2013年05月24日



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精神的なカオスにやや考え込んでしまう昨今



dawn_of_earths.jpg


今日は雑談となってしまいそうです。

ところで、私は株はやっていないんですが(昔少しやっていたことがあります)、ここ数日、株価を見ることがありました。そして昨日の午後もなんとなく日経平均株価を見てびっくり。

1000円以上さがっている。

kab-05-23.png


何かあったのかなとも思いましたが、特別な事件や出来事が起きたというわけでもないようです。


ちなみに、「ここ数日、株価を見ていた理由」というのは、数日前、昔からの知り合いと電話で話していたことに理由があります。その時、その相手と下のようなやりとりになりました。彼は昨年仕事をやめてから、1年近く、蓄えで生活していて、まあ、まだしばらくは余裕はあるようなことを前に言っていたと思います。

わたし「最近何してんの?」
相手 「いやあ、株でも買おうかなと思って」
わたし「な・・・・・」
相手 「テレビとか見たら、なんかやたら儲かってる人たちが出てくるんだよ」
わたし「やめなさーい!」
相手 「なんだよ」
わたし「株買ったことないんだろ?」
相手 「ないけど、テレビでもまだ上がるって言ってるし」
わたし「や・め・な・さーい!」
相手 「なんだよ」
わたし「いくつかの何とかショックをリアルタイムで経験した私から言わせてもらいますと、今の状態は、今日明日にでも大崩壊したって不思議じゃないと思うぞ」
相手 「そうなん?」
わたし「アルマゲドンの気配が雰囲気にもチャートにも漂いまくってる」
相手 「なんだよ雰囲気って」
わたし「株を買ったことがないような人たちがみんなが株を買い始める雰囲気。そこがいつも頂点」
相手 「そうなのか? まだ買ってないから関係ないけど」
わたし「売りから入る、とか知らないんだろ?」
相手 「何それ?」
わたし「だったら、や・め・な・さーい!」


というような話をしてから3日後だったのが昨日の出来事でした。

ちなみに、経験則では、昨日のような「崩壊」の実質的な余韻はしばらく続くもので、来週も修羅場があるように思います。

多くの投資家の人たちは「信用取引」というものを使っていて、つまり、借金なんですけど、昨日のような突然の極端なマイナスの波乱が起きると、多くの人々にいわゆる「払わなければならない絶対的な赤字」(追証 / おいしょうと呼ばれます)が生じます。

これは絶対に支払わなければならないものであり、株の受け渡しの仕組みなどから強制決済(株を強制的に売られて現金化される)だとかいろいろと始まるのが数日後からで、それが来週の火曜あたりになるんです。

今回は膨大な追証が発生している可能性が高く、処分売りと来週に迫る強制決済で、しばらくは荒れることになるのかもしれません。いろんな方面が賢明に株価を買い支えようとしても、耐えられないほどの怒濤の売りのすごさはかつてよく見ました。

まあ、これは本当に余談でした。
このあとも雑談ですけれど。






世の中はもう変わらないのだろうかと考える日々


先日も書きましたけれど、最近いろいろと考えます。
たとえば、上に株のことを書きましたけれど、最近は特に、


「なんだか、人間の生きている意味の中心にお金以外にないみたいな気がする」


というようなことも思います。

しかし私だってそうですけれど、そうせざるを得ない。

なぜなら、今の社会システムではお金がないと生活そのものが成り立たない。


「ずーっと社会ってこのままなんだろうか」


と、そのことを考えるんです。


株価に関してはそのまま崩壊していこうと、立ち直ろうとどちらでもいいのですが、仮に立ち直って、経済も良くなり、「ああ、世の中は繁栄しています」という世の中になったとしても、それは「むしろさらにお金が偉くなっていく」と



「それなら何もかも崩壊したほうがいいんじゃないだろうか」


とか。


今は確かに災害とか、ウイルスとか、太陽とか、いろいろな困難や災難があるとはいっても、それらからうまく逃げ延びて、生きのびたとして、そして、


「ああ、私は生き残って、ここにいる」


としても、生き残った世の中が今と同じか、さらにひどいのなら、それはむしろ、災いに巻き込まれてしまったほうが幸いな気さえしたりします。


とはいえ、じゃあ、どうすればいいんだというのがわからない


田舎に行けばいいかといっても、あてもなく田舎に行ったって仕方ない。


本来、人間はどうやって生きるべきだったのか(あるいは「死」の問題も)というようなことを、できれば考えるだけでなくて実践したいけれど、具体的なことがわからないまま、2008年、2009年・・・と、2013年まで来てしまいました。


どうしようかなあ・・・と急速に危機感を感じもするのですけれど、考えてみれば、このブログをある程度は定期的に読んで下さっている読者の方たちが多少なりともいらっしゃるのですから、そういう方々の意見も聞きたいなあという気もします。

しかし、その方法もなかなか難しそうです。

誰でも書ける一方通行のコメント欄は荒れ出すと、記事そのものに影響しそうで使いたくないですし、SNS やツイッターも性に合わないですし。

何らかの「場」として考えられるのは昔ながらの BBS 、それもクローズした掲示板程度ですが。


そして、少し「人と会って話してみたい」と思うようにもなっています。時間と経済的に余裕があれば、今年はいろいろな人たちのところに会いに出てみようかなと考えるところもあります。私のスタンスとしては「脱落」というキーワードでもいいんですけれど、これから生きていくアイディアを提供しあえるようなこともできないかなと思っています。



今後の世の中で、仮に、自然災害が激しくならなくても、流星の攻撃がなくとも、パンデミックが起こらなくても、「生きていて楽しいと思えない世の中」を感じることが多くなりすぎているような気がします。


震災の時に変わると思った日本の精神的な構造は確かに変わるのは変わったのかもしれないですが、私の思っているほうとは逆の変わり方でした。縄文とか弥生時代の精神構造に戻りたいと思っている私とは逆の方向


そういえば、弥生時代といえば、時代は違うかもしれないですが、メキシコで古い壁画が多数発見されたことが報じられていました。

mexico-1.jpg

英国BBC より。


米国周辺の先住民族の描く構図は本当に魅力的であります。

日本語の記事も AFP 通信 にありました。



昔に戻るという意味ではなく、先に進むという意味でいいんですけれど、何か「生きていたい」と思うような世の中に住むという方向もどこかにあるのではないのかなと思う最近です。

いずれしても、6月くらいまでを目処にいくつかの作業をしたいと思っています。

雑談失礼しました。




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2013年05月08日



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最近、富士山が世界遺産に登録されるということが確実となったニュースを知りました。

ただでさえ最近ドヨンとしていた気持ちがさらに落ち込んだという感じはいたします。

どういう風にこの「ドヨン」とした感じを書けばいいのか・・・。


たとえば・・・どこかの国の、名も知らぬ数十人規模の住む小さな村に「神様」としてまつられている石コロか何かがあるとする。それはその村にずっと精神的な伝承と共に伝えられてきて、それこそ村の守り主であると考えている人々にとっては、世界で何よりもそれが自分たちの生活と存在にとって大事なものであると思います。どんな雄大な世界遺産よりも。

