2013年01月04日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




「デジャヴ(既視感)はパラレルワールドの存在と関係がある可能性」に言及した米国のミチオ・カク博士



夢やデジャヴで私たちが見て体験しているものは「どんな存在」なのか?


dna-clouds.jpg

▲ 今回の記事とは全然関係ないんですけど、ちょうどマヤカレンダー騒動の日付けが終わった翌日の 2012年 12月 23日にロシアのモスクワの上空に出た「 DNA の形をした雲」。Unusual World より。私自身、こういう雲はよく見ますけれど、ここまできれいな二重らせんのものは見たことがないです。
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混乱と混沌の中にあったこの数週間の状態は落ち着いていくのですかね


昨年の暮れは、個人も法人も確かになんだか混沌としていました。

オーストラリアの首相の発言(映像)とか、ロシアの首相の発言(字幕つき映像)とか、いろいろと混乱・・・というか、グタグダになっていた感がありますが、台湾でも数日前に連日、「台湾に宇宙人が現れた」という報道を報道各社がテレビなどで流していました。

taiean-01.jpg


やっぱり「混乱しているのかなあ」とやや思います。
娯楽番組ではなく「ニュース」ですしね。


いや、私自身もなんだか今でも精神的には混沌としているんです。

そんな中で、最近また、中国古代神話の人類の創造神である「ヌーワ」と精神的に対峙していて、

「どうしてオレは今ここにいるんだ?」

ということを、相当混沌とした気持ちの中で自分と(見えない)ヌーワに問いかけています。


ヌーワに関しての記事は、以前のブログの「クレアなひととき」のものですが、

中国の天地創造神話 - 女媧(Nüwa)
 クレアなひととき 2011年06月01日

人類の未来(5):神話が教えてくれる「女性」
 クレアなひととき 2011年07月02日

などがあります。

上のうちの後者の記事は一昨年のものですが、この記事の一番最後のほうに、これから「男女」、あるいは人類が向かう方向として下のように私は書いています。


消滅を目前にしたみずがめ座の時代の男性の最大の役割とは

古代神話から読み取ることのできる「男性と女性の存在の概念」については他に下の2つのことがあります。

男性の役割は、本来、女性とは関係のないところにあり

そして、

女性もまた男性とは関係のないところにある

ということ。

では、双方が何に関係しているかというと、男女とも相手は「宇宙」(のようなもの)であり「世界」(のようなもの)であり、言い方によっては「神」(のようなもの)とかそういうものです。

そして、それらはまた「母なる地球」と呼ばれる理由を持つ女性自身でもあるのですが。

男女のどちらが「この宇宙から最初に消えていく」のかは、今さら書くまでもないと思いますが、一応書きますと、男性です。実際に Y 染色体を減少させ続けている男性が先に消えます、物理的に考えても合理的な考えだと思います。

では、「男性がこの宇宙に存在している最大の目的は何か」ということを、特に私たち男性は知る必要があります。

それは、ヌーワ(つまり宇宙で単一の女性)の心の空白を永遠に埋めるものをこの地球(あるいは宇宙)に文明として残すこと。

それが終わった宇宙から順次、男性(の染色体を持つもの)は消えていくということになると思います。



というようなことを書いていましたが、昨年の末あたりからまたこのことをよく考えるようになりました。

まあしかし、このことはまた別の話として、いつの日か。



そして、最近の「水没関係」の話からも離れまして、昨日の記事、

水没していく地球に住む私たちの 2013年からの決意
 2013年01月03日

の最後に、「夢やデジャヴはパラレルワールドと関連あるのか?」というようなことを書きましたので、その記事翻訳してご紹介しようと思います。

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夢やデジャヴで私たちが見ているものは何なのか?


今回の記事はミチオ・カク(加來道雄)博士という、近年、米国メディアに頻繁に出る米国の日系3世の物理学者の話の記事ですが、難解なものではなく、軽い感じのものです。

カク博士の専門そのものは、超弦理論だとか量子力学などの難解な物理学の専門家ですが、「この世には多くの宇宙が同時に平行して存在している」というパラレルワールド理論を早くから支持した人です。

そして、今回、カク博士は、「デジャヴは、異なる宇宙から移転してきたことと関係あるかもしれない」という興味深いことを言っていました。要するに、デジャヴは「他の宇宙での体験との原子の波動のリンクと関係する」というような意味合いだと思います。


ところで、この「デジャヴ」という意味の正確な定義を Wikipedia から抜粋しておきます。


既視感

既視感(きしかん)は、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることである。デジャヴ(デジャブ)(英語を経由した発音)などとも呼ばれる。



また、上のページには「未視感」というセクションもありましたので、抜粋しておきます。


未視感

既視感と逆に、見慣れたはずのものが未知のものに感じられることを「未視感」という。「ジャメヴ」とも呼ばれる。



この「未視感」って私は結構あるんですよ。
いつも見ているのに「見たことのないものに感じる」という感覚。

いちばん多いのが「文字」なんです。

普通のひらがなとかが、突然、「なんだこれ?」とわからなくなるんです。

もちろん、読めるんだけど、その文字の形が「見たことのないものの」のように感じて気持ち悪くなることがあります。


moji-01.jpg

▲ 突然、文字が変に見えてきたりすることってないですか? 上みたいに見えたりして、困ることがたまにあります。


そういう時はとにかく視線を逸らします。




既視感と未視感と「存在しないもの」が混在する夢という場所


最近、「夢」のことを書いていましたが、夢のすごいところは、上の「既視感と未視感が同居している」ところに、さらに自分の実際の世界の中には存在していないものも出てくる、というところにあります。

過去も未来も架空もゴチャゴチャになっていて、ないものまで登場するのに「しかもまるで本当のように感じる」という「夢」というものを私たちは見る。



夢に関しては、昨日の記事で、元旦から2日くらいまでに見た夢を書きましたが、最近、夢が具体的で激しくなっています。

昨日なんか、ロサンゼルス(あるいは西側に海岸がある華やかな街)らしき場所が複数の核攻撃を受けて、私はちょうどの現場に居合わせた「夢」を見ました。

灰と化した人々が白い雪みたく道の上に積もっている。


nuclear-explosion_0.jpg

▲ 昨日、夢の中でいた街では何カ所かでこのようにキノコ雲が上がりました。


ところが、やはりコワイとかの感情はあまりないのです。
淡々としている。

ただ、夢の中でも「逃げる方向の計算」とかはしているんです。

「あの方向でキノコ雲が上がったから、そっちの地下街から向こうのビル側に行ったほうがいい」

とか思いながら行ってみると、そこは灰と化した「元人間」の雪が積もっている。


まあ、こういう極端な夢を連日見るというのは自分の感情の変化と関係あると思うのですが、しかし一方では「社会全体の精神的混沌」を感じているという可能性もあるような気はします。

それとも、やっぱり疲れているのかなあ。
この世の飽和状態に。


話がおかしな方向にいきましたが、今回の本題は久しぶりの軽い話題で、「デジャヴ」と「パラレルワールド」の関係についての話です。

ここから本題です。



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2013年01月01日



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ison-2013-11-29.png

この数百年くらいの間で「地球から最も巨大に見える」彗星アイソンは2013年に地球から何度も目撃されると思われます。上はコンピュータシミュレーションで作られた2013年11月29日の夕暮れ前の様子。 waiting for ison より。
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人類も環境も含めた「本質的な人類の変化」が始まる可能性が高い2013年が始まりました


今日は特別な記事を書くつもりではないのですが、私は2013年になってやはり書こうと思っていたことがあります。

それは、この 2013年からの数年間が、現代人類が「生命としての精神の独立」を果たせるかどうかの最後の機会としての時期だと考えるからです。


それがどうしてかということはおいおいと記していきたいと思いますが、まず第一に、昨年、多く書いた記事に、「彗星の爆撃の時代が近いうちに始まる可能性が高い」ということがあります。これは NASA のジェット推進研究所の彗星の軌道などを見ていても、上の予想図を載せたアイソンという彗星を筆頭に、この数百年以上誰も見たこともないような巨大な彗星が地球の軌道近くまでにやってきます。


