2011年11月23日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




理想を持たない科学: ホーキング博士の言葉をきいて



(訳者注) 最近はいろいろと愕然とすることも多いですが、今回読んだホーキング博士の講演の記事には、近年最も愕然となりました。

前提として、私は「ホーキング博士がどれだけの功績を持っている人か」ということをよく知りません。なので、彼がどれだけすごい人かは知らないのですよ。でも、名前と姿は確かに有名で、なんだか誰でも知っている。

だから、私はものすごく頭のいい人だと思っていたんです。

そういうこともあって、今まで、ホーキング博士が言っていたどうにも好きになれない発言法王ベネディクト16世を怒らせた「科学は創造者の助けなしで宇宙を説明することができる」など)にも何らかの意味があるのだろうと思っていたのですが、しかし、今回の話を読んで、明らかに思いました。

少しキツい言葉かもしれないですが、


・この人は単に想像力が欠けている人間だ


と。


後半、その記事を翻訳したものを載せますが、その記事の中のホーキング博士の言っていることの要点を順番に抜き出すと、下のようになります。



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2011年11月21日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





今回は翻訳ではありません。
昨日今日思っていたことを書きます。

そんなに意味があるわけではないですが、今回の文章を書いている途中、 2009年 3月にマヤの神官であるドン・アレハンドロさんがマヤの儀式で世界に向けて語ったメッセージを思い出したので、冒頭に抜粋しておきます。他の部分は、過去記事にもあります。




祖先たちの帰還
ドン・アレハンドロ(マヤ神官)2009.03.24

これから始まる太陽の期間は、これで6度目である。新しい太陽の期間に入るにしたがって、地球の調整が行われ、天候とともに人間の社会に大きな変化がもたらされる。

世界は変容し、人類は、相互理解と社会的正義、ならびに平等が支配する共存共栄の時期を向かえる。これが人類の新しい生き方だ。

われわれ一人一人は宇宙と関係をもっている。この関係が、われわれの態度が他の人達と調和しているかどうかに反映するのだ。

変化のときはきた。

相互に互いを理解し、より人間的になるときがきたのである。







震災以降やっと振り返ることができたここ数日

思えば、3月11日からの数ヶ月は、実際に何をしたということではなく、少なくとも心理的に走り続けていて、当時の2011年の3月とか4月の In Deep で書き続けた日記などを見てもわかります。


本格的に熱などで寝込んだのは3月11日以来のことかもしれなくて、それだけに、横になっていろいろと考えてみると、「単に走っていて振り返ってなかった」ことや、「現在の状況を静かに見ること」に欠けていたかなあと思います。

むしろ、地震直後のほうが、一瞬一瞬の状況を肌で感じていたかもしれません。

あの頃は「外に出たらまず空と雲をしばらく眺める」というのが習慣化していて、道を歩いている時も、空の色と雲の形、風の気温やその力といったものを常に感じて歩いていました。

何しろ、あの頃は「次に何が起きるかわからない」という状況で、震災直後の周囲からの情報は次の災害に対してのパニック情報ばかりで、現実に頼りになるものは次第に「自分の信念」だけになっていました。

そして、その「信念」とは「人間は地球を見ることで多くのことがわかるはず」という直感にも似た思いでした。

これは 3月11日までの私にはない感覚でした。


なので、まず空を見て、太陽を見て、風を受けて、それから目を閉じて、鳴っている音を聞きます。

それで何かがわかるのかというと「わからない」のです。
それでも、それは習慣となりました。

思えば、それから半年も大きく過ぎて、私自身もむしろ「地球の音を聞く生活」ということをおろそかにしていた感はあります。そういう意味では、今回、寝込んだのは本当にいい機会でした。


そして、最近と近い今後について思うことを少し書いてみたいと思いました。
わりと現実的な話です。



本格的な経済活動のメルトダウン


身近な人などを含めて、いろいろな人の話の中から浮かび上がってくるのが、現在の「強烈な不景気」です。

今までだって何度もこの言葉は使われていたし、それに比べると、今の時代はむしろリーマンショックの頃ほどメディアでそうは言いませんが、あの頃と比べても、特に小さな企業以外の会社や人々は、はるかに苦労しています。

数だけでいえば、倒産件数も増えていないし、上場企業でいえば、PER という企業の収益の率をあらわす数値の平均値もそれほどひどくは感じないですが、「肌感覚」での経済は、すでに「崩壊一歩手前」のようにうつります。


そして・・・まあ、ロクに経済に関与していない私が言っても仕方ないのですが、このことがこの先、好転していくのだろうかと考えると、どうにもそうは思えないのです。

世界経済がどうだこうだとか、アメリカやヨーロッパがどうしたということではなく、理由はともかく「経済と市場全体が萎縮し続けているイメージ」があります。


それを感じたのもののひとつに下のグラフがあります。
これは株式市場で「どのくらい株式の売買が行われているか」というものです。

mark11.jpg


私は昔投資をやっていたことがあります。
その頃は、どんなに売買が低調な日でも終日取引なら一日に2兆円の売買代金がなかった日など見たことがなかったのですが、今では 8000億円台(これは証券会社にしてみればデッドゾーン)。