でも、それを「世界」に持っていって、何か世界遺産でも国宝でも何でもいいですけど、それらと並べて、

「さあ、このふたつの価値を決めて下さい」

というようなことになれば、そのどこかの村の神様は「価値のないもの」として人前に晒されることになってしまうと思われます。

そうならないためにはどうすればいいか。
「自分の神様」に辱めを受けさせないためにはどうしたらいいか。

それは「比較させないこと」であり、つまり「関係ない人前に出さない」こと。
それを神様だと思っている人以外の前には決して出さないことかと。



先日、チリの山奥にある「地図に出ていない神秘の赤い湖」というものの記事をご紹介したことがありました。

地図には載っていない「悪魔の血の湖」のあるチリの町には神の名前がつけられて
 宇宙の中の地球と太陽系の記録 2013年05月07日

red-lagoon-chile-1.jpg


red-chile-top.jpg



この場所が地図に載っていない理由は、標高 3700メートルという把握しにくい場所にあるということ以上に、チリのこの村の地元の人たちが「古来から秘密にしてきた」ということがあったようです。

その理由は、「この赤い湖は悪魔の持ち物であり、その水にふれたものには呪いがかかる」という伝承が長く伝えられてきたそうなのです。

多分、「だから、この湖のことは知らせてはいけない」という「外部者への配慮」だったのかもしれません。


しかし、この湖の存在も明らかとなり、上のような観光系サイトにも載り、たとえば、訪れた白人観光客は下のような真似をして写真などを撮っています。


redeath-.jpg


「水にさわると呪いがかかるから」と村の人が隠してくれていたのに。


白人の人たちにしてみれば、「呪いとかプッ、ワロス。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」ということなのでしょうか。

まあその考え方はその考え方で合理的で別にいいと思いますけれど、しかし、多分、上の人が自分の国の何か世界遺産のようなものをぼろくそに言われたり上のようなふざけた写真を外国人に撮られれば、烈火のごとく怒りそうです。



いずれにしても、「神様」とか「悪魔」の基準さえも、今では人種とか国境とか言葉とかの壁で区切られてしまっている。

「言葉や歴史などの前提条件がないと崇められないもの」ならば(自然と崇拝したくなるようなものではないものという意味)なら、つまり、他の価値観の人々には理解されにくい「聖なるもの」ならば、隠しておくということでもいいのだと思います。上のチリの人たちのように。

少なくとも、それを神様と思ってはいない人たちに売り渡さない。





世界遺産になった「聖なる山」の行く末

しかし、世界遺産のうちのいくつかは、どうにも、グローバルという名のもとの「白人価値観的支配カルチャー世界」に売り飛ばされてしまった感じがします。

そして、ついに富士山も。

「富士山を神様とも何とも思っていない人たちに『それに神様の価値があるかどうかの判断を委ねる」という、日本の歴史が始まって以来の大惨事となっています。


山というのは、世界各地でその国やその地域での「ご神体」のような存在となっていて、それは「その地にあるから」そうなっているものではあるはずです。そこに見えるから。

以前の記事、

北京の空に現れた「終末の雲」や富士山のレンズ雲から思う世界の7つの「聖なる山」
 2012年06月20日


に出てきたアメリカのシャスタ山などもそうですが、崇められている山にはそれなりの伝説や「精神的な伝承」が存在しますけれど、それは知識としてではなく、「見ているだけでも伝承が生まれるような存在だったから」だとは思います。




▲ シャスタ山のレンズ雲。

世界には「7つの聖なる山」と呼ばれるものがあって、


・シャスタ山 (米国)
・富士山 (日本)
・マチュピチュ (ペルー)
・シナイ山 (エジプト)
・チョモランマ / 英名エベレスト (ネパール)
・キリマンジャロ (タンザニア)
・セドナ (米国)



がそう呼ばれているものですが、世界遺産の登録リストで調べてみますと、上の中で世界遺産になっているものは、

・マチュピチュ
・キリマンジャロ

だけです。

世界的な聖なる山ともいえるシナイ山もチョモランマも世界遺産ではありません。

シナイ山はその麓に建つ聖エカテリニ修道院が世界遺産となっていて、チョモランマは麓のネパールのサガルマータ国立公園が世界遺産となっているようですが、山そのものは世界遺産ではありません。



宗教都市だったとして捉えられているマチュピチュは、便宜上の理由以上に、「外来からの人を遮断したかった」という理由は存在していたであろう古代都市だったはずですが、今では誰でもかれでも観光地としてやってくる。その地域の人じゃない人たちが。その山の神様なんてどうでもいい人たちがどんどやって来る。

どんどん神の領域に土足で入ってくる。


mp.jpg

▲ マチュピチュ。



そういう場所はもはや「神は消えた場所」となっていくはずです。
認識されない背後の神。
自分を好きではない集団から神々は逃げるはずですので。


そこは死んだ場所。
文字通りの廃墟。



そしてそれが未来の富士山の姿になりそうです。


神が消えれば山はただの地質的盛り上がり。


まあ、外国人にとってはその国の神様が消えることなんて関係ないですしね。

実際、アメリカのふたつの聖なる山のシャスタ山もセドナ山も世界遺産ではないです。まあどちらも観光地ではありますけれど。



▲ アメリカのセドナ山。






単一どころか完全なる多様民族 DNA からなる日本の人々


山は過去の地殻変動の証でもあり、たとえば富士山なら、そこに富士山のような山が出来た時の地殻変動と共にその周辺も形成されていき、日本人の住む土地がそこに出来た時期ともリンクする話でもありそうです。なので、山がその土地の固有の神様世界全体の神様ではないということ)であることにはそれほど違和感のある話ではないようにも思います。


もっとも、「日本人」といっても、最近の遺伝子解析で、日本人の根源はまさに「バラバラ」であることが次第にわかってきています。

下の表は、国立科学博物館人類史研究グループ代表の篠田謙一博士という方が書かれた『日本人になった祖先たち』という NHK ブックスからの抜粋です。


dna-j2.jpg

ハプログループという言葉が表に出てきますので、 Wikipedia から抜粋しておきます。


ハプログループ

単一の一塩基多型変異をもつ共通祖先をもつような、よく似たハプロタイプ(生物がもっている単一の染色体上の DNA配列のこと)の集団のことである。



詳しいことはともかく、上の表の意味するところは、「日本人には、それぞれ違う祖先の DNA 配列のグループがこれだけ存在する」ということでもあります。

もちろん日本だけではないですが、日本も、極めて「多祖先民族」であることが DNA 上では非常に明らかになりつつあります。

私などはこれを見て、

「日本人って、DNA を見ると、そのまま世界民族だよなあ」

などと思ってしまうのですが、いずれにしても、


日本人は単一民族なのではなく、八百万(多数)からなる民族

というように、日本の神様と同じように考えたほうが合理的な感じがします。


そのような本来はバラバラな DNA を持つ人類同士の大きな接点が、日本語という五音の母音のみからなる類い希なる無駄のない言語であり、また、他の国の人たちが食べ物として見ないような、海の海草や土の中の根っこを食べてきた特異な食べ物文化の下、少しずつ「日本人という価値観」ができあがってきたのだと思います。

「はじめに言葉があった」というたとえを出さなくても、言語はある程度、その言語集団の性質を決める部分はあるように私は思っています。そして日本語というのはいろいろな意味で貴重な言語だと思います。基本的にはその言葉の下での価値観で人間性が培われてきた。