そして、このアイソン、ただ単に「大きく見えるだけではなく、太陽に極めて近いコースを通っていくと予測されています。


ison-jpl-01-2.png

▲ NASA のジェット推進研究所のシミュレーションによるアイソンが 2013年 11月に描くと考えられる軌道。


上のコースだと、この巨大な彗星が「太陽に影響を与える」という可能性があります。場合によると太陽に突っ込んでいくコースを取る可能性もあります。

これに関しては、年末のアメリカのフォーブス誌でも「電磁バルスによるアルマゲドン」に関しての特集を組んでいたほどでした。

for-2012-12.jpg

フォーブス 2012年11月30日号より。タイトルは「太陽接近型彗星が、電磁気のアルマゲドン(終末)を起こす」とあります。



この「電磁気のアルマゲドン」という言葉はあまり耳にされたことがないかもしれませんが、原理としては、今まで In Deep でも何度かふれたことのあります、

・巨大な太陽フレアなどによる磁気嵐による影響

・EMP (核使用の電磁パルス兵器)による攻撃での影響


と、ほぼ同じようなものと考えていいと思います。


だからこそ、フォーブスで「アルマゲドン」などという大げさな表現を使っているのだと思います。その原因が太陽であれ、 EMP であれ、彗星であれ、電磁アルマゲドンとは地球に下のような状態が現れることです。

・電力送電網のクラッシュによる完全な停電
・通信システムの崩壊
・放送網(テレビ、ラジオ)の崩壊
・インターネットシステムのシャットダウン
・電気システムに頼るインフラの停止
・コンピュータシステムの停止
・移動手段(車、電車等)の停止
・コンピュータに依存する軍事システムの停止
・コンピュータに依存する政治システムの停止
・コンピュータに依存する医療システムの停止
・移動手段とコンピュータに依存する物流の停止



これらのことはわりと簡単に起きてしまうということが、最近ではよく研究されてわかってきています。

上の太陽フレアや CME (太陽からコロナの放出)について、あるいは EMP については、下に過去記事をいくつかリンクしておきますので、ご存じない方はお読み下さると幸いです。

「地球上から近代文明が消える」という表現の状態がいとも簡単に起きる可能性があることがわかります。








しかし、この「巨大彗星が地球に接近したり、あるいは大きな影響を及ぼすかもしれない」ということは、単に「破滅的災害ではない」ということは、このブログを少し前から読んでいただいている方ならわかっていただけるのではないでしょうか。

そのことを少し書かせていだきます。


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2012年12月29日



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前記事: 様々な火星の「リアル」: 強調修正された 214枚の写真に浮かび上がる光景の中の現実と「非」現実(1)



kasei-top.jpg

▲ 火星無人探査機キュリオシティのボディの横に写る火星の「岩」。
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宇宙の姿は「その人の心のなかにある宇宙の姿とその真実でいい」と思う2013年からの年


今年2012年は「火星に関しての記事」は確かにとても多かったと思います。

今回はそれらの中から「火星探査」に対しての過去記事のリンクもピックアップしておきたいと思います。何しろ、現実に「その惑星を地球の機器が調査のために走っている」太陽系の惑星は火星だけですし、気になる部分は確かにあります。


しかし、今はもう私はこんな感じで思っています。


「NASA がどう発表しようと、科学的にどう結論づけせられようと、火星はオレの思う火星でいい。そして、みんなの思う火星でいい」


と。

そして、これは宇宙全体にに言えることだとも思います。

「宇宙の姿と真実はオレの思う宇宙でいい。そして、みんなの思う宇宙でいい」


というように。


私個人は 2013年から地球の環境の激変含めて、人類の考え方までも大きく変化していくと考えています。


その渦中で、私自身に関しては、生き残って 2015年を迎えるとはほとんど思っておらず、要するにあと2年くらいの間で私自身は「生命としての終焉を迎える」とは思っています(ここから数年間くらいの環境の変動はそれくらい激しいと思います。私のようなヤワな人間が生き残れるような世界だとは思っていません)。

数年後に、私は「意志のない DNA 」として塵や微粒子と共に、大気の中に漂ったり、地中に沈殿しながら数百万年後の「半減期(消滅)」を待つということなのだと思います。


話がいきなりそれましたが、いずれにしても、私は 2008年頃から少しずつ自分の中で変化していった「宇宙の姿」への思いとして、「宇宙の姿は自分の精神の中の反映の姿なのかもしれない」というように曖昧とした考えを持てるようになったことはとても幸せなことだったと思います。

権威者や科学者が、

 「宇宙とはこういうものなのである! それを信じなさい」

と語る宇宙の姿に従うのではなく、

 「自分の中に漠然と存在する宇宙」

のほうを重視する。

あるいは、重視するという言い方がよくなければ、「それを好きになる」という言い方でいいかもしれません。

そういう生き方と考え方が少しだけできるようになった2012年だったかもしれません。


では、今回は、2012年の「火星探査関係の記事」のリンクをピックアップした後に、昨日の続きのフォトギャラリーの写真の中から何枚かご紹介します。

ただ、下のリンクの中で最初にピックアップした「火星に何が起きた?」というタイトルをつけたことについては気になっています。

かつて火星で検出されていた「メタン」が今回検出されなかったということで、何か、途方もない激変が火星で起きたのではないかというようなことを思いました。

2012年3月には、こちらの記事でご紹介した、下のような「 240キロメートルの高さのモヤが上る」みたいなことも火星で実際にありましたし、火星で最近大きな環境変動が起き続けていることは事実のような気もします。



▲ この「 240キロメートルの高さ」というのは、たとえば、地球で実際に起きている噴火の規模として最大級に近いフィリピンのピナツボ火山の1991年の噴火での最大の火山灰の高さが約 34キロだったことを考えると、「まさに壮絶な自然現象」だと言えると思います。








上の過去記事は、ほぼすべて NASA に批判的なものですが、そのあたりは、まあ、「批判」がメインではなく、「私たち人類と宇宙(や神)との関係」を破壊しようとし続ける現在の宇宙科学全体に対しての苛立ちのようなものからくるものなのかもしれません。

このあたりは年が明けましたら、再度、ジョルダーノ・ブルーノさんあたり引き合い出して書いてみたいと思います。このことに関して2013年は2012年までほどの容赦はないと思います。


ついでですし、現代のジョルダーノ・ブルーノを作り出さないために (2012年03月01日)とい記事に引用したブルーノの『『無限、宇宙および諸世界について』』からの抜粋をふたたび引用しておきます。



ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』 第五対話より。

天の真実とはいかなるものであるかを知らせるために、君は説きつづけたまえ。

万物の真の実体、素材、活動、動力とはいかなるものであるか。感覚されうるあらゆる合成物は、どのようにして同じ原理、元素からつくられるのか。

無限なる宇宙を認めることについて確信をもたせてくれたまえ。

この我々の星、世界も、我々の目に入るあのたくさんの星、世界も、同じものからできているのだということを知らせてくれたまえ。

巨大で広大な数限りない諸世界のなかで、どの一つをとっても、他の、より小さな無数の世界と、同じ秩序で結ばれていることを、繰り返し教えてくれたまえ。

扉を開いて、この星もあの星も相違ないことを見せてやりたまえ。この世界同様、他の諸世界も自立自明していることを示してやりたまえ。

万物の運動はその内にすむ霊魂から生じることを明らかにしてくれ。






特に最後の、「万物の運動はその内にすむ霊魂から生じることを明らかにしてくれ」と私もお願いしたいけど、誰にお願いすれば?(笑)


というわけで、変な展開になりましたが、前記事「 様々な火星の「リアル」」でご紹介したサイトから、「自分の心の中の火星に忠実に修正した火星の写真」のサイトから何枚かご紹介します。

ただ、前記事にも書きましたが、強調や色修正はしていますが、いわゆる「「加工写真」ではありません。そういう意味では「本当の火星の写真」です。

では、ここからです。



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2012年12月28日



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▲ 無人火星探査機が撮影した火星の写真を「作者の目に映るような風景に」色彩、コントラスト等が強調されている火星の地表。強調以外の「加工」はされていません。
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人間の感情が「無の中からリアルを蘇らせる」瞬間


米国のフォト・ギャラリーで大変におもしろいものを見つけまして、今回は、それをご紹介したいと思います。

それは、1977年のバイキングから、2012年のキュリオシティまで、火星無人探査機が撮影した「火星の写真」から「自分の感情の中で気になる部分を強調した」という写真コレクションなのです。なので、いわゆる NASA が発表した写真とはまったく違うように見えますが、形などを加工したものでもないということも事実です。


「自分はこのように見える」という意志で色彩やコントラストなどに強調を加えているもののようです。だと思います。現在のところ 214枚アップされて、本人によると「あと 800枚アップする予定がある」とのこと。


