2014年11月08日



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西暦1750年頃に「何らかの理由」で小氷河期の入口の手前から救われた人類。しかし、今回はどうなる? 太陽と火山噴火の増加が作り出す地球冷却のシステム



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▲ 2014年10月31日の Dr Sircus より。






 


予測を上回る「異常に早い冬」が世界各地に到来している2014年の北半球

冒頭の記事は、アメリカの東洋医学の医師として著名であるというマーク・サーカス( Mark Sircus )医師のブログの記事で、通常は、薬学や鍼灸などの題材の記事が多いサーカス医師の記事で、唐突に、

「なぜ(今年は)こんなに早く寒くなっているのか?」

というタイトルの記事が出されました。

この「なぜ、こんなに早く寒くなっているのか」という感覚は、日本は今のことろ季節感の崩壊はない感じですので、私たちにはあまり実感がないかもしれないですが、ヨーロッパやロシア、アメリカなどの一部などでは現在かなりの範囲で「記録破りの早い雪と寒さ」を迎えているのです。

11月としては73年ぶりの早い大雪の記録を塗り替えたロシア

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▲ 2014年11月7日の英国テレグラフより。


50年前の寒波の記録が各地で破られている米国フロリダ州

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▲ 2014年11月2日の Naples News より。南フロリダなどの温暖な地域の各地で、 1950年台に記録された最低気温を更新し続けています。


猛吹雪により数万世帯が停電となっているフィンランド北西部

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▲ 2014年11月6日のフィンランド・タイムズより。ポフヤンマー県という場所にある地域が広範囲で猛吹雪に見舞われ、気温も氷点下3度を下回ったのだそう。


他にも例を挙げればキリがないですが、すべての地域というわけでは決してないにしても、地球(北半球)全体として見ると、「今年は非常に冬が早い」という傾向が見られます。

冒頭の記事では、サーカス医師は、ロシア科学アカデミーの科学者たちが 2006年から予測していた

「太陽活動の縮小がもたらす地球寒冷化が 2012年から 2015年の間に訪れる」

という説を紹介すると共に、そこに、ロシアの科学者たちが寒冷化の原因としては加えていなかった「火山の噴火の増加による寒冷化」について記述しています。

もちろん、地球が寒冷化していく理由は、過去の寒冷化や小氷期も含めて原因は複雑で、さらにそれは周期的でもあるわけで、複合的な要因によるものであり、決して火山の噴火で説明できるようなものではないですが、「さまざまな要因の中のひとつの大きな原因」とサーカス医師は述べています。

今回はそのサーカス医師の記事の内容の概要をご紹介したいと思います。

オリジナルの記事は、『罪と罰』でも読まされているような感覚に陥るほど果てしなく長いものですので、要点をわかりやすく訳したいと思っています。

ところで、タイトルに入れました、

1750年頃の「何らかの理由」で氷河期入りから救われた人類

というフレーズは意味がわかりづらいかと思います。
これも気候と関係したものですので、ちょっと記させていただきます。




1750年頃の地球に何があったのか

このことは、米国の気象サイト「クライメイト・オーディット」の Warmest since, uh, the Medieval Warm Period (中世の温暖期以来、今が最も暖かい)という記事にあった下のグラフを見て思ったものでした。

1750-up.gif
Climate Audit


これは加重平均で西暦 2000年間の気温をグラフ化したものだそうです。

加重平均というのは、金融用語として使われるもので、コトバンクによりますと、

平均値の算出方法のひとつ。平均する各項の条件の違いを考慮に入れ、対応する重みをつけてから平均すること。また、その平均値。ダウ平均株価の類。

とのことで、あまりよくわからないですが、そういう平均値の算出方法があるということです。

そして、その算出方法で出された気温の推移を見ると、西暦 1000年頃から西暦 1750年くらいにかけて気温はどんどんと下がっていっていることがわかります。

このまま下がり続けると、いよいよ人類社会に影響が出るほどのレベルに突入する……と思われた 1750年くらいから「突如」という感じで気温が上昇しています。

これについて、やはり気象や海氷の状況を記事にしている sunshine hours という(人為的な原因による地球温暖化説を強固に批判している)ブログの記事で記者は、

1750年頃に地球に何が起きたにせよ、これは地球の人類を凍死から救ったことになる。それが、(ありえないが) CO2 によるものだとか、自然変動によるものだとかの理由が問題なのではない。この時、人類が凍死から救われたことを私たちは素直に感謝すべきだ。

と書いています。

そんなわけで、グラフにある通り、現在も含めて、西暦 2000年以降の地球は、西暦 400年代に迫るほど暖かい時代だということになっています。

それにしても、1750年頃に地球に何があったのでしょうかね。

その頃、日本は江戸時代。

edo.gif
NAVER


あるいは、文献などを丁寧に調べれば関係する現象のような記録が残っているかもしれないですが、見つけ出すのはなかなか難しそうです。

ちなみに、その少し前までの地球は、太陽黒点数が著しく減少した期間であるマウンダー極小期と呼ばれる時代で、それは、1645年から 1715年のおよそ 30年間でした。

そのマウンダー極小期が終わって、わりとすぐに地球は「温暖化」へと向かっていき、しかも、その温度上昇の曲線はものすごい急カーブを描いていたことがわかります。

ちなみに、このマウンダー極小期の黒点の数なんですが、「 30年間でわずか 50個」の黒点のみ観測されたという時代ですが、当時の10年ごとの黒点観測数の表を見ると、1645年から 1715年までの 30年間の黒点の少なさの異常さが、よりハッキリとします。

mounder-sunspot.gif
Wikipedia

10年ずつの単位でこれです。

ちなみに、最近は黒点に関して記事にすることも多かったですが、マウンダー極小期の「 30年で 50個」という黒点は、今現在なら「1日分にも及ばない」ものです。

sunspot-2014-1107.gif
NICT 黒点情報


30年間は 10950日ですので、マウンダー極小期の時代は、最近の太陽の「2万分の1ほどの活動しかしていなかった」ということになりそうです(計算が適当な点についてはお許し下さい)。

いずれにしても、1750年頃に何があったのかはわからないにしても、それまで一方的に下がり続けていた気温が、突如として反転したということは事実のようです。

この 1750年頃に地球の気温が上昇に転じず、その時よりもさらに気温が下がり続けていた場合、凍死はしなくとも、農業生産の衰退による極端な飢饉や飢餓で人口そのものが減っていった可能性はありますし、それは地球の文明の発達とも関係していたかもしれません。

要するに、人口が減る上に、大雪や寒波は活動範囲を狭くします。その上、黒点活動が弱いと「情熱そのもの」が人から消えていくと思いますので、文明が発達していかなかった可能性があると思います。

いわゆる「現代人類の文明」といわれるものも氷河期が終わった1万年前頃から始まったような部分もありますし、基本的に「寒いと人間文明は進まない」という面はあるのかもしれません。

そういう意味で、今後の展望として懸念として思うことは、これから先の気温が下のような状況にならないかどうかということです。

2014-ice.gif


いずれにしましても、「地球」という単語を頭に付けないでという条件でしたら、確かに「寒冷化」は世界各地に拡がっています。そして、昨年も一昨年も日本を含めていろいろな場所で「大雪」に見舞われましたが、それは今年も続くのかもしれません。

ちなみに、記事に出て来るロシア科学アカデミーの科学者は「寒冷化は西暦 2055年まで続く」と予測しているそうです。

では、冒頭の記事をご紹介します。




Why is it Cooling So Fast?
Drsircus 2014.10.31

なぜこんなに早く寒くなり続けている?

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ロシア科学アカデミーの宇宙研究セクションの局長を務めるハビブロ・アブダッサマトフ( Habibullo Abdussamatov )教授は、2006年のプレスリリースの中で、これから訪れる世界的な寒冷化に備えて、世界は準備すべきだと述べた。

教授の 2006年の予測では、「世界寒冷化」は 2012年から 2015年の間頃から始まるだろうとしていた。そして、2055年までそれは続くと予測した。

しかし、このロシア人科学者たちの予測は、太陽活動の縮小による寒冷化を想定したもので、彼らの予測には、現在、記録的な量に達している火山の噴火による火山灰と塵が地球の冷却化を促進することについては含まれていなかった。

過去 14年間、火山の噴火による大気中への灰の噴出は増加し続けており、これは地球寒冷化の原因のひとつとなり得ることを最近の科学的研究は示唆している。

研究者たちは、1998年から 2012年までの間の 17の噴火の後の、地球の上層大気の二酸化硫黄の分子の分布状況を調べた。

結果は、火山灰の分子は、むしろ地球の表面よりも、太陽光の背後に液体粒子を作っていることがわかったのだ。これは、火山灰の分子が、太陽光の地球への到達を遮っていること示唆している。

そして、地球全体での火山噴火の数は着実に増え続けている。

火山噴火の年間の平均数は 50から 60であり、たとえば、1990年には 55の噴火が記録されたが、 2013年は 12月5日の時点までだけで 83の噴火を記録した。

この火山噴火の増加は 2014年も継続している。

そして、過去 10年間で、成層圏のエアロゾルの量は増加し、太陽光の反射に影響を及ぼしている。

ローレンス・リバモア国立研究所の気候科学者のベンジャミン・サンター(Benjamin Santer)博士は、プレスリリースで「この現象は、地球の自然変動としての寒冷化を作りだしている。そしてこれは、地球表面の気温上昇と人間の影響による気温上昇のどちらをも相殺している」と述べている。

もし、これからの冬が、昨年の冬より寒くなった場合、私たちは厳しい時代に突入していくことになるのかもしれない。寒冷化は食糧供給に影響を与え、世界的に重大な局面となる可能性もある。

たとえば、現在噴火しているアイスランドのバルダルブンガ火山( Bardarbunga )が1日に排出している二酸化硫黄の量をご存じだろうか。それは、何と3万5千トンにのぼる。たった1日でだ。

これだけの量の二酸化硫黄の多くが地表よりも、むしろ上層大気で太陽の光を反射する液体粒子を形成していると考えると、この火山ひとつだけとってみても、どのくらいの寒冷化につながっていることかと考える。




  

2014年07月22日



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ガザ侵攻の記事についての追記

昨日の記事、

「大量の犠牲」の時代に呆然としながら
 2014年07月21日

を書いた後に、イスラエルに住んでいる日本人のお知り合いからメールをいただきました。


その方はイスラエルに住んでいますけれど、特にイスラエルを擁護する立場でもなく、もちろん非難する立場でもないということを記しておきたいと思います。

昨日の記事で私の書いたことは、ともすれば、まるでイスラエル側だけの非で、一方的にガザの民間人を殺戮しているような印象を与えてしまっています。

しかし、実は私自身、昨日の記事を書きながら、「どうもおかしいな」と感じていたことがいくつかありしまた。それはたとえば、下の写真です。

gaza-babies-350.jpg
Daily Mail


爆撃で亡くなった赤ちゃんを抱いて歩いている「父親」たちと書いたのですが、

ふつう、爆撃の真っ只中で、子ども、特に小さな赤ちゃんがいる父や母が「その赤ちゃんを別の場所に置いたままにする?」


とは思ったのです。

私は自分の子どもの赤ん坊時代は奥さんと交代で育てていたのですが、普通の「自分の子どもに対しての感覚」だと、危険時には何が何でも「絶対に子どもから離れない」という意志が、戦争ではなくとも、何かの危険な状態の場合の親の態度ではないのかな、と。

まして赤ちゃんなら抱きしめたまま、少しも自分の側から離したりしないはずです。

つまり・・・。

子どもが爆撃で死亡したのなら、「親も死亡している」のが普通なのではないだろうかと。

なのに、デイリーメールには、他にも多くの写真があり、そこには亡くなった子どもや赤ちゃんたちを抱きながら大勢で歩いたり、亡くなった赤ちゃんを前に泣いている「大人」たちの多くの姿があります。