で、その数値自体はともかく、グラフを見てみるとわかると思うのですが、震災のあった3月の直後より現在のほうが遙かに「萎縮」しています。


市場の低迷はアメリカも同じようですが、実際、日本においての経済のイメージとして、

「震災後、失われた経済活力を時間と共に取り戻そう」

というものだったように思います。

しかし、現実には、震災後半年を過ぎて、さらに活気は消えていっている。


私の周囲には、あるいは私の実家などもそうですが、中小の会社の関係の人が多いですが、中小企業・・・というか「地元のお仕事関係」は本当に厳しい。それらはオモテの経済の数字にはなかなか出てこないし、わかりずらいですが、これで何かがあれぱ、一触即発で全滅という状態すら想像できるほどにさえ思います。


じゃあ、その後いつかは「小さな町の経済は復活するのか」とということは、私は専門家ではないのでわからないですが、しかし、考え方を逆にして、「もし復活しなかった時にはどうしよう」ということを考えてもいい時期のように思います。


もし、世の中がそうなった場合、それは大変なことでありつつも、しかし一方で、「人々が助け合って共生する時代」への第一歩かもしれないという気もいたします(それ以外にしようがない)。


そういう混乱の中で必要なのは「サバイバル」ではないと思っています。

単にひとりで生き残ることには快感も喜びもまずありません。

たとえ死んでも、「ああ、人といられてよかった」と思う気持ちのほうがはるかに大きいのが人間だと私は思います。


私の昔からの知り合いのひとりが、先日会った時に、「今の仕事やめて、来年あたりから自給自足の練習でもしようかなと思って」と言っていました。 学生時代からの共通の知り合いが群馬で農家をしていて、その彼に、いろいろ教えてもらおうかなと。

もちろん、自給自足という方法論がいいということではなく、今は、昔からのいろいろな知り合いと再開したり、その人たちと将来的に助け合う下地を作り直すこともいいことなのではないかなとは思います。


ただ・・・この「農家」、あるいは「農作」という問題。

現場で農家をやってらっしゃる人々こそ、私がたまに記事でふれている「太陽の異変」や「季候の異変」を肌で感じてらっしゃる方が多いです。たまにそういうご連絡をいただきます。これについては、ちょっと長くなりそうですので、次回に書こうと思います。


sunspot-min.jpg

▲ 極小期というのは「何十年間も太陽に黒点が出ない時期が続く」ことで、数百年に一度訪れます。


確かに、「あらかじめ予測されていた小氷河期の到来」という記事で書いたような状態が本当に訪れるとすると、過去の例では飢饉と結びついている場合も多く、自給自足などという言葉も軽くは言えない大変な生きるための作業となる可能性もあります。

しかし、その「生きるための大変な」という部分を軽減してくれるのが、楽しい話、あるいはくだらない話やバカ話で時間を過ごせる友達や仲間などの「人間」だと思います。

人類の横のつながりの意味というのは、この「相互ヒーリングの存在としての人類」という意味も感じたりします。


なので、今は、「打算なくしてつきあえる人々を思い浮かべてみる」という時期かもしれません。
数は少なくてもいいと思います。

自分ひとりでなければ。


私も今はご返信できなくて連絡欄さえもうけていませんが、いつかまたご連絡やコミュニケーションを他の方々ともとりたいです。


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2011年11月04日



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バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3)

--

(訳者注) 今回は、前振りで2回使ってしまった「地球外の文明に関するバチカンの新しい見解」の記事の翻訳を載せます。


その前にひとつ別の短いニュースを。


パキスタンで核爆発?

ハンガリーに世界の災害速報をおこなうRSOE EDISというサイトがあるのですが、数日前の速報に「パキスタンで旧ソ連の核爆発での核物質の広範囲での降下を観測」という内容の報道がありました。米国などでは「ロシアによる核実験?」と言われたりしていますが、そういう公式な報告はないです。

こちらがサイトにある事項報告。
日本語を入れました。

nuke-pakistan.jpg


仮に核実験だとしたら、実際に爆発させる核実験も珍しいと思いましたのでご紹介しておきます。「すべてにおいて未確認」と記されていますので、詳しいことは各自でご確認されて下さい。ただ、理由が何にしても、パキスタンの広域で放射能性測定値が上がっているということは事実のようで、放射能関係が世界中でいろいろと続きますね。

概要を訳しておきます。




Nuclear Event in Pakistan on Monday, 31 October, 2011
RSOE EDIS (ハンガリー) 2011.11.01

パキスタンでの核関係事項 2011年10月31日

パキスタンの原子力委員会は、10月31日、西パキスタンの大気中に増大している放射線量の増加は、ソビエトの核爆発によって発生していると発表した。

放射線量の増大は、ラホールとクエッタで顕著だった。

n-map.jpg

パキスタン西部での上空の放射線量は、通常より 50パーセント高くなっていると発表では述べられている。しかし、この時期の偏西風などの影響で、東パキスタンでも放射線量は上がっている可能性があるという。

原子力委員会は、人体に影響のあるレベルではないとしている。






ここまでです。

それでは、ずいぶんと、遠回りしてしまいましたが、バチカンの記事です。



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2011年11月02日



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バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3)

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(訳者注) 前回は、ジョルダーノ・ブルーノという中世の人のことだけにふれて終わってしまったのですが、その後、「ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』」という書評のようなページを見つけました。

そのページにブルーノの著作からの引用がありました。
抜粋してみます。(こちらで改行しています)



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2011年11月01日



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バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3)

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16世紀にジョルダーノ・ブルーノが描いた宇宙の姿


(訳者注) 紹介しようと思った記事はそれほど内容のあるものでもないんです。

ローマ法王のお膝元のバチカンには バチカン天文台 という天文施設があります。ここには、「ルシファー」という名前の望遠鏡のある、世界的に見ても高度な設備を持った天文観測機材があります。