この作者のおこなったことには今まで私が火星の写真に対して思っていた様々なことに対して、「感情面」を含めて、いろいろなことを感じさせるものがあるものです。

なので、ある意味で「自分への反省」の意味を含めまして、ぜひご紹介させていただきたいと思いました。



私たちは「見ている」のに「見ていない」と気づかされるとき

たとえばですね、火星からの写真で NASA から発表れているものには、モノクロからカラーまでいろいろとあります。

たとえば、下のような火星のモノクロの写真があるとします。


war-0002.jpg


あるとします、というか、実際に NASA にあるものです。
よくある「砂漠っぽい火星」があるだけのように見えます。





これが、今回ご紹介する、「作者の目」には下のように写るのです。



war-0001.jpg



彼は、写真にほとんどキャプションをつけないですが、「戦争の後」とぶっきらぼうと書かれてありました。



さらに、下のような(多分想像上の)説明つきの写真も載せていました。


war-003.png



あえて写真には日本語は入れませんでしたが、「腕」とか「マシン」とか、いろいろなものに見えるということのようです。あくまで彼には



しかし、私にもとにかくいろいろなものが見えます。



上の写真のオリジナルはもっと広域なのですが、上の風景の他のエリアには下のような風景が広がっています。 NASA 発表のオリジナルです。


animal-0001.jpg


これも、火星の写真でよく見る、岩と砂の殺風景な風景の写真です。





ところが、この「作者の目」には上の写真の風景は下のようなものなのです。




animal-0002.jpg




特に、中央右あたりの「モノ」と、その周辺はもうなんというか、ゲゲゲの鬼太郎も妖怪人間ベムも逃げ出したくなるような禍々しい迫力があります。


animal-003.jpg





そう・・・。この作者の「目」にうつる火星は「生きている」のです。そして、それは生き物がいるというだけの小さな範疇ではなく、火星全部が生きているという感じがするのです。



全部が生きているということを現す意味では、たとえば、下の写真。
火星の山のようになっている部分の一部に矢印を引いています。



gst-0001.jpg


ここをピックアップした写真がいくつかあって、そして、「作者の目に映るこの部分の光景」の写真が色彩と共に作り出されているのです。



上の部分の拡大写真は何枚かありますが、そのうちのひとつが下です




gst-0002.jpg




こんどは、まるで「亡霊の火星」の様相を呈しています。



作者はほとんど説明やキャプションをつけずに、このように写真の色彩やコントラストを強して、淡々と日々、新しい「写真」を作っているようで、まだ数百枚は作るつもりだとか。

フォトギャラリーの URL 自体は、

214 Photos Of What Mars Really Looks Like

なのですが、ページによっては「マルウェア(ウイルス)の警告」が出ることがありますので、そういう表示に慣れていない方は直接行かないほうがいいかもしれません。

こういうマルウェアなどを含むコンピュータウイルス的なものは、サイトの作者本人が仕込むのではなく、「悪意のある第三者などによって仕込まれる」ということが多いと思います。ですので、上のページに何らかのマルウェアが存在している可能性は、排除できないからです。


なので、上のフォトギャラリーの存在を知った米国の BBS のサイトをご紹介しておきます。
ここからです。
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2012年12月01日



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india-china_border.jpg

▲ インド中国の国境地点。左の制服の男性は中国の国境警備兵で、右の華やかな衣装の人は、インド・チベット国境警察隊。格好は楽しそうですが、このあたりはインドの最重要防衛地点のひとつで、精鋭です。
--


最初に、最近の記事の絡みで「やや残念な追加報告」をしておきたいと思います。



NASA ジェット推進研究所を巡る「世界中の超唖然」

先日、

NASA が 12月7日前後に行うと思われる「火星の生命についての歴史的発見」の報道を見て
 2012年11月25日

という記事を書きました。

火星で、「歴史的な発見があったかもしれない」ということを示唆する NASA のスタッフの発言についてのものです。単純にいうと、生命か有機化合物が見つかったということを「匂わす」ようなものでした。

このニュースはまたたく間に世界中に広まり、米国の WIRED が「火星の土に有機物か:「歴史的な分析結果」発表へ」という記事を掲載した他、世界中の宇宙関係、ミステリー関係のサイトやブログで取り上げられたものでした。

私も上のように紹介しているわけで。

そんな中でリリースされた、一昨日 11月29日の NASA ジェット推進研究所のニュース。
ジェット推進研究所は、キュリオシティなど火星探査を統括しています。

jpl-11-29.jpg

▲ NASA ジェット推進研究所のトップページより。赤い線を引いた前後をご紹介しています。



Update Set in San Francisco About Curiosity Mars Rover
NASA JPL 2012.11.29

アメリカ地球物理学連合のサンフランシスコでの秋季会合に向けて

12月3日から開催されるアメリカ地球物理学連合の会合で、キュリオシティに関しての報告がなされる。

ところで、現在出回っている噂について、その噂が間違っているということを記しておきたい。現段階では、キュリオシティが採取した土壌からは有機化合物が検出されたという証拠は出ていない。



そして、これに前後しておこなわれたというインタビューでは、VOR によると、前回、「歴史的な」と発言したジェット推進研究所のキュリオシティ責任者のジョン・グロッツィナー博士 ( John Grotziner )は、以下のように言ったとのことです。


「歴史的」というのは誤解に基づくものであり、「歴史的」とされたのはこのプロジェクト自体だという。しかし、取材した記者たちは最近採取されたサンプルが「歴史的」だと誤って理解して今回の騒動となった。



これを読んで、「やりおった・・・」と思ったのは私だけではないはず。

グロッツィナー博士は、「あれはさあ・・・キュリオシティ計画そのものが歴史的なものだと言っただけだよ」と述べたわけです(笑)。


まあ、記者の誤解にせよ何にせよ、上のグロッツィナー博士の発言はまさに「全世界」で報道されたわけで、どうやら・・・こういう書き方はよくないとは思うのですが、あえて書かせていただけば、私も含めて「宣伝に使われてしまった」ようです。前回の「歴史的発見」の報道以来、 NASA のジェット推進研究所へのアクセスは急増していたはず。何しろ、「12月3日から始まるアメリカ物理学会の会議の後に正式に発表する」と言っていたのですから。


天罰として、「桃太郎侍」などをNASA ジェット推進所に派遣したい気持ちもありますが、いずれにしても、「火星には何もないことが再度確認されたという報道があった」ということを一応書いておかないと、前回の記事を取り上げた私の責任もありますので、記しておきました。


さて、それでは次の話題です。


momo.jpg


いや・・・桃太郎侍は今回はいいです。
次の話題にいきます。


というか、こちらが本題になると思います。

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2012年11月29日



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事態を重視したインド軍が、インドの各国家機関に調査を依頼

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▲ インド・チベット国境警察 ( ITBP ) によって撮影された写真。インド軍の報告では、最近目撃された飛行物体は、すべて発光しているのだそう。


事態が拡大してきた「インド中国の国境でのミステリー」

インドのラダックという中国との国境に近い場所で、「おびただしい数の正体のわからない飛行物体が目撃されている」というニュースを最初に見たのは、11月のはじめ頃でした。

しかし、それを最初に伝えたインドの報道などを見た時には、興味はありながらも様子見をしていた感じではありました。

わりと日々、このニュース関連はチェックしたのですが、騒動は拡大の兆しを見せています。報道もインド国内にとどまらず、米国のハフィントン・ポストや、インターナショナル・ビジネス・タイムスなども取り上げていて、思ったよりも事態が拡大している感じが漂ってきています。

この事件がインドでどのくらい「オオゴト」になっているかというと、翻訳記事にもありますが、インド宇宙研究機関( ISRO )、インド国防研究開発機構(DRDO)、インド国立技術研究機構(NTRO)などが調査を行い、その結果「いかなる調査でも飛行体を識別(認識)できず」ということになり、ついにインド天文台の天文学者も招聘されて解明に当たっているという「国家的調査」となっています。

調査規模としては国家戦争と準じるくらいのオオゴトにも見えます。


多くの記事では、選択としては下の二つとなっていて、それは、


・中国の新型の無人偵察機

・宇宙からの、いわゆる UFO



というようになっています。

現時点では、自然現象である可能性は「ほぼゼロ」だそう。

また、「中国の無人偵察機」という可能性も現在までのインド軍の解析では否定されています。

今回は、インターナショナル・ビジネス・タイムスの記事をご紹介しますが、この目撃された発光体の数は 数ヶ月で100を越えているそうです。

また、大紀元の報道に以下のようにあることにも興味を持ちました。


地球の「経脈」と超常現象
大紀元 2012.11.29

インド・タイムズ紙11月6日の報道によると、中国とインド国境に駐留している第14軍団が過去3カ月間に100件以上の未確認飛行物体(UFO)を目撃したという。

部隊の報告によれば、中国とインド国境地域の中国側に、時々黄色の不明飛行物体が地平線から昇り、空中で3〜5時間ぐらい飛んでから消えていった。インド政府は、これらの不明飛行物体は中国の偵察機や衛星ではないと表明している。

