。

この不思議さを解消したり昇華するのは「自分の内なるこの世の理論」の中でのみのように感じます。それは宗教をお持ちの方なら宗教の教義でもいいでしょうし、あるいは私のように「理解をあきらめる」(苦笑)というのもアリな感じはします。

理解をあきらめても、宇宙はいつも「ここ」にありますから、全然問題ではありません。


というわけで、ここから Daily Galaxy の記事です。

ところで、この星につけられている「メトセラ」というのは何か知らなかったですので調べてみましたら、旧約聖書の『創世記』に出てくる人物のことなのですね。Wikipedia には下のようにあります。


メトシェラ(メトセラ)

metsera.jpeg

メトシェラ(メトセラ)は旧約聖書の『創世記』5章21節から27節に登場する、伝説的な人物。エノクの息子で、かつノアの方舟で知られるノアの祖父にあたる。メトシェラは969歳で死んだと記述され、聖書において、最も長寿であった人物である。(中略)

『創世記』の記述から計算すると、彼の死の直後に洪水が起きたことになり、彼の死の時まで神は忍耐を持って洪水を起こさなかったという解釈が出て来る。




ということで、創世記では、この「メトセラ」が死んだ直後に大洪水に見舞われたとのこと。それまでは、「神は忍耐を持って洪水を起こさなかった」とのことです。

ということは、宇宙の「メトセラ星」が消えるか見えなくなった時にも、「神の忍耐は消えて」、地球か宇宙に大洪水が起きるのかもしれないですね。



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2013年08月16日



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宇宙の始まりと終わりについての「結論戦争」はまだ始まってもいない


科学誌『ネイチャー』のサイトで、下の記事を見たのは1ヶ月ほど前のことでした。

not-expand-01.jpg

ネイチャーより。


この宇宙学者は、ドイツのハイデルベルグ大学の物理学者のことなのですが、記事の内容は「赤方偏移と宇宙の膨張の関係を否定した」というもので、とても私には理解できるものではなく、この時はスルーしていたんですが、しかし、その後、

太陽の北極を覆い尽くす「超巨大な穴」を横目で見ながら、アレニウスの「宇宙は無限」の言葉を噛みしめる
 2013年07月22日

という記事のタイトルに出ていますように、スヴァンテ・アレニウスという、いわゆる物理化学の創始者の1人といえる大科学者が今から100年以上前に書いた『宇宙の始まり』という本を読んだりしていたのですね。

arrhenius-05.jpg


アレニウスは 1927年に亡くなっていますけれど、それまでの科学の世界には、当然ながら、ビッグバン宇宙論というような科学の基本から考えて「珍妙」な学説は存在しませんでした。

なぜ、ビッグバン理論が科学の点から見て「珍妙」かということは、それこそ、『宇宙の始まり』から引用させてもらってもいいかと思います。

このアレニウスの『宇宙の始まり』を断片的に読んでいて、当時の科学者たちの視野の広さを感じるのは、引用が科学者の言葉や実験からだけではないところにも現れています。

特に、哲学者の言葉や著作からの引用がとても多い。

今回抜粋する部分に出てくる人名も、スピノザという人と、ハーバード・スペンサーの言葉であり、ふたりとも哲学者といっていいと思います。下の説明は、それぞれ Wikipedia からです。


バールーフ・デ・スピノザ( 1632年 - 1677年)

spinoza-01.jpgオランダの哲学者、神学者。デカルト、ライプニッツと並ぶ合理主義哲学者として知られ、その哲学体系は代表的な汎神論と考えられてきた。また、ドイツ観念論やフランス現代思想へ強大な影響を与えた。




ハーバート・スペンサー( 1820年 - 1903年)

spencer-01.jpgイギリスの哲学者、社会学者、倫理学者。

1843年には当時も今と変わらず重要な経済誌である『エコノミスト』誌の副編集長となった。しかし、1853年以後、死ぬまでの50年間公職に就くことはなく在野の研究者として、秘書を相手に著述に専念した。著作が広く読まれるにつれ、名声を博した。