何だか遠回しな書き方になっていますが、今回のガザ侵攻で「子どもの大量死が発生している理由」は、冷静に考えてみれば、そして、それをハッキリと書けば、

イスラエルも、そして、ハマスも、どちらも、子どもの命に対しての残虐性を提示する結果を導いている。


と思われるフシが数多くあります。

しかし、それは単に私の推測でしかないのですし、何より、そんなことがどうであるとしても、とにかく毎日、「子どもの大量死」が発生し続けている。

すべての初子を撃つ」と旧約聖書「出エジプト記」に記されて以来、数多く起きている子どもの大量死の中でも、最大クラスの地獄が進行していることだけが事実で、どちらが良い悪いという意見は私は持ち合わせません。


ところで、そのイスラエルのお知り合いが言うには、実際のイスラエルの攻撃からガザ地区で民間人の被害が出るまでの流れとしては、以下のようなものらしいです。


・イスラエル軍は爆撃の前に攻撃対象となっている施設(学校・病院など)から出るように通告する。

・しかし、ハマスは、攻撃される際に住民が建物から出ることを許していない。

・攻撃前に施設や建物から住民が逃げる場合、ハマスは罰する(殺害する)ので住民は留まる。




その後にイスラエルによる攻撃が始まり、結果として、建物に残った子どもたちを含む大量の民間人の犠牲者が出るということになっています。

昨日の記事で書きました、2009年のガザへの攻撃の際の、

・兵士の死者  235人
・民間人の死者 960人(うち、子どもが288人)


という「いびつな構造の理由」も、ここにあります。

なぜなら、ハマスの兵士本人たちは「爆撃される建物から離れている」はずですので、爆撃の犠牲になる確率が低くなるからです。しかし、彼らは、

「民間人は建物から出てはいけない」

としている。

そのため、攻撃しているのはイスラエルでありながら「民間人や子どもの被害者の数を大きくしている」という意味では、ハマス側も死亡した民間人に対して同じ罪を持っていると感じます。

私のような平和ボケした考えでは、少なくとも、「子どもたちだけでも攻撃される可能性のほとんどない、つまり、軍事的に攻撃される意味のない野っ原かどこかの場所に移動させる」だけで、ずいぶんと子どもの死者は減るはずだと思うのですけれど、そういうことを試みているという報道もない。


突然、映画の話で恐縮ですけど、二十代の終わり頃に見た、クリストファー・ウォーケン主演の『ウォーゾーン/虐殺報道』(1987年 / 原題: Deadline )という映画を見て、私は、はじめて、中東の問題の深刻さと「憎しみの歴史」を知ったというような、世界情勢を全然知らない人ではありました。

この映画のラストのほうで、イスラエルの諜報から「大規模な爆撃がある」ことを知ったアメリカ人記者の主人公が、攻撃のターゲットになっている地区へ行き、

「ここからみんな逃げろ。子どもを連れて逃げろ」

と伝えに行きます。

zone1.jpg
・映画「ウォーゾーン/虐殺報道」より。


しかし、地区を牛耳っている人物は、その土地の住民たちに「ここから出ていってはいけない。みんな家に戻り、この土地を守るんだ」というようなことを言い、攻撃を受けたとしても、逃げずに全員がここに留まるように人々に言います。

deadline.jpg


その晩、イスラエルによる攻撃が始まり、翌朝には村は瓦礫と死体の山となっています。

これは映画ですが、同じようなことが繰り返されていたであろうことも想像できます。

このウォーゾーンという映画は、中東の対立の「感情的な部分」について、私にいろいろと感じさせてくれたものがあった映画ですが、日本語字幕のものは多分 DVD にもなっていないんですよ。なので、レンタルなどでも存在しないと思います。ビデオの VHS の中古なら Amazon に中古で1円からたくさん出品されています。


ところで、そのイスラエルのお知り合いは、下のようなことを書かれていました。


ガザは地獄です。

戦争がなくても地獄だったところです。

パンドラの箱を開けてしまったのかもしれません。


と書かれていました。

いずれにしても、現地では、陣営は関係なく、「子どもたちの地獄の国」を作りだしているというのが多分正しくて、誰もかれもが「大量死に荷担している」という気がしてなりません。





イスラエルの人々の感情と、そして今後の私たちのあるべき感情の姿

ところで、昨日の記事で5年ほど前のウェブボットのイスラエルに関しての記述について抜粋しました。その中に以下のような部分がありました。


・ イスラエル国民は、イスラエルは生存をかけた戦いをしているというプロパガンダを完全に信じ込んでしまっている。しかしながら、その裏でイスラエルのシオニストは、民族浄化と大虐殺を遂行している。

・次第に、イスラエル国民はこれに強く反応するようになり、シオニストの行動を難しくさせる。そして、イスラエル国内でも反乱が発生する。




この部分に関して、イスラエルのお知り合いが言うには、これは「ある意味で真実です」と書かれていました。

実際にイスラエル国内で起きている具体的なことに関しては、書いていいものかどうかわかりませんので、ふれられませんが、しかし、考えてみれば、イスラエルの人口は Wikipedia によると、推定 800万人です。

その 800万人全員が同じ思想性、同じ考え方を持っているわけはないと考えるのが普通ですが、少なくとも、今回のガザ侵攻のようなことに関しては「違う考えは認められない」という部分があるようです。

知り合いの方も「言論の自由がなくなってきている」と書かれていました。

この

言論や行動の自由度が小さくなってきている

あるいは、

思想や考え方の自由度が小さくなってきている

ということについては、全世界同時的に進行しているようにも見えます。

ここには日本も含まれます。


私は In Deep を書かせていただいているせいもあり、比較的海外のニュースを読む機会が多いほうですが、

気になった海外のニュースの日本語報道を検索すると「ゼロ」だった


ということはよくあります。

あるいは、日本語で報じられているとしても、それは、ロシアの声の日本語版とか、中国国営の新華社の日本語版だったりすることも多いです。

いずれにしても、「特定のニュースに関して日本の報道機関からの報道はひとつもない」というのは今ではわりと日常的でもあります。





最も必要なことは「扇動されないこと」と感情の冷静さ

ところで、上のほうに、亡くなった赤ちゃんを抱いて歩く男性たちの写真などを載せていますが、それでなくとも、紛争地域での写真は悲惨なものが多く、特に子どもたちが被害に遭っている状況の写真は感情的に大変に苦しいものがあります。

実際、今現在、ガザ地区での「子どもの犠牲者」の多くの写真がインターネット上にあります。

あまりにもひどい写真の数々で、リンクなどをするつもりもないですが、これらの「写真」に「文章」などが加わりますと、多くの人たちが「怒り」とか「反××」というような感情を持ちやすくなると思われます。

場合によっては、それが世界中に伝播してしまうこともあります。
現に、今、世界中でガザで起きていることに対してのデモや抗議活動がおこなわれています。

しかし、私たちは、

この世の誰か(たち)は常に「インターネットを使って人々の精神をコントロールする」という試みを、実際におこなっている

ということを再認識する必要があるように思います。

これは、「無意識に扇動されている可能性」についての話となります。

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▲ ロンドンで行われたガザ侵攻に対しての抗議デモ。デイリーメールより。


ここから書かせていただくことは、今回のガザ地区のこととは関係ない話ですが、今後も、「世界のいろいろな場所で、多くの人々が似たような感情に動かされるような報道」などがなされる可能性はいつでもあると思われます。

過去記事の、

イギリス政府の機密作戦の結果が教えてくれる「私たちのいる現実の世界」
 2014年02月28日

という記事ではイギリスの諜報機関である政府通信本部( GCHQ )のプレゼンテーション書類の一部を載せましたけれど、そこには、インターネットを使って人々の感情を動かすための多くの試みが示されます。

gchq-01.gif

▲ 英政府通信本部の「合同脅威研究情報班」( JTRIG )という部署がプレゼンテーション用に作成したスライドより。日本語はこちらで入れています。


上のプレゼンテーション資料には、「4つのD」として、

・否定
・崩壊
・失脚
・欺く


というような意味を持つ英語の単語が記されていますが、この資料を作成した部署(合同脅威研究情報班)の最終的な目的は、

このような概念の実際の出来事を「現実世界とインターネットの世界での情報操作によって作り出す技術を確立させる」


ことのようです。

そういう中には、多分、

「特定の対象(国、人、企業など)に対して憎しみの感情を持たせる」

という方法論もあるかもしれないですし、もちろん逆(称賛する)もあるかもしれないです。

その具体的な対象や作戦がなんであれ、これらには「扇動」という日本語の言葉があてはまるかもしれません。

この「扇動」ということに関係して、過去記事の、

殺され続ける詩人シナ
 2012年09月12日

という記事に山本七平さんの『ある異常体験者の偏見』(1973年)という著作の中にある「アントニーの詐術」という部分から抜粋したことがあります。

お時間があれば、上のリンクからお読みいただけると幸いですが、「人を扇動する原則」が、

・第二次大戦後の戦犯収容所

・シェークスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』


のそれぞれの例で述べられています。

時代も場所も方法も違いますが、「基本原理」は同じだと思います。
抜粋した部分の一部分を載せます。

最初に出てくる「集団ヒステリー」などは 2001年の「 911の後の感情」などを思い出すとわかりやすいと思います。


山本七平『ある異常体験者の偏見』(1973年)より

(人を扇動する)原則は非常に簡単で、まず一種の集団ヒステリーを起こさせ、そのヒステリーで人びとを盲目にさせ、同時にそのヒステリーから生ずるエネルギーが、ある対象に向かうように誘導するのである。これがいわば基本的な原則である。ということは、まず集団ヒステリーを起こす必要があるわけで、従ってこのヒステリーを自由自在に起こす方法が、その方法論である。(中略)

扇動というと人は「ヤッチマエー」、「タタキノメセー」という言葉をすぐ連想し、それが扇動であるかのような錯覚を抱くが、実はこれは、「扇動された者の叫び」であって、「扇動する側の理論」ではない。(中略)

従って、扇動された者をいくら見ても、扇動者は見つからないし、「扇動する側の論理」もわからないし、扇動の実体もつかめないのである。扇動された者は騒々しいが、扇動の実体とはこれと全く逆で、実に静なる理論なのである。




この最後の、

> 扇動された者は騒々しいが、扇動の実体とはこれと全く逆で、実に静なる理論なのである。

の部分などでおわかりかと思いますが、自分たちが扇動されないためには、自分たちが「扇動する側と同じ精神的状況でいること」が大事だと思われます。

扇動する側と同じ精神的状況とは、つまり、「」です。

冷静という意味での「静」です。

淡々と冷静に作り上げられる事柄には、同じく淡々と冷静な感情での対処しか方法がないように思われます。

・怒り
・憎しみ
・あるいはすべての突発的な激情型の行動


からは、むしろ悪い作用と結果しか発生しないはずです。





ひとりの感情は世界に影響を及ぼす

この「平静さを保つ」ことに関しては、特に、シュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』を読んで以来、このことの重要性を特に感じます。

霊学とか、そういうものに関心がないにしても、人間が(精神的に)気高く生きていくために必要なことの最も重要なひとつが、

自分自身の思考の流れを自分で支配する

ことだとシュタイナーは述べます。

つまり、たとえば、何か「怒りを誘発するような事件や出来事」が起きた時に、「その事件に対して怒りを感じる」というのは、その時点ですでに、「外部で起きていることに自分の思考や感情が支配されているということになります。

外部で何が起きても、あるいは起きなくても、自分の思考は自分で支配する。

私はもともとがあまり怒りを感じることがない人で、今回のガザの子どもの犠牲についても、怒りはないのですが、ただ、「漠然と絶望した」というのはあります。

これはこれでやはり外部の出来事が自分の感情に影響していることになるのですけれど、それだけに、いつまでも漠然と絶望し続けていてはダメで、そこでまた平静な思考へと立ち戻り、