しかし現在、軍隊を含めて国防機構及び民間研究機構の研究で、いずれもこれら発光する飛行物体の正体は確認できなかった。軍隊は、移動可能の地面レーダーシステムとスペクトル分析機器を使ってこれらの正体不明の飛行物体を観測したが、肉眼で見えているのに測定することができなかった。そこで、これらの飛行物体は金属製ではないと分かったという。



とあり、この中に

> 軍隊は、移動可能の地面レーダーシステムとスペクトル分析機器を使ってこれらの正体不明の飛行物体を観測したが、肉眼で見えているのに測定することができなかった


この「肉眼で見えているのに測定できない」というところに興味を持ったのです。

もっとも、軍事偵察マシンというのは「敵に感知されないように開発される」のが普通なので、そうそう簡単に敵のレーダーシステムで見つかるようではいけないものなので、認識されないこと自体は不思議なことではないのかもしれないですが、普通の偵察マシンの場合は、「見えないように飛びながら、感知もされない」のが普通なんです。

相手に見えるように飛んでいるのに、レーダーでは感知できない」というような偵察マシンは聞いたことがないです。

しかも、1度だけではなく何百回も

また、上の記事に「これらの飛行物体は金属製ではないと分かった」とありますが、金属を使わない偵察機というのも(多分ですが)存在しないと思います。

いっぽうで、米国のハフィントン・ポストでは、この出来事を紹介すると同時に、「最近 UFO 写真ではないかと報道されたものの写真」を数十枚掲載していました。違うとわかったものもありますし、今でも何かわからないものもあるようです。

それも多少面白かったですので、何枚かご紹介しておきます。

すべてご覧になりたい方は、

100 UFOs On India-China Border Cause Official Concern

にあります。

写真のキャプションはすべてそこにある翻訳で、私の感想ではありません。


・レンズフレア

flare.jpg

▲ グーグルマップに写った画像。2008年にアリゾナ州で撮影。レンズフレアと思われる。



・気象現象

phenomenon.jpg

▲ 2006年に撮影された「スプライト」という空の発光現象。かつては、よく UFO と間違われたが、現在は高層大気の現象として確認されている。


・南極の飛行物体

antarctic_ufo.jpg

▲ 2012年 8月に南極にあるドイツ観測基地の上空で撮影された飛行物体。観測気球ではないという。




などです。

最後の南極のエクストレム棚氷にあるドイツ基地の写真に関しては、他に下のような写真もあり、いろいろなものが写真に撮影されています。まあ、ドイツですしね(関係あるのか?)。

雲のようなものと、黒い球体

gearman-antarctic-01.jpg


黒い太陽?

gearman-antarctic-02.jpg

UFO Hovers Over Scientific Lab In Antartica Jan 31, 2012 Video. より。


それと、上の「気象現象」という中のキャプションにある「スプライト」という光の現象については、過去に取り上げたことがありました。本当に「一瞬」しか光らない現象なので、つい最近まで科学では「存在自体が科学的に否定されていたけれど、実際に存在した」という自然現象です。



▲ 高層大気で存在が確認されている様々な「光」の現象の想像図。東北大学の福西研究室による。


下のリンクに過去記事があります。

地球の上空では光のフラッシュが永遠に続いていて、私たちはその下にいる
 2012年07月15日

空の赤い妖精「スプライト」
 2011年08月29日


さて、そんなわけで地球の現象というものはいろいろなものがあるわけで、自然現象での発光現象も「現象」ですし。軍事兵器などでも現象は現象です。昨年あたりから、私は「何もかも現象だよなあ」というような想いもありまして、今ではオカルト的なことを特に強調して考えることもないですが、こういうものの出現比率も確かに多くなっているようです。

では、インターナショナル・ビジネス・タイムスより。



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2012年11月20日



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「虹」を越えると何が?


1939年のミュージカル映画『オズの魔法使い』で、ジュディ・ガーランドが歌った「虹の彼方に」は、地球に大衆曲という概念が生まれた中でも、最大のポピュラーソングだと思います。実際、2001年には、全米レコード協会が選んだ「20世紀の名曲」の第1位となっています。

下のがその劇中シーンです。
モノクロですが、映画は、主人公のドロシーが「オズの国」に飛ばされてからカラーの場面となります。


虹の彼方に(1939年)




上で歌っている主人公のジュディ・ガーランドは、この映画の主役に抜擢された後、映画会社 MGM から「ドロシーのイメージとしては太りすぎなので、ダイエットをしろ」ときつく命じられ、まだ 13歳だったのですが、そのために「覚醒剤」を使用して、以後、常習者となります。映画『オズの魔法使い』の弾けるような元気な演技もその薬理作用のためという側面もありました。

ジュディ・ガーランドはその後も、薬物中毒と神経症がどんどん悪化して、彼女は人生の最後も睡眠薬の過剰服用(オーバードーズ)により死亡しています。

なので、『オズの魔法使』は夢を語る映画である一方で、「ジュディ・ガーランドという個人の地獄の門」を開いた映画だとも言えます。

ちなみに、ジュディ・ガーランドは「性」にも異常なほど奔放だったといわれています。上の「虹の彼方に」は、今でも米国では「同性愛解放運動の象徴の曲」として流されるのだとか。


さて、しかし、この映画のことは本題ではないのですが、上の中の「虹と地獄」という部分が関係します。


昨日、


「お前たちは自らの手で地獄の門を開いたのだ」: かつてない大規模サイバー攻撃を受けるイスラエル
 2012年11月19日


という記事を書きました。

知り合いで、イスラエルに住んでらっしゃる日本人の女性の方がいます。
その方からメールがあって、一緒にとても興味深いファイルが送られてきました。

興味深いというか「妙なもの」です。

下の図はイスラエルの「11月18日から21日までの天気予報」だそうで、ヘブライ語ですが、この図に直接日本語を入れると雰囲気も壊れるので、そのまま載せてあります。

israel-weather-2012-11-20.png


上の太陽マークの「晴れ」が11月18日だと思います。

さて、そして、下段に並ぶお天気アイコンの真ん中は、11月20日のイスラエルの天気の予報です。このアイコンが示すものは・・・。


曇りときどき・・・・虹?

どう見ても「曇りときどき虹」というアイコンに見えます。
イスラエルでも、ふだんはこんな表示はないそうです。

表示ミスかとも思いますが、表示ミスというには完全な図柄となっているわけで、「不思議」に思います。

そして、私はそのメールで初めて以下のことを知りました。


・「虹というのは地獄の釜」と関係があるという伝説が、少なくともイスラエルなどではある。つまり、「虹が見えればその下は地獄のお釜」だということ。

・虹は龍を例えている。



そういう神話というか伝説を聞くと、イスラエルの天気予報に「虹」が表示されていたというのは何とも意味深い感じはします。

もちろん、これは、だからといって、11月20日に何かあるとかそういうようなことを書きたいわけではなく、とにかく「何だか不思議な感じ」がしたのです。

ちなみに、今回のことで私は、初めて気づいたのですが「虹」って漢字はムシ編。

「虫と工」

漢字の意味としては「虹は虫の作りもの」ということなのでしょうかね。

虹と似ている漢字としては「アブ(虻)」なんてのも似ている。
蛇もムシ編でちょっと似ている。


ところで、この「虫」についてもちょっといろいろとあります。



ムシの問題

シンクロというかなんというのか、数日前に、私は「見たことのない虫が手につく」という夢を見たんですけど、まあ、虫の夢は体調の悪い時とか、眠っている時に具合の悪い時がある時なんかに見るものなので、それほど気にしていなかったんですけど、そのイスラエルの方も、「変な虫が手につく夢を見た」と書かれていて、さらに、最近、「虫」というキーワードではいろいろと思い出すことがあるんです。


まあ・・その・・・非常にオカルトっぽい話で申し訳ないんですけど、昨日のイスラエルの記事の報道を知った理由・・・。

パソコンに向かっていましたら、モニターにアリみたいな虫がいたんですよ。アリというか、羽のない羽虫みたいな。過去記事の「来ているのは「宇宙人」じゃない: 世界各地から届く「考えられないほどの悪天候」の報道を見て」の一番最後に、北海道の小樽で妙な羽虫が大発生しているということを書きましたが、あの虫から羽をとったみたいなやつです。