バチカン天文台の新しい光学天文望遠鏡「ルシファー」

という記事でご紹介したことがあります。

そのバチカン天文台の所長であるホセ・ガブリエル・フネスという神父が「宇宙には高度な文明を持つ宇宙人が住んでいて、地球にもやってくるはずだ」というようなことを言っていた記事が出ていたので、何となく昨今のパチカンの窮状とも関係して、いろいろ思うところもあったのでご紹介しようと思ったのですが、どうして、今回が(1)というようなことになったかといいますと、このホセ・ガブリエル・フネス神父が引き合いに出した17世紀の修道士であるというジョルダーノ・ブルーノという人のことを知りました。

この人が「まさに私の理想としていること」を言っていた人だと知ったのでした。

200px-Giordano_Bruno.jpg

▲ ジョルダーノ・ブルーノ。1600年に火刑で死亡。


どういう人かというというと、Wikipediaの説明ですと、

ジョルダーノ・ブルーノ(1548年 – 1600年2月17日)はイタリア出身の哲学者、ドミニコ会の修道士。それまで有限と考えられていた宇宙が無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護したことで有名。異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられた。


という人のようですが、私はこのジョルダーノ・ブルーノという人のことを、さきほどまで知らなかったんです。

いろいろと読むと、大変に魅力的な宇宙観を持っていた人で、特に、


> 宇宙にある無数の太陽系の間はエーテルによって満たされていると考えていた。彗星は神の意志を伝える役割をもって天界から到達する



という考え。

特にこの中の「彗星は神の意志を伝える役割」という言い方に感心しました。
「ああ、そんな感じの言い方だとピッタリくるなあ」と感じたのです。

彗星に関しては、以前、エレニン彗星が消えた頃だったか、

消滅したエレニン彗星:そして、彗星の存在の意味 (2011年08月31日)

というものを書いたことがあります。彗星が生命の運搬の役割を担っているとするパンスペルミア学説のことを書こうとしつつも、どうも「生命の運搬役」という言い方に機械的なものを感じていたのですが、照れることなく、「神の意志を伝える役割」というようなタイプの言い方でいいのだなあと。

この「」という言い方に関してですが、ブルーノは「神とは心の中に内在する存在であって、宇宙の天国から地球を見ているものではなかった」という説を持っていて、すなわち、「神の存在」(あるいは神の不存在)というものに迫っています。この考えだと、当時では火刑になるのも仕方ないでしょうけれど。


あと、ブルーノは、「宇宙の中心などどこにも存在しない」という立場で、これも先日の「『宇宙が生命を作り出している』ことの証明に近づく新たな観測結果」という記事の最後のほうに書いた、


中央集権的な宇宙の姿(「宇宙の中心がある」的な概念の姿)ではなく、「宇宙が全体として生きている」という感じ



という概念にも近い感じがして、妙に嬉しい気分にさせてくれました。


そんなわけで、ほとんど Wikipedia からの抜粋みたいなものですが、ジョルダーノ・ブルーノという人の「宇宙観」を少し羅列しておきたいと思いました。

私の頭の中にある宇宙の姿とこの人の言っていたことがとても合致するのです。
最近、宇宙観に関して、私は何となく孤立感を感じていたのですが、つまり、私は「古い考え」ということなのだと理解しました(ブルーノの宇宙論が発表されたのは、430年前)。

いくら古いものでも、自分が安心できる世界観にふれられることは嬉しいことです。

それでは、Wikipedia を編集したものですが、ジョルダーノ・ブルーノの宇宙観です。
太字や赤字などは私によるものです。



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2011年10月27日



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最近、過去記事の整理などをしていて、左側のサイドバーにも過去記事のリンクを少し載せたりしています。

過去記事を読んだりしている中で、昨晩、「あること」に気づいて愕然としました。
そして、「やられた」と思いましたね。

この「やられた感」はどう説明すればいいのか・・・。



・・・・・そうだ。

ちょっとクイズみたいですが、このようにしてみます。
下に写真を1枚載せますが、それが何かということを考えてみていだたければ幸いです。

たとえばこの写真。



red-1.jpg



なんかグチャグチャしていて、これが何であるかの具体的なことはともかく、ボンヤリとした写真ですので、何かを「接写した写真」か、何かを「拡大した写真」らしい感じはするように思います。

さて、何だと思われますか?

実際、上の写真は拡大されたもので、それでは少しずつ遠くから見た写真に戻していきます。








少し離れて見たものがこれ。


red-2.jpg








さらに少し離れて見たたものがこれです。

red-3.jpg







さらに少し離れて見たたもの。すでに対象物がわかりにくいので、矢印を書いておきます。

red-4.jpg








さらに離れて見てみる。

red-5.jpg








さらに遠くからです。
正確な位置はすでにわからないのですが、下の「丸」の中のどこかです。
丸の中だけでも数百光年とかの距離がありそうですが。

red-6.jpg



で、結局、これが宇宙だというのはおわかりだと思うのですが、「スカイ・マップ(sky-map.org)」という、全宇宙の写真がインターネットで検索できるカナダのサイトの中なんですよ。

つまり、宇宙のどこかの空間に写っていた「何か」です。


過去記事の整理をしている時、昨年9月にご紹介したことのある、

天文写真に写る直径240キロメートルの巨大な物体が地球に向かっている?
 2010.09.15

という記事を読み直していました。
こんな写真と共にご紹介した記事でした。

240.jpg


上の宇宙地図に直径数百キロくらいはあるのではないかと思われる上の物体が写っているという英文の記事をご紹介したものでした。

その時は、自分でその座標である「 19 25 12 -89 45 03」を確認して、写っていることを確認してから記事にしました。
上の物体は今でも同じ座標で検索できます。