「では、今、私はどうすればいいのか」

ということを考えることが大事なのだと思います。

シュタイナーは以下のように書いています。


『いかにして高次の意識を認識するか』より

魂的な事象は少なくとも外界に見出される事象と同じくらい現実的である、という考えに立ちながら、魂的な事象と関わりあうとき、私たちはようやく、自己の内面や魂の重要性について正しい確信を抱くことができるようになります。

私たちは、「私の感情は、手をとおして行う行為に匹敵するくらい大きな影響を世界に対して及ぼす」ということを認めなくてはなりません。




神秘主義で世界の悲惨を解消することはできないでしょうが、それでも、上のような考え方と、「冷静さ」を学ぶことで、世界全体としての人間の感情の流れは変化していくかもしれないですし、あるいは、それによって、「未来の悲惨」は回避できるかもしれないとは思っています。

無理なら無理でそれでよろしいとも思いますが。

つまり、それが今生の私たちの生きている時代の限界だということですから。



  

2013年11月06日



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▲ 海面上昇によって起きるこういう光景のイマジネーションというのは、過去から現在までずっと存在していますが、実は「訪れない光景」なのかもしれません。写真は、in Serbia というセルビアのメディアの「悪魔は地球上にすでに存在する」という記事より。




気候変動に関する政府間パネルが語った世界の未来と、そして「現実の現在」

先日、イスラエルのヘブライ大学というところの研究チームの調査で、「これまで言われていた海面上昇の速度は誇張されていた」ということが判明したことが発表されました。

そして、彼らの調査では、21世紀の終わりまでの海面の上昇の度合いは「1ミリから最大 10センチ」という結論となったというものです。それも、上昇する海域は全体の3分の1と限られていて、他の約 60パーセントは「今と同じ」という結果となったとのこと。


この海面上昇という概念については、2008年頃からの私個人としても、やや怖れ続けてきた「未来の地球の変化」のひとつであり、その2008年頃からのウェブボットなどの未来予測プロジェクトにも数多くの海面上昇に関しての記述がありました。

そんなこともあり、 In Deep の過去記事でも、海面上昇を取り扱った記事はいくつかあります。

代表的な過記事としては、

「現代の社会で海水面が 20メートル上昇したら」: 過去の南極の氷床は繰り返し溶解し、海水面の上昇を起こしていたことが判明
 2013年07月25日

海面上昇: 太平洋上のキリバスで「国民全員をフィジーに移住させる計画」が議会に提出される
 2012年03月10日

などがありますが、この海面上昇について、公的に大きく語ったのは、いわゆる地球温暖化の提唱者の中心機関である「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」でもあります。

下は、2013年8月22日の毎日新聞の記事です。


IPCC:温暖化で海面最大81センチ上昇 報告書最新案
毎日新聞 2013.08.22

今世紀末の地球の平均海面水位は、最近20年間と比べて最大81センチ上がり、平均気温は最大4.8度上昇すると予測した気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書案が明らかになった。報告書の改定は6年ぶり。



上の報告書の内容はすぐにリークされ、過去記事の

「この 15年間、地球の気温は上昇していなかった」ことが判明
 2013年09月21日

で、ご紹介した下のような英国の報道となっていくわけです。

“climate


これは、実は気温は地球全体として見れば、この15年間上昇していなかったし、今後に関しては寒冷化の可能性が強いというようなことが書かれてある記事です。


そして、それに続き、今度は海面が大幅に上昇するという予測も「怪しい」ということになってきています。


上の毎日新聞の記事では、IPCCは「今世紀末の地球の海面水位は81センチも上昇する」とあり、また、2007年には米国のアル・ゴア氏が、「今世紀末には地球の海面は7メートル上昇する」と言ったりしていますが、イスラエルのヘブライ大学の研究では「最大で 10センチ以下」という予測が出たというものです。


というより、このヘブライ大学の調査は「海水面レベルは基本的には変化しない」という感じのものとなっていると言っていいものだと思います。


IPCCとヘブライ大学のどちらが正しい未来予測なのか(あるいはどちらも間違っているのか)は、現状、私にはわかりませんが、今回はそのイスラエルのヘブライ大学の研究論文を紹介していた記事を翻訳します。

それにしても、今回の学術論文を発表したのが「イスラエルの大学」ということもあり、何だか宗教的なものも感じてしまいまして調べてみますと、 Wikipedia によりますと、ヘブライ大学というのは下のような教育機関で、宗教的な色彩はなく、また学問的に非常に優秀な大学であるようです。


ヘブライ大学


エルサレム・ヘブライ大学は、エルサレムに本部を置くイスラエルの国立大学である。1925年に設置された。

学風は宗教的でも正統派的(正統派とはユダヤ教の一派)でもない。また、ヘブライ大学は国際的にみても非常に優秀な大学であるとみなされており、例えば世界大学ランキング・センターによると、2012年にはヘブライ大学は世界で 22位にランク付けされている。



とのこと。

ちなみに、2012年の世界大学ランキングでは、日本の東京大学は 32位です。




セルビアの予言者が語った世界の未来

ところで、冒頭に米国の自由の女神像が海に流されているイラストを載せていますが、これはセルビアのイン・セルビアというメディアの記事で、「セルビアの予言者」に関しての記事なのでした。

セルビアの予言者といえば、19世紀の予言者ミタール・タラビッチが有名かもしれません。

“images”

▲ ミタール・タラビッチ( 1829 - 1899年)。


ミタール・タラビッチが「第三次世界大戦の勃発から世界の最終平和」までを語った予言の全文は、

私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1): 「人類のひとりと宇宙は同一のもの」
 2013年03月24日

という記事の最後のほうにあります。


しかし、このイン・セルビアで取り上げられていた「セルビアで最も有名な預言者のひとりである」という冠がついた人物はタラビッチではない人でした。セルビアには名だたる予言者がたくさんいるのか、あるいはセルビア人が予言が大好きな国民性なのかわからないですが、その予言者は「グランパ・ミロイェ」という20世紀の人だそうで、記事に書かれてある予言の内容は「21世紀の世界を見たもの」だそう。

ちなみに、グランパというのは「おじいさん」という意味ですので、「ミロイェじいさん」というような親しみをこめた感じなんでしょうか。そのミロイェじいさんによれば、「審判の日には、神が地上に悪魔を解き放つ」のだそう。

また、ミロイェさんは地球上に開くオゾン層について「45」という数字を述べていたらしいんですが、それからしばらく後に、 NASA がオゾン層が北緯45度にまでに開いたと発表したりしたことがあったそう。

そのミロイェじいさんが予測した未来の地球をイン・セルビアの記事から少し抜粋します。




The Devil Is Already On Earth – Grandpa Miloje
in Serbia 2013.09.29

悪魔は地球上にすでに存在する

ミロイェは、たくさんの人がすでに起こきている気候変動のために死ぬと述べた。気候変動で死亡する人々が最も多いのはアメリカだと予測し、フランス、イタリア、イギリスなども大きな影響を受けると言った。

そして、ミロイェは、

「ロシアと中国では大地が揺れるだろう」

「大きな病が地球を支配し、数多くの命を奪うだろう」

「数多くの石が空から落ちて、多くの命を奪い、多くの都市が破壊されるだろう」

と語っている。






と言っていたそうです。


前置きが長くなりましたが、イスラエルのヘブライ大学の論文をご紹介します。

ヘブライ大学の論文そのものは PDF で読める状態になっていて、原文は、

TIDE GAUGE LOCATION AND THE MEASUREMENT OF GLOBAL SEA LEVEL RISE

にあります。

これは大変に長いもので、また、学術論文なので科学記号などが私にはわからなく、探してみると、ドイツ人のブログでそれを短くまとめてくれていた記事がありましたので、それをご紹介します。

なお、記事の冒頭に出てくる「最近のナショナルジオグラフィック誌の記事」は、2013年9月号の「加速する海面上昇 - 海面上昇がもたらす、地球の危うい未来」という特集のことだと思います。


それでは、ここから記事です。






Wissenschaftler entwarnen beim globalen Meeresspiegelanstieg
Donner und Doria (ドイツ) 2013.11.02


検潮の位置と世界全体の海面の測定

科学者たちは、世界的な海面上昇について「完全にない」とする示唆を提示する


海面上昇の真実は一体どのようなものなのだろう。最近、ナショナルジオグラフィック誌では、ヨーロッパの半分は水没してしまうというようなシナリオを記事にしている。そして、海面上昇の速度が上がっていると指摘する。

しかし、その記事で取り上げられている海面に関するデータは、特定の場所での干潮と満潮での測定を含んでいるもので、あまり好ましいものとは思えない部分がある。

海水面は干潮や満潮、あるいは天候によって数センチどころか、数メートル単位で変動する。そのため、地球的な範囲での海面の変動を記録するには、衛星からの観測を含めた数百の海岸での観測ステーションから測定が必要となる。

そのような中、海岸上の複数の観測ステーションで顕微鏡観察的な視点から非常に詳細な計測をおこない、そこから計算をしたイスラエルにあるエルサレム・ヘブライ大学がおこなった科学的研究によると、現在言われている地球の海面上昇の規模と速度は「誇張されている」という結論に達した。

米国のアル・ゴア氏は 2007年に「地球の海水面は今世紀末に最大で7メートル上昇する」と語ったことがあるが、ヘブライ大学の詳細な研究では「最大でも今世紀末に今より10センチの上昇」という予測となった。

しかも、海面が上昇するのは全体の3分の1の海域だけで、61パーセントは現在と同じであり、全体の4パーセントについては「海水面が降下する」という予測となった。

海面上昇が確認されているのは、アメリカの東海岸、南部バルト海、そして、「リング・オブ・ファイヤー」と呼ばれる環太平洋の諸国とロシアの北極圏だ。

対して、アフリカおよび南アメリカ、カナダ沿岸の北太平洋、北部北大西洋、インド洋の海面上昇はまったく見られない。

現在、水没のリスクが取りざたされる太平洋の諸島でも、海面上昇が加速している証拠は見つけられなかったとイスラエルの科学者は述べる。

むしろ、それらの島のリスクは急速な人口の増加と、天然からの搾取と関係がある。

また、海面の変動には 60年周期などの「周期性の上下」があることにも留意してほしい。これは、米国のデューク大学のニコラ・スカフェッタ( Nicola Scafetta )教授の研究で明らかになったものだ。スカフェッタ教授の記した「海面上昇率は自然での固有振動によって制御される」(原文はこちら)というタイトルの論文では、海流と太陽活動による海面の上下のサイクルについてが書かれてある。

post-glacial_sea_level.gif

▲ スカフェッタ教授の論文より後氷期の海面上昇。後氷期とは約1万年前から現代までの時代。


これらの論文は、近年の議論では、地球の気候に対しての CO2 の強い作用が「誇張されていた」ことが示されている研究としても意味がある。

しかし、残念なことに、これらの研究は、最近提出された IPCC (気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書の編集の締め切り後に公表されたために、報告書の内容への影響を持たなかった。

いずれにしてもいえることは、少なくとも人為的な要因での気候変動による海面上昇は、人類に差し迫った深刻な爆弾ではない。

科学者たちの多くは、この人的要因による「気候の黙示録」として描かれた図式に対しての表面的な抵抗を試みようとはしないが、その代わりに、データを統計的に構築することによることで、抵抗と同じ意味の試みを続けている。




  

2013年08月27日



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us-winter2014.jpg

▲ 気象予測の正確さで定評のあるアメリカの気象年鑑「ファーマーズ・アルマナック」が 8月 26日に今冬のアメリカの気象予想を発表しました。今年のアメリカの冬は北東部を中心に例年以上に厳しい寒さとなるとの予想。2014年2月に行われるスーパーボールも雪の中での開催となるかもしれないと書かれてあります。 UPI より。






 


実は世界でのいたる所で報じられていた寒波


関東では昨日あたりから唐突に気温が下がり、今朝など「寒い」と言ってしまったほどの気温となってきているのですが、それでも、この3週間くらいの間の日本は、文字通り「地獄のような猛暑」が続いたこともあって、「世界は全部暑い」というような妄想というのか錯覚というのか、そういうものに陥っていた感じがあります。