1880〜90年代の明治期日本では、スペンサーの著作が数多く翻訳され、「スペンサーの時代」と呼ばれるほどであった。




ちょっと人物紹介が長くなってしまいましたが、アレニウスは他にも、このような哲学者たちの言葉を多く引用し、そこに科学の真実との融合を考えていた様子がうかがえます。科学が今ほど近視的ではなかった時代では、他の科学者たちにもこういう視点はあったのかもしれません。

さて、そして、アレニウスの死後に登場する「ビッグバン理論」ですが、アレニウスは「そのような考えが出現してしまうのではないか」ということについて、懸念を持っていたようです。

その部分を抜粋してみます。

なお、このセクションのタイトルが『開闢論における無限の観念』というものでこの中に「開闢」という非常に難しい言葉が出てきます。「」は「門」の中に「辟」がある漢字で、私は読めませんでした。

それで調べてみましたら、この開闢というのは「かいびゃく」と読むようで、意味は、辞書によれば、「天と地が初めてできた時。世界の始まりの時」ということです。

つまり、開闢論というのは、「天地創造論」と同じような意味だと考えていいかと思います。

なお、カッコの赤い字は、私のほうで入れた注釈です。前後を省略していてわかりにくいこともあり、いくつかそれを入れさせていただいています。



『開闢論における無限の観念』より抜粋

物質はその全量を不変に保存しながら徐々に進化を経たものであるという主導的観念はあらゆる開闢論的叙説(天地創造論的な話)に共通である。

それ(宇宙とそこにある物質のこと)が突然に存在を開始したという過程には奇妙な矛盾が含まれている。一体宇宙に関する諸問題をすべてただ一人の力で解決しようというのは無理な話である。(中略)

明白な縄張り(科学の基礎中の基礎のこと)を守ることを忘れて、超自然的な解説を敢えてした人も少なくない。そういう人々は自然法則の不変という明白なスピノザの規準を見捨ててしまっているのである。ハーバード・スペンサーもこの点についてははっきりしていて『この可視世界に始まりと終わりがあるとはどうしても考えることはできない』と言っている。





このハーバード・スペンサーの言葉、

『この可視世界に始まりと終わりがあるとはどうしても考えることはできない』

という言葉は哲学者の感覚的な言葉のように響きますが、この言葉は、スペンサーの著書『生物学原理』というものに書かれてあることを、アレニウスが引用しているものです。その部分も抜粋します。


スペンサー『生物学原理』より抜粋


恐らく多くの人々は虚無からある新しい有機物が創造されると信じているであろう。

もしそういうことがあるとすれば、それは物質の創造を仮定することで、これは全く考え難いことである。この仮定は結局、虚無とある実在物との間にある関係が考えられるということを前提するもので、関係を考えようというその二つの部分の一方が欠如しているのである。

エネルギーの創造ということも物質の創造と同様にまた全く考え難いことである。生物が創造されたという信仰は最も暗黒な時代の人類の間に成り立った考えである



難しい書き方ですが、スペンサーはどういうことを言いたいのかということを考えてみますと、

・「無」と「実在」の間には何の関係もない

ということが大前提ということになっています。

その両者に関係性はないということです。

つまり、「何もない」ところから「何かが生まれる」ということはない、と。

ビッグバンというのは「何もない」ところから、宇宙という「存在が生まれた」という理論ですが、これはアレニウスが「そういう人々は自然法則の不変という明白な規準を見捨ててしまっているのである」と書いているように、科学の基本である質量保存の法則などにも通じる「この世の不変性」というものを完全に無視しているところに問題があると思っています。


何しろ、「何もないところから存在が生まれた」と言っているわけです。
ビッグバンというのは。


いくら観測上でそれを裏付けができている(とされている)現代であっても、「どうしてこの世の最初がこの世の法則を無視して作られたのか」というあまりにも大きな疑問が私にはあります。

まあ、私自身が科学については詳しくないですので、これ以上どうにも理論的なことは書けなく、このあたりで余談的な解説はやめておきますが、私個人としてはここまであげた抜粋の中で、最も自分の考えに近い言葉としては哲学者であるスペンサーの、