国家の引いた国境だとか権益だとか、そういうものとは関係なく、日本人は存在したはず。


でも、この 1500年間で消え続けてきたその「日本人」という概念の最終的な最後がやってきたような気も最近はして、それで最近の私は落ち込んでいるのかもしれません。

ちなみに上にある「 1500年前」というのは、西暦535年を境にして、日本に外国文化が流入してきた時のことで、過去記事の、

ウイルスの流入の繰り返しでDNAの進化をなし得てきた人類をサポートする「宇宙と火山」(2)
 2012年09月24日

に少しふれています。

リチャード・キースという英国の作家が、著作で、


五三〇年代に気象異変と伝染病をきっかけとして始まった動きは、ここに完了した。日本の七世紀初頭は、六世紀初頭とはまったく様相を異にしていた。古代日本は消え去り、近代日本の原型が生まれたのだ。今日の日本という国の起源ははるか昔の、悲劇の六世紀にあったのだ。



と、今から1500年前に、日本から「神が消えていく最初の段階」がありました。

下はその頃の歴史表です。



▲ リチャード・キース『カタストロフィー(原題)』より。


そして、その完成は今なんだと思います。

神というものが何かなど私は知らないですが、何らかを象徴とするならば、それは「そのあたりの木や草や空気すべてが神」という日本ならではの「どこにでもいる大勢の神様」と共に、形としての象徴として「山」や「木」などがあったように思います。

富士山というのも、そのうちのひとつだったはず。

でも、今、その富士山は外国のものになってしまいました。
外国人に優劣を判断させることになってしまったという意味


以前の記事の、

活動を始めない太陽とそこから思い出すウェブボットの「太陽の病気」の記述
2012年05月16日

の中で、あるいは他の記事などでも、


富士山はその構造、爆発指数、記録上の過去の噴火の点で、「危険な火山ではない」ことを私たちは認識するべきです。

富士山は「概念として日本を守っている山」として、つまり、日本の象徴としてのものであるということを意識的に私たち日本人は認識するべきです。富士山が日本人を苦しめる火山であるはずがないと私は思っています。




というようなことを書きましたが、もはやこう言い切る自信はなくなりました


日本から神様が消える前に起きてほしいこともありますけれど、なんだかいろいろと無理っぽい気はします。



最近、こちらに書かれてある、20世紀のスイスの神学者のカール・バルトさんが「ロマ書」というものに記していたという、


「終末にキリストが地上の裁きのために天国から降りてくるという再臨が『遅延する』ということについて・・・その内容から言っても少しも『現れる』はずのないものが、どうして遅延などするだろうか。

・・・再臨が『遅延』しているのではなく、我々の覚醒が遅延しているのである。終末は既に神によってもたらされている」


という言葉を再び思い出します。


私たちはこの 2000年、単に「終末後の世界を生きてきた」というだけなのかもしれません。

もう(見た目や感覚では)この世は何も変わらない。
変わることができるとしたら、個人の中での変化だけなのかもしれません。



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2013年01月03日



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qiandaoLake-1300.jpg

▲ 中国浙江省にある千島湖の中に水没していることがわかった「中国のアトランティス」と呼ばれている 1300年前の都市。Rediscovery of China’s Atlantis より。こちらにダイバーによる動画もあります。
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元旦の「夢」の二日後に

ちょっと「夢関連」で驚いたことがあったのですが、今回の本文の記事はそれとはあんまり関係ないですけど、その驚いたことをちょっと書いておきますね。下らないといえば下らない話です。

下の写真は、今朝の米国の科学ブログの IIAI に載っていたものです。

gas-2013.jpg

Planet-Forming Gas Streams Seen For The First Time
(惑星が形成されるガスの流れを史上初めて観測)

という記事です。

何だかキレイなものですが、「このようにしてガスの流れが長い時間をかけて惑星を形成していくのではないか」というような記事で、その内容自体はどうでもいいのです。

これも例の「科学的推測」ですから。

私が驚いたのは、この「形」でした。今年の 1月 1日に書いた記事の一番最後に元旦の朝に見た夢のことを書いたんです。

下みたいな他愛ない文章でした。


初夢というわけではないのでしょうが、丸い惑星みたいな UFO から降りてきたお供えの餅みたいな人に、「一緒に来ないか」と言われたけれど決心がつかない夢でした。



にある夢に出てきた「丸い惑星みたいな UFO」というのがまさに上の形と色だったんです。

まあ、色は上の写真ほど鮮やかだったかどうかは定かではないですが、その丸いものはふたつの「青い色をした岩」のようなものに挟まれながら飛んでいました。

で、その夢を見た二日後の今朝、上の写真を見たもので、

「あーこれは!」

と、驚くというか、何だか納得した次第でした。


記事では、上のような状態で何百光年もガスの移動が起きることにより惑星が形成されていくのではないかということです。そして、こういう状態が初めて観測されたということのようです。

ちなみに、私の夢のほうでは、その上みたいな丸いものから降りてきた人(?)は、ゴーストバスターズみたいなモチみたいな人でした(笑)。

gb-20103.jpg

▲ ゴーストバスターズのゴースト。夢ではこんな人に「いっしょに乗りませんか?」と言われたのですけれど、急に言われてもねえ・・・(苦笑)。


ところで、今日は、それとは別の昨日見た「夢」の話を書かせていただこうと思います。

それは「水没していく地球の上で暮らしている夢」でした。





水没していく地球の人々には悲壮感はないのでした


初夢というのが元旦の朝に見るものを言うのか、元旦の夜に眠った後に見るものなのかがいまだによくわからないのですが、初夢の定義はともかくとして、昨日1月2日に見た夢は「水没していく地球で生活している私たちの日常が描かれた夢」でした。

こういうニュアンスの夢というのは何だかパニック的な感じがすると思うのですが、そうでもないのです。

時期はクリスリスかなにかで、私も含めて、友人たちは男性も女性もクリスマスの準備や、バーの飾り付けなどで楽しんでいて(私は現実の生活では、ふだんはクリスマスなど祝わないのに)、私に至っては、昔の知り合いの女の子を口説いたりしている。


しかし、その夢の生活の基本ベースは水上、つまり「船の上か、水から突き出た文明の跡」となっているようでした。

船で海上を移動しながら、陸地のある場所(高い土地?)に移動する。
下みたいな感じの都市生活。

dream-ship.jpg

▲ 多くが水没しているので、このように船で移動します。ただ、戦争中のようで、たまに横切っていく他の国の船から、窓の中に機銃掃射を撃ち込まれたりするので、安全というわけでもない場所でした。



しかし、船で水上から突き出たビルなどに行っても、干潮や満潮などの影響なのでしょうが、そういう陸地も時間によって、どんどん水没していく。

夢で見たクリスマスっぽいバーでのパーティも高いビルの上のほうおこなわれているようなんですが、窓の下を見ると、すでに人が水に浮いて頭しか見えなくなったりしている。

「ああ、もう水が来てる。船着き場まで行かなきゃ」

と、ビルの上にさらに高く備え付けられたハシゴを登って、船を待つ。

そんな生活をしている夢でした。


でも、上に書いた繰り返しになりますが、「悲壮感」とか「恐ろしさ」とか全然ないんです。それが普通の生活の感覚になっていて

ただ、その夢では、どういう戦争か知らないですが、戦争が始まっているようで、近くを通っていく船から頻繁に銃撃を受けます。しかし、それもまた冷静なもので、私も、船に一緒に乗っている友人もワインを飲んだりして、それを見ている。