でも、それは違ったのでした。

実際、日本、韓国、中国などの東アジアは非常に暑かったわけですけれど、そういう中で、ひとつの「今年の夏の記録」を見ていただきたいと思います。

下の図表は、アメリカの気象局が発表した「 2013年 7月 24日から 8月 21日までのアメリカの気温の記録」です。日本語で注釈を入れてみましたが、文字が小さいこともあり、やや見づらいかもしれません。

7月24日から8月21日までの米国での記録更新事象

Record-Events-US.png

HAM weather より。


これはつまり、「今年のアメリカの夏は寒さの記録を更新した場所が、暑さの記録を更新したところよりはるかに多かった」ということだったのでした。


つまり、全体として、アメリカはとても寒い夏だったと。


ちょっと考えがたい結果にも見えるのですが、細かく数値を見てみますと、全米で 3566地点にのぼる観測地点のうち、

暑さの記録を更新した観測地点が 667 か所

それに対して、

低温の記録を更新した観測地点は 2,899 か所

と、低温記録を更新した場所が、高温記録を更新した場所の4倍以上になっているのです。


うーむ・・・。自分の環境がこの夏ほど暑いと、他の場所の「寒さ」にまでは思いがいたらないもののようで、これまで調べてみる気にもならなかったですので、今年のアメリカの夏がここまでの低温だったということは、今回の上の気温記録表で初めて知りました。


まあ・・・アメリカ。

たとえば、今日は 8月 27日ということで、確かに夏もそろそろ終わりではあるのですが、下はアメリカのレーニア山という場所の 8月 26日からの1週間の天気予報の一部です。

rainier-2.png

Mt Rainier 7 Day Forecast より。

上の雪の結晶のマークはこのとおり「雪の予測」ということなんですが、このマークが今後1週間ずっと続いているんですよ。ほぼ毎日、30パーセントから60パーセントの降雪確率が出ています。

レーニア山というのは下の場所にありまして、確かに北部ではあるのですけれど。

mt-rainier.jpg


何ともいえないにしても、このレーニア山のあるあたりの地域では今年は「冬の到来」というのも早いのかもしれないですね。何しろ、高地ではすでに雪が降ろうとしていることは事実のようですし。



インドでは雪と雨の嵐によって 50名の人命が奪われ、25,000頭の家畜が死亡


8月はインドのヒマーチャル・プラデーシュ州というところで、モンスーンによって多数の被害が出たのですが、見だしの「モンスーン」だけを見ると、何となく熱帯的な感じなのですが、このモンスーンの正体は「早すぎる雪の嵐」だったのです。

そのこともあり、50名以上の方や、あるいは数万頭の家畜が死亡するということになってしまったようです。

Himachal_Pradesh_in_India.png

▲ ヒマーチャル・プラデーシュ州の場所。


現地の報道記事を簡単にご紹介しておきます。


Monsoon death toll went up to 50 in HP : CM
Himvani 2013.08.21

ヒマーチャル・プラデーシュ州でのモンスーンでの死者の総数は 50名に達する


現在までに 50名以上の人々が現在のモンスーンシーズンの中で命を失っている。このことはインドのシン首相にも書簡として本日提出された。

キナウル地区では23名が死亡した。
他にもシムラ地区、カングラ地区、シルマウル地区などで死者が出ている。

ヒツジ、ヤギ、牛やラバなどを含む動物 24,142頭も過度の降雨と降雪のために死亡した。

キナウル地区では、いくつかの場所で早すぎる「雪」が降り始め、それ以来、毎日のように大雨と降雪の被害に見舞われている。

また、雨も「かつて経験のない豪雨」が各所で起きており、民間、公共を問わず、大きな被害が発生している。



この中にある「かつて経験のない雨」というのは、今の日本の各地でも毎日のように経験していることですが、インフラ基盤の脆弱なインドなどでは、非常に大きな被害になりやすいです。



▲ 洪水の中でかろうじて鎮座しているウッタラーカンド州の聖地リシケシのシヴァ神の巨大な像。6月18日の報道。過去記事「世界中で止まらない黙示録的な洪水の連鎖」より。



文明の廃墟化と、復旧していくスピードのどちらが勝るのか

上の写真の、今年6月にインドの山の中で発生した大洪水も今回のモンスーンで被害の出ているインドの北部でした。上の洪水は、ウッタラーカンド州という場所での洪水の様子で、洪水から2ヶ月経ちますが、復旧はあまり進んでいないようです。

下は 8月 22日のインドのメディアに出ていた現在のウッタラーカンドの様子です。

india-utter-08.jpg

INDIA TVより。


この場所は聖地のある場所でしたので、観光のメッカでもあったのですが、洪水の後、観光客が戻らないようです。まあしかし、観光客がすぐに戻ると考えるほうが難しいようにも思います。

インドだけではないですけれど、たとえば、(先進国というように言われている)日本の実情を見てもそうですけれど、いったん壊滅的な災害に見舞われてしまった場所の復旧というのは、どこの国でも非常に難しいもののようです。


これは、別の言い方をすると、これだけ世界中で壊滅的な災害が続いているということは、上のような「災害による廃墟」が世界中に増え続けていけば、時間と共に、「世界中に廃墟が増えていく」ということにも繋がるものかもしれません。復旧するより新たな廃墟が作られるスピードのほうが早いという意味です。

今の環境変化のスピードを考えると、地球の多くが廃墟に包まれる日はそんなに遠くもない気さえしてきます。

紛争や戦争などの人員的な要素も含めましても。


それにしても、調べてみると、「寒さ」に関する報道は世界中でなされていたことを知りまして、そこで、ふと思い出す、いよいよ近づく太陽活動のピークアウト。

そして、それに伴いやってくる(かもしれない)小氷河期は気になることではありますので、また何かありましたら記事にしたいと思っています。



  

2013年05月08日



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fuji.jpg






 


最近、富士山が世界遺産に登録されるということが確実となったニュースを知りました。

ただでさえ最近ドヨンとしていた気持ちがさらに落ち込んだという感じはいたします。

どういう風にこの「ドヨン」とした感じを書けばいいのか・・・。


たとえば・・・どこかの国の、名も知らぬ数十人規模の住む小さな村に「神様」としてまつられている石コロか何かがあるとする。それはその村にずっと精神的な伝承と共に伝えられてきて、それこそ村の守り主であると考えている人々にとっては、世界で何よりもそれが自分たちの生活と存在にとって大事なものであると思います。どんな雄大な世界遺産よりも。

でも、それを「世界」に持っていって、何か世界遺産でも国宝でも何でもいいですけど、それらと並べて、

「さあ、このふたつの価値を決めて下さい」

というようなことになれば、そのどこかの村の神様は「価値のないもの」として人前に晒されることになってしまうと思われます。

そうならないためにはどうすればいいか。
「自分の神様」に辱めを受けさせないためにはどうしたらいいか。

それは「比較させないこと」であり、つまり「関係ない人前に出さない」こと。
それを神様だと思っている人以外の前には決して出さないことかと。



先日、チリの山奥にある「地図に出ていない神秘の赤い湖」というものの記事をご紹介したことがありました。

地図には載っていない「悪魔の血の湖」のあるチリの町には神の名前がつけられて
 宇宙の中の地球と太陽系の記録 2013年05月07日

red-lagoon-chile-1.jpg


red-chile-top.jpg



この場所が地図に載っていない理由は、標高 3700メートルという把握しにくい場所にあるということ以上に、チリのこの村の地元の人たちが「古来から秘密にしてきた」ということがあったようです。

その理由は、「この赤い湖は悪魔の持ち物であり、その水にふれたものには呪いがかかる」という伝承が長く伝えられてきたそうなのです。

多分、「だから、この湖のことは知らせてはいけない」という「外部者への配慮」だったのかもしれません。


しかし、この湖の存在も明らかとなり、上のような観光系サイトにも載り、たとえば、訪れた白人観光客は下のような真似をして写真などを撮っています。


redeath-.jpg


「水にさわると呪いがかかるから」と村の人が隠してくれていたのに。


白人の人たちにしてみれば、「呪いとかプッ、ワロス。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」ということなのでしょうか。

まあその考え方はその考え方で合理的で別にいいと思いますけれど、しかし、多分、上の人が自分の国の何か世界遺産のようなものをぼろくそに言われたり上のようなふざけた写真を外国人に撮られれば、烈火のごとく怒りそうです。



いずれにしても、「神様」とか「悪魔」の基準さえも、今では人種とか国境とか言葉とかの壁で区切られてしまっている。

「言葉や歴史などの前提条件がないと崇められないもの」ならば(自然と崇拝したくなるようなものではないものという意味)なら、つまり、他の価値観の人々には理解されにくい「聖なるもの」ならば、隠しておくということでもいいのだと思います。上のチリの人たちのように。

少なくとも、それを神様と思ってはいない人たちに売り渡さない。





世界遺産になった「聖なる山」の行く末

しかし、世界遺産のうちのいくつかは、どうにも、グローバルという名のもとの「白人価値観的支配カルチャー世界」に売り飛ばされてしまった感じがします。

そして、ついに富士山も。

「富士山を神様とも何とも思っていない人たちに『それに神様の価値があるかどうかの判断を委ねる」という、日本の歴史が始まって以来の大惨事となっています。


山というのは、世界各地でその国やその地域での「ご神体」のような存在となっていて、それは「その地にあるから」そうなっているものではあるはずです。そこに見えるから。

以前の記事、

北京の空に現れた「終末の雲」や富士山のレンズ雲から思う世界の7つの「聖なる山」
 2012年06月20日


に出てきたアメリカのシャスタ山などもそうですが、崇められている山にはそれなりの伝説や「精神的な伝承」が存在しますけれど、それは知識としてではなく、「見ているだけでも伝承が生まれるような存在だったから」だとは思います。




▲ シャスタ山のレンズ雲。

世界には「7つの聖なる山」と呼ばれるものがあって、


・シャスタ山 (米国)
・富士山 (日本)
・マチュピチュ (ペルー)
・シナイ山 (エジプト)
・チョモランマ / 英名エベレスト (ネパール)
・キリマンジャロ (タンザニア)
・セドナ (米国)



がそう呼ばれているものですが、世界遺産の登録リストで調べてみますと、上の中で世界遺産になっているものは、

・マチュピチュ
・キリマンジャロ

だけです。

世界的な聖なる山ともいえるシナイ山もチョモランマも世界遺産ではありません。

シナイ山はその麓に建つ聖エカテリニ修道院が世界遺産となっていて、チョモランマは麓のネパールのサガルマータ国立公園が世界遺産となっているようですが、山そのものは世界遺産ではありません。



宗教都市だったとして捉えられているマチュピチュは、便宜上の理由以上に、「外来からの人を遮断したかった」という理由は存在していたであろう古代都市だったはずですが、今では誰でもかれでも観光地としてやってくる。その地域の人じゃない人たちが。その山の神様なんてどうでもいい人たちがどんどやって来る。

どんどん神の領域に土足で入ってくる。


mp.jpg

▲ マチュピチュ。



そういう場所はもはや「神は消えた場所」となっていくはずです。
認識されない背後の神。
自分を好きではない集団から神々は逃げるはずですので。


そこは死んだ場所。
文字通りの廃墟。



そしてそれが未来の富士山の姿になりそうです。


神が消えれば山はただの地質的盛り上がり。


まあ、外国人にとってはその国の神様が消えることなんて関係ないですしね。

実際、アメリカのふたつの聖なる山のシャスタ山もセドナ山も世界遺産ではないです。まあどちらも観光地ではありますけれど。



▲ アメリカのセドナ山。






単一どころか完全なる多様民族 DNA からなる日本の人々


山は過去の地殻変動の証でもあり、たとえば富士山なら、そこに富士山のような山が出来た時の地殻変動と共にその周辺も形成されていき、日本人の住む土地がそこに出来た時期ともリンクする話でもありそうです。なので、山がその土地の固有の神様世界全体の神様ではないということ)であることにはそれほど違和感のある話ではないようにも思います。


