【人類の覚醒と真実】 の記事一覧
2011年06月13日
聖書の「ヨハネによる福音書」にある言葉の、
「はじめに言葉ありき」
のことを書いたことがありますが、実はこれらのことは、そういう「はじめは」というところで終わるものではなく、
「はじめだけではなく、何もかも言葉だ」
ということなのかもしれないということを書いてみたいと思いました。
実体のすべてである DNA
ロシアの自然科学研究の状況を記した過去記事があります。DNA の「本当の働き」といったものの研究が進められていることが書かれています。リンクを提示しておきます。
・ (第1回)記憶媒体として機能しているDNA
・ (第2回)DNAは言語が具体化したものだった
・ (第3回)DNAは生物の直感力とテレパシーを支配している
上のは、内容的にわりと「ほんまかいな」というような部分は多いのですが、しかし、ここでは上の内容の真偽や信憑性というものではなく、あえて、上の内容をベースとして考えることにします。
それは、
「DNA は言葉によって頻繁に再構成されている」
という概念です。
今日、ふと思い立ったことに関しては、文章で長々と書くと、むしろわかりにくくなると思いますので、箇条書きにしてみます。
まず、
・DNA の配列は言語法則と同じである
・そして、DNA は言葉に影響を受けている
という前提条件があるとします。
・「 DNA 」は、人間の情報のほとんどすべてを持つ器官である
↓(そこから考えられること)
・ DNA は実体を持つ器官としての存在だが、それは言葉により牛耳られている
↓
・つまり、言葉がない状態では DNA は機能しない
↓
・DNA とは言葉そのものかもしれない
↓
・DNA とは私たち人間そのものである
↓
・つまり、私たちは「言葉そのもの」である可能性が高い。
というようなものです。
簡単にいうと、これは「人間というものの実体の問題」という核心にふれる可能性の高いテーマでもあり、なかなか難しい話でもあり、簡単に結論づけられるものではないとはいえ、今日、ボーッと駅で立っている時に、次々と頭の中に浮かんできたのは、
「これらの(風景の)実体は存在していないのでは・・・」
という概念で、そして、
「今、実体のように見えるこのすべてが「言葉」なのではないか」と
ということでした。
難しい書き方だと正直思います。
そして、本当はひとつひとつちゃんと今までの流れに沿う形で書きたいのですが、そういう論理思考が今ひとつうまく行かない時期で、また箇条書きにしますが、実はすべて、これまでのクレアと In Deep で書いたきたことの繰り返しなんです。
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タグ:ヨハネによる福音書
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