ところで、今回は後半でもウェブボットを引用しようと思いますが、2009年6月17日配信のウェブボットの ALTA レポートに下の記述があります。


ルネッサンスと新電力の概念は「海洋の変化」というキーワードとの関連が強い。

海の環境が大きく変化するので、そうした環境変化に適応するため、2014年ころから北の海に水上で生活する一団の人々が出現する。2014年以降、彼らの共同体はどんどん拡大する。



このフレーズは、ずいぶん前のことで忘れていたのですが、今回の夢で思い出しました。

その夢では他にもいろいろと思い出しましたので、後で引用するかもしれません。




戦争で死んだ少女たちが夢で夜な夜な蘇る

ところで、夢だから何でもありなんでしょうが、「死者と遊んだんだなあ」と気づくシーンがありました。

移動する船の廊下には、その戦争(あるいはその船の中?)で死亡したと思われる人たちの写真が廊下に並べられて、花が添えられている。その最初にある写真、つまり「戦死者第1号」の人は若い女性なのですが、私をそれを見て、

「あ! これさっき会ってた女の子だ。デートしてくれるって言ってたんだよ」

と言うと、友人は、

「ここに書いてある死亡時期を見たらずいぶん前に死んでるぞ」

と言います。

「そうかあ。死人だったのか・・・。それじゃ、もともとデートできなかったんだねえ」

と、私は筋違いの感想を述べたりしていました。


思えば、その夢ではやたらと人が死んでいて、自殺などを含めて、夥しく人が死んでいる夢なのですが、その「死」に悲壮感があまり伴わないので、イヤな感じがないというのが不思議でした。



それでも、夢で水没していく地球の光景はとてもリアルで、朝目覚めて、

「地球の水没のことって In Deep とか、記事で書いたことあったような気もする」

と思い、ちょっと調べてました。

新年早々の記事が「水没する地球」がテーマでは、おめでたくないですが、でも、夢で確信しましたが、「それは恐ろしいことではない」のかもしれません。





水没はせずとも、洪水の時代ではあるという事実


In Deep の昨年の記事では、「水没」というテーマではないですが、洪水のことはずいぶん取り上げたことがあります。


洪水...洪水...洪水.. 世界中で異常な数と規模で発生し続ける洪水
 2012年08月26日

という記事では、2011年までの「大洪水の増加」を表にしました。


2000年から2011年までの大規模洪水報道の件数
World Flood Timeline より。

2011年 ( 37件)
2010年 ( 23件)
2009年 ( 7件)
2008年 ( 6件)
2007年 ( 13件)
2006年 ( 3件)
2005年 ( 4件)
2002年 ( 3件)
2000年 ( 1件)



また、洪水とは直接関係はないでしょうが、昨年の7月に「グリーンランドの氷がたった4日間でほとんど溶けてしまった」というやや異常な事態をご紹介したことがあります。

メルトダウンの序章? : 「たった4日間でほぼすべて溶けて消えた」グリーンランドの氷床
 2012年07月26日


上の記事で下の図を載せましたが、このような変化が「あっという間に」起きたという一種の「事件」でした。




上に「メルトダウンの序章?」なんていう言葉をタイトルに入れていますが、このメルトダウンというのは比喩ではなく、文字通り、「氷のメルトダウン(全部溶ける)」のことを書いたものでした。それは、「全世界の氷」という意味でもありました。

もっとも、北極などの氷も含め、確かに氷は非常に急速なスピードで溶けているとはいえ、「メルトダウン」というようなことにはなっていません。





現在の科学界の一般論では「地球はあと数十万年は水没しない」となっていますが


2012年の年末、ロシアのメディア「ロシアの声」に「全世界が水没することはない」というタイトルの長い記事が出ていました。

長い記事ですので、多くを抜粋はできませんが、日本語の記事ですので、興味のある方は下のリンクをお読み下さい。

全世界が水没することはない
 VOR 2012.12.28


上の記事では、ロシアの「北極・南極研究所」という研究所のゲンリフ・アレクセーエフという科学者は、

「現在、人工衛星によって観測されている最もよく知られている海面の水位の評価報告によると、1年で3.4ミリ上昇している。この計算によると、21世紀の間に34センチ上昇することになる。これは、ロシアや北国にとっては、それほど大きな意味を持っていない」


とのことです。
そして、続けて、

「今後、数十万年は(水没に怯えることなく)人々は穏やかに生活することができるだろう。欧州の海抜の低い地域が水没すると語るのは時期尚早だ。」


と述べています。


さて・・・。


そのあたりは私にはわからないですが、たとえば、これを読んでいる皆様方はどのように思われますか?

ロシアの科学者の方のおっしゃるように、私たち人類は今後、「何十万年も」水没の脅威にさらされることなく生きていける・・・と・・・思いますか?


どうなんですかね。
私は本当にわからないのです。


そういえば、久しぶりに最近のウェブボットの記事を拝見しました。
2012年9月30日に配信されたものと書かれてありました。

私はもう2年以上、ウェブボットを読む機会がなく、最近のものは知らなかったのですが、目についたのは下の記述でした。


北半球における「沿岸部の海面上昇」について

・巨大な洪水は2013年4月から始まり、その後、19カ月間続く。また、世界のあらゆる地域にある泉や深堀井戸などから、水があたかも噴火したかのように勢いよく噴出する。これは、地球内部の圧力が増加したことが原因だ。

・沿岸部の海面上昇が原因で各地で人口の移動が発生する。これは2012年の冬から2013年の春分の日頃に始まる。

・山岳に住む馬を使う部族や、洪水の廃墟からゴミを漁る部族などが出現する。現在の我々の文明がこのような原初的な状態に回帰するためには普通であれば何千年もかかるが、巨大水害のトラウマがあまりに大きいため、これまでの文明とは分離した新しい文明の建設が進む。



この中の特に最後の「洪水の廃墟からゴミを漁る部族などが出現する」という文章に大きな興味を持ちました。

なぜかというと、このキーワードは4年前のウェブポッドにも出ていたものです。

ウェブボットで繰り返し出てくるキーワードの実効性というものは強いと今は感じています。それはたとえば、「太陽の病気」というようなキーワードのように、時を越えて、何度も何度も出てくるキーワードには確かに「人類の精神と記憶に染みついた概念」としての何かがあるのかもしれません。


2009年頃に、私がそのウェブボットを読んだ時、私は下のように思いました。


「将来、私たちは水没しつつある文明の中でゴミを拾いながら生きていき、それでもその次の時代に向かって何とか生きていくのだ」


と。


そうなるかどうかなんてわかるわけはないですが、その時にそう思ったことは事実でした。そういう想いもあり、今年のお正月の「水没の夢」ともつながったのかもしれません。

その2009年のウェブボットを抜粋して、今回の締めといたします。

ここからです。



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2012年04月09日



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今日はうちの子どもの小学校の入学式でした。

私は「学校」と名のつくところに長時間いると吐き気がするし、パニックも出てしまい、それは奥さんも知っているので、子どもの入学式には出席しなかったのですが、学校の門の前まで一応ちゃんとした格好をして(笑)、送りました。

まあ、ちゃんとした格好といっても、私はネクタイを今でも一本も持ってないので、昔のヤクザ映画か、タランティーノのレザボアドッグス(肥満バージョン)かという感じもありますが、それで見送り、その帰りに散歩すると、桜が咲いている。

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▲ クエンティン・タランティーノの傑作映画『レザボア・ドッグス (1992年)』。リンクは日本語予告編です。


