【人類の覚醒と真実】 の記事一覧

2014年05月13日



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私たち人類は「機械化した人間」を目指すのか、それとも「生命としての人間」を目指すのかという選択



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▲ 「発明家レイ・カーツワイル - コンピューターに魂がやどり、人間は機械化する」より。






 



先日の記事、

人工 DNA から生命が作られる物質科学の時代に考え直したい 100年前にシュタイナーが唱えた「人類が高次へ移行する方法」
 2014年05月12日

という記事の最初に、「科学者たちは人工的に作った DNA から初めて生物を作り出した」という報道をご紹介しました。

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実は上のニュースを読んで、昨日のシュタイナーの件とは別に、もうひとつのことを思っていました。





H・G・ウェルズやヒトラーの予見した未来像

昨日の記事では、ついに人間が DNA まで人工的に作り始めたということに「焦燥感を覚えた」と私は書いたのですが、「タイム・トラベル」や「宇宙戦争」などで名高いSF作家、ハーバート・ジョージ・ウェルズ(以下、H・G・ウエルズ)が 1930年頃から執筆し、1933年に発表した『来たるべきものたちの姿』( THE SHAPES OF THINGS TO COME )という小説があります。

これは小説の体裁をとっていますが、巷では「予言書」としてとらえられている部分が強いものだそうです。

日本では、『世界はこうなる』とか『地球国家2106年』というような邦題で刊行されています。しかし、原題は、「SHAPES OF THINGS」と、やってくる「物の形」という表現となっています。

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▲ H・G・ウエルズ( 1866年 - 1946年)。


内容としては、 2016年の時点から 1965年までのできごとを振り返ってみるという形をとっています。大きな出来事としては、

2059年頃に「世界は単一の国家になる(完全な世界政府)」
2106年までに、人類は最終的な進化(新人類の誕生)に向かう

などが書かれています。

そして、その中に、


2047年には遺伝子操作で新生物を人工的に進化させられるようになる。



という下りがあるのです。


昨日の「 人工 DNA で生命が作られた」というニュースから私は、ウェルズの書いていたこの「新生物を人工的に進化させられる」ということを達成したかのような感じを受けたのでした。

つまり、すでに 2014年の私たちは「ウェルズが予測した2047年頃に足を踏み入れているのではないか」という感じを受けてしまったのです。


さらに、今ではネット上で有名な言葉で、ご存じの方が多いと思いますが、生前のヒトラーは以下のように述べています。実際には言葉の中に「年代」が入っているのですが、それはあえて外しました。


ヒトラーの予言

人類は、神のほうに進化し「神人」になる者があらわれる。彼らは数次元以上の知能と能力をもつ、あらゆる危機や問題は『神人』が解決してくれる。

残りはただ操られ、働いたり楽しんだりする完全に受動的な「ロボット人間」と化している。「ロボット人間」は「神人」の言いなりになって気楽に生きていける。

「完全な神々だけの世界」と「完全な機械化生物」だけの世界に分かれた世界ができあがる。




というように、彼は、将来の地球は、

「進化した人間」と「完全な機械化生物」に分かれる

と言っているのでした。






新人類「P」が地球に登場するとき

ところで、さきほどの、「予言者としてのH・G・ウエルズ」に関してですが、ノストラダムスの予言本などで有名な五島勉さんが『H・G・ウエルズの予言された未来の記録』という本を出していて、私も古本で買ったのですが、これは予想以上に面白い本でした。

特に恐怖を煽るわけでもなく、日本の未来についても、


何か日本が蘇生できるような奇跡的なことが起こる。これから次々に起こる。内紛を繰り返しながらも状態は光へ向かう。



というようなことが書かれているような本ですが、それはともかく、この『H.G.ウェルズの予言された未来の記録』の中で、最も興味深いのが、

新しい人類「P」の登場

というくだりです。

この「P」というのは、ウェルズによれば、ポリプ( Polyp )の頭文字で、イソギンチャクやクラゲなどの刺胞動物にみられる幼生の形態のひとつのことだそう。

とはいえ、その「新しい人類」は、クラゲやイソギンチャクのようなものだということではなく、五島さんは、H・G・ウエルズの著作の内容を紹介して、以下のように記しています。


新人類「P」はべつに宇宙人や異星人ではなかった。血統的には、今の私たち普通の人間と同じ。

ただし、彼らはもはやそれまでの人類ではなかった。ちょっと見たところ、それまでの人類とさほどの違いはなかったが、姿や顔かたちも、よく見ればそれまでにない超知性にきらめいていた。

とくに、頭脳の内容が違っていた。実は2000年〜2010年あたりから、ごく一部の人類の頭脳や知性や体の奥の中身はすでに変わりはじめていたのだ。




とあります。

2000年から 2010年ということは、つまり、この現代の子どもたちの中に、すでに「進化の兆し」を見せている子どもたちが少し存在し、その遺伝子が、さらに進化して伝えられていく中で、2050年くらいまでに地球上での大きな存在となっていく、というようなことをウェルズは『来たるべきものたちの姿』で書いています。

このウェルズの言う、


・進化した新しい人類
・遺伝子操作で作られる生命



と、ヒトラーの言う、


・神のように進化した人間
・機械化した生物でしかない人間



というものが妙にリンクして感じられて仕方ないわけです。

そして、このテーマの中心には、昨日のシュタイナーの記事などにもありますように、

・生命



・生命ではないもの


という「厳密な違い」を考えなければならない点があると思うのです。






機械が人間と「融合」するのか、それとも「人間は機械に浸食される」のか

確かに、現代文明はテクノロジーの恩恵を数多く受けています。
進み方も加速しています。

たとえば、下の記事は 2012年の報道記事です。

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▲ 2012年12月10日の WIRED U.S. Spies See Superhumans, Instant Cities by 2030 より。

タイトルは多少、意訳していますが、つまりアメリカで、


2030年までには、驚異的な能力を与える脳のチップや体が機械やバイオプリンティングで作られ、大都市も3Dプリントであっという間にできあがるようになるだろう。



ということを、アメリカ国家情報会議( NIC )が「予言」したという報道です。

その後2年もかからず、3Dプリンターの技術は大変に進んで、しかも、一般にも広がっています。日本では、3Dプリントは最近は別のほうで話題になったりしていますが、宇宙基地を3Dプリントで作る計画なども見聞します。

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▲ 欧州宇宙機関(ESA)が 2013年2月に発表した「3Dプリント技術を利用しての月面基地の建設」のイメージ図。ナショナルジオグラフィック ニュース「3Dプリンターで月面基地、ESA発表」より。


それはともかく、上の WIRED の記事では、


電気回路やアンテナ、バッテリー、メモリーなどの電気部品と人体の構成要素を組み合わせることができるようになる可能性がある。義肢や単純な器官のバイオプリンティング(3Dプリンタで臓器をプリントして作ること)が 2030年までに可能になるかもしれない。



というようなことが書かれてあるのです。


確かに・・・医学の進歩なのかもしれないですけれど・・・何か「人間の幸福」という概念から見て、違和感を感じるテクノロジーの進歩に見えてしまうのです。


冒頭に貼りました、レイ・カーツワイルという人は、 Wikipedia によりますと、


レイ・カーツワイル( Ray Kurzweil )はアメリカ合衆国の発明家、実業家、フューチャリスト。

ニューヨーク・クイーンズにユダヤ系移民の子として生まれる。1960年12歳の時、コンピュータに触れ、以後夢中となり、統計分析のプログラムや作曲を行うようになる。

1974年カーツワイル・コンピューター・プロダクツ社を設立。以後数々の発明を世に送り出す。アメリカの「発明家の殿堂」に加えられ、「ナショナル・メダル・オブ・テクノロジー」「レメルソンMIT賞」など数々の賞を受賞。





という発明の分野での権威なんですが、冒頭に貼った彼を紹介した記事には、以下のようなことが書かれてあります。


発明家、未来派科学者、作家 / レイ・カーツワイル 「コンピューターに魂がやどり、人間は機械化する」

カーツワイルは、 人間の機械化も予言している。「限りなく人間に近い機械」と「限りなく機械に近い人間」。「人間と機械の境界が曖昧になってきている」と語 るカーツワイルは、今後の人間と機械の関係を どう予測するのだろうか?

2030年代までには、生物学的な意味での知能=「人間」と、生物学的ではない知能=「機械」との間に明瞭な区別はなくなるかも知れない。

そして我々人間は、最終的に身体と脳のシステムをすべて再構築することになるだろう。そのプロセスは徐々にではあるが、既にはじまっている。現代における人間の進化の最先端にあるのは、生物学的な問題ではなく、技術革新なのだ。




このカーツワイルというユダヤ系の発明家の人は、今後の人間は、

・限りなく人間に近い機械
・限りなく機械に近い人間
・生物学的な意味での「人間」と、生物学的ではない「機械」と区別がなくなる


ということを言っているのです。

そして、

> 現代における人間の進化の最先端にあるのは、生物学的な問題ではなく、技術革新なのだ。

という、前ローマ法王のベネディクト16世が聞くと、必ず怒っただろうと思われるような発言をしています。


ここで、先に書きました、

H・G・ウェルズの、


・進化した新しい人類
・遺伝子操作で作られる生命



そして、ヒトラーの、


・神のように進化した人間
・機械化した生物でしかない人間



という状態が、すでに進んでいるかもしれないということに気づきます。

ここには、あらゆる宗教や神秘学の基本中の基本としての、

生命は物質ではない

という概念はもはやありません。


その言い方が「魂」だとか「霊」だとか、エーテルだとか、どんな呼び方でもいいのですが、生命が生きているということは「機械が動いている」ことと決定的に違うということ、そして、特にその中でも「人間を物質として考えてはいけない」と最近強く思います。

もはや、人間の「スピリチュアルの本体」の存在は否定しようもないところにまで、多くの人々の考えは進んでいると私は思います。

しかし、今、現実の社会で進んでいるのは、「生命を、物質を同列にまで貶めること」のようです。


私たちは単なる生きる機械となっていく将来に向かうのか。

それとも、ウェルズがいう「新しい人類」、あるいはヒトラーの言う「神のような人類」に向かうのか。


それは、これからの個人個人の思想にかかってくると思います。「どこかからの救いがやってくる」ことを確信されている方もいらっしゃるかもしれないですし、そのことについて否定するつもりはありません。しかし、もはやそのような状態ではないことが次第に明らかになりつつあるように思います。


そして、これは大事なことだと思いますが、私たちが対象にする相手は「敵」とか「味方」という第三者ではないく、「自分自身の内部」です。

もはや世界は「敵や味方にわける」という時代ではなく、自分自身がどのように考えて、そして行動するかということに自分たちの未来が委ねられると感じます。



  

2014年05月12日



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そろそろ人間は「精神性」というものの意味を再考する時にきているのかも

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▲ 2014年5月7日の US News Scientists Create 1st Living Organism From Artificial DNA より。






 


先日、上のニュースがあったのですね。
概要だけを短くご紹介しますと、下のような報道です。


科学者たちは人工的に作った DNA から初めて生物を作り出した

米国スクリプス研究所の研究チームが、人工 DNA を取り込んだ微生物を作り出す実験に初めて成功した。英科学誌ネイチャーに掲載された。

研究チームは、通常の遺伝子コードに2つのコードを追加して、人工 DNA を作り出し、バクテリアにこの人工 DNA を取り込ませた。実験を主導したフロイド・ロームズバーグ博士(Floyd Romesberg )は、「バクテリアの細胞は人工 DNA を自然界のものと認識した」と語った。

専門家たちは、この実験は、異なる DNA コードに基づいた生命体の実現の可能性を示すと述べている。




というニュースでした。

これはまさに、「生命 = 物質」ということに突き進む現代科学の極限のような報道なのですが、大きな科学記事として報道されていますが、むしろ私は「何ともいえない焦燥感」を感じてしまいました。

たとえば昨日の記事、

「神はいない」とする団体の「六芒星+スヴァスティカ」のシンボルを見て、それでも神(のようなもの)と太陽と人類は存在して発展し続けると思いたかったり
 2014年05月11日

の最後に、ルドルフ・シュタイナーの『我が人生の歩み』という自伝の下の部分を抜粋していました。


自然科学の時代は、人間および民族の生命に及ぶ影響において凋落を意味している。人類がこれから先も発展していくためには、精神的な側面からのまったく新しい価値観が必要とされるだろう。



さらに少し前の、

パニック障害 30年目の年に思い出す森田正馬の「あるがまま」と谷口雅春の「さとり」のリンク
 2014年05月07日

という記事には、谷口雅春の『生命の実相』第一巻( 1962年)を抜粋していますが、そこに健康についての記述があり、全体の内容としてはともかく、以下のような下りがあります。


(現代の医療と健康法は)ほんらい自発的、能動的、創造的であって物質を支配するべき生命の本質を忘れて、ほんらい無力な他動的受動的な物質の法則の奴隷になろうと努力しているのであります。



と、谷口雅春は、

自然科学は、「生命を物質の法則の奴隷」にさせようとしている

ということを書いています。

今回の人工 DNA から生物が作り出された報道を見て、この「生命が物質の法則の奴隷になろうとしている」という言葉を思い出したのでした。




またも図書館にて見つけたもの

さて、それは一端おきまして、昨日記事の最後にシュタイナーの言葉を書いたのですが、私はシュタイナーの本を持っているわけではなく、他の本に抜粋されている箇所からの抜粋でした。

そして、昨日の午後、子どもや奥さんと近所の図書館に行きました。

うちの子は、精神的な成長という意味では幼いところがありまして、普通なら、眠る時に母親に本を読んでもらって喜ぶのは、幼稚園とか、せいぜい6歳くらいまでだと思うのですが、うち子はむしろ6歳を過ぎた頃から、寝る前に母親に本を読んでもらうことが大好きで、そのこともあり、よく図書館に行きます。

私が図書館に一緒に行くことはあまりないですが、昨日は「日曜だし外でご飯でも食べようか」ということで、その後、3人で行ったわけです。昼食時に焼酎を昼飲みして、ほろ酔い加減で行った図書館でした(なんかダメじゃん)。


うちの子どもと図書館に行くと、いつも何かと発見があるもので、2年ほど前の、

大出血のような太陽フレアと真っ赤な富士山上空を眺めながら「物質は永遠」という法則を子ども科学本で知った日
 2012年09月03日

という記事では、子どもと一緒に図書館に行った時に、「子ども本コーナー」の棚で手にした『原子の発見』という田中実さんという方の書いた本を立ち読みして、「物質不滅の法則」(質量保存の法則)を知った時のことを書きました。

そして、科学本である『原子の発見』には、以下のような記述がありました。


生きているとはどういうことか。人間も動物も、そして、植物も生きている。生きているものと、生きていないものとは、どこがちがうのか。生きているものが死ぬとは、どういうことなのか。

生命という現象には、まだたくさんの解ききれない秘密がある。しかしそれは自然科学の力によって、しだいに解決されてゆくはずである。どんな生物も物質から出来ているのだから『物質不滅の法則』に外れるような現象は起こるはずがない。




というくだりがありました。

この。

> どんな生物も物質から出来ているのだから

このあたりが今回の記事のポイントでもありそうなのです。


図書館で、子どもは自分で本を探していたので、私は適当に本を見て回っていたのですが、

「そういや、昨日、シュタイナーのこと書いたな」

と思い、「シュタイナーの本ってあるのかな」と探してみると、数冊だけでしたが、「小さなシュタイナー・コーナー」がありました。ほとんどが教育関係(シュタイナー教育)の本でしたが、一冊だけ、『いかにして高次の世界を認識するか』というタイトルの本がありました。


その本を開いて、本文の冒頭の1文、


「すべての」人間のなかには、高次の世界を認識する能力がまどろんでいます。



というのを見て、「あ、借りよう」と思い、借りたわけです。
カッコにしている部分は、本では傍点(強調点)がふられている場所です。

翻訳者の松浦賢さんという方の訳者あとがきにはこのように書かれてあります。


本書『いかにして高次の世界を認識するか』は、太古の昔から秘儀の場で伝えられてきた霊的な訓練の方法を初めて書物という形式で公開した、という点において画期的な意味を持っています。