もっとも、「日本人」といっても、最近の遺伝子解析で、日本人の根源はまさに「バラバラ」であることが次第にわかってきています。

下の表は、国立科学博物館人類史研究グループ代表の篠田謙一博士という方が書かれた『日本人になった祖先たち』という NHK ブックスからの抜粋です。


dna-j2.jpg

ハプログループという言葉が表に出てきますので、 Wikipedia から抜粋しておきます。


ハプログループ

単一の一塩基多型変異をもつ共通祖先をもつような、よく似たハプロタイプ(生物がもっている単一の染色体上の DNA配列のこと)の集団のことである。



詳しいことはともかく、上の表の意味するところは、「日本人には、それぞれ違う祖先の DNA 配列のグループがこれだけ存在する」ということでもあります。

もちろん日本だけではないですが、日本も、極めて「多祖先民族」であることが DNA 上では非常に明らかになりつつあります。

私などはこれを見て、

「日本人って、DNA を見ると、そのまま世界民族だよなあ」

などと思ってしまうのですが、いずれにしても、


日本人は単一民族なのではなく、八百万(多数)からなる民族

というように、日本の神様と同じように考えたほうが合理的な感じがします。


そのような本来はバラバラな DNA を持つ人類同士の大きな接点が、日本語という五音の母音のみからなる類い希なる無駄のない言語であり、また、他の国の人たちが食べ物として見ないような、海の海草や土の中の根っこを食べてきた特異な食べ物文化の下、少しずつ「日本人という価値観」ができあがってきたのだと思います。

「はじめに言葉があった」というたとえを出さなくても、言語はある程度、その言語集団の性質を決める部分はあるように私は思っています。そして日本語というのはいろいろな意味で貴重な言語だと思います。基本的にはその言葉の下での価値観で人間性が培われてきた。

国家の引いた国境だとか権益だとか、そういうものとは関係なく、日本人は存在したはず。


でも、この 1500年間で消え続けてきたその「日本人」という概念の最終的な最後がやってきたような気も最近はして、それで最近の私は落ち込んでいるのかもしれません。

ちなみに上にある「 1500年前」というのは、西暦535年を境にして、日本に外国文化が流入してきた時のことで、過去記事の、

ウイルスの流入の繰り返しでDNAの進化をなし得てきた人類をサポートする「宇宙と火山」(2)
 2012年09月24日

に少しふれています。

リチャード・キースという英国の作家が、著作で、


五三〇年代に気象異変と伝染病をきっかけとして始まった動きは、ここに完了した。日本の七世紀初頭は、六世紀初頭とはまったく様相を異にしていた。古代日本は消え去り、近代日本の原型が生まれたのだ。今日の日本という国の起源ははるか昔の、悲劇の六世紀にあったのだ。



と、今から1500年前に、日本から「神が消えていく最初の段階」がありました。

下はその頃の歴史表です。



▲ リチャード・キース『カタストロフィー(原題)』より。


そして、その完成は今なんだと思います。

神というものが何かなど私は知らないですが、何らかを象徴とするならば、それは「そのあたりの木や草や空気すべてが神」という日本ならではの「どこにでもいる大勢の神様」と共に、形としての象徴として「山」や「木」などがあったように思います。

富士山というのも、そのうちのひとつだったはず。

でも、今、その富士山は外国のものになってしまいました。
外国人に優劣を判断させることになってしまったという意味


以前の記事の、

活動を始めない太陽とそこから思い出すウェブボットの「太陽の病気」の記述
2012年05月16日

の中で、あるいは他の記事などでも、


富士山はその構造、爆発指数、記録上の過去の噴火の点で、「危険な火山ではない」ことを私たちは認識するべきです。

富士山は「概念として日本を守っている山」として、つまり、日本の象徴としてのものであるということを意識的に私たち日本人は認識するべきです。富士山が日本人を苦しめる火山であるはずがないと私は思っています。




というようなことを書きましたが、もはやこう言い切る自信はなくなりました


日本から神様が消える前に起きてほしいこともありますけれど、なんだかいろいろと無理っぽい気はします。



最近、こちらに書かれてある、20世紀のスイスの神学者のカール・バルトさんが「ロマ書」というものに記していたという、


「終末にキリストが地上の裁きのために天国から降りてくるという再臨が『遅延する』ということについて・・・その内容から言っても少しも『現れる』はずのないものが、どうして遅延などするだろうか。

・・・再臨が『遅延』しているのではなく、我々の覚醒が遅延しているのである。終末は既に神によってもたらされている」


という言葉を再び思い出します。


私たちはこの 2000年、単に「終末後の世界を生きてきた」というだけなのかもしれません。

もう(見た目や感覚では)この世は何も変わらない。
変わることができるとしたら、個人の中での変化だけなのかもしれません。




  

2013年01月03日



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qiandaoLake-1300.jpg

▲ 中国浙江省にある千島湖の中に水没していることがわかった「中国のアトランティス」と呼ばれている 1300年前の都市。Rediscovery of China’s Atlantis より。こちらにダイバーによる動画もあります。






 


元旦の「夢」の二日後に

ちょっと「夢関連」で驚いたことがあったのですが、今回の本文の記事はそれとはあんまり関係ないですけど、その驚いたことをちょっと書いておきますね。下らないといえば下らない話です。

下の写真は、今朝の米国の科学ブログの IIAI に載っていたものです。

gas-2013.jpg

Planet-Forming Gas Streams Seen For The First Time
(惑星が形成されるガスの流れを史上初めて観測)

という記事です。

何だかキレイなものですが、「このようにしてガスの流れが長い時間をかけて惑星を形成していくのではないか」というような記事で、その内容自体はどうでもいいのです。

これも例の「科学的推測」ですから。

私が驚いたのは、この「形」でした。今年の 1月 1日に書いた記事の一番最後に元旦の朝に見た夢のことを書いたんです。

下みたいな他愛ない文章でした。


初夢というわけではないのでしょうが、丸い惑星みたいな UFO から降りてきたお供えの餅みたいな人に、「一緒に来ないか」と言われたけれど決心がつかない夢でした。



にある夢に出てきた「丸い惑星みたいな UFO」というのがまさに上の形と色だったんです。

まあ、色は上の写真ほど鮮やかだったかどうかは定かではないですが、その丸いものはふたつの「青い色をした岩」のようなものに挟まれながら飛んでいました。

で、その夢を見た二日後の今朝、上の写真を見たもので、

「あーこれは!」

と、驚くというか、何だか納得した次第でした。


記事では、上のような状態で何百光年もガスの移動が起きることにより惑星が形成されていくのではないかということです。そして、こういう状態が初めて観測されたということのようです。

ちなみに、私の夢のほうでは、その上みたいな丸いものから降りてきた人(?)は、ゴーストバスターズみたいなモチみたいな人でした(笑)。

gb-20103.jpg

▲ ゴーストバスターズのゴースト。夢ではこんな人に「いっしょに乗りませんか?」と言われたのですけれど、急に言われてもねえ・・・(苦笑)。


ところで、今日は、それとは別の昨日見た「夢」の話を書かせていただこうと思います。

それは「水没していく地球の上で暮らしている夢」でした。





水没していく地球の人々には悲壮感はないのでした


初夢というのが元旦の朝に見るものを言うのか、元旦の夜に眠った後に見るものなのかがいまだによくわからないのですが、初夢の定義はともかくとして、昨日1月2日に見た夢は「水没していく地球で生活している私たちの日常が描かれた夢」でした。

こういうニュアンスの夢というのは何だかパニック的な感じがすると思うのですが、そうでもないのです。

時期はクリスリスかなにかで、私も含めて、友人たちは男性も女性もクリスマスの準備や、バーの飾り付けなどで楽しんでいて(私は現実の生活では、ふだんはクリスマスなど祝わないのに)、私に至っては、昔の知り合いの女の子を口説いたりしている。


しかし、その夢の生活の基本ベースは水上、つまり「船の上か、水から突き出た文明の跡」となっているようでした。

船で海上を移動しながら、陸地のある場所(高い土地?)に移動する。
下みたいな感じの都市生活。

dream-ship.jpg

▲ 多くが水没しているので、このように船で移動します。ただ、戦争中のようで、たまに横切っていく他の国の船から、窓の中に機銃掃射を撃ち込まれたりするので、安全というわけでもない場所でした。



しかし、船で水上から突き出たビルなどに行っても、干潮や満潮などの影響なのでしょうが、そういう陸地も時間によって、どんどん水没していく。

夢で見たクリスマスっぽいバーでのパーティも高いビルの上のほうおこなわれているようなんですが、窓の下を見ると、すでに人が水に浮いて頭しか見えなくなったりしている。

「ああ、もう水が来てる。船着き場まで行かなきゃ」

と、ビルの上にさらに高く備え付けられたハシゴを登って、船を待つ。

そんな生活をしている夢でした。


でも、上に書いた繰り返しになりますが、「悲壮感」とか「恐ろしさ」とか全然ないんです。それが普通の生活の感覚になっていて

ただ、その夢では、どういう戦争か知らないですが、戦争が始まっているようで、近くを通っていく船から頻繁に銃撃を受けます。しかし、それもまた冷静なもので、私も、船に一緒に乗っている友人もワインを飲んだりして、それを見ている。


ところで、今回は後半でもウェブボットを引用しようと思いますが、2009年6月17日配信のウェブボットの ALTA レポートに下の記述があります。


ルネッサンスと新電力の概念は「海洋の変化」というキーワードとの関連が強い。

海の環境が大きく変化するので、そうした環境変化に適応するため、2014年ころから北の海に水上で生活する一団の人々が出現する。2014年以降、彼らの共同体はどんどん拡大する。



このフレーズは、ずいぶん前のことで忘れていたのですが、今回の夢で思い出しました。

その夢では他にもいろいろと思い出しましたので、後で引用するかもしれません。




戦争で死んだ少女たちが夢で夜な夜な蘇る

ところで、夢だから何でもありなんでしょうが、「死者と遊んだんだなあ」と気づくシーンがありました。

移動する船の廊下には、その戦争(あるいはその船の中?)で死亡したと思われる人たちの写真が廊下に並べられて、花が添えられている。その最初にある写真、つまり「戦死者第1号」の人は若い女性なのですが、私をそれを見て、

「あ! これさっき会ってた女の子だ。デートしてくれるって言ってたんだよ」

と言うと、友人は、

「ここに書いてある死亡時期を見たらずいぶん前に死んでるぞ」

と言います。

「そうかあ。死人だったのか・・・。それじゃ、もともとデートできなかったんだねえ」

と、私は筋違いの感想を述べたりしていました。


思えば、その夢ではやたらと人が死んでいて、自殺などを含めて、夥しく人が死んでいる夢なのですが、その「死」に悲壮感があまり伴わないので、イヤな感じがないというのが不思議でした。



それでも、夢で水没していく地球の光景はとてもリアルで、朝目覚めて、

「地球の水没のことって In Deep とか、記事で書いたことあったような気もする」

と思い、ちょっと調べてました。

新年早々の記事が「水没する地球」がテーマでは、おめでたくないですが、でも、夢で確信しましたが、「それは恐ろしいことではない」のかもしれません。





水没はせずとも、洪水の時代ではあるという事実


In Deep の昨年の記事では、「水没」というテーマではないですが、洪水のことはずいぶん取り上げたことがあります。


洪水...洪水...洪水.. 世界中で異常な数と規模で発生し続ける洪水
 2012年08月26日

という記事では、2011年までの「大洪水の増加」を表にしました。


2000年から2011年までの大規模洪水報道の件数
World Flood Timeline より。

2011年 ( 37件)
2010年 ( 23件)
2009年 ( 7件)
2008年 ( 6件)
2007年 ( 13件)
2006年 ( 3件)
2005年 ( 4件)
2002年 ( 3件)
2000年 ( 1件)