それがパソコンのモニタの画面上にいたんですね。

まあ、私の部屋にはかなりの植物があるので、土から虫が出てくる可能性はあると思うんですけど、とにかく、モニタの画面上にいたので、その虫を手で払おうとしたあたりに表示されていたブラウザ上にあったニュースのリンクから、イスラエル関係のニュースに行き着いたんです。

ふと「虫の知らせ」なんていう言葉を思い出し、それで記事にしたというような側面はあります。ちなみに、払おうとした虫は払えずに、どこにいったのかもわからないままでした。その後出ていません。

そういうオカルト筋の話のひとつとして、

地獄の釜が開くと、虫が出てくる

というような話のたとえはあります。


あと、昨日の記事で最近のこととして書いた「聖書に存在しない死後の生命という概念」のことを少し書かせていただきます。



街角の宗教おばあさんから考えさせられた「生命」の実際


昨年まで長く住んでいた東京杉並区の西荻窪という街にも、様々な新宗教の支局がありました。杉並区は若者が多いせいか、昔から「ターゲット地域」だったようです。

そして、越してきた所沢の奥地なのですが、この街にも多くの新宗教の支局があり、街で人々がチラシを配ったりしています。ただ、杉並区と違うのは「立っているほうも、声をかけられるほうもご老人」というところが違います。

今年の夏などは 35度を越えるような日々が続いたのですが、炎天下の中に立つご老人たちの姿を見て、「大丈夫ですか?」ときいたこともありました。

そして今は「寒い季節」。
今度は寒風の中を街角で看板のようなものを持ったり、チラシを持って高齢者が立っている。

なので、チラシなどを「どうぞ」と言われると断るのが申し訳なく、「ああ、どうもどうも、ご苦労さんです」ともらうのですが、一昨日もらったのは、「ものみの塔」という冊子を発行している宗教団体のもので、本誌ではなく、三つ折りにした紙一枚のチラシでした。

いつもならこういうものは見えないところで捨てるので、まともに読んだことはないのですが、捨てようとしてその表紙のタイトルを見た時、「あ、これ読んでみよう」とポケットに入れて持ち帰ったのです。そのチラシの表紙は下のものでした。

satan.jpg


「実際に世界を支配しているのは誰ですか」と大きく書かれてあります。

私は「うーん・・・宇宙線か、あるいは地球上ではウイルスかなあ」などと考えながら帰りましたが、家に帰って読むと、要するに「この世はサタンが支配している」という内容だったのですが、飛ばし読みしていると、途中、下のようなセクションがありました。


邪悪な霊者たちがそのために用いる一つの方法は、死後の生命という考えを促進することです。

しかし神の言葉は、死者には意識がないことをはっきり示しています。(創世記 2:17 、3:19。エゼキエル 18:4。 詩編 146:3、4。伝道の書 9:5 、 10)

ですから、邪悪な霊者は死者の声をまねて、霊媒による仲介や目に見えない領域からの「声」を使い、その人の親族や友人に話をすることがあります。その「声」は死別した人を装いますが、実はそれは悪霊なのです。

ですから、そのような「声」が聞こえても、欺かれてはなりません。その声が何を語っても、それを退けてください。

霊の領域に対する好奇心に駆られて、邪悪な霊者たちとかかわりを持つようになってはいけません。どれほど面白く、またどれだけ刺激的に思えても、心霊術に関連したあらゆる行為に抵抗してください。



と書かれてありました。

内容の真偽はともかく、この冊子にある引用は聖書からなのですが、すべてに「出典」とその章が記載されており、それが実際がどうかをインターネットで調べることができました。

上には、

創世記 2:17 、3:19
エゼキエル 18:4
詩編 146:3、4
伝道の書 9:5 、10


とありますので、日本聖書協会のホームページで、それぞれの段落を調べてみたのです。「伝道の書」というのは聖書の「コヘレトの言葉」というものだそう。

以下、その結果です。


創世記 / 2章 16-7節

主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」



創世記 / 3章 19節

お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。



エゼキエル書 / 18章 4節

すべての命はわたしのものである。父の命も子の命も、同様にわたしのものである。罪を犯した者、その人が死ぬ。



詩編 / 146編 3-4節

君侯に依り頼んではならない。人間には救う力はない。
霊が人間を去れば/人間は自分の属する土に帰り/その日、彼の思いも滅びる。



伝道の書 / 9章 5-6節

生きているものは、少なくとも知っている/自分はやがて死ぬ、ということを。
しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく/彼らの名は忘れられる。



まあ、創世記あたりのほうのは、「人は死ぬ」ということが書かれてあるだけの感じもして、上のチラシにある「神の言葉は、死者には意識がないことをはっきり示しています」というようニュアンスは感じられないですが、下のほうの「詩編」の、

霊が人間を去れば/人間は自分の属する土に帰り/その日、彼の思いも滅びる。


とか、「伝道の書」にある、

しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく/彼らの名は忘れられる。


あたりは聖書から、「死」というものに対しての、一種の「突き放した感じ」を受けます。

つまり、なんとなく私たちが持つキリスト教などのイメージ・・・たとえば、適当ですが、「死んだら天国に行くんだよ」というようなイメージとは違った感じがあるということです。

「伝道の書」にあることは、「人間は死んだら単に土になる。他に何もない」というようなことなわけです。


それにしても、この聖書の「コヘレトの言葉」(伝道の書)というのは、その冒頭がなかなか考えさせられる文章で始まります。

下は第1章の前半部分です。伝道の書より。



伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。

日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。

世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない。

日はいで、日は没し、その出た所に急ぎ行く。

風は南に吹き、また転じて、北に向かい、めぐりにめぐって、またそのめぐる所に帰る。

川はみな、海に流れ入る、しかし海は満ちることがない。川はその出てきた所にまた帰って行く。

すべての事は人をうみ疲れさせる、人はこれを言いつくすことができない。目は見ることに飽きることがなく、耳は聞くことに満足することがない。

先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。

「見よ、これは新しいものだ」と言われるものがあるか、それはわれわれの前にあった世々に、すでにあったものである。

前の者のことは覚えられることがない、また、きたるべき後の者のことも、後に起る者はこれを覚えることがない。




これを読んでいて、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」から始まる『方丈記』を思い出してしまいました。

方丈記の訳と全文はこちらのページにあります。

最近知りましたが、方丈記には、震災後の今の日本を彷彿とさせるようなことも書かかれているのです。「元暦の大地震」(文治地震)という 1185年の大地震の描写があるのですが、その最後に以下のようにあります。現代語訳です。


「方丈記」より

その(大地震の)直後には、だれもかれもがこの世の無常とこの世の生活の無意味さを語り、いささか欲望や邪念の心の濁りも薄らいだように思われたが、月日が重なり、何年か過ぎた後は、そんなことを言葉にする人もいなくなった。




「歴史も人心も繰り返すなあ・・・」としみじみと思います。



そういえば、昨日のこちらは天候は曇りだったんですが、雲間から少し太陽が見えたんですね。ベランダからそれを見ていると、

「ああ、こういう状況でも太陽って3つにも4つにも見えるのだなあ」

と思いました。
下の写真がその時のものです。

sun-3-1.jpg


これだと何だかわからないと思いますので、下のは太陽のあたりを拡大したものです。

sun-4.jpg

雲の後ろに太陽があるのですが、いくつか見える光源のうちどれが太陽かわかりますか?
実は私は「どれが太陽か分からなかった」のです。


このいくつか並んでいる中で実際の太陽の大きさの光は両端の丸くらいのもので、ふだんの太陽の位置から考えると、右端の光が太陽だと思うのですが、左のほうがよく光っている気もする。光が雲に反射しているという原理はわかるのですが、「本体よりも明るく見えるのかなあ」と思ったりしていました。

そして、ずっと見ていると他の小さな光源も太陽に見えてきて、次第にどれが太陽だか全然わからなくなってきて、ちょっとこわくなったので見るのをやめました。


そんなわけで、書きたい日記を脈絡なく長々と書いてしまいました。

下の絵は、子どもの箱などを整理していたら出てきた絵です。本人は「いつ描いたか覚えていない」というのでずいぶん以前のもののようですが、文字が書かれてあるので、小学校に入ってからのもののはずです。


「じゆうちゃう」、あるいは「じゆうちゅう」

free.jpg


こういうのもちゃんと見ていてあげればよかったと思いますね。

次は普通に記事を更新いたします。

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2012年10月29日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





diandra1.jpg

▲ 米国のスーパーモデルのディアンドラ・フォレストさん。モデル・ドット・コムより。
--

(訳者注) ディアンドラ・フォレスト( Diandra Forrest )という米国ニューヨーク出身のスーパーモデルがいます。この人は、いわゆる「アフリカ系黒人」のモデルさんなのですが、上の写真をご覧になってもおわかりのように肌の色は真っ白です。