というものだそう。

これは何度も改訂されていて、これは 1914年の第五版を訳したものだそうですが、1914年というと、ちょうど 100年前というあたりもキリがいい気がしました。

ざらっと読んだだけなのですが、今回、ここに書かれてある「高い次元に上る修練について」の具体的な方法の一部を箇条書き的ですが、記してみたいと思います。


ちなみに、私自身は、高い次元とか「霊的」とされる概念とふれることに興味はなく、私自身は今の状態でもいいのです。

では、なぜそんなことを書きたくなったかといいますと、いかにして高次の世界を認識するか』の中の下のシュタイナーの文章を読んだことでした。


真理を求める努力は、信頼と真の人間愛という基盤の上に「築かれなくては」ならないのです。そしてこのような人間愛はじょじょに、すべての生き物や、すべての存在に対する愛へと拡大していかなければなりません。そのような条件を満たしておかないと、学徒はもあらゆる建設や創造の営みに対して十分な愛を抱くことができなくなり、何かを破壊したり、滅ぼしたりするのをやめようとしなくなります。



今の世界の状況は、この「何かを破壊したり、滅ぼしたりするのをやめようとしなくなります」という状況そのものが世界全体に広がっているとしか思えない部分があります。


やはり、そろそろ人間は「精神性」というものの意味を再考する時にきているのかもしれません。

あるいは、「人間の持つ本当の力とは何か」を知る時に来ているのかもしれません。

かつての、

最後の法王と呼ばれ続けたベネディクト16世: 聖マラキの予言とコナン・ドイルの未来感の時間軸
 2013年02月13日

という記事に、アーサー・コナン・ドイルの予言「人類の大部分が滅びる間の自然の激動の期間」 というものを載せたことがあります。

その全体はともかく、最後の1文は、


人類は、自らの精神的な存在に戻ることによってのみ、生き残ることができる。



となっていました。

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▲ シャーロック・ホームズの産みの親、コナン・ドイル(1859年5月22日 - 1930年7月7日)。


しかし、「人類は、自らの精神的な存在に戻ることによってのみ」と言われても、その方法論がわからなければ、どうすることもできないわけです。

そんなわけで、多分、このシュタイナーの思想というのは、そういう方法のひとつであるとは思いますので、「未来の地球を良くしたい」ということに興味のある人のために足がかりとなればと思った次第です。

もちろん、私自身は、今回初めてシュタイナーの本を読んだような「完全な素人」ですので、私の主観や考え方は基本的には添えません。

まあ、一番いいのはやはりこの本を手にされることかと思います。 Amazon の『いかにして高次の世界を認識するか』にあります。


その前に、「霊的な修行」というものの西洋においての一般論を記しておきます。
訳者の松浦賢さんが書かれているものを短くまとめたものです。

ちなみに、シュタイナーそのものについてのことはここでは書きませんので、ルドルフ・シュタイナー - Wikipedia などにある程度の歴史と人物像がありますので、ご参考下さい。






霊的な修行と「薔薇十字系」の修行の特徴

霊的な訓練をする方法では歴史上、

・インド系
・キリスト教、グノーシス主義系
・薔薇十字系


の3つがあり、インド系では導師(グル)が弟子に対して絶対的な立場としての修行をおこないます。キリスト教系では、「イエスが絶対的な導師」というように、インド系、キリスト教系では、「絶対的な導師の存在」があるのに対して、薔薇十字系には導師が存在しないのだそうです。


薔薇十字系の修行では、学徒の自我に基づく自由と自主性が何よりも重んじられます。薔薇十字系の修行には、権威的な指導者としての導師は存在せず、友人としての立場から学徒に助言する師がいるだけです。



と訳者あとがきにあります。

シュタイナーの霊的な修練はこの「薔薇十字系」の修行法です。


薔薇十字系の修練の特徴

シュタイナーの薔薇十字系の修練の特徴として、


日常生活が最良の霊的な訓練の場と見なされる


というものがあるようです。

要するに、集団で修行場で修行するというようなものではなく、「日常生活と共におこなう」ということで、さらにいえば、薔薇十字系の修行では、社会や家庭の中で通常の社会生活をきちんと営むことが何よりも最重視されるそうです。

これについては以下のようにシュタイナーは強く述べています。


「ひとつだけ、どうしても守っていただきたいことがあります。すなわち私たちは、いま自分が置かれている人生の立場と義務から判断して、自由に使うことが許される以上の時間と力を訓練にあてるべきではありません。

神秘学の訓練の道をたどることによって、私たちが一瞬でも、ほんの少しでも、日常生活の状況を変化させるようなことがあってはなりません。」




何よりも優先するべきは、「私たちのいつも通りの日常」なのです。

そして、


目覚めた自我意識と健全な判断が重視される


というものがあります。

よくオカルト的な構図にあるような「目を閉じてトランス状態になったような状態で霊と交流する」というようなものではないのです。

瞑想のように目を閉じもしません。
「目を開けた状態」でおこなうのです。
普通の目覚めた状態の中で霊的認識をおこなうというもののようです。

シュタイナーも本書の中で、「目を開けていること」について強く書いています。

ここなどは、先日、紫綬褒章を受章した漫画家のしりあがり寿さんの長編漫画『弥次喜多 in Deep』の中で、古い地球が消滅した後に「新しい世界の天地創造」を始める弥次さん喜多さんが「目を開けた瞬間から新しい世界が始まる」場面を思い出します。

目を開けた弥次さんも喜多さんもすでにいわゆる物質ではなく、霊的存在として江戸の町に再登場します。そこにある世界は弥次さんと喜多さんが目を開けた時に生まれた「霊的な存在の江戸の町」であるといことになりそうです(もちろん、漫画にそんな説明があるわけではないです)。


話がそれました。
続けます。


薔薇十字系の修行でさらに大事なことは、


論理的な思考の鍛錬を重視する
個人の自由が徹底的に尊重される


のふたつだそう。

つまり、


ふだんの生活の中で、絶対的な指導者がいるわけでもなく、常に論理的に考え、そして、自分と他人の自由を最大限に尊重する。



というものだと言ってよさそうです。

まあしかし・・・これは、「論理的な思考の鍛錬」を別にすれば、何となく私が若い頃から考えて実践していることとあまり変わらない感じはします。つまり、私は、

・どんな集団にもリーダーは必要ない
・どんな集団にも最大に必要なのは個人の自由


だと考えて生きてきました。

私が若い時にやっていた劇団のようなものもすべてその主義でした。
リーダーなどいなくとも、少なくとも表現行為や思想活動なら、どれだけ大規模なものでもできます。

「リーダーがいないとできない」というのは現代社会の洗脳と暗示が強いと思われます。

今回のシュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』を図書館でちょっとだけ立ち読みしただけで、「読もう」という気になったのは、この「自由の尊重」と「絶対的な導師がいない」という部分を読んだこともあるかもしれません。

ここから箇条書きのような感じで、薔薇十字の学徒がどのような修練を日常の中でおこなうかを記してみたいと思います。別に「高次がどうのこうの」というスピリチュアル的な意味で読むのではなく、「ひとつの人間の考え方」として読んでも十分なものだと思います。




重要なこと

なお、「非常に重要なこと」としてシュタイナーが記しているので書きますが、仮に現在、あるいは未来、あなたが「霊的な事象」を見ることができる場合の話です。

シュタイナーは下のように記しています。


あなたが霊的に見たものについて沈黙することができるようになりなさい。

それどころか、あなたは自分自身に対しても、霊的に直感したものについて沈黙を守らなくてはならないのです。




それはどうしてかというと、

・そのような霊的な現象を未熟な言葉で表現しようとすると、たいていの場合は、自分で幻想を作り上げることになるため。

・日常的に使われる言葉は、本来、霊的な事象について語るために生み出されたものではないため。

ということで、つまり、霊的な体験は言葉では表現しづらいもののようで、それを言葉で他人や、あるいは自分に語った瞬間から、「それは単なる幻想となっていく」ということのようです。

そして、その「幻想」が真実であるかのようになっていき、本人をも追い込むものなのかもしれません。いずれにしても、霊的な事象は言葉で人と共有するものではないことが厳命されています。

それでは、ここからです。

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▲ ルドルフ・シュタイナー (1861年 - 1925年)。





神秘学の学徒になるための条件

神秘学の修練をしようとする際に、克服しなければらない点について、シュタイナーは下のように記します。


私たちが克服しなければならない性質には、怒りや不機嫌のほかに、臆病な心、迷信、偏見を好む心、虚栄心、名誉欲、好奇心、必要のないことを何でも人に話したがる気持ち、人間を外見的な地位や性別や血縁関係をもとに差別する態度、などがあります。



そして、「神秘学の学徒になるための条件」として、シュタイナーは、7つの項目を記しています。ひとつひとつに長い説明がありますが、基本的に項目だけを書いておきます。

その前に、このように書かれてあります。


どの条件に関しても、それを「完全に」満たすことは求められていない。学徒に求められているのは、完全に条件を見たすように「努力する」ことだけである。




第一の条件

「あなたの体と霊の健康を促進するように注意を払いなさい」

この後に、


確かに私たちは、はじめのうちは、みずからの健康状態を自分で決定することはできないかもしれません。しかし誰でも、体と霊の健康を促進するように努めることは可能です。



と書かれてあります。


第二の条件

「自分自身を生命全体の一部分と感じること」


これは人間以外の生命すべてに対してのことであるのですが、しかし、「人間」に関して考えると、たとえば「犯罪者」などに対して、現在の社会、あるいは世論やマスコミでは容赦ない非難と攻撃をするのが普通になっていて、「それが当然」というような感じになって久しいですが、私自身は、昔からそういうことに対して疑問を持っていました。

それは、「私に他の人間を非難する資格や資質があるのだろうか」という疑問でもあり、なので、犯罪や行為にもよりますけれど、基本的に私は「他人を攻撃したり、憎むということができない」で成長してきた人間でした。

シュタイナーは、私の犯罪者に対して持つ疑問について、以下のように「思う」ことが重要だと書いています。


「私は全人類の一部分である。私は、生じるすべての事柄に関して、全人類とともに責任を負っている」



このシュタイナーの言葉を読む限りでは、「他人を攻撃したり、憎むということがなかなかできない」という私の優柔不断な性格もまあ、それでもいいのかな、とかもやや思います。


第三の条件

「私の行動だけではなく、私の思考と感情も、同様に世界に対して重要な意味をもっている」と考えることができる境地にまで上昇しなくてはならない。



シュタイナーは、ここでも「憎しみという感情が良くないこと」を書いており、


「私が身近な人間に対して抱く憎しみの感情は直接殴りつけるのに匹敵するほど破壊的な作用を相手に及ぼす」と考えること。



だと書いています。


第四の条件

「人間の真の本質は外見にではなく、内面にある」


これは、「人は姿じゃなくて心だよ」というような意味とはちょっと違い(笑)、シュタイナーの記述では、


「私という人間は外界の産物、つまり物質的な世界が生み出したものにすぎない」と考えるなら、私たちは、神秘学の訓練において何も達成することはできません。



のように、今回の記事の最初のほうにも書きました「生命は物質から生み出されたわけではない」ということが書かれています。


第五の条件

「一度自分で決めたことは、確固とした態度で守り通す」


第六の条件

「自分に与えられるすべてのものに対する感謝の感情を育てる」

この後に、シュタイナーは、


私たちは、「私という存在は宇宙全体からの贈り物である」ということを知らなくてはなりません。



と記しています。


第七の条件

「つねにこれらの条件が求められるとおりに、人生を理解する」



そして、次に「十二弁の蓮華の育成のための六つの特性」という項目などが記されます。

本には、十二弁の蓮華とか十六弁の蓮華などの言葉が出てくるのですが、私はこのあたりのことがさっぱりわからず、また、シュタイナーの長い説明を要約することも難しいですので、「シュタイナーなら気功ブームをどうみただろうか」というサイトから説明を抜粋させていただきます。


アストラル体の咽喉の辺にある16弁の蓮華(チャクラ)、心臓の辺にある12弁の蓮華、臍の辺にある10弁の蓮華、脾臓の辺にある6弁の蓮華というふうに蓮華を活性化(回転を始め)させてきた修行者は、体内のエーテル流をコントロールできるようになってくる。

そしてエーテル心臓を源としたエーテル流をアストラル体全体に送り出し、そのエーテル流によってアストラル体の各蓮華の回転を制御する。そしてその流れはさらに、蓮華の先端から体外へ出ていく。その及ぶ範囲は、その人が霊的に進歩するほどに広がっていく。シュタイナーは以上のように表現する。




というものだそうです。

まあ・・・私個人としては、このあたりのことはよくわからないのですが、その「仕組み」より、シュタイナーの「言葉の内容」を読んでいただきたいと思います。

ここから再びシュタイナーの記述を続けます。
ここからは箇条書きだけとします。




十二弁の蓮華の育成のための「六つの条件」

第一の条件

自分自身の思考の流れを支配すること


第二の条件

思考の場合とまったく同じような首尾一貫性を、行為においても保持すること


第三の条件

粘り強さの育成


第四の条件

人間や、ほかの存在や、さまざまな事実に対する寛大な態度(寛容さ)


第五の条件

人生のさまざまな現象に対するとらわれない態度


第六の条件

ある種の人生の均衡状態(平静さ)を捕獲すること


さらに、シュタイナーは、霊学において高次の認識に上昇するために身につけなければならない「4つの特性」というものにも言及します。





霊学において高次の認識に上昇するために身につけなければならない四つの特性

第一の特性

思考において真実と仮象のものを、真理と単なる意見を区別すること


第二の特性

仮象のものと向き合ったときに、真に実在するものを正しく評価すること


第三の能力

「十二弁の蓮華を育成するための六つの特性」で述べた、思考の制御、行動の制御、ねばり強さ、寛大さ、信じること、冷静さを実践すること


第四の特性

内面的な自由に対する愛



長くなりましたが、ここまでです。

ところで、高次に上昇する際に、学徒は「境域の守護者」というものに出会うそうです。



境域の守護者

シュタイナーの記述によれば、それは、それまで自分自身の中にいた美しさと醜悪さの姿を兼ね備えているそうなんですが、その「境域の守護者」が語る言葉について、シュタイナーは物語風に長く書いています。

シュタイナーの記す「境域の守護者」の言葉(物語風にしたもの)からの抜粋です。
何ページにもわたる境域の守護者」の言葉の記述の中のほんの一部です。


目の前に広がる暗闇を自分自身で照らし出さなくてはならない、ということを理解するまで、あなたは私の境域を越えてはなりません。あなた自身のランプに十分に燃料が入っていると確信できないうちは、一歩たりとも先に進んではなりません。これまであなたが頼りにしてきた、導き手たちのランプは、これから先の未来においては存在しないのです。



この中に、先にも出てきました、しりあがり寿さんの長編漫画『弥次喜多 in Deep 』のラストの場面とリンクする言葉が出てきます。

過去記事、

30年目のエレキな春 : 精神圏へ移行する人類の覚醒後の姿を夢想させてくれた『弥次喜多 In Deep 』と作者への感謝
 2014年04月28日

の中でも書きましたけれど、「この世には何も存在していない」ということに気づいてしまった少年が、すでに霊的存在と化している弥次さん喜多さんから、


そりゃあ不安だろうよ
だけどな・・・その不安をな
ぐっとこらえて
ボウズがそこに「ある」と思ったらな
そのちっちゃな足を・・・
そう ぐっと・・・
そうやって前に出していくしかねえんだよ
そうやって・・・
ぐっと・・・



と言われ、そして、真っ暗な闇の中に少年は歩き出します。

そこから先は「この世は自分で作っていかなければならない」のです。

シュタイナーも今回ご紹介した著作の中で、人間が高次に移行した後は、これまであなたを導いてくれていた「宇宙の導き」がなくなり、そこから先は「自分で自分を導いていく」ことだと述べています。

そういう意味では、高い次元に移行するということは、巷で言われる以上に「覚悟のいること」だとも言えます。

それでも、上に出てきたシュタイナーの考え方は、「高次元」とか、そういうスピリチュアルを越えて、どれも心地よく響くものであり、あるいは「これからの人類が身につけるべき考えと行動」のようにも思います。

今のままの人間の考え方では地球はもたないと私は思います。



  

2014年05月11日



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昨日、英国のデイリーメールで下のような記事を見たのですね。

raelian-top.gif

▲ 2014年5月9日の Daily Mail 'We're creating an embassy to welcome the Elohim back to Earth!' Inside the wacky world of the Raëlians - a cult who think humans are descended from ALIENS より。






 


このような団体があって、その内部や活動についてのドキュメントが、ナショナルジオグラフィック・テレビで報道されるというものでした。

「まあ、そういう団体は結構あるだろうな」と思いつつも、この「 Raelian 」という単語を知らなかったので、英語で一生懸命調べていましたら、何のことはない、日本語の Wikipedia にあったのでした。