『この可視世界に始まりと終わりがあるとはどうしても考えることはできない』

というものです。

もっと短く表現しますと、


宇宙に始まりはない。

そして、宇宙には終わりはない。



これがすべてだと思います。

これ以上のどのような考えも私には馴染まないのです。

なお、ブログに出て来る書籍の入手について訊かれたことがあるのですが、ほとんどは私は Amazon の古本で買っているものが多く、中古が枯渇していなければ、 Amazon にすべてあるはずです。アレニウスの『宇宙の始まり』もこちらにあります。



というわけで、「宇宙は膨張していない」という最近の学説について、その後、少しわかりやすい報道記事なども出てきましたので、その中からひとつご紹介したいと思います。

英語圏の記事より、西側の文化にわりと批判的なスタンスのものが多いロシアのメディアでこのことを紹介しているものがありましたので、その記事をご紹介します。

なお、補足として、現代宇宙論で、この「宇宙の膨張」などについてどのように説明されているか、 Wikipedia などから抜粋しておきます。


宇宙の膨張

現在、宇宙は膨張をしている、と見なされている。だが、20世紀初頭、人々は宇宙は静的で定常であると見なしていた。

(中略)1929年にエドウィン・ハッブルが遠方の銀河の後退速度を観測し、距離が遠い銀河ほど大きな速度で地球から遠ざかっていることを発見した。つまり、ハッブルによって実際に宇宙の膨張が観測され、それにより《膨張する宇宙》という概念が定着したのである。



そして、もうひとつは今回の記事の重要な概念である「赤方偏移」というものについても抜粋しておきます。


赤方偏移

赤方偏移(せきほうへんい)とは、主に天文学において、観測対象からの光のスペクトルが長波長側(可視光で言うと赤に近い方)にずれる現象を指す。

天文学者エドウィン・ハッブルは様々な銀河までの距離とその銀河のスペクトルを調べ、ほとんど全ての銀河のスペクトルに赤方偏移が見られること、赤方偏移の量は遠方の銀河ほど大きいことを経験を生かして発見した。

この事象は、銀河を出た光が地球に届くまでの間に空間自体が伸びて波長が引き伸ばされるためであると解釈でき、宇宙が膨張していることを示すと考えられている。



上の中の、

> この事象は、銀河を出た光が地球に届くまでの間に空間自体が伸びて波長が引き伸ばされるためであると解釈でき、宇宙が膨張していることを示す


ことについて、今回、「それは違う」という学説が出たという話です。

とはいえ、私にはこの記事に書かれている意味自体はよくわかりませんので、翻訳記事が本記事ではありますけれど、参考程度にお読み下さい。

ここからです。



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2013年08月06日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





2011年の震災後の日本での出産調査に出た男女の出産比率の偏り


かなりの熱を出しながら飛行機に乗ったりしたりしていて、何が何だかわからない数日を過ごしていましたが、夏風邪は地域を問わず、わりとはやっているみたいです。そのうち記事にしたいですけれど「世界を覆う病気の渦」というキーワードもなかなか肥大しているように感じます。


熱もあったりしますので、今回はすぐ本題に入ります。




人類は女性がいる限り滅びはしないという「絶対」の中で

今回はタイトルのつけ方に迷ったのですが、アメリカの大学の研究調査により、2011年の震災後9カ月以降、「男の子の赤ちゃんの出生比率が大きく下がった」という調査結果についての記事が、米国のニューサイエンティストの記事にあり、興味深かったのでご紹介します。

震災も含めて、このような「巨大な社会的ストレス時」には同じように、男の子の比率が減ることが過去にも記録されているのだそう。

これは「女の子の出産数が増える」ということではなく、「男の子の出産数が減る」ということで、結果として女の子の比率が上がるということになるようです。

出産するのは女性ですので、タイトルの冒頭の「人類は」という部分は「女性は」でもよいのかもしれないのですが、結局、理由はよくわかっていないようで、男性ホルモンの一種のテストステロンというものも関係している可能性も書かれてあり、穏便に「人類は」としました。


そして、この巨大なストレスがさらに巨大になった場合、「女性が極端に多く産まれてくる」という世界になる可能性(男性が生まれてこないことにより、結果的にそうなるということ)もあるのかもしれません。