彼女はアルビノという遺伝子の疾患のひとつを持って生まれた人です。アルビノは、先天的なメラニンの欠乏により体毛や皮膚は白くなり、人間の場合は、先天性白皮症というような名称が存在します。


dia-02.jpg

▲ ファッション誌を飾るディアンドラ・フォレストさん。最近、ファッションショーなどでのアルビノモデルの起用が増えているのだそう。記事に出てくるデザイナーいわく「まるで別の宇宙の人のような美しさなんだ」とのこと。


米国では絶大な人気のあるスーパーモデルである彼女が、このたび、アフリカ大陸の南アフリカでのショーに赴くことになりました。彼女がアフリカに赴く大きな理由のひとつの中には、「アフリカのアルビノたちを助ける精神的な手助けをしたい」ということがあります。

その「現在のアフリカ諸国の事情」というものに少しふれてから、彼女の南アフリカ行きが報じられているアフリカのメディアの新聞記事をご紹介します。

Wikipedia のアルビノに以下のような記述があります。


アフリカ南東部ではアルビノの体には特別な力が宿るという伝統的な考えから、臓器や体の一部など売却する目的で、アルビノの人々をターゲットにした殺人が後を絶たない。



とあります。

In Deep の過去記事で、AFP の「止まらぬアルビノ殺害、今月だけで被害者3人 アフリカ」をご紹介した以下の記事があります。

7万5000ドルの存在としての悲劇:アルビノ
 2010年05月07日


これは下のようなものでした。


アルビノ(先天性白皮症の人)の殺害事件が相次いでいるタンザニアとブルンジで、今月に入って新たに 3人の被害者が出たとカナダの NGOが 6日、明らかにした。殺害の目的はアルビノの体の一部をお守りの材料として高値で売ることで、国際社会からの圧力にもかかわらずいまだに売買が後を絶たない現状が改めて浮き彫りになった。

2007年から始まった一連のアルビノ殺害事件では、アルビノの体の部位がすべてそろったもの(手足4本と1対の耳、性器と鼻と舌が含まれる)が 7万5000ドル(約 670万円)で取引されているとタンザニア警察は推定している。

タンザニアの人口 3500万人のうちアルビノは約 15万人。アルビノの赤ちゃんが産まれた場合、差別を免れるために、親が故意に殺すこともあるという。



こういう現状がアフリカにはあります。
これは今でも多分ほとんど改善されていないと思います。

こういう中、上記の米国のアルビノのモデルであるディアンドラさんは、

「アフリカ大陸の人々に、アルビノに対しての見方や考え方を変えてほしい」

と述べ、南アフリカでのファッション・フェスティバルのショーに参加しました。


彼女は、ニューヨークの南ブロンクスの黒人コミュニティで育った、いわゆる「スラム出身」で、米国の国内でも成長の中でいろいろなイヤな体験もあったことを語っています。

しかし、一方で、米国は大衆文化の歴史上で、世界で最も傑出したアルビノ・スターを排出している国でもあります。たとえば、中年世代のロックファンで、ジョニー・ウィンターというギタリストを知らない方はいないと思いますが、彼はアルビノです。


winter.jpeg

▲ 私たちの若い頃に圧倒的な人気のあったギタリスト、ジョニー・ウィンターもアルビノ。高齢ですが、2011年の東北の震災の後に「初来日」したことがWikipedia にのっていました。日本に来たことのない最後の大物と言われていました。


現在の米国にはアルビノの男性モデルもいます。ショーン・ロス( Shaun Ross )という人。

louis.jpg

▲ 2010年のルイ・ヴィトン・コレクションに登場したショーン・ロス。


アルビノには古来から様々な逸話が存在して、日本でも、5世紀頃の天皇だった清寧天皇(せいねいてんのう)は、「白髪皇子」という御名を持ち、アルビノだったと考えられています。

こちらによれば、


御名の「白髪皇子」の通り、生来白髪であったため、父帝の雄略天皇は霊異を感じて皇太子としたという。


とのこと。

古来から現代までアルビノは確かに特別視されてきたわけですが、それは「畏怖」、「奇異」、「神聖」など様々な特別感情があることは事実です。しかし、少なくとも今のアフリカの「殺して部位を持ち去る」という方向は是正されたほうがいいとは思います。

そんなわけで、ディアンドラさんを紹介したケニアのメディアをご紹介させていただきます。



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2012年10月24日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





kou-01.jpg

▲ 若松孝二製作、大和屋竺監督『荒野のダッチワイフ』(1967年)より。これらの「無駄にまで男的な世界」の雰囲気は後の人気テレビアニメ「ルパン三世」のメイン脚本家となる大和屋監督のルパンの世界に引き継がれていきます。
--


最近、ポールシフト絡みの記事が多いのですが、今朝、米国の科学系ニュースを大量に配信する Ideas, Inventions And Innovations というサイトを見ていましたら、「人工衛星から目撃された地球のコアと磁場、そして重力の急速な変化」というタイトルのものがありました。

あまりに最近の流れとマッチしていたので、気になり、少し目を通してみますと、ドイツ地球科学研究センターという名前が出てきました。これは、過去記事の、

ドイツの科学研究法人が「急速なポールシフトと気候変動と超巨大火山の噴火が同時に発生していた」ことを証明
 2012年10月18日

に出てきた研究機関で、そのドイツ地球科学研究センターの共同研究チームが、今度は人工衛星で、今現在の地球に急速な変化が起きているということを確認して、それを「全米科学アカデミー紀要」に発表したというものです。

うーむ・・・。毎日のようにポールシフトだとか、大陸移動関係のニュースが報じられて、「ほんまかいな」という感じもします。

この「全米科学アカデミー紀要」というのは、米国科学アカデミーという世界最大規模の科学団体の発行する機関誌で、世界の科学専門誌として1位か2位の参照数を持つものです(Wikipedia では世界第2位とのこと)。

その記事を翻訳してご紹介しようと思ったのですが、私にはものすごく内容が難しくて、それほど長い記事でもないのですが、翻訳に時間がかかりそうで、今日は途中までで時間んがなくなってしまいました。加えて、最近ずっとこの関係の翻訳ばかりで、やや「ポールシフト疲れ」が出ていたこともあり、今回は全然関係ない記事を書かせていただきます。

明日には、「地球のコアと重力の関係」の記事の翻訳をアップできると思いますが、オリジナル記事は、


にありますので、興味のある方はどうぞ。


今回の記事は、先日亡くなった若松孝二という映画監督と関係する話ですが、最近の流れとは全然関係ないですので、興味のない方は飛ばされて下さい。

個人的にはこのことを、最近またよく考えています。



「自分の存在の意味」を 1960年代のピンク映画で再確認した日


先日、映画監督の若松孝二さんという方が亡くなったんですけれど、まあ、最近どんなことをしていたのかは私は知らないんですが、この若松孝二さんが、監督としてではなく、多分、はじめてプロデュースした作品があります。

1967年の『荒野のダッチワイフ』というピンク映画で、私は 1980年代くらいにビデオで見て、結構なショックを受けていたのですが、先日、若松監督が亡くなったニュースを見て、探したんですけれど、見つからない見つからない

やっとある中古ビデオ屋で 中古VHS が売られているのを発見して(高かったです)、数日前、20年ぶりくらいに見ました。 1990年代に再発されたビデオのようで、裏ジャケットに、切通理作という人が解説を書いていました。

その解説の最後のほうに次のようにあったのです。


『荒野のダッチワイフ』解説
 切通理作

大和屋竺のダッチワイフとは、現実に挫折した者がすがりつく対象ではなかった。現実の時間に戦いを挑んでいく人間にとっての《傷》を意識した断絶風景なのだ。

だが《傷》にこだわればこだわるほど、世界は風景化していき、自分以外の下界はよそよそしいものになっていく。すると最後には、《傷》にこだわる自分自身すら実在しているのかという疑問にかられる。

大和屋竺は己の《傷》を詠嘆しない。哀訴もしない。そこには、現実という時間と自分の意識に流れる時間との溝を、ただ見極め続けるという透き通った孤独がある。

大和屋竺は常に先鋭的で「新しい」存在なのだ。それは、彼が常に、存在の空虚こそが世界への殺意を呼び込むという、根源的な問題を突きつけ続けているからである。



まあ、一応、「単なるピンク映画の解説」ではあるんですが、解説もとても良い内容で、特にこの最後の一文にある存在の空虚こそが世界への殺意を呼び込む」というフレーズから、一瞬にして、私は過去の記憶から「自分の好きな様々なこと」に通じるひとつのことを想起したのでした。