そうしましたら、予想を越えた大きな団体のようで、また、デイリーメールでは、タイトルに「カルト」と記していますが、そのあたりの価値判断はともかく、下のような団体のようです。



ラエリアン・ムーブメント - Wikipedia より

ラエリアン・ムーブメントはラエルことフランス人のモータースポーツ系ジャーナリスト、クロード・ボリロンが創始した非営利ボランティア団体。

公式アナウンスによると、ラエルは1973年12月13日にフランス中部で遭遇した異星人「エロヒム」から人類の起源と未来に関する重要なメッセージを受け取り、そのメッセージを地球人類に普及する事を目的としてこの団体を創立した。

メッセージによれば、現在の地球上の生命は、25,000年進んだ科学技術力をもつエロヒムによって、科学的に創造されたとしている。





というもので、このあたりまでなら、他にも同じようなことを主張する団体は多くありそうな感じですが、そのメンバー数。


2003年11月の時点で、世界90カ国に活動拠点があり、6万人以上のメンバーが在籍しているといわれる。中でもラエリアンムーブメント日本支部は最も規模が大きく、公式アナウンスによれば6,000人以上のメンバーを擁している。



これは約 10年前の人数ですが、インターネット上でニューエイジ的なコンテンツが増えたのは、その後のことですので、その人数は増えているのかもしれません。「日本支部は最も規模が大きく」とありますが、下のような写真があります。これはラエリアンムーブメントのマスコットのようで、他の国でも登場します。

日本

raelians-japan-nov2012.jpg

▲ 2012年11月。場所は不明。 Wikipedia より。


韓国

aramis-korea_1-mascot_2013.jpg

▲ 2013年のソウル市内。Aramis より。


オーストラリア

au-raelians.jpg

Raelian Event News より。


ところで、上に共通するシンボルがおわかりでしょうか。

下の赤い丸で囲んだ部分が共通していますので、これがこの団体のロゴ、あるいはシンボルということになるのかもしれません。

swastika-like.gif


下のマークですね。

raelian_symbol.gif


六芒星の中に右まんじ(卍 / スヴァスティカ)を入れたデザインに見えます。

swastika-hexagram.gif


ところで、私がこの「ラエリアン」の記述の中で最も目についたのが下の記述でした。


神を、「科学を理解できなかった時代の古い概念」と位置づけており、霊魂も現実には存在しないと考えている。(中略)神は存在せず、霊魂も存在しない。死んだ後は、科学によるものでない限り何も残らない。



このあたり何ともコメントのできない微妙な雰囲気もあります。

まあ、良い悪いは個人個人の判断ですが、上の意見はちょっと私とは相容れない部分もあり、この団体の話はここまでということにしたいのですが、ところで、上に「六芒星」と「スヴァスティカ」が出てきます。六芒星にしてもスヴァスティカにしても、思い起こしてみると、 In Deep では、よく取り上げていたものでした。





六芒星とスヴァスティカのシンボルとしての意味

スヴァスティカは古代から非常に広い範囲で使用されていたシンボルです。下の図は 1898年のもので、今から 100年以上のものですが、当時の米国イェール大学の研究により明らかになった古代遺跡にスヴァスティカ(まんじ)の痕跡が確認されている場所です。

swastica-1898.gif

▲ 2012年9月27日の記事「『宇宙からやってきたブッダ』の胸に刻まれるマークで思い出すスヴァスティカの歴史」より。


この「まんじ」を「カギ十字(ハーケンクロイツ)」のように考えると、ナチスドイツなどを連想する場合もあるかもしれませんが、第一次大戦時はアメリカ軍(陸軍第45師団)でもこのマークを使っていました。

swastika-us.jpg

▲ 第一次大戦中のアメリカ陸軍第45師団の発刊物。これはスヴァスティカが白いですが、 1930年まで、陸軍第45師団では黄色のスヴァスティカをシンボルとして使っていたようです。 Tin Vienn Aart Plates より。


また、このスヴァスティカの「意味」の解釈はいろいろとあるのでしょうが、上の地図のように、ありとあらゆる古代文明でシンボルとして使われていたということにを見ると、「無意味」ということはありえないとは思います。

しかし、それはよくわからない部分が多く、卍 - Wikipedia などにも、世界各地での歴史などについては書かれてはありますが、「意味」については書かれていません。

ちなみに、それが合っているかどうかはともかく、過去記事の、

マヤ長老評議会の議長の言葉から思い出した「マヤ族にとっての1万3000年前の意味」
 2012年10月22日

の中で、未来予測プロジェクトのウェブボット代表であるクリフ・ハイが 2012年にウェブサイトに記したものを訳した文章があります。一部抜粋します。


嘶くカラス - 2012年のための補足資料

太陽にはいくつかの興味深い性質がある。その一つは、太陽の極部と赤道部とでは太陽の自転の周期が異なるということである。これが原因で、太陽は1万1500年の周期のカオス的ともいえる変動を繰り返している。

太陽の質量は太陽系の惑星の全質量の合計の99%に相当する。一方で、回転運動の角運動量では他の惑星が圧倒的に大きく、太陽の角運動量は1%にすぎない。

1-sun-1.gif


このアンバランスの結果、太陽の赤道部は他の惑星によって引っ張られる格好となるため、赤道部の自転周期は極部のそれに比べて速くなる。この自転周期のズレが原因で、この動きに引きずられて南北方向の磁力線にはねじれが生じ、太陽に巻き付いたような状態となる。

2-sun-equator.gif


この状態を太陽の極から見ると、スヴァスティカ(まんじ)と似た形になる。多くの古代文明の神話では、スヴァスティカと同様のシンボルが出てきており、それはすべて世界の終わりのシンボルと理解されている。

3-sun-swastika.gif




ということを書いていたことを思い出しました。


このブログでは、一方の六芒星に関しての記事も大変多いですが、

アルケミーの真実と噛み合わないモダンな 2013年の太陽系の六芒星から感じるのは宇宙の意志ではなく「ある種の人々」の思惑
 2013年07月31日

という記事では、


太陽系では、太陽、土星、水星、火星、金星、木星、月により六芒星が形作られる。



ことにふれています。

下の図は、18世紀に出版された『薔薇十字の秘密のシンボル』にある図ですが、中世までの神秘主義、あるいは占星術的な考えには、当時はまだ発見されていなかった天王星( 1781年発見)や海王星( 1846年発見)は含まれません。

太陽を中心とした六角のフォーメーション

hexagon-sun.jpg

▲ 上の記事より『薔薇十字の秘密のシンボル』の中に出て来るイラストのひとつ。



話がそれますが、上の図では、「太陽」に「4という数」が割り当てられており、そして、そのシンボルには「〇の中に・がある」ようなものが使われています。

これは日本に漢字が伝わる以前の古代文字であるヲシテ(ホツマ文字)というものの中の、「あ」と同じであることに気づいたりもしました。

woshite.gif

▲ ホツマ文字で「あ」を意味するマーク。


まあ、この

「太陽(太陽系の中心)=4(インド最古の文字で十字形)=あ(日本語の冒頭)」

という問題は複雑すぎて、最近はあまり考えていませんが、過去記事の、

地球は太陽そのもので、その太陽は4であり、かつ日本語の始まりを示すものかもしれない
 2012年03月14日

という記事などにも書いたことがあります。






「究極の完全」であるはずの人類の覚醒を阻んでいるものは何か?

何だか話がどんどんズレてきていて、すでに最初のラエリアンとはまったく関係のない話となっていますが、そちらのことはもうどうでもいいです。

いずれにしても、古代から使われる、シンボルとしての六芒星やスヴァスティカ、あるいは、太陽や、その数字の意味といったことを含めまして、古代から中世のインド、ヨーロッパ、中東などの文化、あるいは神秘主義と日本の古代の「何か」が通じていることを感じます。

上のほうに載せましたスヴァスティカの古代の分布を見ましても、「世界全体に共通する何か」があるのだと思います。

そして、この「世界全体に共通する何か」というのは、つまり「宇宙全体に共通する何か」で、さらに言えば、「人類全体に共通する何か」ということにも発展しそうです。

よく思うのですが、仮にこの世に「陰謀」というものがあるとすれば、その最大のものは、


「人間の真実の力を人間自身に気づかせないようにすること」


だと私は考えています。

私はいつでも「現在の人間は究極的な生命の姿」だと考えています。

そのことを古代、あるいは中世の神秘主義などは伝えていたと思いますし、何よりも宗教はストレートに「神と人間は同じもの」と伝えるものが多いです。

旧約聖書「創世記」の第1章には以下のような記述があります。
日本聖書協会からのものです。


創世記 1章 26節

神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。




中国古代神話の人類創造の女神「女媧(ヌーワ)」も、自分と似せて人間を作っています。

仮に「神がそれ以上ない存在」であるならば、人間(今の人類)も究極の存在であっておかしくはないはずなのです。


しかし、今の人間の状態はどうもそのように見えない・・・。


「何か」に阻まれている。

まだわかっていないことは多いです。たとえば、松果体や脾臓といったような機能が明確にわかっていないものや、 DNA の90パーセント以上が「ジャンク」とされているような状態で、多分、私たちは、私たち人間の機能のすべてを知らない、あるいは、使っていない可能性が非常に高いです。

そこが「神と似せて作られたけれど、全部同じではない」部分ではないかと思いますが、しかし、私たちがすべての機能を使う、あるいは気づく方法がどこかにあるはずです。


つまり、「人類が神と同等の究極の生命となる」何かの知恵か方法か行動が。


多くの宗教も、あるいは、ロシア宇宙主義などのすぐれた科学も、あるいは、森田療法などが導こうとしていた「悟り」への道も、あるいは他の「多くの何か」にそれはえがかれているのかもしれません。

何かによって「それを知ることが阻まれている、あるいは、隠されている」のだとすると、「神の産んだ欠陥生命」として私たち人類はこれからも生き続けなければならないわけで、現代の人類がそれを知ることができるかどうかに地球の未来のすべてがかかっていると思えて仕方ありません。

神秘思想家で哲学者のルドルフ・シュタイナーは、『我が人生の歩み』という自伝の中で、世界が現在と同じように「物質だけを見て考える世界が続いた場合」として、以下のように記しています。


自然科学の時代は、人間および民族の生命に及ぶ影響において凋落を意味している。人類がこれから先も発展していくためには、精神的な側面からのまったく新しい価値観が必要とされるだろう。

これまで人間の精神が辿ってきたのと同じ道を、これからも歩み続けるとしたら、それは退化につながることになる。





  

2014年05月07日



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Original Panic Away より。






 



ふとした瞬間に自分が今でも生きていることに驚いたり

先日も、

世界中で蔓延する「謎の病気」の裏に見える太陽活動と白血球の関係
 2014年05月04日

などという記事を書いていますが、私は医療関係者でも何でもないのに、病気関係の話題をよく記事にします。

これは思えば、私自身の人生が病気と深く関わっていたからで、肉体的のほうでも精神的なほうでも「健康」とか「健全」とは最も程遠いタイプの人間でした。

「でした」というか、「です」ですね。


先日の、クレアの日記の、

六歳の春から何十回目かの春
 2014年04月29日

の中に、私の幼少時代の病気のオンパレードのことを書きました。

2歳の頃か、3歳の頃だったか、私の親は、医者から「この子は6歳まで生きられるかどうか」というようなことを言われて、親は意地になったそうです。

「医者がどう言おうと、そんなに早くは死なさないぞ」と。
そう思ったと、ずいぶんと後の私が大人になった頃にそう言ってました。

それで私は結局 50歳を過ぎてしまいまして、やや生き過ぎた感もないではないのですが、それでも、その後も、基本的に免疫の弱い少年でした。先ほどリンクしました記事「世界中で蔓延する「謎の病気」の裏に見える太陽活動と白血球の関係」の中に、人間を感染症から防ぐ重要な役割を担っている、白血球の約半分をしめる「好中球」というものの話が出てきますが、今思ってみれば、そういう免疫に対抗する力が極端に弱い「欠陥血液」を持った少年時代だった気はします。

なので、幼少の時に医者に言われた「この子は6歳まで生きられるかどうか」という言葉はある意味では正しかったような気さえします。

それほど、いかなる病気にもすぐになりました。

だから本当はその医者の予言通りになるようなタイプの子どもだったのが、何らかの理由で偶然死ななかったということなのだと思います。





中学からはメンタル攻撃も始まり

そして、中学生の後半くらいからは、今度は「自分はメンタル面も弱い」ということに気づき出します。

中学3年生の時、明確な幻聴を学校の授業中に聞いていたことがありました。
それも1度ではなく。

さすがにこれは自分でも、

「あー、オレは身体だけじゃなく、そっちも弱いかあ」

と思ったわけです。

ちなみに、幻聴は、ぼんやりとか、「何となく」聞こえるものではありません。耳の横から誰かが正確に話しかけているように実際に自分に語りかける声が内容を伴って、はっきりと聞こえるのです。

はじめて声が聞こえた(話しかけられた)時は、

「え?」

と思い、すぐ横や後ろを見ても、授業中で声を出してる人などいない。

それが2、3度あった頃から、

「あー・・・これは・・・いわゆる気が狂う前兆なんじゃね?」

と思い、不安というか、自分の将来が狂気の中で終わっていくのなら、何となくみんな普通に思っている「高校→大学→就職」みたいな人生のレールも違うことになりそうだし、

「ちょっと調べてみよう」

と思ったのでした。


ちょうど、中学3年生の時で、受験をする人たちは、当時は塾なんてものは基本的になかったので、学校が終わった後に大勢で市立の図書館に行って、そこでみんなで勉強するという日々が普通でした。

勉強をするのが目的というより、図書館を遊び場にしていたという部分もあります。

いずれにしても、私は受験勉強どころではありませんでした。することがあるのです。私もみんなで図書館に行くところまでは同じなのですが、周囲が教科書を広げて勉強をはじめる中、私はひとり図書館の地階にある「精神医学書コーナー」に毎日おもむきました。

そこで、医学専門書で、( 35年前までのですが)最新精神医学や、あるいは症例の数々を読みました。

「ははあ、オレは将来的になるのはこれかなあ。いや、しかし、こっちもある」

などと、自分の暗い将来を楽しく勉強していました。

ちなみに、その「精神医学書コーナー」のある地階には、「犯罪心理学コーナー」とか、「宗教関連書籍コーナー」などもあり、精神医学の勉強に疲れた時は、それらの本も読んでいました。その図書館で、歴代の様々な犯罪を知りましたし、新興宗教の歴史なども勉強しました。たとえば、中山みき(天理教)とか、出口なお(大本教)とか、谷口雅春(生長の家)の『生命の実相』なんかも少し読んだ記憶があります。

大本教は、出口王仁三郎が有名ですけど、「ある日、狂気に憑かれたように、コトバを出し始める老女」という光景のほうが何だか迫力を感じて、「宗教ってすごいなあ」と思ったものでした。

何の話だかわからなくなりましたけれど、いろいろと「自分の将来の狂気の様相」を思い浮かべていた中学生の私でしたけれど、実際にはそれから約6年後に私が迎えた病気は「不安神経症」というものであり、そして、症状としての「パニック障害」というものでした。





森田正馬博士の「あるがまま」を知った 24歳の春

そもそも、神経症だとかパニック障害だとかいっても、実際には「何だかよくわからない」という方が多いと思いますし、それが普通だと思います。自分のかかっていない病気の苦痛を知ることは無理ですし、知ろうとする必要もないと思います。

それでも何とか文字で説明したいなあと思いまして、日本には「森田療法」というものがあるのですが、この森田博士のご自身の体験を少し抜粋してみようかと思います。

森田療法というのは、森田療法 - Wikipedia によりますと、


森田療法とは、1919年(大正8年)に森田正馬(もりた まさたけ)により創始された神経質に対する精神療法。

神経質は神経衰弱、神経症、不安障害と重なる部分が大きい。また近年はうつ病などの疾患に対して適用されることもある。




で、「治療法」とありますが、薬を使うわけでも、西洋医学的治療をするわけでもありません。説明は難しいですが、森田博士の言葉をお借りすると、

「あるがままでよい、あるがままよりほかに仕方がない、あるがままでなければならない」

という状態を目指す治療法のことです。

しかし、ここは森田療法のことを説明する場ではないし、私も経験したことがないですので、とりあえずそういう世界でも類を見ない優れた神経症の治療法が日本にあり、それを生み出したのが森田正馬さんという方なのですが、何より、森田博士自身が若い時に非常に重い、今でいえば、神経症でありパニック障害をわずらっていたのでした