「今年はちょっと遅いのかなあ」と、時事のニュースを見ない私は、それでも、これ幸いと道ばたのいろいろなところにある桜の花を見ながら散歩していました。

家のほうに戻ると、小学生の子どもたちがまだお昼前なのに帰宅している。入学式の日は、2年生以上の子たちは、むしろいつもより早く帰宅できるのかもしれません。

先日、この町の「1丁目の新入生歓迎会」というのがあって、私も行ったのですが、そこでは班にわけられていて、私の子どもの班では1年生はうちの子どもだけで、他に数名の近所の子たちがいて、1ヶ月くらいの間はその子たちが、新1年生と一緒に登校してくれるのだそうです。

その、「うちの子の班」にいた、確か小学2年生の女の子がタッタッタッと走っていく。

「明日からはうちの子は、あの子とも一緒に学校に行くんだなあ」

と思うと、彼女の前に走り寄って、「なにとぞ、うちの息子をよろしくお願いいたします」と敬礼しようと思いましたが、それも「ユーマくんのオトーサンは微妙に変態」というような評判になるのもアレですのでヤメて、そのまま歩きました。

その「1丁目の新入生歓迎会」の時には、うちの子どもと同じ班の、やはり小学2年生の女の子が私にいろいろと説明してくれました。

なんというか、子どもにもよるでしょうけれど、今の小学生2年生あたりの女の子は、何だかものすごくしっかりしています。


女の子 「最初のですね、1ヶ月は私たちの班と一緒に学校に行きます」
わたし 「あ、そうですか。うちの子をよろしくお願いします」
女の子 「何か学校のことでわからないことがあったら相談して下さい」
わたし 「えーと・・・僕がですか?」
女の子 「いえ、ユーマくんが」
わたし 「あ、そうですね。はい、よろしくお願いします」
女の子 「そういえば、そこのとんかつ屋のK亭さんは行きました?」
わたし 「いえ、まだ引っ越して日が浅くて」
女の子 「行くといいですよ。大人でも子どもでもおいしいメニューです」
わたし 「はい。今度行きます」


というように、42歳差という年齢の差のどちらが上だか下だかわからないほどしっかりしているというような子たちもいる最近の小学生たち。

まあ、私は、むかし、短い期間ですが、芸能学校みたいなところで演劇の技術指導をしていたことがあって、子役の子たちは上の子くらいの年齢の子たちも多かったですが、芸能界にいるような「特別に優れているように見える子」たちがどこにでもいるというような感じのようです。



最強の破壊液体である人間の胃液

その入学式の日の夜、つまり、今日、家族で食事を取っていたときのことです。

うちの子が当然、青ざめた顔をして、「エビフライの尻尾のところを少し飲んじゃった」といって涙ぐみ始めました。

これは理由があって、2年くらい前だったか、祖母と外食でエビフライを食べていた時に、エビフライの尻尾が喉につまりそうになって大変だったことがあったそうで、それ以来のトラウマのひとつが「エビフライの堅い部分が喉に入る」ことのようです。

私が、「喉に詰まってるの?」ときくと、「ううん」と言う。


わたし 「じゃあ、どこにあるの?」
子ども 「お腹に入っちゃった」
わたし 「じゃあ、大丈夫だよ」
子ども 「だって、あんなに堅いものがお腹に入ったら、お腹は大丈夫なの?」
わたし 「あー、お腹って柔らかい感じがするもんね」


どう答えようかを考えていた時に、私はだいぶん前のひとつのニュースリリースを思い出しました。それは、日本薬理学会のサイトの昔の記事でした。

「胃潰瘍は何故発生するのか?その治療薬は?」 -貝殻からポンプ阻害薬まで-
 日本薬理学会 平成13年10月06日

というもので、これは、私が胃潰瘍で倒れた後に見つけた記事ですが、そこに京都薬科大学の岡部進という教授の文章が掲載されているのですが、そこにこのような一節があります。


胃液の作用は強力で、肉類などの消化などは1-2時間で完了するが、著者らの研究室では、ステンレスも半年以上胃内に放置しておくと消化?される事を観察している。つまり、溶解される。



なんと、胃液はステンレスも溶かしてしまうほど強力な酸なのです。

長い間の医学上での疑問が、「じゃあ、なぜ胃は溶かされない?」ということだったのは言うまでもないですが、それはその上のサイトに出ていますが、主要な要因としては、


・胃の上皮細胞は「粘液」と「重炭酸イオン」を同時に分泌しているために中和される。
・胃粘膜の表面には「燐脂質層」という層があり、酸が胃の細胞に接触しにくい。
・胃粘膜は、急速に細胞分裂が進む組織なので、少々の傷はすぐ修復される。


というあたりの作用があるそう。

私はこの岡部進さんの文章を思い出し、子どもに「台所を見てごらん」と言いました。

そこにはステンレスがあります。
ステンレスという言葉は子どもに通じないですので、「鉄」ということで。


わたし 「あそこに銀色の鉄があるでしょ。あれも、胃には負けちゃうんだよ」。
子ども 「え・・・?」
わたし 「もちろん、本当に鉄なんて食べちゃダメだけど、人間のお腹は鉄にも勝っちゃうの。溶かしちゃうの。そのくらい強いんだよ」
子ども 「あれが溶けちゃうの?」
わたし 「そう。だから、エビの尻尾くらいなんて、あっという間に」
子ども 「あ、そういえば、お腹は痛くない」
わたし 「でしょ? もう溶けちゃったんだよ」(これはウソ)


それで、子どもの顔色は元に戻り、またバクバクとご飯を食べ始めました。



うちの子どもは、これから小学校で学びます。
そこでは、多分ですけど「人間は弱い」ということを学ぶような気がするのです。

しかし、実際には「人間は強い」

(私が「死の真実」を知りたいのも、「人間の強さ」は死で終わらないことを知りたいからでもあります)


以前、子どもに、

「おとーさん、爪ってどうしてあるか知ってる?」

と聞かれて、その答えは幼稚園の先生かなんかに教わったらしく、子どもは、

「指先を守るために体が変わっていったんだって」

と、進化論を語っていました。

私は「へえ、そうなの」と答えつつも、このあたりに関しては、実は本当は極めてシンプルな答えしかないことはわかっているのです。

「指先を守るため」とか「堅い果実を割るため」とか古代人の変な想像上の話を持ち出すようなことではないのですよ。


そうではなくて、単に、「爪がないと人間は困る」のです。
だから、爪がある。

たとえば今から以下のこれをやらなければならない。

シールをはがす。
セロテープの先端をはがす。
缶ジュースのプッシュを開ける。
携帯電話の充電用の小さなゴムのふたを開ける。
机の上にこびりついて固まったノリを取る。
かゆいところを掻く。
・・・・・


爪がないとまったく出来ないことの多さ。

他の動物の爪とは役割が違う。

爪は進化の果てにあると考えるより、「爪がないと人類生活も文明もあり得ないからある」と言うほうが妥当なはずです。


それでも、多分、また小学校で仮に、

「人間の爪はどうしてあるのか」
「人間の髪の毛はどうしてあるのか」
「人間はどうして涙が出るのか」

というようなことに対して、うちの子どもは「何か」教わってくると思います。


それに対しての対峙を考えると、今から、若干憂鬱な面もありながら、楽しみな面もあります。

何が楽しみかというと、

どちらもアリだよ

という答えがあるからです。
そして、子どもが自分が楽しいと思った答えをよしとすればいい。


宇宙は未来も「過去さえも」自由自在だということが科学の世界でも明らかになっているのに、何も、無理して窮屈に考える必要もない。

言葉とか左脳の理解ではなく、「この世は縦横無尽の無限の宇宙」ということでいいと思います。




そういえば、この間、ずーっと私より年下の知り合いの女性がこんなこと言ってたんです。


みんな『良くなる』ということに夢中になりすぎてる

と。

私は彼女のこの疑問に対して、いつか、答えを出したいと思います。

「良くなる」という考え自体に意味がないことを示唆し始めているのが、今の科学であり、そして、変化しつつある多くの人々の感覚だということを。


そんなわけで、変な文章だけで終わってしまいましたが、いろいろなニュースが貯まっていますので、明日からまた書きますね。。

--
[子どもたち]に関係する過去記事:

子どものかみさま
2011年03月04日


こどもたち (震災翌日の記事)
2011年03月12日


--
[1年前の In Deep ]

2011年04月08日の記事

もはや神も大地も怒らない

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2012年04月01日



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宣伝みたいな記事になりそうですが、そういうわけでもないですので、ご了解下れば幸いです。

今日、ポストに書籍が2つ届いていました。
見ると、それぞれ私にゆかりのあるものなのですが、そのことを少し書いておきます。

ポストに入っていたのは、ひとつは、私が東京に出てきてからの二十数年来の長い「バカ友」のひとりである漫画家・友沢ミミヨさんの新しい本。

もうひとつは、日月神示の中矢伸一さんが発行してらっしゃる「玉響(たまゆら)」でした。
最新号から紙数を与えていただいています。

「玉響」に書くことについては、以前、中矢さんからお誘いいただいたのですが、しかし、私は日月神示も含めて、何に関しても無知ですし、しかもアナーキー系な人間なわけで、そういう人間が、そのような立派な方々の世界の中に介入するというのは失礼な感じもしましたし、それと、最近では、もはや「 In Deep は自分(オカ)が書いているという感じがしない」という気持ちが強いのです。それで躊躇したことがありました。

昔からいろいろな面でそうですが、何だか知らないうちに書いたり演じたりしているということはあって、何だか憑依の世界に近いですが、しかし、私のような悪い人間に憑依するのは「悪いものたち」なのだと思います。魑魅魍魎たちの遊び場としての私の体。

いずれにしても、自分で書いている気がしないのに、そんな私が本名を出して紙媒体に文章を書くなど何だか失礼な気がすることで、そのことを中矢さんに正直に申しましたら、「匿名でもいいですよ」とおっしゃっていただき、それで、このブログの「 In Deep 」という名前で書かせてもらっています。

内容はブログの In Deep に書いた中で、その時に最も気になるテーマをまとめて書いているような感じです。

日本弥栄の会

にその表紙等があります。

あと、中矢さんはそのサイトにも書かれていたように、放射能などに関しての「意味のない悪い風評」を払拭されようとしている姿勢は素晴らしいと思っています。

うちの奥さんなんかも週末などを利用して宮城などに瓦礫の撤去などのボランティアに行ったりすることがあるのですが、しかし、正直、女性の手での僅かな力学的な貢献の瓦礫撤去に汗を流すより、「家族で東北の温泉にでも行って観光で貢献したほうがいいのでは」という話にもなっていて、そういう方向で東北との接点を近づけたいと思っています。

幸い、私はメカブ、ホヤ、ふのりのたぐいがムチャクチャ好きですので、東北の海沿いは天国なんですよ。

・・・というようなことで、玉響に書かせていただいています。



その「玉響」が送られてきたのと同じ日のポストに、もう一冊、メール便が入っていました。


事前に連絡はもらっていたのですが、それが 25年以上の友人である友沢ミミヨさんの最新刊『まるごと まめおやじ』というものでした。


mame-oyaji.jpg

▲ 『まるごと まめおやじ』の表紙。


彼女は、今年中学生になるひとり娘さんと暮らしているのですが、テレビブロスという雑誌に、そのことを「まめおやじ」というタイトルの4コマの漫画で、ずっと連載していて、私はテレビを見ないので、テレビブロスのほうは知らないのですが、その作品の集大成が出たようです。

友沢さんとは大学で知り合ったので、今から28年くらい前ですかね。

当時、彼女は漫画家の内田春菊さんのアシスタントをやっていて、当時の漫画雑誌『ガロ』でよく描いていました。

それがどういう縁か、私の劇団のようなもので、照明家としてスタッフで長く手伝ってくれるようになり、それ以来の知り合いです。住んでいるのも、お互いに西荻とか吉祥寺をウロウロ引っ越しするタイプでした。

本が出るたびに送ってくれるのですが、この前は作家の村上春樹さんと共著した「またたび浴びたタマ」だったような気がするので、本を送ってもらったのは 10年ぶりくらいですかね。

それで、今回の『まるごと まめおやじ』が読むとカワイイし、すげーおもしろい。
さすがに宣伝したくなりました。

娘さんとの12年間の生活が楽しく描かれている。


mame-01.jpg

▲ 『まるごと まめおやじ』より。実際にこんなふたりです。


まあ・・・彼女らあたりも経済的にはラクな生活をしていないと思うので(笑)、興味のある方は買ってあげてください。面白いです。子どものいる人でもいない人でも楽しめると思います。

本屋さんにもあるでしょうし、Amazon にもあります。




本の値段がバカ高いんだよねー」と本人は言ってましたけど、10年に一冊くらいならこんなものでは。


私は大学の頃、つまり30年近く前に「自分が聞くためだけの音楽」というのを何年も作り続けていて、それはほとんど前衛(アバンギャルド)のポップスなんですが、その曲の中には、上の友沢さんに「コーラス」をお願いしたのも何曲かありました。

最近、ちょうど引っ越しで押し入れの段ボールの奥からそれらのテープが出てきました。一般的には聴く価値のるあるものではないですが、貼っておきます。男の声は私(笑)。映像は適当です。


Oka & Tomo / Tiger (1984)



私は「自分が聴くためだけの音楽」をこの何十年もずっと作り続けています。
「自分のためだけの料理を作る」のと同じような感じです。
他の人が食べてもおいしくないけど、自分にはおいしいみたいな。

その多くは他の誰にも聴かせることがないですし、今後もないと思います。


それにしても、いろんな知り合いがいますけれど、とりあえず「東京に出てきてそろそろ30年くらいになる知り合い」という人たちがいて・・・そして、ここから先はどうなりますかねえ。

そして、新しい知り合いも増える場合もあるかもしれないですし。


私なんかは、今こうやって生きているだけでも不思議で不思議で仕方ない時もありますけど、でも、「オレが生きているその意味は?」と考えることができているのだから、それも楽しい。

そんなわけで、何だか珍しく宣伝的な記事となってしまいましたがお許し下さい。

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2012年01月07日



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昨日の深夜、自宅で強烈なめまいと「視界が消えていく」というような状態で、そのまま立つことも動くこともできなくなり(意識は混濁していない)、救急病院に搬送されて、更新が1日開いてしまいました。

CT だか MRI だかを含め、いろいろと検査して異常なく、症状も治まりましたので帰ってきたんですが、まあ・・・なんというか、私の人生は多いんですよ。「死にかける」のが。