それはいいのですが、何が昨日気づいた「やられた感」だったのか。


昨年のその時は、「へえ、こんなものが写っているんだ」ということを思っただけで探求は終わっちゃっていたんですね。


記事を整理している中で、昨日、ひさしぶりに上の「240キロの物体」の宇宙記事を自分で読んで、ついでに、スカイマップで宇宙写真を見ていたんです。

そうすると、宇宙の写真をしばらく見ていると、


「いろんなところにいろんなものが写っている」


ということに気づいたということなんですよ。

つまり、「あんな240キロの物体なんて特別なものではなかったんだ!」という「やられた感」なのでした。
宇宙にはどこにでもあんなものがあるようなんです。

そのことについて少し続けます。
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2011年10月24日



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(訳者注) 本当はニュースをご紹介するつもりで書き始めたんですけど、前振りだけで壊滅的に長くなってしまいましたので、今回はそれだけとなりそうです。東北のことと、偏西風のことです。





神話が発生した場所

日頃、ニュースなどをご紹介させていただいているせいか、私がいろいろと情報などを見て回っているような感じもされるかと思うのですが、実際には普通の人以上に情報には全然ふれておらず、情報にふれるのは、英語のニュースサイトを早朝にほんの少し見るくらいです。

テレビは震災後3日目から現在までつけていませんので、それ以来テレビもニュースも見ていませんし、日本のニュースサイトも、Yahoo! のトップの見出しくらいしか見ていません。日本語のブログも震災後はほんど見なくなってしまいました(なんかコワイのが多いので)。


そして、さらに、現在、メールアドレスやコメント欄などを置いていないのですが、ネット上で知り合う方々とお会いすることはなくなりました。私の体が弱かったり、出不精というせいもあるのですが、人との付き合いは数少ないオフラインの人だけとの関係だけとなっています。
要するに、今のわたしは「情報にうとい引きこもり」くらいに考えていただくのがいいかと思います。


そういう中で、たまにインターネットなどで見る文字や文章に心打たれることはあります。

今朝、『日月神示』の中矢伸一さんのサイトに「日月神示にもとづく「10のFACT」」という記事がありました。

本当に申し訳ないことではあるのですが、実は私自身は、日月神示をまだちゃんと読んだことがなく、とにかく、「古語的な文章がどうしても読めない」のです。会話口調以外の日本語が本当にダメで、普通の小説もあまり読めないのですが、古語口調だとどうにもなりません。

なので、『日月神示』の内容自体はあまり存じないという非礼を先にお詫びしてのこととなりますが、その中矢さんのページに、「何を指針として判断するか」という10の項目が書かれてあり、上から、



・この世は顕(うつ)し世、実相は「あの世」にある
・一切の事象は必然である
・過去に起きた結果はすべて最善として受け容れる
・絶対の「善」はなく、絶対の「悪」もない
・すべては良くなるための仕組み
・善いこと言えば善くなるし、悪いこと思えば悪くなる
・実践するまでは何も身にはつかない
・日本は潰れたようになるが再生し、世界の親国として甦る
・日本は世界の雛型であり、先駆けて良くなる使命がある
・北(東北)が良くなる、北が光る、北が一番に良くなる





とあり、それぞれいい言葉ですが、とくに一番最後の「北(東北)が良くなる、北が光る、北が一番に良くなる」というのを読んで、涙が出ました。

震災以来、「東北が新しい日本の聖地」だと認識して生きていた私にとって、最近は、あまり東北に関していい話をきくことがありませんでした。

震災3日目くらいに書いた「新しい神話の神様たち」という記事のこの部分、

(これから始まる神話の)聖典の最初のページに出てくるのが、今の東北の災害と、もしかすると、今後、日本の他の地域も襲うかもしれない災害の中の「日本人」だと思います。

もし「悪魔」という存在がいたとして、それがこの2000年くらいの間におこなっていた最初の試みがあるとすれば、それは「人類の能力を矮小化して人類に伝えること」だったように思います。そのために、「万能の神」というような概念を作り出すこともする。

しかし、それだけに悪魔という存在は「ある事実」を知っていて、そして、心底恐れているはずです。その「ある事実」とは、それは、人類は宇宙が作り出した最高の能力と身体能力を持った宇宙の究極的な生命であることです。

人類がそれに気付いた時には、悪魔などは対峙することさえできないはずです。
だから、悪魔は人類にそのことに気付いてほしくなかった。

しかし、今、日本人が気付くことへの口火を切ったのかもしれません。

宇宙が長い間、願いに願っていた「究極の生命」。
そして、その完成型である人類

気が狂うほどの長い年月の末に完成した完ぺきな生命の姿。



私はこのことを震災の時の東北の被災者の人たちの姿をテレビで見て、気づきました。

そして、その直後にテレビを消して(私の人生にとってのテレビの役割が終わったと思ったので)、あとはその時の記憶だけで生きていますが、いずれにしても、その後今までもずっと、東北(後にその中心は「福島」だと自覚するに至りましたが)が、「日本の新しい聖地」だとして、東北を見ていました。