大正 13年に森田博士が書いた論文『神経質の本態及び療法』から抜粋します。



森田正馬『神経質の本態及び療法』 1924年より。


余は十四歳で中学に入学したが、十六、七歳頃から頭痛持ちになった。時々心悸亢進が起こり疲労性で、病を気にするとか、いわゆる神経衰弱の症状を持っていた。

余はまた、中学五年のとき重い腸チフスにかかり、その軽快期に一日自転車乗りのけいこをして、その夜突然、心悸亢進、全身震せん、死の恐怖の発作におそわれ、医者を招いて注射をして、ようやく落ち着いたことがある。

その後その発作は、年に数回、多くは月に二、三回も起こって、大学卒業前までもつづいた。これが余のいわゆる精神性心悸亢進症であった。




この中の、

突然、心悸亢進、全身震せん、死の恐怖の発作におそわれ


というのは、今でも非常に一般的なパニック障害の症状です。

今から数十年前の学問分類ですが、「不安神経症」の症状とは、


・理由のない不安発作
・心臓の不安
・自分が精神異常を起こすのではないかとの不安
・発作的的めまい症状
・発作的呼吸困難
・発作的に卒倒しそうな不安


(鈴木知準著『神経症はこんな風に完治する - 森田療法の道』 1986年より)



となっています。

これらの中の一部分、あるいは「ほぼ全部」が突然襲ってきます。

上の中で、私の場合で最も強かったのが、

・自分が精神異常を起こすのではないかとの不安(狂ってしまうのではないかと恐怖する)

・卒倒しそうな不安


ここから、

このまま死ぬのではないか

という極大な不安に発展してしまうと、普通はもうどうにもなりません。
まさに「パニック」と陥るわけです。


私がこの状態にはじめて陥ったのは、21歳の時でした。

森田博士は、

発作は、年に数回、多くは月に二、三回も起こって


と書いていますが、私も同じでした。

そして、短い期間の寛解(よくなったような時期)があり、油断していると、またやってくる。

「いよいよ、ダメかなあ」

と思い始めたのは、23歳の頃で、その頃は演劇なども始めていたのですが、度重なる発作と、「歩くとき、周囲の風景がグルグルと回り、ふわふわ雲の上を歩いているような感じ」が常につきまとうようになり、日常生活もキツくなってきました。

「死のうかなあ」

と、それほど悲観もせずに考えるような日々も出てきました。
そして、念のためにいつでも死ねるように、部屋にロープを常備していました。

その後、近所の心療内科に飛び込んで、そこで処方された抗不安剤が劇的に効いたことによって、とりあえずはよくなったのですが、しかし、今度は「薬がないと不安だ」というようなことになっていきます。

そういう生活の中で、ある日、古本屋で見つけた本が鈴木知準さん(すずきとものり 1909年 - 2007年)という方の『神経症はこんな風に完治する - 森田療法の道』という本でした。

suzuki-chijun.jpg

▲ 新刊は存在しないでしょうが、古本は Amazon にもありました。


この鈴木知準さんという人も学生時代にひどい神経症で、そして、1927年(昭和 2年)に、森田正馬さんのもとで森田療法を実践し、良くなった経験を持っている方で、その後、自分が人を治す立場となった方です。

この本の中に、

「あるがまま」

という概念が書かれていたのですが、これについて私はうまく説明する表現を持ちません。

たとえば・・・・・上にあるように神経症の発作や症状は「苦痛そのもの」です。
それを「あるがままにする」という意味なんですが、つまり、

・苦痛に抗おうとしない
・抵抗もしない
・流されもしない
・その状態がただ存在していることを自覚する
・当然とも、不当然とも思わない


というような意味なんです。

これは「苦痛を受け入れる」という意味ではないです。

苦痛がそこにはあるわけで、「その状態を認識して、あるがままにしておく」というような・・・いや、しかしうまく説明できていないような・・・。

いずれにしても、私はその「あるがまま」のフレーズを読んだ時から、少し楽になって、「苦痛から脱したい」とする気持ちが少なくなりました。その頃から、次第に状態は変化していって、そうですね。その何ヶ月後からの約 10年くらいは本当に病気のことを忘れてしまっていました。

ただし、やはり(太陽活動とも関係しているのでしょうけれど)10年程度のスパンで症状が出ます。
この2年ほどはあまり状態は良くないです。

そして、長い間、調子が良かったため、この「あるがまま」を忘れていた感もあります。

それを最近思い出しのでした。





肯定も否定も抵抗も迎合も議論もしない人間となって

この「あるがまま」の概念を知ったことは、私の人格形成にも大きく影響を及ぼしたと思っていています。

たとえば・・・私の書いてるこのブログも、「私自身の意見」というのが見えにくい部分があると思われる方も多いかと思われます。

それはですね、私は出来事に対しても、さまざまな考え方や主義主張に対しても、

「存在そのものは認めるけれど、その存在に力を加えたり、そこから力を加えられたりしない」

という生き方を長くしているから、「主義がない」のです。
(ただ、この傾向は若いときからありました)

あれはあれだし、これはこれだし、それらは実際にある。

あの意見やあの考え、この意見やこの考えは、それらはある。

それらに対して、

・抵抗しない
・流されもしない
・迎合しない
・否定しない
・肯定しない


というような部分がわりと強いのです。


とはいえ、この1、2年はこの数十年の中でも一番状態の悪い時だということは事実です(やっぱり太陽活動と関係しているのかなあ、という思いはかなり強いのですけれど)。だから、先日、本棚の中に鈴木知準さんの『神経症はこんな風に完治する - 森田療法の道』を見つけて、 25年ぶりくらいに開きました。 25年経っていますが、まだ完読していません。「あるがまま」のくだりを読んで満足してしまいまして、後は読んでいません。


ちなみに、神経症やパニック障害になったばかりのような方は、途方に暮れる方も多いでしょうが、最初のうちは、

多少の西洋医学(抗不安剤など)は最初の補助として重要

ただし薬の飲用が長期化すると問題があるので、補助としての薬に効果があるうちに、何らかの「少しでもあるがままに近づく方法」を考える

というようなことだと思います。

そして、正式な療法以外の「変な」治療法とされているものとは関わらないほうがいいです。
そういうものでの悪化例を私はずいぶん知っています。





悟り、あるいは正等覚(さとり)のこと

ところで、森田療法 - Wikipedia の「全治と悟り」というセクションに次のような記述があります。


森田正馬は神経質が「全治」した状態に対して「悟り」という言葉を用いており、その体験者として釈迦や白隠の名前を挙げている。また鈴木知準は神経質の「全治」と禅の「悟り」は同じ心理状態と考えており、宇佐玄雄は近い状態と考えていた。

ただし森田正馬自身は神経質の「全治」と禅の「悟り」は全く違うと述べている。




というように何だか大変なことになっているようなのですが、しかし、「悟り」という言葉はちょっと合わないかもしれないですが、神経症やパニック障害を含めて、その苦痛に対して「あるがままになれる」、あるいは「あるがままになろうとするこころみ」というのは、

すべての精神的苦痛を自分の中にひとつにした

ということか、あるいは、

完全な狂人となってしまった

のどちらかだとは思います。

私はとてもそのどちらの状態にもなっていませんが、「何とかと何とかは紙一重」というような言葉もありますけれど、そんなものなのかもしれないとも思ったりすることがあります。


しかし、病気は悪いことだけではなかったことは明白でした。

若い時の(あるいは今でも)不安神経症の苦痛や経験は、私に舞台などの表現をさせ、そこで知り合った、ほんの何人かの人たちだけが私の今に至るまでのオフラインでの友人で、今後も彼ら彼女ら以外の友人はもうできないし、作らないと思います。

それに、「生き方」、「考え方」、「この世に対しての価値観」。

そのようなものが、どんどんと変わっていき、そして、病気はともかく、考えてみると、人生そのものは比較的楽に生きてこさせていただいたという感じはあります。このあたりは、誰に感謝していいのかわからないですが、神様なら神様でもいいですが、かなり感謝したい部分です。

ところで、先ほど、「中学生のころ、図書館で谷口雅春の『生命の実相』を読んだこと」を書いていますが、最近、やはりそれを思い出しまして古本で買ったんですよ。

調べると、なんと全 40巻もあり、買ったのは第一巻だけですが、ちょっと読むと、この第一巻には「健康」のことがえんえんと書いてあります。そこに書かかれてあることが正しいかどうかはともかく、興味深くはあり、そして、そこに「森田博士の理念と共通する何かのもの」を感じた次第です。


それは具体的には「さとり」という概念が共に出てきます。


長くなりますが、森田正馬博士の『神経質の本態及び療法』 と、谷口雅春の『生命の実相』からそれぞれ抜粋して今回は締めたいと思います。

森田正馬さんのは、上のほうに抜粋した部分の続きからです。
「神経衰弱」などとあるのは、現在でいう神経症などと置き換えていただいて考えていいかと思います。


森田 正馬『神経質の本態及び療法』 1924年より。

余は特に高等学校と大学の初期との時代はほとんど常にいわゆる神経衰弱症に悩まされた。その前に余は十八歳の時に、東京に来て、麻痺性脚気に罹った事がある。東京帝大に入学してからは、常に脚気を恐れていた。

入学後間もなく、大学の内科で診察をうけて、神経衰弱といわれ、その後さらに脚気の合併と診断され、一年間の大部分は薬剤と離れなかった。

然るに余は、その一年級の終わりの時に、ある動機から、余の心身に一大転機の起こる機会に遭遇した。それは余が必死必正の心境を体験する事を得た事である。

それはその一年間、いわゆる病気のために、ほとんど学科の勉強はできず、すでに試験間際になって、その試験に応ずる事のできないような有様であった。折しも国元から二ヵ月も送金がない。

余は人をうらみ、身をかこち、やるせない憤怒の極自暴自棄になった。よし、父母に対する面当てに、自ら死んで見せようと決心した。

後に考えれば、まことにおとなげない事であり、他人からみれば、きわめて馬鹿げた事であるけれども、自分自身のそのときにとっては、真剣である。薬も治療も一切の摂生を放てきした。

夜も寝ずに勉強した。間もなく試験もすんだ。成績が思ったよりも上出来であったときには、いつの間にか、脚気も神経衰弱もその行方がわからなくなっていた。国元から送金もあった。

余の今までの神経衰弱は実に仮想的のものであった。もとより、脚気でもなかった。このことがあってから、余の頭痛持ちも、その後いつとはなしに忘れるようになった。




この時に、森田博士は、

自分の神経症は仮想的、つまり「実は存在していないもの」だった

ことに気づくわけです。

さて、そして、『生命の実相』の「キリストの超健康法」というセクション。


谷口雅春『生命の実相』第一巻「キリストの超健康法」 より。

現代の生物学はキリストが教えた超健康法とはぜんぜん反対であります。

それは宇宙はまず「生命」という偉大なものがあって人間の脳髄や身体の諸器官を作ったということを忘れてしまい、人間の精神力を脳髄の分量で測ろうとしたり、人間の生命力を体重で測ろうとしたりしているのであって、生命とは物質の化学的一作用なりという仮定のもとに、あらゆる養生法と治療法を出発させているのでありますから、物質が生命におよぼす力を非常に恐れている。

それでほんらい自発的、能動的、創造的であって物質を支配するべき生命の本質を忘れて、ほんらい無力な他動的受動的な物質の法則の奴隷になろうと努力しているのであります。

医学がますます発達し、いろいろの健康法が数えきれぬほど案出され、それによって癒やされる、あるいは癒やされるように見える病気もたくさんあるにもかかわらず、病者の数がずんずんふえてゆきますのは、医学というものが一方では病気を治しながら、他方では人間の霊的自覚を奪ってゆき物質のまえに人間を無力にしてしまいますから、差し引き計算してみると病気を治す数よりも、病気の起こりやすい精神状態を伝播する範囲の方が広いからです。




そして、続いて、西洋医学で、病気を薬などで治すことについて以下のように語っています。


(たとえば胃が悪い時などに)物質的方面にその原因を求め、その治療にも物質的方法を用いようとするのであります。こうしますと、それでたとい病気が一時的に回復しましても、おおむねそのため将来において病気にかかりやすい素地を養成します。

なぜなら、物質的方法によって病気が治ったということから出発して、生命は物質によって生かしも殺しもできるものなのだという誤れる暗示を受けることになり、自己の生命の霊妙さの自覚が失われてしまうからであります。

自己の生命の霊妙さの自覚 − これすなわち仏教でいえば正等覚(さとり)をうることであり、キリスト教でいえば神の子としての自覚をうることであり、古神道でいえば「尊(みこと)」としての大自覚をうることであります。

この大自覚に達することがあらゆる宗教の目的 − いな、人間そのものの目的であり、この大自覚に達すれば、自覚した程度にわれわれに宿っている生命力は発現するのでありますから、キリストのように他人の病気を一言で治したり、釈迦のようにいろいろの神通力を発揮することもできるわけで、むろん自分が病気で苦しんだり、生活難で苦しんだりするような、不如意不自由な状態は消滅してしまいます。





まあ、健康に関して、こんなにうまく行くものではないとは思いますが、実際に身体の病気でも、「気」からのものは非常に多く、それは、薬剤の試験をする時に「プラセボ」という偽薬(薬効のない粉とか錠剤)との比較をおこないますが、「薬がなくても治っちゃっている人」は、どんな薬の試験でもかなり多いです。

たとえば、

・治療なしで治った 20人
・偽薬で治った 50人
・本当の薬で治った 70人


なんてデータもよくあり、偽薬でも結構治ってしまう。

暗示の力は身体にストレートに影響します。

これをさらに拡大解釈していくと、「薬のない治療が可能なケース」は、身体の病気でもメンタルの病気でもかなりあり得るとは思っています。

今後の医学がいい方向に行くとしたら、そのような方向だと思うのですが。

というわけで、今回は単なる日記的な記事なのに、異常に長くて申し訳ありませんでした。



  

2014年04月28日



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▲ 春の受勲で、紫綬褒章を受章した漫画家のしりあがり寿さん。『弥次喜多 in Deep 』の作者です。2014年4月28日の朝日新聞デジタルより。






 



この世界は存在しているのか? を考えるキッカケを与えてくれたしりあがり寿さんの漫画

このブログのタイトルの In Deep というのは、私が漫画家のしりあがり寿さんの『弥次喜多 in Deep 』という作品がものすごく好きで、そこから拝借していたことは何度か記させてもらったことがあるような気もします。

世界各地で台頭しつつある「宇宙は『ひとつ』(人類も他の存在も)である」という概念
 2012年01月10日

という記事では、


私自身、

すべてはひとつであり、実際には現実(この世)は存在しない

という概念は、昨年の後半くらいからの私のグリグリの概念で、今では完全にそう考えています。




と書いたしばらく後に、


考えてみれば、このブログに、「 In Deep 」というタイトルをつけた時から、「リアルとは何か」という命題と共存していくことになるような感じは予想されたような気もいたします。このブログのタイトルの元となった、しりあがり寿さんの『弥次喜多 In Deep 』という漫画の最終的なテーマは「この世は存在しないかもしれない」でした。



登場人物たちは常に「リアルとは何か」と自らに、そして、他人に問い続けて、江戸の時代を生き続けます。

そして、『弥次喜多 In Deep 』のストーリーは、「現実は存在しないからこそ、自分の足で前へ進んで現実を作っていく」というところで終わっています。つまり、


「現実が存在しようがしまいが、私たちは日々、前や後ろに進んで、そして、感情を表して、物理的な動きと観念的な動きを提示し続ける」


ということ。

それが「この世」であり、「人間のおこなうこと」だと。


そして、久しぶりに、今日、上のしりあがり寿さんのニュースを見まして、ブログ名に In Deep とつけた以上は、「弥次喜多 In Deep」で描かれる一種難解なテーマを自分なりに解釈していくこと、つまり、「この世とは何なのか」ということを考え続けることに意味があるのだと思っています。

しりあがり寿さんが春の褒章でもらったのは「紫綬褒章」というのを受章したそうで、どういうものかはよくしらないですが、記事によると、震災後はボランティアなどもしていたようです。上の朝日新聞の記事より。


「へただからこそ」 褒章受章のしりあがり寿さん

紫綬褒章受章 漫画家・しりあがり寿さん(56)