それは幼少の頃から続いていますが、最近では、それらのひとつひとつにこだわるより、「その時に死ななかったのなら、そのことは忘れて、次の生活を」とするようにしています。そのおかげで、病気や入院の思い出も、今となれば、人の経験したことのないようないろいろな感覚や感情、そして、現場を目にしてきたわけで、まあ・・・病気に感謝したくはないですが、「それをしなければわからないこの世の現実」ということを本当に多く知ることができます。

昨日も最初、「所沢のどの病院でも救急患者は受付拒否」という、最近よく聞く話から始まり、結局、埼玉から東京都内の病院に搬送されましたが、搬送された現場で見た光景もまた初めて目にするもので・・・と、まあ、このあたりは単なる日記になっちゃいますし、長くなりそうですので、そのうち、別に書くかも知れません。


産まれた時から、体も(精神さえも)弱かったんですが、そんな私が、成長と共に学んだことは、「人はいつかは死ぬ」ということで、そして、大事なことは、「自分の死を最大の問題や悲劇と考えてしまってはいけない」ということでした。

肉体の死が、それほど重大な「存在の死」ではない(少なくとも自分に関しては)ということは、何度か死にかけると次第にわかってきます。

そして、そのうちいつかは本当に死ぬわけですが、今ではそれはむしろ、「予行演習として、もたらされたありがたいもの」だという意識もややあります。


それよりも、引っ越したこの今の場所で見るいろいろな光景に毎日驚きや新しい発見があって、その光景が楽しい。



いくつかのポイントに囲まれて


fuji-2012-1-7.jpg


今の家はうちの奥さんが見に行って決めたもので、私はどんな場所かもよくしらなかったのですが、埼玉県所沢のその奥地の、単なる住宅密集地にある単なる3階建ての集合住宅なのに、ベランダからは富士山が見えて、そして、夕陽が全貌できるのですが、今日知りましたが、「富士山のすぐ横に太陽が沈んでいく光景が見える」のです(上の写真はネットから持ってきたイメージ)。

この光景がベランダの真っ正面から見える。

すごいと思ったのは、この地域一帯どこもその風景が見えるというならわかりますが、少なくともこの通りでその光景が見えるのは、多分ですが、 この建物の、この部屋だけなんです。

どういうことかというと、周囲には住宅が建ち並び、駅の方には高層マンションなどが林立しています。ところが、私の家の前だけがこの通りで月極めの駐車場となっていて、空間がすっぽりと空いていて、そして、その前方の富士山まで高い建物が何もないのです。

ちなみにこのあたりはにはもう自然などほとんどなく、建物ばかりなわけで、それだけに「これはすごい偶然」と、やや驚いた次第です。

その家で初っぱなから、「得体のしれない死に損ない経験」をしながらスタートした生活。


というわけで、今日はそのご報告だけでした。
今日はもうお酒を飲んで散歩をしていたくらいでしたので、ご心配なく。


それにしても、このあたりのオジサン、オバサンはおもしろい。
何度、人のなさけを経験したか。

今朝も病院から(距離がわりとあります)タクシーで帰ってきたんですが、その運転手さんは豪快なオジイサンで、元大型の運転手さんだったかなんだかで、ずっと話していたんですが、メーターが4000円を越えたあたりで、「あー、こりゃかかりすぎだ。メーターここで止めっから」と、メーターを止めてしまったのです。


私  「いや、そんなこといいですよ。ちゃんと払いますよ」
運転手「いいって。タクシーなんかに 5000円とか払っちゃ駄目だ」


と、そのままメーターを止めて、家まで走ってくれました。

ここに来てからは他にも人の「ぶっちゃけぶり」をたくさん経験していて、助かっています。


では、明日からは多分、普通に更新いたします。

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2012年01月01日



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12月31日はお酒を飲んだ後、早くに眠ってしまって、目覚めると2012年の1月1日になったばかりの夜中の1時過ぎでした。

子どもの頃のお正月というと、「つんつくつくつくつん。ぴやーーー」で始まる小松政夫と伊藤四朗の「春の海」で始まったものですが、最近はそれもなくなり(そりゃそうだ)、そもそも昔のような「新年の感覚」というのはあまり感じられなくなっています。これはクリスマスなどにも言えますが、いろいろなモニュメントが淡々としてきている感じです。

ところで、知り合いの方に教えていただいたのですが、12月30日に、千葉の神社から見事な「龍の雲」が撮影されたのだそう。

この写真です。


2012-dragon.jpg


夕焼けの太陽のオレンジに照らされて、見事な金色のドラゴンが空に出現したようです。

私は干支をよく知らないので、この写真を見るまで確認しなかったのですが、今年 2012年は辰年だそうで、年賀状のイラストのサイトなどには龍のイラストがたくさん出ています。

nengajo.jpg


「龍の年の直前に粋な空模様かあ」などと呟きつつ思い出すのは、1985年のマイケル・チミノの映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』だったりして、むしろノスタルジー的な意味合いも強くなったりしますが、それはさておき、これだけハッキリとした龍が空に現れながら突入した 2012年ということになりますと、「龍の年の意味は?」というようなことも考えたくなりますが、ちょうどそれが書かれたものがありましたので、ご紹介したいと思います。

これは、中国での「辰の年」の意味と、そこから考えられる 2012年の意味を英語で解説しているものです。


ちなみに、千葉の上空に現れた龍の写真の龍は黄色とか黄金の色に近いですが、私はかつて上のものと同じような形の「黒い龍」の雲を見たことがあります。まさに上の年賀状に描かれているイラストのような龍。

それを見たのは 3月11日の震災の5日後のことでした。

In Deep のこちらの記事に書いています。
その部分から抜粋します。

昨日、子どもの幼稚園の終業式で、この日は私が迎えに行く日でした。
午前11時30分くらいです。

その時、空を見ると、今まで見たことのないような黒い雲が空の中心部に現れていて、それはよく見ると、たくさんの蛇や龍のようなものがとぐろを巻いているように見える雲で、まあ、いわゆる不吉な感じのものでした。



とありました。

あの雲は今でも覚えています。

そして、その時に吹いていた強風のこともよく覚えています。
3月11日の震災の後の何日間は、東京でも3月としては異常なほど冷たい風が毎日吹いていました。

それは季節的な冷たい風というものではなく、「かつて感じたことのない」ほどの異常な冷たい風で、私たち自身のあの頃の心理状態そのものだったようにも思います。

考えれば、2011年というのは、日本の多くの地域で、この「異常な感情」から脱するために多大な時間を費やした年でした。これは現実的な被災地の復興とか、そういう意味ではなく、遠く離れた地域にいる私たちのような人たちも、その「心」の回復に相当な時間がかかったということです。

なので、個人的な話として書けば、2011年3月16日に真っ黒だった空の龍が、12月30日に輝くばかりの黄金の色で空に戻ってきたことには、何とも言えない感慨があります。


上の龍だけではなく、2011年の年末近くには他にもいろいろなものが空や宇宙に現れていました。

ちょっと最初に書いた話と逸れますが、ご紹介したいと思います。
「龍の年の意味」の記事の紹介は次回の記事でいたします。




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タグ:龍の年

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2011年06月21日



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丸3日間倒れておりましたが、何とか熱も下がりました。

今回のことのついでとして、昔経験した不明熱のことを少し書いておこうと思います。

私は 2006年の秋頃に、約2ヵ月の間、間隔を開けながらも断続的に「原因菌が特定できない感染症」になったことがあり、その際も、 40度以上の熱が2週間おきに数日くらいずつ続きました。最高で42度に近づいたはずです。