そして、さらに「これは埴谷雄高さんが『死霊』を著しながらも、ご自分で気づかなかった" 目指すべく虚体 " の真実だ」と感じたのです。

いや、こんな難しい言い回しでは良くないんですよ。

つまり・・・。たとえば・・・・・・。

「動機がわからない殺人」

「我が子を虐待する人たち」

などの現実と「存在の空虚こそが世界への殺意を呼び込む」というフレーズは、実は一致しているように思うのです。

もっと具体的にいうと、たとえば・・・今の世の中は「くるっている」、あるいは、「ややくるっている」と思う人はそれほど少なくないのではないでしょうか。

私もわりとそう思います。


では、(もし本当に最近になってから社会が狂ってきたとするのならば)なぜ社会はそうなってしまったのか


いろいろな現実的なことを言うたとえば評論家の人だとか権威筋の人たちはたくさんいると思いますが、「それで世の中がよくなったことがあったか?」と私は昔から考えます。

なんとなく世の中というのは、「夢や理想では変わらんよ」というような考え方がありますが、私は逆に思っています。


「夢や理想が先行した世の中じゃないと良くならない」


と私自身は子どもの頃から考えていて、今もそう思っています。



上の「存在の空虚こそが世界への殺意を呼び込む」という中の「存在の空虚」も難しいですが、これは言いかえれば、


「どうしてわたしはこの世にいるのだろう?」


ということです。

今の多くの大人たち、何より、ほとんどの子どもたちは、その答えが見いだせていないように思います。


そして、私は確信していますが、

「どうしてわたしはこの世にいるのだろう?」

ということへの答えがない限り、この世は今よりもっともっと悪くなります。



今など話にならないくらいに悪くなります。

自分の人生の四十数年でもその過程を見てきました。

どんなことでも私は人より劣っていたので、常に「人の後ろから歩いていく人生」でしたので、世の中がよく見えました。


世の中は悪くなった。
このことを「それは違う!」と明確に否定できる人はどの程度いるでしょうか。


そして、それがどんな世の中であろうと、「どうしてわたしはこの世にいるのだろう?」ということへの答えが出ない限り、もっともっと、どんどん悪くなるはずです。



いずれにしても、「存在の空虚こそが世界への殺意を呼び込む」というフレーズはすべて言い換えると、

「自分がこの世にいる理由がわからないのなら、この世を愛せない」

です。

今の世の中で、この世を愛せない人ばかりなのはそれが理由です。
私は多くを断言しませんが、これだけは断言できます。


どうすればいいのか?・・・ということは、私にはわからないですし、しかも、ここで具体的な方法論を書くのは、まるで「評論家」ですので、曖昧な方向性として、ひとつ抜粋しておきたいと思います。

それは、スイスの神学者カール・バルトさんという人についてふれている、Wikipedia の終末論というページからです。


神学での「終末」には、個人的な救済の完成と、世界的な救済の完成の2つの意味が存在する。

20世紀のスイスの神学者・カール・バルトも、主著『ロマ書』で「(終末にキリストが地上の裁きのために天国から降りてくるという)再臨が『遅延する』ということについて…その内容から言っても少しも『現れる』はずのないものが、どうして遅延などするだろうか。…再臨が『遅延』しているのではなく、我々の覚醒が遅延しているのである」と言い、「終末は既に神によってもたらされている」という認識である。




という部分ですが、大事なのは、終末のほうの話ではなく、

個人的な救済の完成
世界的な救済の完成

というふたつの意味が存在するという意味です。

これは現代に反映させれば、世界の価値観や幸福の尺度(あるいは他の人たちの価値観や幸福の尺度)と自分のそれを対比させる必要はないということです。

自分の救済は自分でする、あるいは自分でしかできない。

つまり、「自分だけの価値観を持つことが、世界全体を殺さないための手段だ」ということを上の神学とかいうものの概念から思います。


というわけで、いろいろ長々と書いてしまいましたが、多分、この『荒野のダッチワイフ』という映画がレンタル店などに置いてあることはないでしょうし、中古でも手に入らないと思いますので、冒頭のオープニングを貼っておきます。

音楽はすべて、その後ジャズのトップミュージシャンとなる山下洋輔さんによるものです。


「荒野のダッチワイフ」 (1967年) オープニング・タイトル



製作:若松プロダクション
監督:大和屋竺
音楽:山下洋輔

--

ちなみに、この『荒野のダッチワイフ』の監督は、大和屋 竺(やまとや・あつし)さんという人なんですが、この人は後の『ルパン三世』テレビシリーズの第1シーズンと第2シーズンのメイン脚本家をつとめた人です。

この『荒野のダッチワイフ』の脚本も大和屋さん本人によるものですが、「ルパン三世」で最高傑作の誉れの高い「魔術師と呼ばれた男」を彷彿させるシーンがたくさん出てきます。


lupin-3.jpeg

▲ 『ルパン三世』第2話『魔術師と呼ばれた男』(1971年 / 脚本:大和屋 竺 )より。


なので、初期のルパン三世シリーズが好きな人なら、世界観は似ていますので、異常にシュールな点を除けば、『荒野のダッチワイフ』は必見だと思います。

ただ、手に入ればですが。


ちなみに、私は初回のルパンの放映を見ているんですよ。1971年という年代から逆算すると、8歳ですので、小学2年生だったということになりますかね。

最初のルパンは強烈に「大人の世界」のアニメで、子どもの私に大人の憧れを植え付けたのも、このルパンでした。

その時に見たルパンのシリーズで、もっとも強烈な印象として残っているのが、「脱獄のチャンスは一度」というものでした。その後、再放送で小学生の時に再び見てから 40年近く見ていないので、ちゃんとしたストーリーは覚えていないですが、「物語って面白い」と思ったものでした。

その後、10歳くらいからはほとんどテレビを見ない人になってしまったので(ラジオに没頭し始めた)、この頃が最後のテレビ時代。いい思い出です。

というわけで、本当に関係ない話ですみません。


ただ、しつこく書きますが、世の中は「自分の内に存在する夢と理想」で作られます。

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今回の記事と関連した過去記事:

どんなに愛される資格があるのかを私たちは知らない
2011年04月14日

「宇宙は人間そのもの」という結論を夢想するとき
2012年03月19日

「なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか」 - ベネディクト16世
2010年09月23日

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[1年前の In Deep ]
2011年10月24日の記事

わたしの神話はずっと続いている

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2012年10月14日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





mcnaught.jpg

▲ 2010年のマックノート(C/2009 R1)彗星。パンスペルミア説では、彗星は重要な位置として見られます。
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(訳者注) 以前から「微生物の話」を書き出すと、すぐ風邪を引く傾向にあるんですが、最近の記事で微生物とかウイルスのことにふれていましたら、見事に風邪を引きました。

今回は、ロシアの科学者たちが「無機物から生命を作りだそうとする実験」を再び試しているというニュースがあり、それをご紹介しようと思うのですが、前提として書くことも多くなりそうで、ただでさえ頭が朦朧としている中、わかりにくくなるかもしれないですが、すみません。



すでに科学の世界の生命の起源の理論は塗り替えられつつある

もともと地球のいわゆる原始スープと呼ばれる古代の海から「偶然、生命が誕生した」という説を最初に唱えたのはロシア人(当時はソ連)科学者でしたので、今回の実験もタイトルに「蘇る」というニュアンスのロシア語が見える通り、ロシア科学界のリバイバル的な意味というような部分もあるのかもしれません。

本来なら取り上げるようなものでもないのですが、私が今回、この記事をご紹介しようと思った理由は、記事の中に下のような一節があったからです。


現在では、多くの科学者たちが生命は宇宙から地球にもたらされたという説を支持している。

地球の生命が宇宙からもたらされたとする説は、ノーベル化学賞を受賞したスウェーデンのスヴァンテ・アレニウス博士や、あるいは、ロシアの生物地球科学の創始者であるウラジーミル・ヴェルナツキー博士も、宇宙起源説を支持していた。



とあり、「すでに科学の世界での生命起源の理論の主流は宇宙起源となりつつある」ということが書かれてあるのでした。

「そうかあ・・・すでに生命は宇宙からもたらされたとするほうが主流なのかあと」と、感慨深く思ったことが、この記事をご紹介しようと思った最大の理由です。

先日の記事、

「良い時代と悪い時代」(3): 2013年の巨大彗星のこと。そして宇宙から地球に降り続ける生命のこと
 In Deep 2012年10月11日

でも、米国プリンストン大学の研究チームがバンスペルミア説の証拠となり得る論文を提出したというようなものをご紹介しました。

徐々にではあるけれど、私たち人類は生命の起源と進化に関しての「中枢」に近づけるような可能性も少しはあるのかもしれません。その「中枢」は見えない中枢のようには思いますけれど。