また、洪水とは直接関係はないでしょうが、昨年の7月に「グリーンランドの氷がたった4日間でほとんど溶けてしまった」というやや異常な事態をご紹介したことがあります。

メルトダウンの序章? : 「たった4日間でほぼすべて溶けて消えた」グリーンランドの氷床
 2012年07月26日


上の記事で下の図を載せましたが、このような変化が「あっという間に」起きたという一種の「事件」でした。




上に「メルトダウンの序章?」なんていう言葉をタイトルに入れていますが、このメルトダウンというのは比喩ではなく、文字通り、「氷のメルトダウン(全部溶ける)」のことを書いたものでした。それは、「全世界の氷」という意味でもありました。

もっとも、北極などの氷も含め、確かに氷は非常に急速なスピードで溶けているとはいえ、「メルトダウン」というようなことにはなっていません。





現在の科学界の一般論では「地球はあと数十万年は水没しない」となっていますが


2012年の年末、ロシアのメディア「ロシアの声」に「全世界が水没することはない」というタイトルの長い記事が出ていました。

長い記事ですので、多くを抜粋はできませんが、日本語の記事ですので、興味のある方は下のリンクをお読み下さい。

全世界が水没することはない
 VOR 2012.12.28


上の記事では、ロシアの「北極・南極研究所」という研究所のゲンリフ・アレクセーエフという科学者は、

「現在、人工衛星によって観測されている最もよく知られている海面の水位の評価報告によると、1年で3.4ミリ上昇している。この計算によると、21世紀の間に34センチ上昇することになる。これは、ロシアや北国にとっては、それほど大きな意味を持っていない」


とのことです。
そして、続けて、

「今後、数十万年は(水没に怯えることなく)人々は穏やかに生活することができるだろう。欧州の海抜の低い地域が水没すると語るのは時期尚早だ。」


と述べています。


さて・・・。


そのあたりは私にはわからないですが、たとえば、これを読んでいる皆様方はどのように思われますか?

ロシアの科学者の方のおっしゃるように、私たち人類は今後、「何十万年も」水没の脅威にさらされることなく生きていける・・・と・・・思いますか?


どうなんですかね。
私は本当にわからないのです。


そういえば、久しぶりに最近のウェブボットの記事を拝見しました。
2012年9月30日に配信されたものと書かれてありました。

私はもう2年以上、ウェブボットを読む機会がなく、最近のものは知らなかったのですが、目についたのは下の記述でした。


北半球における「沿岸部の海面上昇」について

・巨大な洪水は2013年4月から始まり、その後、19カ月間続く。また、世界のあらゆる地域にある泉や深堀井戸などから、水があたかも噴火したかのように勢いよく噴出する。これは、地球内部の圧力が増加したことが原因だ。

・沿岸部の海面上昇が原因で各地で人口の移動が発生する。これは2012年の冬から2013年の春分の日頃に始まる。

・山岳に住む馬を使う部族や、洪水の廃墟からゴミを漁る部族などが出現する。現在の我々の文明がこのような原初的な状態に回帰するためには普通であれば何千年もかかるが、巨大水害のトラウマがあまりに大きいため、これまでの文明とは分離した新しい文明の建設が進む。



この中の特に最後の「洪水の廃墟からゴミを漁る部族などが出現する」という文章に大きな興味を持ちました。

なぜかというと、このキーワードは4年前のウェブポッドにも出ていたものです。

ウェブボットで繰り返し出てくるキーワードの実効性というものは強いと今は感じています。それはたとえば、「太陽の病気」というようなキーワードのように、時を越えて、何度も何度も出てくるキーワードには確かに「人類の精神と記憶に染みついた概念」としての何かがあるのかもしれません。


2009年頃に、私がそのウェブボットを読んだ時、私は下のように思いました。


「将来、私たちは水没しつつある文明の中でゴミを拾いながら生きていき、それでもその次の時代に向かって何とか生きていくのだ」


と。


そうなるかどうかなんてわかるわけはないですが、その時にそう思ったことは事実でした。そういう想いもあり、今年のお正月の「水没の夢」ともつながったのかもしれません。

その2009年のウェブボットを抜粋して、今回の締めといたします。

ここからです。





地球環境 Terra - Diaspora, Shift Happens, Climate Confusion
ウェブボット ALTA レポート 2009.01.18 配信


・世界の沿岸部の水位が変化する現象は単一の出来事であるというよりも、数年に及ぶ長いプロセスであることがデータから次第に明らかとなった。

・沿岸部の水位の変化というのは、水位が上昇し洪水が発生するという現象だけではなく、その正反対の現象、すなわち海の水位が下降し沿岸部の陸地が拡大する現象も同時に指している。これは、アフリカ大陸に大きな裂け目ができ、その裂け目に紅海が吸い取られ、その結果として海が全体として縮小する現象が原因となる。

・この現象はポールシフトが原因となって起こるとのデータが強い。それは2012年頃から何らかの形で感じられるようになる。

・人口の大移動が世界的に発生し、人々は洞窟のような場所に住み、ゴミをあさることが生活を維持するための主要な手段となるとのデータがある。

・この他に(2012年以降の)時代は「惨めさ」「通常の状態に復帰できない」「通常からの逸脱」「突然の欠乏」「大量の雨雲と雨」「突風」「土砂崩れ」などのキーワードの感情値が高い。

・さらにこの現象は、宇宙からの未知のエネルギーとも関係している。このエネルギーの存在は公式には認められていない。水位変化の現象は「輝くトラ」というキーワードとの関連が深い。

・とにかく(2009年以降の)自然災害の特徴は洪水が異常に多いことである。ただその規模はこれまでの洪水とは異なっている。これまで経験したことのない大量の雨が降り、そのためいままで川がなかったところに 川が突然とできたり、渓谷ができるような異常現象を目撃するだろう。洪水の規模はあまりに大きいので、 洪水が海まで飲み込んでしまかのような印象を受けるだろう。







というようなくだりです。

この2009年のウェブボットの上に挙げた最後のくだりである「これまで経験したことのない大量の雨が降り、そのためいままで川がなかったところに 川が突然とできたり、渓谷ができるような異常現象を目撃するだろう」というのは、 In Deep の昨年の記事である、

私たちが経験している現在の気候変動は次の数万年の人類史への扉かもしれない
 2012年07月13日

で、ロシアのクバン地方というところで起きた「考えられない豪雨の被害」の際に、モスクワの気象学者が以下のように述べたことを載せました。


「同地方で過去100年にこうした集中豪雨がなかったことから、近い将来に同じ事態が繰り返される危険性が全くないとは言い切れない。これは気候変動に端を発する異常気象が多くなったことと関連する。われわれはいかなる事態が起こってもおかしくないと準備を怠ってはならない」



確かに、「それまでまったく経験してこなかったこと」が起き始めているのは事実です。2012年はその「序章」だったと感じます。

そして、今年最初の記事に書きましたように、今年は、地球が彗星による洗礼を受ける可能性が比較的高いです。




▲ 現代人類がほぼ初めて目にするほど巨大に光る彗星アイソンの予想される 2013年の軌道。「2013年のアルマゲドンは単なる破滅か、それとも人類を「精神的奴隷」から解放する独立宣言のラッパを鳴らす新しい光か」より。


そこに必要な意志は、どれだけ弱くても「決意」という意志だと思います。


これは生き残る決意という意味ではありません
そういう時代の中に存在している自分を見つめる決意だとも感じます。
実際に生き残るとか死ぬとかはあんまり関係ないと思います。


ところで、今回、夢のことを書いたのですが、最近、「夢やデジャヴはパラレルワールドとの関連があるのか?」というような科学記事を読みましたので、ご紹介できるかもしれません。



  

2012年04月09日



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今日はうちの子どもの小学校の入学式でした。

私は「学校」と名のつくところに長時間いると吐き気がするし、パニックも出てしまい、それは奥さんも知っているので、子どもの入学式には出席しなかったのですが、学校の門の前まで一応ちゃんとした格好をして(笑)、送りました。

まあ、ちゃんとした格好といっても、私はネクタイを今でも一本も持ってないので、昔のヤクザ映画か、タランティーノのレザボアドッグス(肥満バージョン)かという感じもありますが、それで見送り、その帰りに散歩すると、桜が咲いている。

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▲ クエンティン・タランティーノの傑作映画『レザボア・ドッグス (1992年)』。リンクは日本語予告編です。


「今年はちょっと遅いのかなあ」と、時事のニュースを見ない私は、それでも、これ幸いと道ばたのいろいろなところにある桜の花を見ながら散歩していました。

家のほうに戻ると、小学生の子どもたちがまだお昼前なのに帰宅している。入学式の日は、2年生以上の子たちは、むしろいつもより早く帰宅できるのかもしれません。

先日、この町の「1丁目の新入生歓迎会」というのがあって、私も行ったのですが、そこでは班にわけられていて、私の子どもの班では1年生はうちの子どもだけで、他に数名の近所の子たちがいて、1ヶ月くらいの間はその子たちが、新1年生と一緒に登校してくれるのだそうです。

その、「うちの子の班」にいた、確か小学2年生の女の子がタッタッタッと走っていく。

「明日からはうちの子は、あの子とも一緒に学校に行くんだなあ」

と思うと、彼女の前に走り寄って、「なにとぞ、うちの息子をよろしくお願いいたします」と敬礼しようと思いましたが、それも「ユーマくんのオトーサンは微妙に変態」というような評判になるのもアレですのでヤメて、そのまま歩きました。

その「1丁目の新入生歓迎会」の時には、うちの子どもと同じ班の、やはり小学2年生の女の子が私にいろいろと説明してくれました。

なんというか、子どもにもよるでしょうけれど、今の小学生2年生あたりの女の子は、何だかものすごくしっかりしています。


女の子 「最初のですね、1ヶ月は私たちの班と一緒に学校に行きます」
わたし 「あ、そうですか。うちの子をよろしくお願いします」
女の子 「何か学校のことでわからないことがあったら相談して下さい」
わたし 「えーと・・・僕がですか?」
女の子 「いえ、ユーマくんが」
わたし 「あ、そうですね。はい、よろしくお願いします」
女の子 「そういえば、そこのとんかつ屋のK亭さんは行きました?」
わたし 「いえ、まだ引っ越して日が浅くて」
女の子 「行くといいですよ。大人でも子どもでもおいしいメニューです」
わたし 「はい。今度行きます」


というように、42歳差という年齢の差のどちらが上だか下だかわからないほどしっかりしているというような子たちもいる最近の小学生たち。

まあ、私は、むかし、短い期間ですが、芸能学校みたいなところで演劇の技術指導をしていたことがあって、子役の子たちは上の子くらいの年齢の子たちも多かったですが、芸能界にいるような「特別に優れているように見える子」たちがどこにでもいるというような感じのようです。



最強の破壊液体である人間の胃液

その入学式の日の夜、つまり、今日、家族で食事を取っていたときのことです。

うちの子が当然、青ざめた顔をして、「エビフライの尻尾のところを少し飲んじゃった」といって涙ぐみ始めました。

これは理由があって、2年くらい前だったか、祖母と外食でエビフライを食べていた時に、エビフライの尻尾が喉につまりそうになって大変だったことがあったそうで、それ以来のトラウマのひとつが「エビフライの堅い部分が喉に入る」ことのようです。

私が、「喉に詰まってるの?」ときくと、「ううん」と言う。


わたし 「じゃあ、どこにあるの?」
子ども 「お腹に入っちゃった」
わたし 「じゃあ、大丈夫だよ」
子ども 「だって、あんなに堅いものがお腹に入ったら、お腹は大丈夫なの?」
わたし 「あー、お腹って柔らかい感じがするもんね」