「まさか自分が、と。マンガ界の端っこでこそこそイタズラしてたのが見つかっちゃった、みたいな」。柄ではない、といった風に照れている。

3・11直後、震災をテーマにした作品を集中的に発表した。朝日新聞の夕刊マンガ「地球防衛家のヒトビト」では2011年5月6日付で、がれきの山だけが続く4コマを掲載した。ボランティアとして現地を目の当たりにし、「あれ以外描けなかった」。




まあ、私自身はそういう国家などからもらう賞とかに関しては否定的な人ではあるんですけれど、それでも、しりあがり寿さんがそんなふうに認められているのだなあと思うと、それはそれで嬉しいです。

かつて、

千年ムスコが気づいた「何も存在していない」現実
 クレアなひととき 2011年07月26日

という記事で、『弥次喜多 in Deep 』のラストについて書いたことがあります。


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▲ 千年ムスコという名前の少年。この長編漫画のラストに、ただひとり、「存在しない世界」へと旅立つことになります。目の前に現れたすでに江戸の世の中で神格化されていた弥次さんと喜多さんを前にこの台詞を言います。


上の千年ムスコがこの長編漫画のほぼラストで言う、

「まさか、弥次さん喜多さんまで・・・ホントウはいないんじゃ・・・」

という台詞は予想以上に重い台詞で、漫画のこの時点でのストーリーでは、弥次さんと喜多さんはすでに抽象的な意味での宇宙となっています。

つまり、「弥次さんと喜多さんが神として存在してこその世の中」という意味となるわけで、「その時代の宇宙はすべて弥次喜多から始まった」ということ。

その弥次さん喜多さんの存在を「ホントウは存在しないのでは」と疑いを持つことは、すなわち、この少年は、


宇宙って存在しないのでは


ということに気づいてしまったわけで、そして、それはさらにいうと、


この世には何も存在していないのでは


ということにも気づいてしまったことになります。

そして、その「存在しないかもしれない世界」を知ってしまった少年の旅立ちに、弥次さん喜多さん(のようなもの)は、「言葉だけで」こう言います。


そりゃあ不安だろうよ
だけどな・・・その不安をな ぐっとこらえて
ボウズがそこに「ある」と思ったらな
そのちっちゃな足を・・・
そう ぐっと・・・
そうやって前に出していくしかねえんだよ
そうやって・・・
ぐっと・・・


自分で「ある」と思ったら、怖がらずにそこに踏み出す。
そうすれば、「世界は作られていく」と弥次喜多は少年に告げるのでした。


そして物語は終わります。



正と負の宇宙

それと、弥次喜多 In Deep では「幸(さち)」というストーリーが大好きで、これは正の宇宙に対して、「負の宇宙」が作られる瞬間というのか、あるいは、生の宇宙に対して、「死の宇宙」が作られる瞬間というのか、そういうものを描いた(と、私自身は解釈しています)ものでした。

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▲ 弥次喜多 in Deep 『幸』より。


子どもの時から不幸な少女が、死んで山に捨てられた後、「死後に受胎する」ところから始まる話(お父さんは弥次さん)で、しかし、死者である彼女が赤ちゃんを産むことは、現在の宇宙の原則と相反してしまい、「死者の幸が赤ちゃんを産んだ瞬間にこの宇宙は消滅する」ということになり、そのため様々な「形而上的な存在たち」が彼女と赤ちゃんの存在を消そうとします。

しかし、彼女のあまりにも子どもを産みたいと熱望する姿勢に心をうたれた「形而上的な存在たち」は「現在のこの宇宙ではなく、別の宇宙を作り、そこで子どもを産む」という選択をし、そして、新しい宇宙が生まれます。

その「死の宇宙」で彼女は生まれて初めて「幸せ」を手にするのでした。





「存在しない」ことを成立させるために必要な「存在していること」

思えば、「幸」の「ふたつの宇宙」この「世界はふたつの相反するもので出来ている」ということもよく思うことでした。

とはいえ、

「この世は存在しない」

ということと、

「世界はふたつの相反するもので出来ている」

ということは何だかとても噛み合わない気もするのですが、しかし、そうでもないということにも気づきます。

・存在している
・存在していない

という対立図式も「ふたつの相反するもの」だからです。

過去記事の、

「暗黒物質は存在しないかもしれない」 : 王立天文学会の総会で発表された科学界にとっては衝撃的な新学説
 2014年02月13日

では、「 MISHIMA 」という三島由紀夫を描いた 1980年代のアメリカ映画の中にある三島由紀夫の回想の台詞として、下の台詞を抜粋しました。

MISHIMA(1985年)より

子どものころ、
私はすでに世界がふたつの相反するもので出来ているのだと感じていた。

ひとつは世界を塗り替えることのできる言葉。
もうひとつは言葉とはまったく関係のない現実の世界。

世の常の人は、体が先にできて、そして、言葉を覚えるのであろうに、
私の場合は、言葉が先に来た。


これは、

・言葉



・現実の世界

というふたつでこの世はできているということを言っているわけで、つきつめれば、聖書の、

「はじめは言葉だった」

ということと同じような概念に突き進むこともわかります。
つまり、「はじめに現実の世界はなかった」と聖書は言っていると解釈して構わないかと思います。


あるいは、前ローマ法王ベネディクト16世が述べた、


「人間はなぜ存在しているのか、何のために存在するのか。そして、なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか」

(2010年9月23日の過去記事「なぜ何も存在しないより、何かが存在したほうがいいのか - ベネディクト16世」より)



という大変に今でも心に残る言葉も思い出します。

ベネディクト16世は、「この世が存在しないという選択」について知っているということに気づき、慄然としたものでした。


そして、これは、最近いろいろとご紹介する焦臭い「大量死」の事件のことや、あるいは、「それが今後も続くかもしれない」というようなことを記事にすることがありますが、それらの意味と通じるものがあるのです。


つまり「生」と「死」です。


この「生」と「死」、あるいは「生者」と「死者」ということについて、私たちは本来なら、これまでの価値観とはまったく違う考えで未来に進もうとしない限りは、いつまで経っても、私たちは、

「死に脅迫され続ける生活」を続けていかなければならない

ように思うのです。

これは、過去記事の、

私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1)
 2013年03月24日

などで書きました、ロシアのチジェフスキー博士の著作『ロシアの宇宙精神』にある次のフレーズ、


生きた物質、生命の宇宙的な性質、そして生物圏が精神圏へ移行するという問題に取り組んだ創造的な思考は、生命の生み出した最高のものである人間の課題について考えようとする思想伝統につながっている。



というものともつながることで、少なくともロシア宇宙主義では、今後、

人類は精神圏へ移行する

というようなことがロシアでは学問として言われていたわけです。
「精神圏」へ移行した時の「生」と「死」とはどんな意味を持つのか。

それは移行してみければわかりませんし、そもそも、そんな移行なんてことがあるのかどうかも私にはよくわかりませんが、そのようなことも、漫画『弥次喜多 in Deep 』の中には、「要素」として、絵やストーリーのそこら中に散りばめられています。

いずれにしてましても、この『弥次喜多 in Deep 』という作品が、私にとっては、創世記のような役割を果たしていたわけでした。そんなわけで、受勲されたついでといっては何ですが、感謝の言葉を書かせていただいた次第です。

ちなみに、はじめてしりあがり寿さんの漫画を読んだのは、30年くらい前だと思いますが、『エレキな春』という単行本でした。それ頃から実際に「春という季節も 30回くらい経験しているのだなあ」と思いますが、それが多いのか少ないのかはよくわからないです。



  

2014年04月10日



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▲ 男性のY染色体の消滅について記した今から5年前の 2009年5月21日の英国テレグラフ Men on road to extinction より。これは今回の話と直接関係あるわけではありませんが、多少関係する概念が出てきます。






 



地磁気と女性の成長のグラフから見る「地磁気が消滅した時の女性」

またしても、前田担さんの名著『生物は磁気を感じるか』にあったグラフの話から始まるのですが、その中に、まったく驚愕すべき、ひとつのグラフがあることを私は今まで見逃していました。

ノルウェーで 1932年から 1960年までとられた下の統計グラフです。

female-mag-top.jpg


なんと、「地磁気の減少と共に、女性の初潮年齢が下がっていた」ということがわかったのでした。

もちろん、著者の前田担さんは、「地磁気以外の因子が影響していることがあるかもしれないことも否定し切れない」と書かれていますが、この章では、たとえば、スウェーデンの 1930年から 1958年までの「地磁気と子どもの身長の発育度の連動」についてが書かれてあったりするのですが、何よりも、

そもそも女性の月経周期とその長さ自体が地磁気活動に依存している

ということは、この書が記された 1980年の時点でも大量のデータで明らかになっていたとのことで、さらに、

出産にも地磁気が影響している

というデータも存在します。

これは具体的には 8000人の妊婦さんたちを対象にデータをとったそうですが、地磁気活動が高い時間帯には出産が多く、出産の1日のリズムの曲線と地磁気変化の曲線とは、「ほぼ6時間ずらせば一致する」ことが示されたのだそう。

つまり、地磁気の効果が「6時間後に母体に影響する」という興味深いデータとなっているのですが、その理由はわかっていません。


さて・・・・・。


ここまではあくまで前振りなのです。

ここまでは、最近よく書いていました「人間は磁場に影響を受ける」という話の流れとしては驚くべきようなものではないと思うのですけれど、冒頭のノルウェーの統計を思い出しながら、過去記事の次のグラフをご覧になっていただきたいのです。

1880年から2000年までの地球の地磁気の強度変化

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▲ 2012年10月18日の記事「ドイツの科学研究法人が「急速なポールシフトと気候変動と超巨大火山の噴火が同時に発生していた」ことを証明」より。


そうなのです。

地球の地磁気というのは、この100年間以上にわたり一貫して減少し続けているのです。それどころか、後述しますが、将来的には「地磁気が消滅する」ことが確定しています。

そして、もう一度、ノルウェーで統計がとられた上のグラフ。

female-02.jpg


「このまま連動し続けたら、どうなっちゃうの?」という考えから今回の記事を書いていますが、上のグラフの変化は、「たった 32年間」での人間の体の変化としてはものすごいと私は思います。

もちろん、先にも書きましたように、これには他の要素が絡んでいる可能性もあるわけですが、しかし、『生物は磁気を感じるか』の、このセクションに示される、大量の「人間の成長と地磁気の関連性」を示すデータを見ると、仮に他の因子があったとにしても、それと同時に地磁気も大きく関係しているはずだと思います。

そしてですね。

先に記しましたけれど、現在の予測では、

将来的には地球には地磁気がなくなっちゃう

のです。

上の「 1880年から 2000年までの地球の地磁気の強度変化」のグラフは、もともとは、秋田大学工学資源学部ウェブサイトの「渡り鳥が飛べなくなる日!  地球の磁場強度が少しずつ減少している」という 2004年の記事にあったものです。

そのページは今はなくなっていますが、過去記事の、

米国フロリダのタンパ国際空港が磁極の移動(ポールシフト)の影響で滑走路の閉鎖へ
 2011年01月08日

という記事に抜粋させていただいています。

上の地磁気のグラフは、このように説明されています。


地磁気はN極とS極がペアーになった双極子(そうきょくし)が主な成分です。この双極子の大きさの1990年から2005年までの変化を図に示しました。

少しずつ減少していることがわかります。この減少傾向がそのまま続くと、下の図に示すように西暦3525年には地磁気の強さはゼロになってしまいます。




とあり、その「下の図」とはこちらです。

magnetism-zero.gif

▲ こちらでいくつか文字を入れています。


この「渡り鳥が飛べなくなる日」というページは、下のような文章で締めくくられています。


実は過去の地磁気は何度もN極とS極が入れかわっているのです。しかも、磁極が入れかわるときに地磁気の強度はゼロになるとの予想があります。

地磁気の減少は磁場逆転の前触れかもしれません。 地磁気がなくなると、影響を受けるのは鳥だけではありません。私たち人間にも大きな影響があります。

単に北方向がわからないだけと簡単に考えてはいけません。今まで地球磁場が食い止めていた宇宙線が直接降り注いで人類は危機に直面することになります。目には見えない地磁気ですが、私たち、そして鳥たちにはなくてはならない存在なのです。




そして、さらに書きますと、

地磁気の減少は「加速」している

と考えられます。

なぜなら、地球の磁極の移動、つまり磁極のポールシフトが加速し続けているからです。

すでに4年ほど前の記事ですが、

加速するポールシフト: この100年間での極の移動の距離はすでに1100キロに
 2010年10月09日

というものの中で、 Modern Survival Blog という米国サイトからの記事を引用していますが、そこにはこのようにあります。


北の磁場の位置が最初に確認されたのは 1831年で、2001年の測定まで定期的におこなわれてきた。

その 1831年から 2001年の間に、極は驚くべきことに 1,100キロメートル移動している。特に、1970年以降は急速に早く移動しており、毎年 10キロだったものが、1970年からは約4倍の毎年 40キロずつの移動が確認されている。

1831年から2001年まで1100キロメートル移動している北の磁極

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ということで、非常に加速度的に磁極の移動が早まっているのです。

そして、不思議なのは、1831年から計測が行われてきたこの「磁極の移動」の観測は、2001年以降おこなわれていません。

なぜ行わないのか理由はわからず、何となく、こう変な勘ぐりもしたくなるところなのですが、いずれにしても、この 12年間は(観測はされているのかもしれないですが)データは公表されていないと思われますので、現在の磁極の移動がどのよわうなことになっているのかはわかりません。

しかし、加速しているもののスピードが止まるというような感じもせず、急速な磁極の移動と「地磁気の急速な減少」は進んでいるものと思われます。

そもそも、「磁場を作り出す親分」とも言える太陽が、

奇妙な太陽のポールシフトは太陽系全体に影響を与えるか?: 国立天文台が発表した「4極化する太陽磁場」
 2012年04月21日

などに書いたことがありますように、異常な状態に陥って、もう2年になります。

20120419-solar-polar.jpg

▲ 上の記事より。


私は上の記事の中に、


最近、地球では戦争紛争をはじめ、かつてなかったような犯罪、動物や植物の変化、そして、海の生き物の大量死などが増加しているように感じますが、そういうニュースもできるだけご紹介したいと思います。

なぜなら、太陽活動は、地球上のすべての生命の活動と関係していると考えているからです。

私個人は、3年くらい前から、地球の上の人間(行動と心情)と動植物の動き、あるいは地殻活動や気候も含めての大きな部分が、「太陽活動に支配されている」と考えている人ですので、太陽の状態を推測する上で、地球上の変化を見ることは大事だと思っています。




と書いていますが、「女性の初潮と地磁気の関係」まで知ることになりました。

ちなみに、他の国の傾向はどうかと調べてみましたら、大阪大学大学院人間科学研究科の比較発達心理学研究室が 2011年にリリースした資料の中に以下のデータがありました。

1860-1980.gif

▲ 大阪大学大学院人間科学研究科「発達加速現象の研究」より。


1860年からのデータとなると、次第に住環境や食生活の環境が良くなっていった時代でもあり、栄養や生活環境の要素が大きく影響しているのだろうとは思いますが、しかし、ふと冷静に考えてみると、「栄養環境や生活要素はそんなに影響するだろうか」ということも感じないではないです。

たとえば、住宅環境や食事の環境が良好とは言えないアフリカやアジアの一部では、むしろ出産人口が増え続けていたりすることを考えると、「快適な生活と初潮年齢が関係あるとも思えない」というような気もしないでもないです。


それはともかくとして、私はノルウェーの資料を見て、

地磁気がゼロになった世界の中での女性

ということを考えてしまいます。

さらに初潮の時期が早まるという考え方はあまり合理的には思えません。それより、むしろ「現在の受胎システムが消滅していく」という方向を思います。

ここで、私は過去のふたつの記事を思い出しました。





新しい時代の人類の生殖

ひとつは、「女性の単為生殖(女性ひとりで受胎・妊娠すること)の可能性」について記しました、

光で語り合う自分の細胞と他人の細胞。そして、人間は「生きているだけで永遠を体現している」ことをはじめて知った日
 2013年12月23日

という記事で、これはもともと、「米国女性200人のうちの1人は「処女懐胎」しているという調査結果」を報道した英国のインディペンデントの記事を翻訳紹介しました記事を書いたあとの続きとして書いたものです。

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▲ 2013年12月18日の英国インディペンデント America's 'virgin births'? One in 200 mothers 'became pregnant without having sex' より。


その後に、私は、ドイツ人女性のマリアンネ・ヴェックスさんという方が書いた『処女懐胎の秘密』という書籍を知り、それを読んで、いろいろな思いが浮かび、それを記したものです。