そして私にとっては、地球の生命が宇宙起源であるということが大事なのではなく、「生命は普遍的なものだ」ということが大事だと思っています。

つまり、「どこにでもある」と。

「どこにでも」ということは、宇宙全体のどこにでもあるということで、私たちのこの地球はそのような宇宙の中のひとつに過ぎない。

しかし、宇宙の中のひとつに過ぎない地球ではあっても、この地球の人間である私たちにとっては、この地球が唯一の地球であるということだとも思います。ちょっとわかりにくい書き方かもしれないですが、「あらゆる地球の住人たちは、その地球以外の地球を持たない」というような意味かもしれません。

そして、エメラルド・タブレットなどでも描かれる概念を拡大させれば、「個々の惑星と全体の宇宙は常に対等である」という概念だと私は思っています。

ところで、ロシアのニュースをご紹介する前に、そもそも、その「地球上で生命が生まれた」という説はどのようなものだったのかを簡単に記しておきます。




20世紀の生命起源説を席巻した「地球の原始スープの中から生命が生まれた」という説について


説明の抜粋等は、基本的に Wikipedia からの抜粋で統一しますが、難しい用語は平易にするか省略しました。

ちなみに、人類が、生命の起源ということを科学において言及しはじめたこと自体の歴史がそれほど長いものでありません。

「地球から生命が発生した」という説は、まず、ロシアのアレクサンドル・オパーリンという科学者が、1922年に『地球上における生命の起源』という本を発表し、そこから1950年代まで、生命の化学進化説という理論を展開させたことによります。

オパーリン博士はケンタッキー・フライドチキンのおじさんにも似た温厚な顔をした人で、私は顔は好きです。顔は好きなんですけど、このオパーリン博士の化学進化説が後の科学界を悩ませることになります。

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▲ アレクサンドル・オパーリン(1894 - 1980年)


オパーリン博士の説を簡単にまとめると下のようになるようです。



1. 原始地球の無機物から低分子の有機物が生じる。

2. 低分子の有機物がお互いに結びついて高分子の有機物を作る。

3. 地球の原始の海は上のような反応での「有機物の液体(スープ)」だった。

4. この「原始スープ」の中で、高分子の集合体(コアセルベート)が誕生した。

5. この集合体がアメーバのように結合と分離を繰り返した。

6. このような中で最初の生命が誕生し、優れた代謝系を有するものが生き残っていった。





というようなもののようです。


今改めて読んでみると、まだ遺伝子や生命の構造の解明が進む前の時代だったから受け入れられたものだったことがわかります。

というのも、地球の年齢は現在の科学ではおよそ 40億年程度とされていますが、その真偽はともかくとしても、この程度の年代だと上の繰り返しで生命が作られるにはあまりにも短いということがあります。

    
その時間で進化してきたわりには「あまりにも生命は複雑」なのです。

たとえば、下はフレッド・ホイル博士の『生命はどこからきたか』の中からの抜粋ですが、「生命の構造の複雑さ」ということをまず知る必要があります。

これは書かれてある意味自体、私自身もよくわからないので、その意味というより、「たった1種類の酵素を作ろうとしてもこのような膨大な数字となる」ということを知っておいてもいいのかと思うのでした。


『生命はどこからきたか』 第十四章 生命の起源と進化を考えるための基礎知識より

 三〇個の不変なアミノ酸を持ち、一〇〇個の結合部分からなる短いポリペプチド鎖でさえも、二〇の三〇乗、約一〇の三九乗回にもなる試みが行われて初めて機能を持つ酵素となる。三〇〇個の不変部分を持ち、一〇〇〇個の結合部分からなる酵素の場合は要求される試みの回数は二〇の三〇〇〇乗で与えられ、それは一の後に0が三九〇個も並ぶ数である。

 さらに、われわれはただ一種類の酵素だけを取り扱うのではなく、最もシンプルな有機体でさえ二〇〇〇種類、われわれのような複雑な生物では約一〇万もの酵素と関係しているという点でも超天文学的数である。



まあ、全然わからないのですが・・・要するに、簡単な酵素ひとつが「自然」にできるためには、「 1の後に 0が 390個も並ぶ数」の確率の中でアミノ酸が結合する必要があり、さらに、それが生命として機能するには、その奇跡的な確率をクリアした酵素が「数万個以上の単位」で存在しなければならない。

1の後に 0が 390個も並ぶ数の確率というのは、

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という感じです。

上の壮絶な確率で「仮に」酵素や有機物が生まれたとしても、それはまだ単細胞生物などでさえないわけで、地球上でもっとも単純な構造のタイプの生物などでも、上の組合わせでの酵素が 2000個必要だとのこと。人間なら10万以上。

しかも「正しい配列」で。


もはや、確率で論ぜられる世界ではありません。


これでは仮に(あくまで仮に)、地球の上で有機物が発生したとしても、地球の歴史が仮に38億年なら、この年月では「生命どころか酵素ひとつできない」ことになります。というか、38兆年でも「偶然のレベル」では、酵素ひとつ作ることもできないと思います。

たとえば、下のは α-キモトリプシンという酵素の図です。

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▲ 『生命はどこからきたか』 第十四章 生命の起源と進化を考えるための基礎知識 の図より。


この図自体はいくら見ても私には何が何やらわからないですが、こんな酵素ひとつでもこんなに複雑な構造になっていて、少しでも違うと酵素として働かないのが生命というもので、そして、こういう酵素が何万と「正しく」集まってできているのが、人間を含む生命なのだということです。

生命は偶然の繰り返しで作られたというようなものではない、と考えざるを得ません。


科学的に考えるまでもなく、常識的な考え方として、地球上で無機物から有機物が偶然生まれ、それが偶然の連続で生命として進化して、それがさらに高度な生命として進化して現在の地球のあらゆる生物となっているという話は基本的に「無理な話」であることがわかります。


しかし、「生命の地球発生説」を続けます。

オパーリンの化学進化論を検証する実験をおこなったのが、ユーリー-ミラーの実験と呼ばれるもので、下に Wikipedia から抜粋します。


ユーリー-ミラーの実験

ユーリー-ミラーの実験は、 1953年にスタンリー・ミラーが、シカゴ大学の大学院生のときに行ったものである。地球において最初の生命が発生したとされる環境を再現することを目指し、そこで簡単な化学物質の組み合わせから、生物の素材となるような成分ができるかどうかを実験で確かめるものであった。


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▲ ユーリー-ミラーの実験の実験装置の概念図



そして、この実験で「アミノ酸の無生物的合成を確認した」ことにより、生命地球発祥説は、広く科学界に受け入れることになり、以降の科学と「教育」の世界でこの理論が広く取り入れられたのは書くまでもないことかと思います。

私たちも学校で「生命は地球で生まれた」と教えられてきたはずです。

もっとも、Wikiepdia にも、その後に、


現在では、多くの生命起源の研究者たちは、ユーリー-ミラーの実験を過去のものと考えている。



とあり、今では違うようですが、一般の認識としては、今でも「生命は地球で生まれたと考えている人」はわりと多いのではないかと思います。


なお、ホイル博士の著作には、ユーリー-ミラーの実験の「大きな間違い」が指摘されています。


『生命はどこからきたか』 第三章 尿素から有機スープへより

ユーリーとミラーにより用いられたメタンは天然に得られる気体ではあるが、それは生物由来のものなのである。アンモニアもウェーラーの実験においてそうであったように由来は疑わしい。行われたのは生物材料から出発して別の生物材料を作ったのであり、当時思われていたような印象的な結果からはほど遠いのである。



メタンそのものが生物由来だとすると、この実験そのもののテーマであった「無機物から有機物を作り出す」ということにおいて、根本から違ったものだったようです。

いずれにしても、いろいろな理論や実験の中で、地球の生命の起源を探る試みや思考は続けられていて、ともすると、それは「迷宮」に入り込むような世界なのかもしれないですが、きっと今後も興味深い方向に進むのだろうと思います。

というわけで、今回は、上に挙げた「生命の地球起源説(化学進化説)」が生まれた国でもあるロシアで、その理論をふたたび実験によって示してみようという試みの話です。

ニュースメディア「ロシアの声」ロシア語版からです。

ではここからです。



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