どう答えようかを考えていた時に、私はだいぶん前のひとつのニュースリリースを思い出しました。それは、日本薬理学会のサイトの昔の記事でした。

「胃潰瘍は何故発生するのか?その治療薬は?」 -貝殻からポンプ阻害薬まで-
 日本薬理学会 平成13年10月06日

というもので、これは、私が胃潰瘍で倒れた後に見つけた記事ですが、そこに京都薬科大学の岡部進という教授の文章が掲載されているのですが、そこにこのような一節があります。


胃液の作用は強力で、肉類などの消化などは1-2時間で完了するが、著者らの研究室では、ステンレスも半年以上胃内に放置しておくと消化?される事を観察している。つまり、溶解される。



なんと、胃液はステンレスも溶かしてしまうほど強力な酸なのです。

長い間の医学上での疑問が、「じゃあ、なぜ胃は溶かされない?」ということだったのは言うまでもないですが、それはその上のサイトに出ていますが、主要な要因としては、


・胃の上皮細胞は「粘液」と「重炭酸イオン」を同時に分泌しているために中和される。
・胃粘膜の表面には「燐脂質層」という層があり、酸が胃の細胞に接触しにくい。
・胃粘膜は、急速に細胞分裂が進む組織なので、少々の傷はすぐ修復される。


というあたりの作用があるそう。

私はこの岡部進さんの文章を思い出し、子どもに「台所を見てごらん」と言いました。

そこにはステンレスがあります。
ステンレスという言葉は子どもに通じないですので、「鉄」ということで。


わたし 「あそこに銀色の鉄があるでしょ。あれも、胃には負けちゃうんだよ」。
子ども 「え・・・?」
わたし 「もちろん、本当に鉄なんて食べちゃダメだけど、人間のお腹は鉄にも勝っちゃうの。溶かしちゃうの。そのくらい強いんだよ」
子ども 「あれが溶けちゃうの?」
わたし 「そう。だから、エビの尻尾くらいなんて、あっという間に」
子ども 「あ、そういえば、お腹は痛くない」
わたし 「でしょ? もう溶けちゃったんだよ」(これはウソ)


それで、子どもの顔色は元に戻り、またバクバクとご飯を食べ始めました。



うちの子どもは、これから小学校で学びます。
そこでは、多分ですけど「人間は弱い」ということを学ぶような気がするのです。

しかし、実際には「人間は強い」

(私が「死の真実」を知りたいのも、「人間の強さ」は死で終わらないことを知りたいからでもあります)


以前、子どもに、

「おとーさん、爪ってどうしてあるか知ってる?」

と聞かれて、その答えは幼稚園の先生かなんかに教わったらしく、子どもは、

「指先を守るために体が変わっていったんだって」

と、進化論を語っていました。

私は「へえ、そうなの」と答えつつも、このあたりに関しては、実は本当は極めてシンプルな答えしかないことはわかっているのです。

「指先を守るため」とか「堅い果実を割るため」とか古代人の変な想像上の話を持ち出すようなことではないのですよ。


そうではなくて、単に、「爪がないと人間は困る」のです。
だから、爪がある。

たとえば今から以下のこれをやらなければならない。

シールをはがす。
セロテープの先端をはがす。
缶ジュースのプッシュを開ける。
携帯電話の充電用の小さなゴムのふたを開ける。
机の上にこびりついて固まったノリを取る。
かゆいところを掻く。
・・・・・


爪がないとまったく出来ないことの多さ。

他の動物の爪とは役割が違う。

爪は進化の果てにあると考えるより、「爪がないと人類生活も文明もあり得ないからある」と言うほうが妥当なはずです。


それでも、多分、また小学校で仮に、

「人間の爪はどうしてあるのか」
「人間の髪の毛はどうしてあるのか」
「人間はどうして涙が出るのか」

というようなことに対して、うちの子どもは「何か」教わってくると思います。


それに対しての対峙を考えると、今から、若干憂鬱な面もありながら、楽しみな面もあります。

何が楽しみかというと、

どちらもアリだよ

という答えがあるからです。
そして、子どもが自分が楽しいと思った答えをよしとすればいい。


宇宙は未来も「過去さえも」自由自在だということが科学の世界でも明らかになっているのに、何も、無理して窮屈に考える必要もない。

言葉とか左脳の理解ではなく、「この世は縦横無尽の無限の宇宙」ということでいいと思います。




そういえば、この間、ずーっと私より年下の知り合いの女性がこんなこと言ってたんです。


みんな『良くなる』ということに夢中になりすぎてる

と。

私は彼女のこの疑問に対して、いつか、答えを出したいと思います。

「良くなる」という考え自体に意味がないことを示唆し始めているのが、今の科学であり、そして、変化しつつある多くの人々の感覚だということを。


そんなわけで、変な文章だけで終わってしまいましたが、いろいろなニュースが貯まっていますので、明日からまた書きますね。。

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[子どもたち]に関係する過去記事:

子どものかみさま
2011年03月04日


こどもたち (震災翌日の記事)
2011年03月12日


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[1年前の In Deep ]

2011年04月08日の記事

もはや神も大地も怒らない



  

2012年03月05日



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最近、宇宙のこととかを書くことが多かったんですが、さきほど気づいたら日記みたいなのを書いていました。


同じ街

私が生まれて高校を出るまでいた北海道の岩見沢という町のことです。これまで自分の街のことなど(なんの興味もないので)ネットで調べたこともなかったのですが、今年の大雪のことで何度かこの町のことをネットで調べることがありました。

その中で知ったのは、「どうやら今では、岩見沢という町の本当の歴史は記録から抹殺されている」ということです。


私の父親は真面目な教師でしたが、その父親、つまりおじいちゃんはヤクザで、岩見沢の近くにある栗沢という小さな町のテキヤの親分でした。その9人だか10人の兄弟の末っ子として生まれたのが私の父親でした。その9人の兄弟は全員が勤め人となり、それも、みんな教師とか役人とか裁判官など真面目な仕事ばかりについていましたので、よほどテキヤのおじいちゃんの生き方が反面教師になっていたようです。子どもは誰もテキヤの組の跡を継ぎませんでした。

そういうこともあり、私は父親からも、あるいは、その兄弟たちからもよく昔のいろいろな「岩見沢の実体」の話を聞いていました。

岩見沢というのは北海道で最初の鉄道の中心となった町で、岩見沢を起点として北海道各地に交通網が広がることになりました。そんな小さな町がどうして交通の中心地となったのか。あるいは、そもそも「岩見沢」という意味は何なのか。


ここからは戦前の話です。

一般的に「岩見沢(いわみざわ)」は「湯を浴びる沢」(ゆあみさわ)として発展したからだというように言われてきました。でも、この町には温泉など昔からありません。それでも、この周辺の当時の炭鉱夫たちは岩見沢で毎日のように湯を浴びたのです。

なので、ここが「湯を浴びる沢」であったことは事実です。
では、炭鉱を掘っていた男たちは「どこでお湯を浴びた」のか。


それはこの岩見沢という町の本当の名前の由来と関係すると思いますが、当時この町は、北海道で最大級の「遊郭街」のひとつだったのです。そこで男たちは「湯を浴びた」のでした。


うちのおじいちゃんのような人たちがどういう場所に「テリトリー」を作っていったのかを考えればわかりますが、

・炭鉱で働く男たち
・現地に有り余る彼らの給料

となると、当然、彼らの欲求に応じる店が次々と出来ていきます。

遊郭が次々と立ちます。
すると、遊郭のある「ゆあみさわ」にどんどん男たちが集まる。

彼らをターゲットにした賭博をする場所があちこちにできる。
その「賭場」を仕切っていたのが私のおじいちゃん系の人々たちです。


私の町にはそういう発展の経緯があるのですが、今はネットのどこを見てもその話は出ていないので、「なかったこと」になっているようです。

実際、その面影は今はあの町にはどこにも残っていません。

何年か前に帰省した時に、父親の車で移動している時、父親が、ある通りで、

「このあたりは、ずーっと遊郭と賭場が並んでいたんだよ」

と言いました。

「1度だけ夜に親父についていったことがあってさ。まだ小学生だったかな」

父親は今 70代ですので 60年以上前のことだと思います。

「すごかったなあ・・・何もかも」

と言っていました。

東京に吉原という場所がありますし、神戸だと福原とか、岐阜の金津園など、全国にいろいろとありますが、そういうものの北海道のにあるもののひとつが岩見沢という町だったようです。札幌はススキノという形で多少その名残もありますが、岩見沢はすべて消えました。

なので、本来は北海道の岩見沢という街は、

・遊郭
・賭場
・鉄道


という北海道での3つの発祥地だったのです。

でも今は、3つめの鉄道だけが歴史の文字に残されているだけで、上の2つは「なかった歴史」となったのかもしれません。そういう意味では、テキヤの親分だった、うちのおじいちゃんあたりも「存在しなかった人」ということになりそうです。

ちなみに、このおじいちゃんは四国の高知で生まれました。
そこから「一山当てに」開拓中だった北海道に確か十代でやって来たと聞きました。


今住む街も

さて、なんでこんな話を書いたかというと、今住んでいる埼玉県の所沢という町も「メジャーな遊郭街だった」ということを最近知ったからです。

以前いろいろと歩いている時に、妙に古式ゆかしい町並みがあることには気づいていましたし、所沢市には「有楽町」という町もあり、何らかの「歓楽の営み」の気配はあったのですが、それらの古い町並みには遊郭も含まれていたことを知りました。

こちらのページに街並みの写真がたくさんありますが「江戸時代から宿場町だった所沢には「浦町」と呼ばれる花街があり、明治・大正時代に栄えていた」と書かれてあり、そのあたりを何度か散歩したことがあったのですが、何十年くらい前まで続いていたのかはわからないですが、そのあたりは歓楽の場所だったようです。


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▲ 上のサイトにある写真。「三好亭」という料亭。かつて、こういう建物が数多く並んでいたことは今でもかすかにわかります。


ただ、現在の所沢周辺は「超高層住居ビル」の乱立で沸き返っていて、かつての町並みはほぼ死んでいます。

高層マンションにより「完全に日当たりがなくなった古い家」も多数見られます。
良い悪いの問題ではないですが、寂しい光景ではあります。

また所沢の高層ビルはそのデザインがスゴイのですよ。

『未来世紀ブラジル』という1984年のハリウッド映画をご存じでしょうか。
そこに出てくる威圧感のある政府ビルそのもののような感じで、見ていて圧倒されます。

下から眺めていると、「呼吸が苦しくなる」ような圧迫感があります。


skylise1.jpg

▲ 所沢にはこんな超巨大高層マンションがたくさんあります。しかも、たったこの10年の間に建てられたものばかりだとか。


まあ、そんなわけで、生まれた場所も今住んでいるあたりも、近所が遊郭街だったという共通項もあるのだなあと知った次第です。


「共通項も」と「」と書いたのは、「裏が軍隊」というのも似ているからです。岩見沢で、特に私が小学生から高校を出るまで暮らした家は、自衛隊の北海道岩見沢駐屯基地の演習場のすぐ裏でした。

すぐ裏というより、その演習場の森林との境界と 100メートルほどしか離れておらず、地図レベルでは「自衛隊の敷地内そのもの」みたいなところでした。現在は、わりとすぐ裏に所沢米軍基地があります。

ここは通信基地で、正式名はアメリカ第五空軍の 374空輸航空団に所属する米軍通信基地「所沢トランスミッターサイト」というもののようです。

所沢市のホームページを見ると、ここは明治44年(1911年)に、日本で最初の飛行場ができた場所だそうで、戦後の1945年の第二次世界大戦後に米軍に接収されて、現在に至っているようです。今、私の住んでいるところはものすごく低空から飛行機が飛ぶのを見ることができます。機体番号が読めるほどの低空です。

さて、日記のシメとしては、その米軍とは関係ないと思うのですが、先月あたりにその米軍のあるあたりの空で見た光景の話です。

それは冒頭に載せた写真と関係します。


空の円

冒頭に載せた写真は 2009年の10月6日にロシアで目撃された「空の謎の光」です。ロシアでは一般ニュースでも取り上げられた、わりとメジャーなミステリー現象でした。今でも YouTube に動画があります。