今となっては、そこはまばゆいばかりの大地にさえ見えます。


実は、夏前頃、福島のほうに引っ越そうかと考えたことがありました。
福島には奥さんの姉夫婦などもいるし、家賃もグッと安いし住みやすいかも、と。

でも、うちの奥さん自身が気乗りしないみたいでやめました。

理由をきくと、やはり放射能とか地震の再発のことを口にしていたのですが、まあ、どちらも実際の問題としては存在しないとはいえ、気乗りしないことを人にさせるのはいやだし、やめました。

「どちらも実際の問題としては存在しない」というのは、その時も奥さんには言ったのですが、地震に関しては、「歴史上、マグニチュード8を越える地震が起きた地域で続けて大きな地震が起きたことはほぼない」ことがあります。


私は、地震のデータだけではかつて相当とり続けていたことがあり、解釈はできないですが、データとりだけなら、(暇人なので)日本でも有数の地震データコレクターだったと思います。

数年前、昔やっていたブログの「地震」カテゴリーには、今でも当時のマニアックなデータが残っています。あるいは、1999年からは、日本語でもマグニチュード3以上の全世界のすべての地震のデータというのは記録され続けています。こういうものをよく眺めていました。


まあ、それはともかく、3月11日のマグニチュード9前後に迫る地震というのは非常に希なものなんですが、記録に残る中では、それだけの大規模地震が起きた場所には、少なくとも何百年間は(同じ規模の)地震は起きていません。


それと放射能ですが、前も書きましたが、放射能自体の影響(悪影響があるのか、ないのかも含めて)を私は知りませんし、あまり興味もないですので、それにはふれません。

そうではなく、たまに耳にする「どこそこの地域で高濃度だった」という騒ぎに関してなのですが、震災3日後の In Deep の記事にこの図を載せました。





偏西風の蛇行図です。

この偏西風というのは非常に強い大気の流れで、海でいう海流にあたります。
つまり簡単にいうと、「なんでもかんでもこの偏西風で世界中を回る」ということです。

そして、放射性物質の半減期(効力がなくなる時期)ですが、とても長いものです。


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2011年10月23日



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gal2011.jpg

▲ 130億年前の銀河団 CLG J02182-05102。いわゆる「ビッグバン」の直後時期の銀河は現在までに「 60個」ほども見つかっていて、その中には私たちの天の川銀河の10倍の大きさを持つものもあります。また、160億年前のもの、すなわち、「ビッグバンより前」の銀河としか計算できない銀河も見つかっています(ソース)。




やっと風邪みたいなものも治って

長く続いていた風邪みたいなものがやっと治り、まあ、風邪「みたい」というのもなんですが、正確には咽頭炎というもので、若い頃からの私の持病のようなものです。普通の風邪よりとても長くて、あるいは若い頃から慢性化している感じもないではないです。パニック障害、咽頭炎、扁桃炎は一生の持病のようです。

この数日の気温の低下と共にめきめき体調が良くなりました(私の最適温は14度前後)。北海道で育ったせいか、寒いほうにはほとんど何も思わず、氷点下前後くらいまでの気温なら、外出時にコートなどの上着もあまり着ません。

というわけで、散歩もやっと再開できて(天気悪いですけど)、とりあえず過ごしやすい日々が始まった感じがします。
アンパンマン風にいえば、「寒さで元気100倍」という感じでしょうか。

しかし、それでも、やっぱり太陽の光というか、いろいろと違ってきている面はあるのかなあと思います。

最近小さな生き物をたくさん見ているのですが、数日前には「生きたカマキリ」を見ました。
10月の中旬でというのは珍しい感じです。
下のは携帯で撮った写真。
つかまえようとすると、ちゃんとカマで威嚇してきて元気でしたよ。

kama-2011-10.jpg


ベランダにある「花」を見ても思います。

今置いてあるうちの花が咲くものに関しては、大体、夏が中心に花が咲くというものが多いのですが、枯れるどころか、まだ花を毎日咲かせ続けています。

hibi-10.png



ところで、今回は、昨日のあるニュースの見出しを見て、どうしても違和感を感じてしまったので、それにつしいて少し書いておきます。

理由としては、このことが In Deep で取り上げ続けていることと「強烈」に関係することだからです。


前提として、先日書きました記事「左脳認識と右脳認識のきしみ」という記事で取り上げた新聞記事のこの部分を抜粋しておきます。

「光速より速いニュートリノを観測」…相対性理論が破れるか
東亜日報 2011年10月24日

1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を発表して以降、科学者は「光速より速いものはない」という仮定から出発し、現代物理学の枠組みを築いた。100年以上破られなかった相対性理論は、科学者にとって宗教的信念同然だった。ニュートリノが光速より速いという実験結果が事実なら、現代の物理学教科書を書き直さなければならない。


この中の、

 > 科学者にとって宗教的信念同然だった

というところをご記憶の上でお読み下されば幸いです。




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2011年10月19日



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前回の記事「宇宙論の終焉? : 「暗黒物質理論」を否定する2つの銀河の存在 (2011.10.18)」という記事の前振り文章の最後のほうに、


実は最近の科学の様々な分野で起きていることに対して、何となく思うことは、「左脳認識と右脳認識のきしみ」というような感じを持っているのですが、



と書いたのですが、読んでみると、これでは何のことだかよくわからないと思いましたので、もう少し書いておきたいと思いました。


この「左脳認識と右脳認識のきしみ」というのは、何を言いたかったかというと、


・数式上の世界と、見た目(あるいは感覚)の世界との間の溝が広がっているように見える


というようなことを書きたかったのだと思います。

先日、「ニュートリノが光の速度より早いかも」というニュースがあって科学界は大騒ぎ・・・というようなことがありました。

報道はどこでもなされていましたが、

「光速より速いニュートリノを観測」…相対性理論が破れるか (東亜日報 2011年10月24日)