特に、1960年代から解明され初めていた「細胞から出ている光線が他人の細胞に細胞分裂をおこさせることができることがわかった」ことから想起させられる、

「光による受精」

という可能性に言及したセクションには大変感銘したものです。

単為生殖という問題を越えて、「肉体的な接触がなくとも妊娠する可能性」が、少なくとも、多少の現実性はそこにあるということでした。



それがトンデモ扱いでも奇跡でも未来には必要なものだから

私自身は単為生殖にしても、あるいは、光による受精などの概念が、キワモノ扱いされている背景にこそ「陰謀論」を当てはめたい部分はあります。

何千年も昔から植え付けられ続けてきた誤った意識と見識。

これは松果体などの機能などについても言えることでしょうけれど、人間の存在を矮小化することは、この地球の最大の陰謀だと私は思っています。他は大したものではないはずです。

でも、そのことは女性自身が「気づき」を持つべきだとも私は思っています。

何千年前という古代から「巧みに仕掛けられた思想の呪縛」から解放されることで、どんなに不可能に見えることでも、それを起こすことができると考えることは、そんなに子どもじみたことでもないようにも思うのです。

後述しますが、未来には男性はこの世に存在しなくなる可能性は、やはり強いのですから。

昔、クレアの記事に、



女性は、今すでに、男性「性」システムの社会が作り上げた男女の在り方の理想像の矛盾と違和感に気づき始めている。



というようなことを書いたことがありますが、もっともっと気づけば、その時にはじめて社会が本質的に変わる準備が出来るということになると思います。

「社会が本質的に変わる準備」というのは何の準備かというと、「男性のいない地球を迎える」ことに対しての準備です。




地球から男性が減少していくと思われる理由

これはひとつは、

生物学的にはすでに消滅が「確定」している男性の染色体
 2011年03月20日

という記事でふれたこともありますが、オーストラリア国立大学の教授の、「Y染色体は消えつつあり、500万年以内に消滅してしまう可能性がある」という説が、全世界のメディアで報じられました。

冒頭に貼りました記事はそういう中のひとつですが、そのジェニファー・グレイヴスという教授は、


「オスであるために必要なY染色体だが、3億年前にはY染色体上には約 1400個あった遺伝子が、現在では45個にまで減っている。この勢いだと 500万年ほどでY染色体上の遺伝子はなくなるだろう。Y染色体は消えつつある。問題は、消えたあとに何が起きるのかだ」




というようなことを言っています。

これは 2009年の NHK スペシャルで「女と男 最新科学が読み解く性 男が消える? 人類も消える?」というタイトルで放映されたほど、当時は話題になったものでした。

もちろん、この意見には異論もある一方で、

「明日、Y染色体が消えても不思議ではない」

という人もいます。

ちなみに、私はこの「Y染色体の減少」は「人類の進化のステップのひとつ」と位置づけていますが、それは長くなるので、ここではふれません。

ご興味のある方は、2011年のクレアなひとときの「人類の未来(0): Y染色体の挑戦」という記事をお読みいただければ幸いです。




ストレスの過大な社会下では「男性は生まれにくい」という事実

そして、もうひとつ今回思い出したのが、

X染色体の地球 : 人類は滅亡を感じると女性を多く生き残らせようとする
 2013年08月06日

という過去記事でした。

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▲ 2013年8月4日の ニューサイエンティスト More girls born in Japan after quake skews sex ratio より。


これは、カリフォルニア大学の研究チームが調査した「 2011年の震災後の日本での出産調査に出た男女の出産比率の偏り」の報道記事をご紹介したものですが、他の様々な過去のデータも含めて、示す事実は、


過度のストレス(大きな災害、世界的な経済問題、社会的混乱など)の中では「男の子の出生率が減る」



という事実でした。

この原因は確定しているわけではないですが、テストステロンという「お腹の中で赤ちゃんが男性化していくホルモン」が関係しているのではないかということです。

つまり、

極端な混乱と変化の世の中では男性は減る

ということになるようです。


そして、これからの世の中。
どのようになると皆様は思われますか?

安定していて、大災害も大戦争も、経済的な問題も全くないストレスのないような社会となっていくと思われるでしょうか?

それとも、その逆でしょうか。

それはどちらかわからないですけれど、上に書きました

・大きな災害
・世界的な経済問題
・社会的混乱


はその根本的原因は「太陽にあるかもしれない」ということも事実で、太陽と地球と人類の三位一体が作り出していく「未来の地球」とはどんなものかが、曖昧ながら見えてきたような気もしないでもないと言えなくもないような気がします(曖昧だな、おい)。



  

2014年04月08日



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▲ 2014年2月27日の記事「病気の時代 : 太陽活動での地磁気の乱れが誘発するもの。そして「新種」の病気の出現に震え上がるアメリカ国民」より。






 



まるで太陽のマリオネットだった最近の私

先月記しました日記系の「病院などで1日が終わってしまいました」という記事の中で、眼科での検査で眼圧の異常な高さを指摘され、緑内障の一歩手前であることを言われたというようなことを書いたことがあります。

私の病気のことなどはどうでもいいでしょうから、そのことはともかくとして、このことも太陽と関係していることを今日知りました。

最近よく引用させていただく書籍に、かつての地球物理学の権威であり、京都大学名誉教授だった前田担(ひろし)さんの『生物は磁気を感じるか』(1985年)という太陽ファンと地磁気ファンには、まさに名著中の名著があります。

最近では、冒頭の「病気の時代 : 太陽活動での地磁気の乱れが誘発するもの」という記事で、その著作から「太陽活動(地磁気)と病気の関係」などについてふれたことがありました。

今朝、その『生物は磁気を感じるか』を、またパラパラとめくっていましたところ(私の本の読み方はその時に適当に開いたところを読む方式なので、すべて読み終わるのに場合によっては数年かかります)、下のようなセクションがあったのでした。


『生物は磁気を感じるか』 「緑内障や結石症の発生と関係?」より

ソ連のカチェバンスカヤは 1969年〜 1972年の期間に 140人の緑内障患者の血管透過性を調べ、その状態が明らかに地磁気の乱れに影響されていることを見いだした( 1975年)。

すなわち、地磁気活動度が増大すると、血管透過性は大きく変動し、激しい緑内障発作の数が増大する傾向が見られた。このような眼病や、前述の心臓血管病や精神病から考えられる地磁気活動のメカニズムは、関係する細胞の生体膜の透過性に原因するように思われている。




そしてですね、ここまでの文章の「続き」を読んで、私は苦笑してしまったのでありました。

どういう話かというと、やや尾籠系の話で申し訳ないですが、つい先日、私は「尿道のあたり」に違和感と若干の痛みを感じて、泌尿器科に行ったのです。

年齢的には前立腺の病気などになってもおかしくないこともあり、そこでも、かなりの数の検査となってしまったのですが、検査の途中で看護婦さんが「あら、石が出た」と言ったのです。つまり、深刻な病気ではなく、単なる結石だったのでした。それが尿と共に出たのです。結石というのも初めての経験でした。

さて、そういうことが最近あったということを記しまして、『生物は磁気を感じるか』の上の文章の続きを記します。


『生物は磁気を感じるか』より

腎臓、尿管、膀胱などでの石の形成は大変ありふれたことであり、しかも全世界的な病気(結石症と呼ばれる)である。この病気も他の病気と同じように発生に周期性があり、それが地磁気に関係していることも知られている。

例えば、地磁気活動度が増大(または減少)すると、結石による痛みの発生が減少(または増大)するといわれており、それらの間の相関係数は r=-0.78 と求められている。




というわけで、最近の私が病院にかかったふたつの病気、

・緑内障
・結石


は共に太陽活動と非常に大きな関係があるようです。

何だか太陽の操り人形みたいな3月だったなあ」と思いながら、最近の私が考える病気や、人間の生と死、あるいは老化と太陽の関係を振り返ったりしたのでした。





やはり思う「病気の時代」

現在、西アフリカで「前例のない規模」でエボラ出血熱が拡大しています。

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▲ 2014年4月6日の米国 CBS Ebola breaks out on a scale never seen before より。


このギニアで発生したエボラ出血熱については、3月の中旬に発生してから、状況をわりと頻繁に「地球の記録」に記していますが、上の CBS の報道のように、状況は収束に向かうどころか、さらに深刻化しているようです。

地球の記録の記事は、

ギニアで発生した「死亡率 80パーセント」に迫るエボラ出血熱が周辺国にまで拡大
 2014年03月23日

から、

アフリカのエボラ・ウイルスはギニアからの感染拡大ではなく「同時多発」で発生していた可能性
 2014年04月05日


まで、数度にわたり記事にしています。

何しろ、

死亡率が最大で 90パーセント
予防法(ワクチン)が存在しない
治療法が存在しない


という、現代の感染症の中で最も恐ろしいもののひとつのわけで、それが脅威的なスピードで感染地域を拡大させているとなると、やはりどうしてもある程度は気にもなり、数日おきに各国の報道や国際医療チームの動きを調べたりしています。

エボラ出血熱については、ずいぶん前に古本屋で、リチャード・プレストンという作家が記した『ホット・ゾーン』というノンフィクションを買って読んだことがありますが、「脳、内臓を溶かし、目、鼻、口など、体中の穴という穴から血の滴が滲み出る」というような表現で書かれたそのエボラ出血熱という病気のすさまじさが描かれた迫力のある本でした。

この本も買ってから数年経って、まだ完読していませんが・・・。

ところで、上の記事のうちの 4月 5日の記事の「アフリカのエボラ・ウイルスはギニアからの感染拡大ではなく同時多発で発生していた可能性」という記事でご紹介した内容は、どうやら、このエボラ・ウイルスも「パンスペルミア説」にふれる状況であることを感じさせるものです。

というのも、「接触のない人たち同士が感染している」からです。

ちなみに、エボラ出血熱の 4月 3日までの感染国の状況は下のようになっています。

ebola-2014-map-03-1.gif

▲ 上記の記事より。


最初、ギニアで発生したエボラ出血熱は、すぐに隣国リベリアとシエオラレオネで患者が発生。それが確認された後に、やはりギニアと一部隣接しているセネガルは国境を封鎖しました。

そして、数日後にはマリでも疑いのある患者が出ていて、他にも未確認ながら、いくつかの国で「疑わしい症例」が散見されているようです。

また、西アフリカと企業や政府レベルで人的交流のある国でも「その国へエボラが流入する危険性」を警戒しているようです。特に元領主国で、今でも企業レベルで交流の多いフランスは警戒感を強めているようです。

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▲ 2014年4月4日の Guinee News より。ギニアの公用語はフランス語です。


アフリカの、特に首都から離れた地域の情報は、世界で最も伝わりにくいもののひとつで、実際の状況は多分、誰にもわかっていないのだと思いますが、この広い地域で、「接触する可能性が完全にない人たち同士」が患者となっているという事実は、「エボラ・ウイルスも空からやってきた」ことを伺わせます。




太陽と火山とパンスペルミアのハーモニーは何をもたらすか

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▲ 2013年2月14日の NHK の報道。昨年の日本では風疹の患者の数が異常な規模となりました。なぜ、32倍もの患者数になったのかはわかっていません。


過去記事の、

西暦 541年の東ローマ帝国でのペスト襲来に関してのヨーアンネースの記録
 2012年09月20日

という記事で、西暦 541年から 543年に東ローマ帝国を襲ったペストの状況などを記したことがありました。

この記事は、デイヴィッド・キーズというイギリス人ジャーナリストの『西暦535年の大噴火』という著作をご紹介したもので、その中に、「6世紀のペストの大流行は、気候変動とネズミの発生の科学的統計の見地から噴火と関係があった」という推測が書かれています。

私はパンスペルミア説、つまり宇宙が DNA やアミノ酸などの生命の素材をばらまいているという主張の支持者ですので、基本的には、この6世紀のペストの大流行も、「降ってきた」と考えていたのですが、その後、

ウイルスの流入の繰り返しでDNAの進化をなし得てきた人類をサポートする「宇宙と火山」(1)
 2012年09月23日

という記事を書いた前日に見た「夢」の中で、

病気の流行のキッカケのひとつに火山の噴火もあるのかもしれない

というように思い至りました。
少し抜粋しますと、下のようなことを書いていました。

これはエメラルド・タブレットの「下なるは上なるのごとし、上なるは下なるのごとし」という言葉と対応して書いたものです。


仮にパンスペルミア説のように上(宇宙)からウイルスが地球に来ているとした場合、下、つまり地球の内部からも、火山の噴火によって「何らかの同等の作用」が地上に噴出していると考えられます。

「何らかの同等の作用」と書いたのは、火山の噴火には強烈な「熱」を伴いますので、いわゆる細胞を持つような細菌が生き残って地上に出てくることなどはできないはずです。

しかし、DNA そのものや、あるいは一部のウイルスの遺伝子が持つ RNA (リボ核酸)などが熱で破壊されるものなのかどうかを私は知らないのです。

なので、「何らかの」という曖昧な書き方しかできないのですが、しかし、仮に、噴火で生命に属するものが地下から一切噴出しないとしても、ウイルスを活性化させる何らかの物質が火山で噴出していると考えます。

つまり「病気の流行のキッカケのひとつに火山の噴火がある」と気づいたのです。
これは昨晩寝ている時に気づいたものでした。




しかし、さらにその後、そこに新たに「太陽」が加わってきます。
上の記事の1年以上後の記事、

21世紀も「太陽が暗くなる時」を経験するのか? : 全世界が地獄の様相を呈した6世紀と酷似してきている現在に思う
 2013年07月15日

の中では、

6世紀の世界的な感染症の大流行には太陽活動も関係していたのではないか

とも感じ始めました。

なぜかというと、6世紀のペストや天然痘の大流行は「あまりにも全世界的」であったということと共に、私は最近、著作『生物は磁気を感じるか』を読むことによって、「生物が磁気から受ける影響の大きさ」を知ったことも関係します。

感染症と太陽活動が明確な関連性を持っていることは、たとえば下のようなグラフでも明らかです。

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▲ 赤痢、天然痘、猩紅熱、ポリオのそれぞれの地磁気活動との関係を示した 1971年の研究論文。過去記事「病気の時代 : 太陽活動での地磁気の乱れが誘発するもの。そして「新種」の病気の出現に震え上がるアメリカ国民」より。


ここに至って、最近私は下のように考えるようになりました。


人間の生と死は、あるいは進化も含めて、

太陽活動(地磁気と宇宙線のコントロール)

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火山噴火(地中深くのあらゆる生命と細菌の要素を空中に戻して循環させる)

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パンスペルミア(宇宙から細菌・ウイルスを含む生命の要素を地球にもたらす)

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この3つにより、ほぼすべてが決定されている。



というように考えるようになっています。

最近は「太陽活動が暴動や戦争とも関連している」こともよく書かせていただいていますが、このような形での「死への方向」があり、あるいは、精神や体調不良による直接的な「死への方向」、そして、ウイルスやバクテリアによる、やはり直接的な「死への方向」。

それらの「人間の死への方向」を上の3つがコントロールしている。

当然、死だけではなく「生」も。

あるいは、多分、「進化」も。

進化というのは基本的には、 DNA の変化によって起きるものだと私は考えていますが、今回は、『生物は磁気を感じるか』の興味深い部分を抜粋させていただいて、しめようと思います。

「磁場と老化」の関係です。

人間を含めた「地球の生物の老化」については、ドイツのマックスプランク人口研究所の発表に関しての下の報道をご紹介したことがありますので、ご参照いただければ幸いです。

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▲ 2013年12月12日の過去記事「進化論の崩壊の序曲? : 「なぜ老いるのか」という理由がわからなくなった科学界」より。


実は「なぜ生物が加齢するのか」は、現在の科学ではその基本を説明できないのです。





太陽は磁場によって遺伝子情報にエラーを多発させることで「生命の老化」にも関与している可能性


抜粋する中に「トンネル効果」という言葉が出てきますが、 Wikipedia には、


トンネル効果は、非常に微細な世界にある粒子が、古典的には乗り越えることができないポテンシャル障壁を、量子効果すなわち、時間とエネルギーとの不確定性原理により乗り越えてしまう現象。



とあり、何だかよくわからなく、他にも「ポテンシャル井戸」というわからない用語が出てきますが、わからない言葉を乗り越えられる迫力のある内容です。



『生物は磁気を感じるか』より

1963年、レウディンは陽子のトンネル効果が、生物のある種のプロセスに重要かもしれないことを指摘した。例えば、生物の老化現象は本質的にはトンネル効果に依存し、そのため遺伝子情報にエラーが増えることによるという。