これは結局なんだったかわからなかったんですが、先月くらいに、私も「同じようなもの」を空に見ました。

大きさも大体同じでしたが、ただ、あんなにくっきりと明るいわけではなく、上の写真に細工するとこんな感じでしたでしょうか。

tokorozawa-circle.jpg


日付けをはっきりと覚えてなくて、2月のはじめか1月の終わりくらいだったと思います。あれだけの大きさだと見ていた人だと他の人でも記憶に残っていると思うのですが、ただ、時間が早朝(深夜)4時くらいだったので、その時間にボーッと空を見ている人の数が多いとも思えないですが。

私はそのくらいの時間に起きることが多く、そのまま外に行って空を見ることもわりとあります。その時に見ました。

よく考えてみれば、奇妙な現象なのかもしれないですが、その時はなぜか別に違和感も感じず、10分間くらい眺めていたのですが、ちょっとコワくなって部屋に戻りました。あのあたりは通信基地があるし、いろいろと空にも影響あるんだろうなあ」とは考えていました。

場所はちょうど所沢の基地の「真上」でした。

そして、そのまま忘れていたのですが、先日知り合いにその話をしたら、すごく興味を持っていたので、今回書いてみました。



  

2011年06月21日



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前回、40度以上の熱が出たことを書いたままで、記事の更新が止まっていました。その後、丸3日間倒れておりましたが、何とか熱も下がりました。

今回のことのついでとして、昔経験した不明熱のことを少し書いておこうと思います。

私は 2006年の秋頃に、約2ヵ月の間、間隔を開けながらも断続的に「原因菌が特定できない感染症」になったことがあり、その際も、 40度以上の熱が2週間おきに数日くらいずつ続きました。前人未踏の 42度は避けることができましたが、最高で 41度を少し超えました。

その際に「何の抗生物質も効かない」状態に陥り、また、精密検査で感染症であることは確定しても、「その細菌やウイルスが特定できない」ということとなり、処置なしといった状態でした。


私 「先生、原因菌が不明というのは勘弁してください・・・ハァハァ・・・ウッ(ジョークを言おうとして空回った上に朦朧としすぎて力尽きる)」

医師「うーむ」



まあ、そんなこんなで何度か精密検査などしているうちに、熱が出ることもなくなり、「発熱はなかったこと」になったのですが、最近の 最強の耐性菌 NDM-1 とか、そういう「あらゆる抗生物質が効かない」という菌の存在をコワイと思うのは、そういうような経験があったかもしれません。「抗生物質が効かない」というのは、現代医学での病気の治療や手術にとって予想以上に厄介なことです。

先日、「抗生物質に代わる物質がドイツの機関で特定される」という記事をご紹介したことがありますが、このような「人間の体内組織だけ」で病原菌に対抗できるシステムの解明が進むといいですね。


今回の発熱も実は原因がよくわからないのですが、感染症であることは確定していますが、原因菌が不明なままですので、何ともいえないですが、のど風邪とか、咽喉炎とかのたぐいの妙に熱が高いやつなのかもしれません。

この「風邪を引く理由」に関しては、最近、体が疲れている可能性はあるんですよね。
実は、また「アレ」が始まったんです。

アレというのは「強烈な睡眠障害」です。

2008年の11月頃に最初に始まったもので、これが始まると毎晩継続して、それは1ヶ月間くらい続くんですよ。

これは「右か左かどちらかの偏頭痛」と必ずセットで訪れるんですが、今回は、眠って 30分後くらいには「強烈な右側の偏頭痛」で起こされます。そして、次が眠れない。

その繰り返しで朝になるので、あんまり眠ってないんです。
ナポレオンの半分も眠っていない日が多いです。

不眠症と違うのは、眠れないこと自体を気にしてはいないし、眠るための努力もしていないあたりですが、精神的にはなんともなくとも、体は疲れる。だから、抵抗力が弱くなっていそうです。


ちなみに、この睡眠障害はそのうち収まると思いますが、今までの例ですと、まず、1ヶ月くらい左右どちらかの偏頭痛が、毎日、夜間のある程度決まった時間に起きました。収まった後は何ヶ月も頭痛はなくなります。

そして、次は「前回の左右と反対側の偏頭痛」がまた1ヶ月くらい続きます。

右の次は左と。その間1ヶ月なら1ヶ月、「右なら右側だけ」の頭痛が毎晩同じような時間に発生して、それが毎日続くのですけれど、これが痛いのですよ。何しろ、もともと頭痛が全然ない人だったので(二日酔い以外の頭痛はほぼない人でした)、2008年の秋くらいには物流停止の不安からバッファリンを備蓄用にたくさん買いこんだほどでした。

しかも、私は今でも梅雨がとてもダメで、消耗します。

そんな感じですが、また、記事のアップも始められそうです。
どうもありがとうございます。続きを読む
タグ:NDM-1



  

2011年05月11日



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東京は連日どうも暑苦しい感じの気候だったということもあるのでしょうけれど、昨晩もあまり寝付けずに、朝方やっとウトウトしていた時に、いくつか夢を見たのですが、その最後に見た夢がとても印象的で、起きた時には実際に涙を流していましたので、なんとなく感動したみたいです。

そういえば、最近は、「夢」のことをたまに書いていましたが(夢の重要性についてなど)、最近はあまりハッキリと夢を覚えていない日が続いていたような気がしますので、あれだけハッキリした夢を見たのは久しぶりな気がします。

情景は全部覚えていますが、うまく書けるかどうかわからないのですが、その夢の内容を書いておきます。


(2011.05.10)

前半のほうはいろいろとアドベンチャーがあったのですが、それは省略して、今日のその日の夢のドラマも山場を越えて、気付くと、私は宇宙船か、あるいはどんな乗り物か外部から見ていませんのでわかりませんが、いずれにしても、「宇宙空間が中から見える乗り物」に乗っていました。

他に数人いるようですが、その時はそれが誰だかわかりません。

私自身はなぜか非常に投げやりな気持ちになっていて、乗り物の床に座っているか、寝そべって、ボーッと外(宇宙空間)を見ています。

「あああ、だるい」

とかそんな感じですね。


そのうち、乗っている乗り物が「降下していく」感覚を感じました。
外を見てみると、外から見える様々な惑星、赤っぽいのや青っぽいのもありますが、それらが風景の「下から上へ」と流れていっているので、乗っている乗り物自体はやはり下降しているようです。

つまり、「乗り物が下に落ちている」。

それでも、別に気にするでもなく、投げやりにボーッとしている。

「ふぁわわわわわ〜、だりぃ、うぜー」

という感じで。


外の風景からは次々と惑星が脱落していき、次第に風景の中に惑星などは見えなくなってくる。


個人的にも「そろそろ下に行き着くのではないか」と感じている。

「下」というのが具体的にはよくわからないのですが、要するに「宇宙の底」というような感覚かもしれません。

外を見ると、今度は惑星というより、星自体が消え始めている。
星が見えていた場所はどんどんと黒い「壁」になっていき、星はさらに消えていっています。

ふいにその黒い壁の頂上に「地球」が見えました。

「あ、地球だ」

と、私は声には出さないものの、その黒い壁の上にある地球を寝そべって眺めています。

いろいろと去来する地球の思い出。

今の落下の感覚では、もうすぐ底に到達しそうな感じが非常にします。
多分あと何秒とかそういう感じで。


そして・・・。

宇宙の中に「黒い水面みたいな底」が見えてきたのですね。


Black-water.jpg

▲ こういうのが「宇宙の底のように思える場所」に見えてきたんです。


その「底」が見えた瞬間。

「やっぱ戻ろうかな」

と私は立ち上がり、でも、どうしていいのかよくわからなかったのですが、そこで、「水面に息を吹きかけて、風力で上昇してみる」ということしてみることにしました。

思いついたんだか、誰かに言われたのかわかりませんが、それをしてみた。
乗り物の窓か床のようなものを開けると、真っ黒な水面はすでに足元ギリギリのところまで来ていました。

乗り物の真下に広がる真っ黒な水面に、フーッと全身を使って、思い切り息をかけると、なんと、乗り物は少し上に上がっていく。

「お、これでいけちゃう?」

と思って、それを見ていましたが、息を吹きかけていない時、つまり休んでいる時にも乗り物はまだ上に上がっている。

「どうして?」と横を見ると、いつからそこにいたのか知らないですが、私の子どもが一生懸命、下の黒い水面に息を吹きかけている。

そして、誰だかわかんないですが、他の場所でも何人かの人がそれをやっている。

私もまたその「作業」に戻り、一生懸命に「宇宙の底」のような黒い水面に息を吹きかけ続けると、さきほどの黒い壁の上の地球がまた見えてきました。

「ほお」

と、あとは子どもや他の人に任せて(休むなよ)、外を見ていると、先ほど宇宙の風景から消えていった星や惑星が次々とまた現れてくる。

「こりゃいい」

と私は満足げにしていると、また、宇宙の風景は元通りに戻っていきました。

その時、乗り物のドアのようなものが開きました。
その向こうに何かある。

私はドアの向こうに歩いて行きました。


そこは、実際には行った記憶はない店ですが、カウンター席が中心の、とてもきれいな作りの焼き鳥屋、あるいは飲み屋のような店でした。

店は満員で、そして、そのお店のカウンターにはガイジン(白人)の男たちが何人か座っていて、みんな満面の笑みでビールを飲んでいる。

おもしろかったのは、その店のビールは瓶ビールで、コップはよくあるサッポロビールの小さなコップなんですが、ガイジンたちは注ぐのにあまり慣れてないせいか、泡がコップの外にこぼれてしまう。

しかし、ガイジンの男たちはすぐにそれをズズズと口で吸って、そして、私に、

「こうやって泡を吸えば大丈夫ネ。だいぶ、ワタシもうまくなったネ」

と私に言います。
私はそれを聞いて、苦笑しています。

カウンターの一番端に座っている大柄のガイジンは黒いTシャツに帽子を被ったお洒落な感じの男なのですが、カウンターの彼の横に、ショートヘアでボーイッシュな日本人女性の一人客が座りました。

もうその外人の大男は大照れで、突然ハシャギだして、真っ赤な顔をしてビールを飲んで、大声で嬉しそうに何か言っています。

カウンターの中にいる若いお店の人が、

「なんだかうるさくなってきちゃいましたねえ。でもまあいいか」

と笑っています。

誰もかれもが笑って大騒ぎの喧噪に包まれている焼き鳥屋の中で、

「ああ、戻ってきてよかった」

と思っている時に目が覚めました。



目覚めた時に、ものすごい泣いていましたので、多分、夢の中でも泣いていたのでしょう。


まあ、いい夢でしたが、あれほどリアルに宇宙の中での落下を夢の中で経験したのは、初めてのことでしたので、いろいろと危なかった(精神的にという意味)のかもしれないですね。

やはり、昨日、「宇宙の自殺がどうだこうだ」と書いたことと関連して見たのだとは思います。


確かに夢は不思議ですね。
そして、それがどうして不思議なのかも、昨日の「宇宙の自殺」の話と絡めると、なんとなく理由もわかるような気もしています。


今回の夢は、昨日の記事と関係している感じがとてもしましたので、「追記」として書かせていただきました。2、3日のお休みというのはそのままにさせていだきますね。


ところで、昨日の記事ではなく、その前の記事のぼんやりと外を見ていて気付いた「宇宙の計画」という記事で、

アジアの日本の東京の西荻窪という街。
あるいはその中の私の部屋の中の机の上。

そして自分と周囲の人をちゃんと見るだけで宇宙のことはすべてわかるというのが、この宇宙の意志なのではないか


というようなことを書いたのですが、誰でも書く「日記」というのがどれだけ大事なことかということについても、初めて気づいた気がします。

日記はちゃんと書いたほうがいいかもしれないなあ。うむ。