男性が何億人いても、ひとりの女性がいないと人類は存続しませんが、XとYの染色体を見ている限り、「その逆は有り得るかも」と思う私です。


記事中に出てくる専門用語の説明も記しておきます。


ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン

性腺の分化成熟や、生殖過程の調節を行うホルモンのひとつで、子宮絨毛から分泌され黄体からプロゲステロンを分泌させて妊娠状態を保つ。





テストステロン

ステロイドホルモンで、男性ホルモンの一種。
胎生期、妊娠6週目から24週目にかけて大量のテストステロンが分泌される時期があり、これに曝されることによって、脳は女性的特徴を失う。




それでは、ここから記事です。



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2013年07月27日



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s-moon-2013.jpg

▲ パルテノン神殿とスーパームーン。2013年6月23日。 HP より。



体調というか、メンタルというか奇妙な日々なのですが


最近、「太陽と人間の活動」に関しての記事を書くことがわりと多くありました。

「真実の太陽の時代」がやってくる(1):私たち人類は何もかも太陽活動に牛耳られている
 2013年07月11日

なぜ「太陽生物学」や「太陽と人体に関しての研究の数々」は歴史から消えてしまったのか?
 2013年07月18日

などの記事ですが、下の記事では、「繰り返しやってくる太陽からの磁気の中で自分の何がどう変わるかを観察してみる」というような小見出しのセクションに私は下のように書いていました。


「地磁気と人類の心と体」が関係があるのだとすると、そういう時に、感情の爆発、体調不良、病気の発現、精神的なトラブル、人間関係のトラブル、暴力的な何らかの事象などが「増える」可能性はあると思います。

もちろん、具体的な現象となって見えてくるものではないかもしれないですが、個人的には「自分の精神状態」も含めて、世の中を見てみたいと思っています。

それと共に、皆さんも体もですけれど、「心」のほうもお気をつけ下さい。



なんて、人の心配をしている以上に、自分自身がおかしくなっています。

体調が悪いというのとも少し違うし、メンタルの方面も何だか朦朧としたり・・・と、まあ、本当に頭がイッてしまった可能性もありますけれど(笑・・・えるのは本人だけ)、上の記事などでは、太陽活動と、それによる地磁気活動が人間に影響を与えているということを書いたのですが、昨日、BBC の記事に、下のタイトルの記事を見つけたのです。

full-moon-sleep.jpg

▲ 英国 BBC の7月25日の記事「Full Moon 'disturbs a good night's sleep'」より


これは翻訳した記事を載せますけれど、最初に要点を書くと、「満月とその周辺の頃」には、


・眠りの時間が短くなり、深い眠りも少なくなる。

・メラトニン(ホルモン)のレベルが減少する。


というふたつのことがわかったということなんです。


これですけどね、少し前に書いた記事で、今年、「スーパームーン」っていうのがあったんですけど、あの頃に書いた自分の状態を思い出したりもしました。

6月29日の記事「再び現れた太陽の横の木星サイズの物体から、類似した過去の現象の時代を振り返る」という記事の冒頭にこう書いてあります。


もうひとつの現実があるような夢を毎晩見ていたスーパームーンの前後

先週の数日間は、異常なほどハッキリとした夢を毎晩見続けていまして、スーパームーンとは関係ないんでしょうけれど、でも何となく、「やっぱり少しは関係あるのかなあ」と考えてしまうほど、毎晩毎晩、現実がもうひとつあるかのような夢を見続けていました。

(中略)

それにしても、夢もあまりにもその様相がリアルだと、「やはりあれはどこか他に存在する現実の別の世界だよなあ」と思わざるを得ない部分があります。



とまで書いてしまうほど、本当に毎日、リアルというのか強烈というのか、そういう夢を見続けました。

それ以降はまたぼんやりとした夢に戻っていたんですが、数日前あたりからどうも「またなんかリアルになってきている」と思っていたんですけど、今回の BBC の記事を見て「もしや」と思い、満月カレンダーというのを見てみたんですよ。

full_moon-2013.jpg

満月カレンダー より。


前回の6月23日の満月はスーパームーンでもあったわけですけれど、最近もまた、7月23日が満月だったようで、 BBC の記事のように、眠りを妨げられているかどうかはともかく「夢のリアルさ」との関係は興味深いですので、今後少し気にしてみようかなと。