この考えに基づいて、イリノイ大学のマデリン・バーノシーは、外部磁場が DNA の陽子トンネル効果にどんな影響を与えるかについて考察し、磁場はヌクレオチド塩基のエネルギーレベルを変化または分離させ、それによってポテンシャル井戸の深さが変わり、トンネル確率を変え、遺伝暗号の安定性を増大または減少させるのではないかと考えた。

しかし、これを計算によって確かめることは大へんむずかしいので、実験によって調べることになった。




ここからマウスでの実験の説明となり、そして、この科学者の考え通りの結果が出たのです。

つまり、

磁場は生命の老化、あるいは若返りと関係する可能性がある

ということです。

磁場を作り出すものは太陽だけではないにしても、人間を含む地球のすべての生物は太陽からの磁場の影響を最も強く受けていることは間違いありません。

つまり、太陽は「人間が生まれてから死ぬまでのすべてに関与している」ことを知るのでした。私たちは文字通り、「太陽の子」であり、そして、古来から太陽を神として崇めてきたことは科学的にも極めて正しいことだと気づいた日でもありました。



  

2014年03月29日



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YouTube より。オリジナル映像はロイターの報道。






 



何もかも三角とピラミッドに覆われたサミット

私は変なニュースは多少知っていたりするのですが、いわゆる一般的なニュースはあまり知らなくて、数日前、オランダで「核サミット」というものをやっていたということも知りませんでした。


核サミット閉幕:プルトニウム減量に初合意 共同宣言採択
毎日新聞 2014.03.25

オバマ米大統領が主導し、核テロ対策などを話し合う「核安全保障サミット」が25日、オランダ・ハーグで閉幕、共同宣言「ハーグ・コミュニケ」を採択した。

核兵器に使われる可能性のある高濃縮ウランだけでなくプルトニウムの減量にも初めて合意した。また、核施設などへのサイバー攻撃対策強化にも取り組む。次回は2016年にワシントンで開催する予定。




上の毎日新聞には、会議終了直後の出席者が並んだ下の写真が出ています。

mai-2.jpg

写真の出席者の胸や襟元に丸をつけたのは私ですが、ここから、ロイターが撮影した、会議場での参加者の何人かの写真を載せてみます。

すでに上の写真で丸をつけていますので、ここからの写真は丸をつけたりはしません。
襟や胸元をご覧になれば、共通点はおわかりだと思います。


習近平(シー・ジンピン / 中国 国家主席)

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デーヴィッド・キャメロン(イギリス首相)

uk-david.jpg


潘基文(バン・ギムン / 国連事務総長)

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朴槿恵(パク・クネ / 韓国大統領)

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安倍晋三(日本 内閣総理大臣)

jp-abe.jpg


他にも各国のいろいろな方々がいらっしゃるのですが、確認できない人もいますけれど、見えている国の代表としての参加者は、ほぼ全員がこのように胸に三角のマークをつけていたのでした。

まあ、この会議のシンボルそのものが、下のようなスローガンの書かれたピラミッド型のものですので、三角のバッジを「全員」がつけること自体はそれほど不思議なことでもないとは思うのです。

どんな会議にもシンボルやロゴデザインは存在します。

logo-sumit.jpg


triangle-holograph.jpg

▲ 共に、ロイターの映像 より。


これらの様子はロイターが撮影した会議直前の下の動画でもわかります。

2014年 核安全保障サミット / ハーグ






主要国のトップ人物で「ピラミッド・シンボル」を胸につけなかった「ふたりの首脳」とは

なお、下の方は、ウクライナ情勢の時と重なったため、この核サミットには出席していません。

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▲ Google 検索の ウラジーミル・プーチン より。


なので、主要国の中で、ウラジーミル・プーチン大統領だけが唯一、三角バッジはつけなかったということになりそうです。


・・・・・と言いたいところなのですが、三角バッジをつけなかった世界の首脳がもう一人いるのです


下の写真は、会議前に安倍晋三総理大臣と何やら話し込んでいるオバマ大統領です。

abe-obama.jpg


安倍総理のほうは先の写真のように三角バッジをつけていますが・・・・しかし、オバマ大統領の胸元にあるものは・・・。

us-flag.jpg


アメリカの国旗バッジなんですね。

参加者全員を調べたわけではないですが、自分の国の国旗バッジをつけていた人は、オバマ大統領だけだったように見えます。

つまりは、

・アメリカのトップ
・ロシアのトップ


主要国ではこの二人だけが三角バッジをつけなかったと。




いずれにしても、「主催級人物であるオバマ大統領だけが違うものを身につけていた」ということもあり、このことは、さまざまなサイト上で、一種の陰謀論的な響きを含みつつ、たとえば下のように語られています。

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▲ 2014年3月26日の The American Dream Shocking Video Of World Leaders Wearing The Symbol Of The Pyramid At Major International Meeting より。


三角といえぱ、話題の渦中のウクライナの紙幣にも使われていたりしたことをご紹介したことがあります。

ウクライナ500フリヴニャ紙幣

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▲ 2013年12月6日の過去記事「とても驚いた「中国の猫の王様」の事実。そして、そこから見える「私たちの毎日はとても馬鹿にされているのかもしれない」と思わせる今の世界」より。




地球の様々な場所のピラミッドの存在。あるいはそのようなもの

過去記事に「ピラミッドそのもの」についてもずいぶん登場していたような気がします。

アムンゼン・スコット基地(アメリカの南極基地)のピラミッドらしきもの

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下は横からの写真と、マヤのピラミッドを比べたものです。

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▲ 2013年8月20日の過去記事「南極の各地に建造されているピラミッドように見えるもの。そして、クトゥルフ神話の「この世の旧支配者たち」が目覚めるとき」より。上の南極の写真の Google Map の URL はこちらです。


ポルトガル沖のアゾレス諸島の深海で見つかったピラミッドのようなもの

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▲ 2013年9月28日の過去記事「世界各地で見つかる「失われた大陸」:大西洋のポルトガル領海沖でピラミッド状の建造物が確認される」より。


アメリカ東海岸沖の海底にあるピラミッドらしき形状をしたもの

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▲ 2012年12月19日の過去記事「アメリカ東海岸とバミューダ海域の間の海底にグーグルアースで確認できる「ピラミッド型の何か」」より。Google Earth での座標は 32°25'55.70" N 72°04'38.03" W です。


どれも単なる地形の可能性も高いでしょうが、ただ、最後のアメリカ東海岸沖のその周辺には、他にも同じような形状の地形、あるいは物体がたくさんあるんですよね。周囲は基本的に砂場のなだらかな海底だけに、違和感を感じるのは確かです。


しかし結局は、核サミットのバッジや全体のデザインのことにしても、世界各地のピラミッドのようなことも、どう考えてみても推測の域は出ないわけで、ここでまたしても、「何が起こっているのかわからない」という方向にまたしても進むという現代の社会。

英国のロックスター、デヴィッド・ボウイの 1980年の『イッツ・ノーゲーム・パート1』という曲に入っている日本人女性による日本語のナレーションにある、


俺は現実から締め出され
何が起こっているかわからない

どこに教訓はあるのか
人々は指を折られている
こんな独裁者に卑しめられるのは悲しい


というフレーズがあります曲は、YouTube にあります)。

この「何が起こっているかわからない」という感覚が何年も持続しています。



  

2014年03月26日



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私たち人類は太陽活動の中で肉体も精神も血液と DNA のレベルから繰り返し「作り替えられて」いる

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▲ 2014年3月10日のアルメニア Armenia Today より。


冒頭の記事は今回の内容とは関係ないアルメニアのメディアの社説のようなものなのですが、タイトルの「地球のボスは誰ですか?」という響きが気に入って、何となく最初に貼っています。記事の内容は、アルメニアという国の範疇を越えて、中世から世界を支配してきた欧州や米国などの、いわゆる「白人の覇権」の歴史などが書かれています。


そして、上のタイトルから、ふと「人類のボスは?」というようなことを思ったという次第です。


なお、少なくとも私自身は、人類の実質的支配者が人類だったことは一度もないと思っています。その候補は複数なのかもしれないですけれど、今回はふたたび「太陽」のことを書いてみたいと思います。






 



太陽が「人類を操る歴史」は少なくともこれまでの 2000年の中で繰り返されてきた

わりと最近の下のふたつの記事、

黒点群 2014 が噴出した異常な太陽フレア。そして、その太陽の下の世界は狂気と暴力の度合いが増しているように見えて
 2014年03月24日

太陽と暴動。そして、太陽と戦争
 2014年03月04日

では下のような、ロシアのアレクサンドル・チジェフスキー博士の論文からの世界の暴動と太陽黒点の数の推移の明らかな連動性のあるグラフを載せたりしていました。

sun-human-01.gif

▲ チジェフスキー博士の記したオリジナルの論文は、Cycles Research Institute (サイクルリサーチ研究所) のこちらにPDF で現在でも保存されています。


チジェフスキー博士の上の論文には、下のように「時代の大きな転換点となった際の世界のリーダーたちが台頭した時期と太陽活動の時期の関係」を分析しているセクションもあります。

sun-leader.gif

▲ 下にここに出てくる人たちをまとめました。わからなかった人は英語のままにしてあります。いずれにしても、このような人たちが太陽活動最大期に向かっていく中で歴史の中に登場してきたようです。論文は 1920年前後に発表されたものですので、人物もそこまでのものとなっています。

説明は多くが Wikipedia のものです。


西暦
395年 Allarick
441年 アッティラ Attila / 現在のロシアからドイツを結ぶ大帝国を築く。
622年 ムハンマド Mohamet / イスラム教の開祖。
1096年 隠者ピエール Peter of Amiens / 第1回十字軍における重要人物。
1402年 John Guss
1429年 ジャンヌ・ダルク Joan of Arc / 15世紀のフランス王国の軍人。
1489年 ジロラモ・サヴォナローラ Savonarolla / 宗教改革の先駆者。
1519年 マルティン・ルター、Luther / 宗教改革の創始者。
1537年 イグナチオ・デ・ロヨラ Loyola / イエズス会の創立者。
1625年 リシュリュー Richelieu / ルイ13世時のフランス国政の最高権力者。
1648年 オリバー・クロムウェル Oliver Cromwell / イングランド共和国初代護国卿。
1777年 ラファイエット Lafayette / アメリカ独立革命とフランス革命の双方で活躍したフランスの軍人。
1777年 ジョージ・ワシントン Washington / アメリカ合衆国初代大統領。
1805年 初代ウェリントン侯爵 Wellington / イギリスの同名の公爵位についた最初の人物。
1848年 ジュゼッペ・ガリバルディ Garibaldi / イタリア王国成立に貢献した軍事家で、「イタリア統一の三傑」の一人。
1848年 オットー・フォン・ビスマルク Bismarck / ドイツ帝国統一の中心人物。
1870年 フォン・モルトケ Moltke / 対デンマーク戦争・普墺戦争・普仏戦争を勝利に導き、ドイツ統一に貢献したドイツの軍人。
1870年 レオン・ガンベタ Gambetta / 19世紀のフランスの政治家。
1870年 アドルフ・ティエール Thiers / フランス第三共和政の初代大統領。
1917年 ウラジーミル・レーニン Lenin / ロシア革命の指導者。ソビエト連邦の初代指導者。マルクス・レーニン主義を案出。




というように、歴史的にそうそうたる面子が太陽活動最大気期にかけて台頭したということのようなんですが、見ますと、

宗教関係
戦争関係
革命関係


の指導者たちが多い感じです。

ところで、ソ連国家を築いたレーニンの名字は「ウラジーミル」なんですね。

先日の、

「ウラジミールの栄光」や「ロシアのアラスカ編入」のキーワードから連想するババ・バンガの言葉や、お釈迦様の予言、そして、マザーシプトンの隠された予言
 2014年03月23日

で、 Google にあるプーチンさんの写真を載せましたが、レーニンとふたつ並べると何だか圧巻です。

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▲ Google 検索 ウラジーミル・プーチン より。


ru-renin.jpg

▲ Google 検索 ウラジーミル・レーニン より。


語感も似ている。

ウラジーミル・レーニンが社会主義革命に成功した人であることと、「ウラジミールの栄光」という言葉の連想から、ウラジーミルつながりということで、ふと、かつて書いた「エスキモー女性の予言」というものの中にあるフレーズを思い出します。


ロシアは共産主義に戻ります。
民主主義は一掃されて、2000万人以上が強制収容所で亡くなります。
スターリンの像がロシアの国にもう一度建てられることでしょう。


▲ 2012年4月24日の過去記事「極東ロシアで発見された「白いシャチ」から浮かび上がるエスキモーの予言」より。



話がそれてしまいましたが、いずれにしても、太陽活動が人々の社会生活の「激変」に関係してきたという歴史はほぼ確実にあります。

そして、チジェフスキー博士以降の研究では、太陽活動によって誘発される「地球の地磁気」が人間の精神と体調に影響することが明らかになっています。

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▲ 2013年7月11日の過去記事「私たち人類は何もかも太陽活動に牛耳られている」より。


これらの「太陽や宇宙が人間の社会生活と、そして人間自身に影響している」ことは、20世紀初頭のロシア宇宙主義などでは先鋭的に研究されてきたものですが、ただ、ロシア宇宙主義などで語られる言葉では、科学的というより、むしろ哲学的な響きとなってしまいます。

たとえば下のように。


地球上の生命現象は宇宙の物理的な現象とつながっている。ひとつひとつの生きた細胞は「宇宙の情報」に感応するのであり、大宇宙はこの情報を細胞のひとつひとつに浸透させている。

▲ 2013年3月24日の過去記事「私たちに残されたかすかな破局の回避の可能性のために」より。



私はこれらの表現が嫌いではないですが、しかし、今回はそういう曖昧な表現ではなく、太陽が人類に作用している理由と考えられることについて、これまでのいくつかの科学研究からご紹介したいと思います。





人間の精神は太陽に乱され、人間の血液自身も「磁場」

今回は主として、太陽活動と社会活動の関係について書いているのですけれど、人間の社会活動というものは、

人間の意志や精神によって左右される

ものだと思います。

つまり、通常とは何か違う感情や精神の状態によって、革命や暴動、戦争に向かいやすい「異変」が、多くの人類に一斉に現れるものなのだと思います。

なぜ「多くの人類に一斉に」かというと、ほんのわずかな人だけが意志や精神の興奮状態に陥っても、それだけでは暴動に発展はしません。まして、最近各国で起きているように大規模な運動などは、多くの人々が「通常とは違う感情」に支配されていることを示します。

これは「革命的な指導者の登場」についても同じ事が言えそうで、仮にひとりの強大な指導者が出ても、「熱狂的に従う人々」がいなければ革命は起きないはずです。


今回は「精神」に及ぼす作用として、参考になりそうな資料を記します。

ひとつは嶋中雄二さんの『太陽活動と景気』からです。

ここから抜粋です。


「太陽活動と景気」太陽活動と健康・精神 より

太陽活動や地磁気活動は、ヒトの精神活動を乱すことが知られており、統合失調症の患者数は、約 10年の周期的変化を繰り返していることがわかっている。

また、もしも、地磁気と生体膜の透過性との間に何らかの関係があるとするならば、中枢神経系への地磁気の直接的な影響の可能性が理解できる。(中略)

脳の中での生理的・生化学的なプロセスは、生電気と密接に関わっており、その基本はナトリウム・イオンやカリウム・イオンの濃度の差を含む膜構造にあるとされている。

これらのイオンの透過性は「膜電位」と呼ばれる電流でコントロールされるため、もしも地磁気が膜電位に作用するならば、それはヒトの生体の生理学的機能にも、当然影響を与えるはずなのである。

ここで、地磁気と生物との関係を考えてみれば、生物固有の「生体磁場」にも目を向けるべきかも知れない。実際、麦などの植物の種子にも、数ガンマの磁場が発見されているが、最近ではヒトにも磁場が存在すると考えられている。

血液中のヘモグロビンは鉄と色素の複合体であるヘムと蛋白質であるグロビンから成るが、グロビンは「反磁性」とされているから、本質的には鉄の科学的状態が血液の磁気的性質を発生させていると考えられるのである。




とあります。

ここで注目すべきは、「血液というものの正体」です。

ヘモグロビンは、ヘムとグロビンというものから成り立っているとのことですが、そのふたつは、


ヘム → 鉄
グロビン → 反磁性(物質が外部の磁場と反対の向きに磁化される性質)