などにその内容がわかりやすく書かれています。

これらの科学者たちの衝撃は、上の記事から抜粋しますと、ここにあります。

1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を発表して以降、科学者は「光速より速いものはない」という仮定から出発し、現代物理学の枠組みを築いた。100年以上破られなかった相対性理論は、科学者にとって宗教的信念同然だった。

研究陣の主張のようにニュートリノが光速より速いという実験結果が事実なら、現代の物理学教科書を書き直さなければならない。



つまり、本当にニュートリノというものが光より早く移動していたとすると、「アインシュタイン以来の科学者たちの信念のより所が崩れてしまう」ということになるようなのです。

というように、今回のことは、もし、この高速の話が事実なら「信奉するものの崩壊」のサマが大きいために、あんなに大きな報道となっているのだと思われます。

上の記事にある通り、

 > 現代の物理学教科書を書き直さなければならない

ということになると、今、物理学を教えている人、あるいはその知識を持っている人も、他の多くの子どもたちと一緒に物理を「学び直さなければ」ならない。

これはつらい。

単なる「新たな発見」とは違う(科学者たちにとっては)異常事態の勃発のようです。


しかし、では、その「ニュートリノというものが光より早く移動していた」という事実が確認されたとして、私たちの実際の日々の生活は何か変わるでしょうか。

昨日、300円で食べた牛丼が、明日からは30円になる?
新宿まで電車で 30分で到着していたのに、「今日は5秒で到着したよ」ということになる?
そうはならないように思います。

・・・と考えると、いくら科学界を震撼させる大事件が起きても、私たちの日常は何も変わらないことに気づきます。

それこそ、昨日の記事「暗黒物質理論」の崩壊などは、天文学と宇宙論を勉強している人たちにとっては、それこそ、天と地がひっくりかえるような事態に発展する可能性があることなのかもしれないですが、それでも、牛丼の値段も新宿への到達時間も変わらない。

何も変わらないです。


なぜなら、私たちは日常の中で「計算式の中で生きているわけではない」からです。


高速の話にしても、暗黒物質の話にしても「計算上」の話であり、しかし、私たちは「計算上の上で生きているわけではない」です。
どうしてかというと、私たちが人間だからです。

意味がわかりにくいかと思いますので、今一度、強調しますが、私たちが「人間」だからです。


宇宙の計算式は他の天体を含めた、森羅万象の非常に多くの部分をカバーすることができて、「この世の法則」をあらわすものとして、ほぼ完全に一般的なものであるために、これだけ学問として長い歴史をもってきたと思います。

たとえば、これはこの記事を書くために検索したもので、私はよくわからないですが、アインシュタインの方程式というものがあるそうで、それはこのようなもののようです。

ain.png



何が何だかわからないということは別にしても、驚くべきことに、この地球、この宇宙にある、およそほとんどすべてのものが、こういう式に準じて存在して運動しているという事実があります。そして、この「およそほとんどすべてのもの」に当てはまらないものの代表が人間の感情と行動だと今は思います。


震災直後の頃、唐突に思い始めて、当時何度も書いていた、「人類は宇宙の中で唯一、宇宙から独立した存在となることに成功した存在なのかもしれない」ということも、上の式に「人類があてはまらない」というところにも現れているような気もします。

宇宙の法則に人類は入らない。
あるいは、宇宙の法則に入ることを拒否した。
宇宙を沈黙に導いた唯一の存在である人類という存在。



というか、もっとわかりやすく言うと、たとえば、あなたが誰かに恋をします。

その恋の顛末が、

ain.png


のように進むということはないと思うんですよ(むしろわかりにくい比喩だぞ)。人間の基本的な感情に数式は当てはめられない。

しかし、近代科学は「数式にすべてを当てはめて進んできた」という事実があり、そして、それは今の私たちの様々な文明にある快適なものを作り出してきたことは事実です。

なので、「数式は数式で実に偉大」です。

ところが、上の光速の例にしても、暗黒物質の例にしても、あるいは、ビックバンのことなどについても(参考:地球の成り立ち(3) - ヒミコ、少しずつ「数式と現実の間に溝のようなもの」が生じつつあるような感じになっている。

これらのことを、「左脳認識と右脳認識のきしみ」と表現したという感じです。


ちなみに「きしみ」というのは、きしんでいるだけの状態であり、きしみが正されれば元に戻るはずです。なので、どちらかがどちらかを圧倒したり、つぶしたりするものではないと思われます。つまり、どちらが正しいというものではない

今の文明は、左脳認識(計算の世界)によって電気や交通や医療や経済や通信という恩恵を得て、その一方で、人間自体は基本的に右脳認識を以前よりさらに高めて大事にして生きている(たとえば、音楽やアートは 5000年前よりも現在のほうが多岐にわたっています)。

どちらも大事なわけで、数式が消えてしまうと文明(少なくとも今の文明)も消失してしまうかもしれないし、当然、右脳がなければ人類はこの世に存在する意味がなくなります。


ただ、アインシュタイン後のこの100年くらいというのは、「数式が優勢と考えすぎる」世の中だったのかもしれません。その価値観が「左脳的思考と右脳的思考もどちらも大事だ」というように、五分五分になればそれでいいだけかなあと。