次は、8月21日が満月ですので、その数日前後、夢がどうなるものか。


満月と共に太陽活動なんかで地磁気が乱れていたりしたら、もう「マッドネスな昼(現実)のあとに、マッドネスな夜(夢)」というような1日となってしまいそうですけれど。





パラレルワールドと人間を仲介しているのは「夢の程度」をつかさどる月なのかもしれないと思ったり


その頃の記事の、「太陽の巨大コロナホールと時期を同じくして現れるスーパームーン : その影響は地球に対してか人間の「こころ」に対してか」という記事には、月の西洋での価値観について Wikipedia からの引用を記しています。


月 - ヨーロッパの伝統文化

西洋では月が人間を狂気に引き込むと考えられ、英語で "lunatic"(ルナティック) とは狂気におちいっていることを表す。また満月の日に人狼は人から狼に変身し、魔女たちは黒ミサを開くと考えられていた。



私は今の世の中に「狂気」を感じ続けているのですけれど、「月」というのは、その狂気をあらわしてきた存在ではあるけれど、でも、実際には日常の人間の精神に影響しているのは、最近の記事のように「太陽活動とその磁気」である感じがとても強いのですが、しかし「月」は「眠り」に介入していたということが今回わりとハッキリしてきたわけです。

眠り。それは夢との関係でもあるはずです。

月が夢と関係があるのかもしれないと思うと、月はアナザーワールドとの仲介的な概念を持つなのかもしれないとも感じます。


上にリンクした記事「太陽の巨大コロナホールと時期を同じくして現れるスーパームーン 」には、2009年のウェブボットに出ていた「未来に起こりそうな出来事」として、次の項目が挙げられていたことを記しています。


・海洋の異常
・米国の社会崩壊
・米国の経済危機
・米国の食糧危機
・全世界の経済危機
・全世界の政治危機
・内部告発者の報道機関への登場
・報道の統制の崩壊
・恐怖による支配の崩壊
・宇宙からの未知のエネルギー
・エイリアンテクノロジーを持ち出す2人の男
・太陽の病気
・太陽の異常が人間に及ぼす影響
・通貨の喪失
・戦争の脅威


ここにあるものは、多くが 2013年の今とリンクするものですが、「月」に関する項目はない。

しかし、全体として変化していく中に「月の影響が大きくなる何か」は出てきそうな気はするのですけれど。


ふと、昔書いた様々な「太陽と月」に関しての記事を思い出します。

あまり多岐に書くとゴチャゴチャしますので、今回はこのあたりまでとしておきますけれど、特に思いだしたのは、「月と太陽は見た目では同じ大きさだった」ことを知った日のことです。

地球と太陽の組成はまったく違うものというオーストラリア国立大学の研究発表
 2012年04月06日

という記事の余談の中で書いています。

夜の月を見た翌日、同じ位置で「曇った日の太陽」を見た時に知ったのでした。






また、アイヌ語で、太陽と月の呼び方が、

・昼の太陽(トーカム・チュッ・カムイ)
・夜の太陽(クンネ・チュッ・カムイ)


というもので、大ざっぱにいえば、「夜」と「昼」だけの違いの区分であり、基本的に同等の呼び方をしていたことも知りました。


それと、今回の記事に出てくるメラトニン

これも松果体などと絡んだ話となってきて、「第三の眼」というようなこととも関係しそなんですが、今回は余談はここまでとして、 BBC の記事に入ります。

松果体とメラトニンの関係について書いた過去記事は、

あらゆる手段で「光」を求める生命: フンコロガシの行動、松果体の意味、そして「太陽神の目」の実体
 2013年01月29日

などいくつかあります。メキシコの「松果体で見る魚」の話や、ジョルジュ・バタイユの『松果体の眼』という小説の話などにもふれています。

third-003.jpg

▲ 上の記事より、松果体で光を見ていることがわかった目を持たない淡水魚。


今の世の中は大変なことが多いですが、その一方で人間が本当に影響を受けているものや、「本当の知覚」というものに私たちはもしかすると、少しずつ近づいているのかもしれません。


それでは、ここから BBC の記事です。

なお、研究を導いたスイスのバーゼル大学とは、1460年に創立されたスイス最古の大学で、ユングも卒業者だという歴史ある大学です。



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