ということで、「人間の血液」とは「鉄と反磁性」という組み合わせからできているというもので、血液そのものが地磁気にダイレクトに反応するということが何となくわかります。





地磁気は DNA の構造や水そのものを変化させる

上の文章の中に「ヒトにも磁場が存在すると考えられている」という記述があります。これは実際には 1960年代には確認されていたようです。

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▲ 2013年1月17日の過去記事「真実の太陽の時代」がやってくる(3)」より。


上の図は、地球物理学の権威で、京都大学名誉教授だった前田坦(ひろし)さんが書かれた『生物は磁気を感じるか』という 1985年出版の本にあるもので、他にも多くの研究例が出ています。

たとえば、

・地磁気で DNA の核酸の向きが変わる
・地磁気のたんぱく質への影響
・地磁気の人間の細胞そのものへの影響


などが記されています。

下は、その『生物は磁気を感じるか』にある図の中のふたつのグラフです。

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▲ ビスマスというのは元素の名前だそうですが、Wikipedia によると、「腸粘膜のタンパク質と結合して被膜を作り炎症を起こした粘膜への刺激を和らげる効果」があるのだそう。


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▲ フィブリンというのは人間の血液の凝固と関係する繊維素とのことで、このフィブリンに地磁気が加えられると、それまでバラバラだったものが、「平行に並ぶ」のだそうです。これにより「人間の血液凝固作用が急激に強まる」のだと思われます。


上の血液凝固と太陽活動の関係については、過去記事「なぜ「太陽生物学」や「太陽と人体に関しての研究の数々」は歴史から消えてしまったのか?」の中に、


1935年、日本の科学者たちは人間の血液凝固速度が太陽活動と関係していることを見いだし、太陽黒点が太陽の中央子午線を通過するとき、血液凝固速度は二倍以上に高まったと報告している。



という『太陽活動と景気』の中の文章を紹介していますが、太陽活動が活発な時に、脳などをはじめとした血管の病気が増えるのはこれが理由だと思われます。

非常に簡単に書くと、

太陽フレアやコロナの放出で地球の地磁気が上がると、脳血栓や心臓関係の病気が突然増える

と言ってしまってもいいのではないかと私は考えています。


さて、セクションのタイトルにいたしました「地磁気は DNA の構造や水そのものを変化させる」ということに関してなんですけれど、これ自体も相当長くなりそうですので、次回、太陽に関しての記事を書く時にふれてみたいと思います。



パニック障害と太陽活動の関係もややわかってきましたけれど

また、私自身は、かれこれ 30年以上、不安神経症であり、パニック障害であるのですが、それらの症状に一般的に処方される「ベンゾジアゼピン系抗不安剤」というものがあります。デパスとかレキソタンとかソラナックスとか、要するに非常に一般的な抗不安薬ですが、

「どうして神経症に効果があるのか?」

と思い、薬理作用を調べたことがありますが、太陽活動による地磁気の人間への影響と、これらの薬の作用の基本原理には、「ある種のつながり」があることを私は以前発見しています。ほんのかすかな可能性ですが、「太陽活動の周期との付き合い方で神経症が改善される可能性」を見いだし始めています。


しかし、これはあくまで、私自身の推測である上に、抗不安剤を否定するような無責任なことになるのもイヤですので(私はベンゾジアゼピン系抗不安剤の離脱症状の強さを知っていますが、その薬効を否定することはできません)、このことにはふれることはないと思います。


いずれにしましても、私たちは太陽フレアやコロナの放出などで地球の地磁気が変化している中で、絶えず私たち自身の肉体と精神は、ある意味で「書き換えられている」もののようです。



  

2014年03月19日



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今回は非常に長い記事なんですが、何日かをかけて少しずつ書いていたものです。何回かにわけようと思っていたのですが、どこからわけていいのかわからず、すべて掲載します。

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▲ 2014年3月5日の英国 Western Morning News より。


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▲ 2014年3月12日のカナダの報道メディア Global News より。カナダで UFO 目撃が劇的に増えていることが公式調査で判明したことが先日、米国やカナダの報道メディアで一斉に報じられました。






 



専門家が介入しないアメリカのテレビ報道

唐突ですが、下の写真は何だと思われますか?

2010年 11月 9日に米国カリフォルニアで目撃されたもので、 ABC テレビなど、多くのメディアで「謎の煙」として報じられたものです。

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▲ 2010年11月9日の Contrail Science より。


結論から書きますと、これは「飛行機雲」だということのようなんです。

ミサイルでもなく、普通の旅客機のものです。

以前からそういう話を聞いたことがあるのですが、「そう言われてもなあ」と思っていたのですが、最近、上のリンクにあるコントレイル・サイエンス、つまり「飛行機雲の科学」というサイトの存在を知りまして、それを読むと、その検証ぶりの徹底さもあり、また、その理屈も書かれており、とてもよく理解できたのでありました。

そのコントレイル・サイエンスの 2010年 11月 9日の記事に、「遠近法の視覚の問題( A Problem of Perspective )」というタイトルの記事があり、そこに実際の数々の例と、計算式などが掲載されています。

例えば、上のカリフォルニアの謎の煙に関しては、サイト上で以下のように検証が加えられていて、発地と着地と、その経路も示しつつ、ボーイング 757 旅客機であることを突き止めています。

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▲ 2010年 11月 9日カリフォルニアの謎の煙が旅客機ボーイング 757 の AWE 808 便の飛行機雲であることを示した Contrail Science より。



さらに他の数多くの例と共に、このような現象が起きる「条件」を数式で表していますが、数式の意味するところは私にはわかりません。

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▲ これらの現象が起きる角度などを表しているようですが、わかりません。


これらの現象は、英語ではサンセット・コントレイル( Sunset contrail )と呼ばれていて、日本語では表現が存在しないですが、そのままだと「夕焼け飛行機雲」という、何だか、3丁目の夕陽みたいな響きになりますので、ここではサンセット・コントレイルとさせていただきます。

たとえば、 Google 画像検索で Sunset contrail と検索すると、見事に大量の写真が現れます。

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▲ Google 画像検索 Sunset contrail より。


さて・・・・・。


実は私が問題として感じたことは、この不思議な煙の正体が飛行機雲だったということではないのです。このことはむしろ、どうでもいいことなのです。

問題だと思ったのは、米国を中心としたテレビ局は、なぜ繰り返し、上の 2010年のカリフォルニアと同様の報道を繰り返すのだろうということのほうなのです。


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何でも UFO に持って行こうとする、この数年の米国の報道

テレビ報道の夜のメインニュースの中で流す放送内容が、たとえば、それがある程度「ミステリー的」なものだとした場合、いくら何でも ABC ほどのメジャー局が「何の検証もせず、どんな専門家にも話を聞かずにそのまま放映する」ということはないような気がします。

専門家に聞けば、それが「サンセット・コントレイル」だということは、すぐにわかったはずです。もちろん、専門家によっては違う答えが出るしれないですが、いずれにしても、 2010年 11月 9日の「謎の煙」が旅客機による飛行機雲であることは事実と考えるのが妥当です。

しかし、その際にも、あるいはその後の類似した報道でも、

「謎の」

とか、

「 UFO ? 」

というような見出しで報道していることがどうも気にかかるのです。

実は先日、また同じ報道があったのです。





英国の2013年3月13日の報道

英国グロスター・シチズンというメディアでした。

UFO-Gloucester.gif

▲ 2014年3月13日の Gloucester Citizen UFO spotters across Gloucester alerted after unidentified object plummets to Earth from space より。


報道では何枚かの写真が出ていて、確かに下のような写真を実際に目撃すれば、「不思議なものが空から落ちてきた」と考えるのも当然のような気はします。

gr-02.jpg

▲ 同じ Gloucester Citizen より。


しかし、記事には、すぐ下のようなコメントが寄せられます。

ufo-of-interest.gif


申し訳ないが、これは旅客機からの単なる普通の飛行機雲だ。似た現象は http://tinyurl.com/ye2paxa に掲載されている。



このコメントのリンクで知ったのが、最初の方でご紹介した「飛行機雲の科学」というサイトだったのですが、興味深いのは、上のコメントの人の名前が ufoofinterest となっていることでした。

これは UFO of Interest ( UFO のおもしろさ)という意味だと考えられ、つまり、おそらくは UFO 好きの人だと思われますが、結局この記事は、「 UFO 好きから否定される記事」となってしまっているのでした。





アメリカ空軍のほぼすべてが「不明」とコメントした 2010年のカリフォルニアの煙

最初に取り上げました 2010年 11月 9日のカリフォルニアの煙は、「謎のミサイル騒動」として、このブログでも取り上げています。

cal-ufo-02.jpg

▲ 2010年11月10日の過去記事「アメリカで大騒動の謎の巨大ミサイル発射を巡る米軍の困惑」より。


当時は、私も不思議でした。そして、結局は、単なる旅客機の飛行機雲だったことが3年半後の今になってわかったのですが、このタイプの報道はその後も繰り返しおこなわれます。

上の場合など、アメリカの空軍と宇宙関係のほとんど、すなわち、

・米空軍宇宙軍団 ( AFSPC )
・アメリカ戦略軍( USSTRATCOM )
・地球規模攻撃軍団( Air Force Global Strike Command )
・ミサイル防衛局(Missile Defense Agency)
・アメリカ北方軍 ( USNORTHCOM )


のそれぞれ司令部にコメントを求めていて、すべての司令官が、

「原因はわからない」

と言っていました。

もし仮に 2010年 11月 9日のカリフォルニアの煙が、やはり飛行機雲だった場合、「航空のプロ」である人々がまったくわからないと言うのがどうにも腑に落ちないという面を今にして、やや感じないでもありません。

ちなみに、上の「空軍宇宙軍団」とか、「地球規模攻撃軍団」などはSFっぽい名称ですが、アメリカ軍に実在するもので、

・「空軍宇宙軍団」は、軍事衛星や大陸間弾道ミサイルの関連部隊。
・「地球規模攻撃軍団」は、核兵器を管轄する部隊。


となっているようです。

「核兵器を管轄する部隊」に「地球規模の攻撃」という名称をつけるのは、ちょっと勘弁してほしい感じもありますが、余計なことは書かず、先に進みます。




急上昇するカナダの UFO 目撃数

そして、トップに貼りましたように、最近、「カナダで UFO 目撃数が急激に上昇している」という内容の記事が非常に大規模に報道されました。

canada-ufo-sight.gif

▲ 2014年3月11日のカナダ CBC ニュース UFO sightings soar to new heights in Canada より。


これは、カナダの UFOlogy Research (ユーフォロジー調査所)の公式の調査であり、内容としては、過去25年間に報告された UFO 目撃数の統計から、

・カナダでは過去 25年間に 14000件の UFO 目撃が報告されている
・最も数が多かったのは 2012年で、約 2000件の目撃報告
・2013年は2番目に多い 1180件の目撃報告があった
・カナダで目撃報告が最も多いのはオンタリオ州
・報告の中の 14パーセントが正体がわからないものだった


ということがわかったというようなものです。

UFO 研究家には意義深い調査内容だと思いますが、 CBC を始めとして、ほとんどすべての公共メディアで報道するタイプのニュースかなあ・・・と、やや疑問には感じましたが、しかし、それはともかくとして、

「実際に UFO 目撃が増えている」

ということは事実のようです。

そして、これはカナダではそのような調査があったからわかったことで、普通の国では公式調査は行われませんので、もしかすると、全世界的に UFO 目撃数は増えているのかもしれません。


そういう中で目にしたのが、トップに貼りましたエドワード・スノーデンさんのディスクロージャーの内容でした。


どうでもいい話ですが、最近、私は物忘れがひどくて、特に人の名前がきちんと出てこないことが多いのですが、スノーデンさんなんかも上のほうをよく忘れます。なので、最近は「江戸の言葉は雪おでん」というように覚えています(本当にどうでもいいな)。


いずれにしても、そのことを報道した英国メディアの記事をご紹介します。ちなみに、これは、ここまで書いた一連のことと、その文書の内容が関係していると考えているわけではないです。単なるニュース記事の翻訳としてお読みいただければと思います。

ちなみに、その記事には、過去記事の、

イギリス政府の機密作戦の結果が教えてくれる「私たちのいる現実の世界」
 2014年02月28日

の中に出てきましたイギリス政府通信本部( GCHQ )が出てきます。

英国ウェスタン・モーニング・ニュースの記事です。
ここからです。

このことをどのように感じられるかは、各自のお考えにお任せいたします。
ただ、私は、SF映画を含む「戦後の大衆文化」の流れをふと思い出します。




Photo of a UFO in Cornwall is among the latest secret documents released by former CIA whistleblower Edward Snowden
Western Morning News 2014.03.05


英国コーンウォールで撮影されたUFOの写真が、元CIAの内部告発者エドワード・スノーデンがリリースした最新の秘密文書の中に存在する

ufo-cornwall.jpg

▲ 2011年 8月 1日に英国コーンウォールのセント・オーステル近郊で撮影された写真。


2011年 8月にイギリス・コーンウォールで撮影された上の写真は、あるいは UFO の証拠となる写真かもしれないが、あるいは、カモメが糞をする様子をピンボケで撮影しただけのものかもしれないとナイジェル・ワトソン( Nigel Watson )氏は述べる。

これらは、UFO の存在を明らかにした複数のスライドのセットの中の一つで、内部告発者エドワード・スノーデンがリリースした最新の政府文書の中にある。

この複数のスライドは、イギリスの諜報機関である政府通信本部( GCHQ )が、パワーポイントでのプレゼンテーション用に作成したもので、その中に、エイリアンの宇宙船を描写したものが含まれる。

しかし、著作『未確認飛行物体調査マニュアル( UFO Investigations Manual )』の作者である UFO 専門家ナイジェル・ワトソン氏は「これらは偽物だ」として、その真実性を否定する。


nigel-watson.jpg

▲ ナイジェル・ワトソン氏。


スライドを見たワトソン氏は以下のように報道機関に述べた。

「このプレゼンテーション資料には、スライド番号 35から 37まで3枚の UFO 写真があります」

「最初の写真は、1950年 4月 23日に米国イリノイ州レッドブルで撮影された白黒の UFO 写真です。次の写真は、メキシコで、アルトゥロ・ロブレス・ギルによって撮影されたビデオのスクリーンショット。3番目の写真は、2011年 8月 1日に英国コーンウォールのセント・オーステル近郊で撮影された写真です」

「これらの写真はその後、それぞれ懐疑論者たちの調査で、空中に投げたハブキャップ(帽子)、縮んだマイラーバルーン(風船)、糞をするカモメのピンボケ写真だとわかりました」。

そして、ワトソン氏は、これらはイギリス政府機関のインターネットにおける大衆に対してのマインドコントロールの試みのひとつだと確信しているという。

インターネット上で、いかに「誤った情報を流布させるか」については、英国政府機関が「新しいオンライン世代のための秘密工作訓練」というオペレーションを行っていることがわかっている。

それは、英政府通信機関( GCHQ )によって作成されたプログラムで、インターネットによって、大衆の心理的操作をおこなうための 50枚のマニュアルが記載されたスライドで説明される。

これは、アメリカ国家安全保障局( NSA )や他の機関のために作成された「合同脅威研究情報班」( Joint Threat Research Intelligence Group/略称:JTRIG )と呼ばれる。

ワトソン氏は、 政府機関が UFO によって大衆の心理を操作、つまり、マインドコントロールをおこなっていることを確信しているという。氏は以下のように述べる。

「政府機関はいまだに人々の UFO 信仰の力と大きさを認識しています。そして、彼らは人々の信念を悪用するためにインターネットを使うことには問題はないと考えているようです」。





(訳者注) 記事に出て来る「新しいオンライン世代のための秘密工作訓練」については、過去記事の「イギリス政府の機密作戦の結果が教えてくれる私たちのいる現実の世界」の中にも記載していますので、ご参考いただければ幸いです。

gchq-07.gif

▲ 上の記事より、合同脅威研究情報班( JTRIG )のプレゼンテーション資料のひとつ。日本語はこちらで加えたものです。


いずれにしても、今後、まだまだ UFO に関する報道、あるいは「 UFO の出現そのもの」も増えそうです。

たとえばですが、その方法は、過去記事、

4月5日に実行される「全世界での偽UFO出現」計画
 2014年02月24日

にあるように、やろうと思えば、とても簡単です。


ちなみに、上のページで紹介していた「偽 UFO 騒動」プロジェクトの「参加者募集掲示板」 、あるいは予定表やウェブサイトは現在すべて消えています