右脳とは見たり聴いたり味わったりすること。
それは数式と同じくらい大事なのだと私たちが気づけばいいだけなのではと。

あなたの恋の行方」と「 ain.png

は対等なのだと(なんだかよくわからないですが)。


意外と、「人類の覚醒」なんてそのあたりだけのことなのかもとも思います。


そういえば、先日、「宇宙のいろいろなところから撮影された地球の写真」が掲載されていましたので、それをご紹介して終わります。宇宙のいろいろというのは、ほとんど無人の観測衛星などからですが、遠くから見れば、他の惑星と同じように見えていることがよくわかります。



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タグ:覚醒

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2011年10月15日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





風邪「みたいなもの」が何だか全然よくならないのですが、熱でボーッとしている時に最近のタイの事情と絡めて、私の「悪夢の原点」を少し思い出したので、書いています。

タイは先日、

「バンコクを死守せよ」: 全土の3分の1が災害地域となったタイで首都に迫る未曾有の大洪水

という記事で書きました通り、洪水被害が大変なんですが、それはそれとして、あまり西洋のメディアでは語られない「ちょっとした異変」が進行しています。

それは、「赤い村が増殖している」ということなんです。
どういうことかというと、タイの日本語ニュース newsclip.be から抜粋します。



「赤い村」 タイ東北で増殖中

red-1.jpg

タイ東北部でタクシン元首相支持と民主主義を掲げる「赤服の村」が増殖中だ。

タクシン派団体「反独裁民主戦線 UDD(通称「赤服」)」のバンコクでの大規模デモが武力鎮圧されてから約7カ月後の2010年12月15日、東北部ウドンタニ県で最初の「赤服の村」が誕生。

これまでに4000以上の村が「赤服の村」を宣言した。10月9日にはウドンタニ県で初の「赤服の郡」の設立式典が行われ、UDD幹部のジャトゥポン下院議員らがバンコクから駆けつけた。


red-2.jpg




昨年のタイの運動が「赤シャツ」と結びついていたこともあり、普通に読めば、そんなに違和感のない記事だと思うんですが、この世でもっとも反応する単語が「ポル・ポト」である私は、この「赤いものが増殖中」というフレーズには曖昧なショックを受けました。

今ではポル・ポトもその政権もわりと一般の世間からは忘れられていますし、忘れてしまうならそれでいいことでもあるのですが、簡単にいうと、その 1970年代に数百万人ともいわれる人々を虐殺した政治で知られるポルポト政権の名前こそが「クメール・ルージュ(赤いクメール)」なのです。

クメールというのは、アンコールワットなどを作ったクメール文明と、そのクメール人たちのことを差し、ルージュは「赤」です。


1970年代に「赤いクメール」がカンボジアの首都プノンペンを占領する時の写真や、あるいは映像や映画。
そこには、赤い旗と、首に赤いバンダナを巻いた多くの兵士たちが数多く集まり、現地で見ていれば、多分「街が赤くなった」かのように思えたのではないでしょうか。

khmer_rouge_04.jpg

▲ カラー写真がないですが、赤いクメールがプノンペンを占領した日。1975年。旗は赤。兵士は首に赤と白のチェックのバンダナを巻いています。


もちろん、今回のタイの「赤い村の増殖」とは何の関係もないことですが、「東南アジアと赤の増殖」というキーワードだけで反応してしまうほど赤いクメールの虐殺の日々はショックなものでした。

そのショックの源泉は数百万という数ではありません。
あるいは、方法や思想ともあまり関係ないです。
数百万の命の消失なんて歴史上ではそれほど異常なことではないです。

それ以上に、赤いクメールには、その前にも後にも人類の歴史上では見られなかった「特異性」があったと思っています。

それは「子どもが大人を管理する(殺すことも含む)」という方法です。




「教育」で生まれ変わった子どもたちのしたこと

ポルポト政権下でのいわゆる「虐殺の丘」というような比喩でも言われる大量殺戮は、今でも人数は確定的ではないですが、数万人〜300万人くらいまでの非常に大ざっぱな数字が出されています。つまり、全然確定していません。

いくら戸籍制度などが確立されておらず、あるいは後処理も大ざっぱだったとはいえ、たかだか数年間での死者の数がどうしてこんなに把握されていないのか。

それはひとつには、Wikipedia にあるように、


「カンボジアでは1962年を最後に国勢調査が行われておらず、内戦時代には大量の死者および国内難民が発生しており1975年までの正確な人口動態がつかめていないため」



であることは事実でしょうが、実はもっと重要な点が、


・地方地方で、各自勝手に殺戮が行われていたため



ということが大きいように思います。

そして、もうひとつ、

・小さな子どもたちが大きく関与していたため



というようなこともありそうな気がします。


このあたり、1984年のアメリカ映画「キリング・フィールド」というカンボジア内戦を描いた映画があるのですが、私は、東京に出てきた頃に見て、かなりショックを受けて、つまり、私は学生時代に歴史の勉強などしたことがなかったし、雑誌や週刊誌やテレビニュースも全く見ることもなかったので、「ボル・ボトという人を知らなかった」のです。名前も知らない。何をやっている人かも知らない。

まして、クメール・ルージュなど聞いたこともない単語でした。


この映画を見た日以来、私はこの「ポルポト」という人物こそが私の人生の中で最初に目の前に現れた「巨大な何か」でした。

巨大な「悪」とかそういう単純な括りでは語れない宿痾。


しかしまあ、私的なことはともかく、その「キリング・フィールド」で描かれるポル・ポト政権の「虐殺」というのは、当時の私の考え方をはるかに越えたものだったのです。それはあたかも「虐殺だけが独立していった」というような異常な怖さでした。

キリングフィールドはあくまで米国の娯楽映画で、その内容が正しいとか正しくないとかは別にしても、実際に映画に出演しているカンボジア人の人(助演ですが、主演みたいなもの)が、ポル・ポト政権下の強制労働現場にいたということは大変に重要なことです。
Wikipedia はにはこのようにあります。

プランを演じたハイン・S・ニョールはカンボジア出身の医師で、実際に4年の間、クメール・ルージュの元で強制労働に就かされた経験を持つ


なので、映画全体はともかく、とりあえずは、強制労働の現場はある程度事実だというように考えてもいい部分があるのです。


では、この映画の描写がある程度本当に近いものだとして、上に書いた「異常な怖さ」というものが何かというと、それは「子どもたちへの教育の影響はこんなに大きい」ということを知ることでした。

まず、ポルポト政権下では国民はすべて農村で共同生活をするのですが、政権政党である赤いクメールもまた、現在の様々な政党と同じように、地方ごとに組織をもっています。下部組織は数十人〜数百人程度の小さなものだと思います。それを数人から数十人で管理する。

それはいいのですが、「基本的に子どもも管理に加わる」というシステムを構築していきます。というより、

(余計な固定観念がない)子どもこそが革命の担い手である

というようにしていったようなのです。


子どもたちは5、6歳頃になると徹底した教育を受けます。
こういう教育です。


・親と子どもの関係はくだらないので、親は信用するな
(信用できない場合は親を殺せ)

・他人はすべて信用できない
(疑わしい者は殺せ)



というのが教育の柱となっていて、子どもたちは、この「教育」を見につけていったようです。

下は映画「キリング・フィールド」の教育のシーンです。
下のふたつは赤いクメール政権下では、「どちらも正しい解答」となります。


ki-01.jpg

▲ 夫婦関係に「×」を描く子ども。「必要がない」のではなく、「あってはいけない」関係です。



ki-02.jpg

▲ 親子と子どもの間でつながれている「手」を消す子ども。これもこの教育では「あってはいけない」関係です。私はこの「親子間の絆を、目に見える方法で消す(チョークの跡を消す)方法」で教育を行ったポルポト派の凄みを感じます。

そして、この後、この解答に盛大な拍手を送る他の生徒たちの姿が映ります。年齢としては、どう見ても幼稚園児〜小学校低学年程度のクラス。ちなみに、「子ども」であることが重要で、役割に性差はありません。男の子も女の子も同じです。

もちろん、これは映画のシーンですが、大体このような教育が全土でが実際に行われていたと思われます。
5、6歳からこの教育が始まれば、確かにすぐに子どもは「変わっていく」でしょう。

「なかなか変わることのできない大人」を尻目に「子どもが親の世代を乗り越えた革命戦士」となっていく。
この子たちは、もはや親でも友達でもすぐに殺せるようになっていきます。



殺すというと、何だか銃とかナイフとか物々しい感じがしますが、そういう高価な武器より、当時のカンボジアでもっとも一般的だったのが、


・頭にビニールをかぶせて田んぼに蹴っ飛ばして落とす(窒息)
・座らせて、首の後ろを鉄の棒で殴り倒す(頸椎損傷)



というものが行われていて、「子どもたちが、中年の男を殺す」というような光景がどこでも見られていたようです。

「小学生くらいの子どもに大人の男性を殺すことができるのか」というと、これはマニュアルの問題で、数人の子どもたちのうちのひとりでも銃を構えていれば、大人でも抵抗できません。なので、銃はそれを殺人の道具にするのではなく、大人に命令するために持っていたようです。

子どもに銃を自由持たせるとどういうことになるかということは、1990年代にアフリカのシエオラレオネという国で起きていた内戦の時の様子を当時のテレビなどで見ていて、つくづく感じました。実は「子どもが殺戮の筆頭に立つ」ことは特に内戦などではそれほど珍しいことではないです。

freetown-02.jpg

▲ 1990年代中頃のシエオラレオネの首都フリータウン。自動小銃を撃ちまくる子ども。


これは人間性の善悪ではなく、「そうなる」ことと「そうならないこと」の間にあることが「教育にある」ということが比較的容易にわかることのようにも思います。



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▲ これも映画「キリング・フィールド」の1シーンですが、労働チェックを行っているのは基本的に子どもたちで、これは、小学生くらいの女の子からチェックを受けている男性。この後、この男性は、この女の子と数人の子どもたちから顔にビニールをかぶせて殺されます。


ここに至って、当時のカンボジアには実際には中央集権的な機能があまり存在していなかったように感じます。あるいは、「自主的に虐殺だけが独立していった」という構図のようにさえ見えます。

この「自主的に虐殺が独立していく」という様子は、後のルワンダの虐殺などでも見られることで、どうしてそんなことになってしまうのかということを考えることは多かったです。


当時まだ20代のはじめだった私は軽いめまいを感じて、この頃から「人間ってなんなんだ?」と思うようになっていったといういきさつがあります。そういう意味では、「ポル・ポト」という名前は私にとっては、一種特別な響きがあり、ひどい悪夢でありながら、これを知らなければ、今に至ることも多分なかっただろうというものでもあります。

まあ、このことを書き出すと、キリがないのでやめますが、微熱の中、あのささやかな悪夢がまた蘇って、そして、それでも、自分はポルポトの悪夢に育てられてきたことを思い出すのです。

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