そして、その際に「何の抗生物質も効かない」状態に陥り、また、精密検査で感染症であることは確定しても、「その細菌やウイルスが特定できない」ということとなり、処置なしといった状態でした。


私 「先生、ジャングル奥地に住む黄熱病の研究者じゃないです。原因菌が不明というのは勘弁してください・・・ハァハァ・・・ウッ(ジョークを言おうとして空回った上に朦朧としすぎて力尽きる)」

医師「うーむ」



まあ、そんなこんなで何度か精密検査などしているうちに、熱が出ることもなくなり、「発熱はなかったこと」になったのですが、最近の NDM-1 とか、そういう「あらゆる抗生物質が効かない」という菌の存在をコワイと思うのは、そういうような経験があったかもしれません。「抗生物質が効かない」というのは、現代医学での病気の治療や手術にとって予想以上に厄介なことです。

先日、「抗生物質に代わる物質がドイツの機関で特定される」という記事をご紹介したことがありますが、このような「人間の体内組織だけ」で病原菌に対抗できるシステムの解明が進むといいですね。


今回の発熱も実は原因がよくわからないのですが、感染症であることは確定していて、ただ、前回と違うのは、一応薬は効いているのだと思われる点です。のど風邪とか、咽喉炎とかのたぐいの妙に熱が高いやつなのかもしれません。


この「風邪を引く理由」に関しては、最近、体が疲れている可能性はあるんですよね。
実は、また「アレ」が始まったんです。

アレというのは生理ではなく(やめとけ)、「強烈な睡眠障害」です。

2008年の11月頃に最初に始まったもので、これが始まると毎晩継続して、それは1ヶ月間くらい続くんですよ。

これは「右か左かどちらかの偏頭痛」と必ずセットで訪れるんですが、今回は、眠って 30分後くらいには「強烈な右側の偏頭痛」で起こされます。そして、次が眠れない。

その繰り返しで朝になるので、あんまり眠ってないんです。
ナポレオンの半分も眠っていない日が多いです。

不眠症と違うのは、眠れないこと自体を気にしてはいないし、眠るための努力もしていないあたりですが、精神的にはなんともなくとも、体は疲れる。だから、抵抗力が弱くなっていそうです。

今、天然痘だとか肺ペストだとか流行するとまずダメっぽい(みんなダメだろ)。


ちなみに、この睡眠障害はそのうち収まると思いますが、今までの例ですと、まず、1ヶ月くらい左右どちらかの偏頭痛が、毎日、夜間のある程度決まった時間に起きました。収まった後は何ヶ月も頭痛はなくなります。

そして、次は「前回の左右と反対側の偏頭痛」がまた1ヶ月くらい続きます。

右の次は左と。その間1ヶ月なら1ヶ月、「右なら右側だけ」の頭痛が毎晩同じような時間に発生して、それが毎日続くのですけれど、これが痛いのですよ。何しろ、もともと頭痛が全然ない人だったので(二日酔い以外の頭痛はほぼない人でした)、2008年の秋くらいには物流停止の不安からバッファリンを備蓄用にたくさん買いこんだほどでした。

最近はツボを自己開発していて、そちらである程度は対処できています。

自分で適当に見つけたもので、間違っていると良くないですので具体的には書かないですが、肩の骨の腕との接合部(ゲンコツ)と、首の裏側(髪の生え際あたり)と肋骨の横のほう(体のほぼ真横)に非常に頭痛によく効くツボがあります。


しかも、私は今でも梅雨がとてダメで、消耗します。

そんな感じですが、また、記事のアップも始められそうです。
どうもありがとうございます。
続きを読む
タグ:NDM-1

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2011年06月17日



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数日前くらいから何となく体調が妙だったんですが、昨晩になって、熱が40度近くにまで上がり、ちょっとダウンしております。

以前も、原因のわからない熱が私にはあったんですが、今回も病院でも今のところはよくわかんないみたいなんで寝てます。


そんなわけで、40度近いと実質何もできなくて、数日お休みするかもしれません。
すいません。

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2011年05月11日



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東京は連日どうも暑苦しい感じの気候だったということもあるのでしょうけれど、昨晩もあまり寝付けずに、朝方やっとウトウトしていた時に、いくつか夢を見たのですが、その最後に見た夢がとても印象的で、起きた時には実際に涙を流していましたので、なんとなく感動したみたいです。

そういえば、最近は、「夢」のことをたまに書いていましたが(夢の重要性についてなど)、最近はあまりハッキリと夢を覚えていない日が続いていたような気がしますので、あれだけハッキリした夢を見たのは久しぶりな気がします。

情景は全部覚えていますが、うまく書けるかどうかわからないのですが、その夢の内容を書いておきます。


(2011.05.10)

前半のほうはいろいろとアドベンチャーがあったのですが、それは省略して、今日のその日の夢のドラマも山場を越えて、気付くと、私は宇宙船か、あるいはどんな乗り物か外部から見ていませんのでわかりませんが、いずれにしても、「宇宙空間が中から見える乗り物」に乗っていました。

他に数人いるようですが、その時はそれが誰だかわかりません。

私自身はなぜか非常に投げやりな気持ちになっていて、乗り物の床に座っているか、寝そべって、ボーッと外(宇宙空間)を見ています。

「あああ、だるい」

とかそんな感じですね。


そのうち、乗っている乗り物が「降下していく」感覚を感じました。
外を見てみると、外から見える様々な惑星、赤っぽいのや青っぽいのもありますが、それらが風景の「下から上へ」と流れていっているので、乗っている乗り物自体はやはり下降しているようです。

つまり、「乗り物が下に落ちている」。

それでも、別に気にするでもなく、投げやりにボーッとしている。

「ふぁわわわわわ〜、だりぃ、うぜー」

という感じで。


外の風景からは次々と惑星が脱落していき、次第に風景の中に惑星などは見えなくなってくる。


個人的にも「そろそろ下に行き着くのではないか」と感じている。

「下」というのが具体的にはよくわからないのですが、要するに「宇宙の底」というような感覚かもしれません。

外を見ると、今度は惑星というより、星自体が消え始めている。
星が見えていた場所はどんどんと黒い「壁」になっていき、星はさらに消えていっています。

ふいにその黒い壁の頂上に「地球」が見えました。

「あ、地球だ」

と、私は声には出さないものの、その黒い壁の上にある地球を寝そべって眺めています。

いろいろと去来する地球の思い出。

今の落下の感覚では、もうすぐ底に到達しそうな感じが非常にします。
多分あと何秒とかそういう感じで。


そして・・・。

宇宙の中に「黒い水面みたいな底」が見えてきたのですね。


Black-water.jpg

▲ こういうのが「宇宙の底のように思える場所」に見えてきたんです。


その「底」が見えた瞬間。

「やっぱ戻ろうかな」

と私は立ち上がり、でも、どうしていいのかよくわからなかったのですが、そこで、「水面に息を吹きかけて、風力で上昇してみる」ということしてみることにしました。

思いついたんだか、誰かに言われたのかわかりませんが、それをしてみた。
乗り物の窓か床のようなものを開けると、真っ黒な水面はすでに足元ギリギリのところまで来ていました。

乗り物の真下に広がる真っ黒な水面に、フーッと全身を使って、思い切り息をかけると、なんと、乗り物は少し上に上がっていく。

「お、これでいけちゃう?」

と思って、それを見ていましたが、息を吹きかけていない時、つまり休んでいる時にも乗り物はまだ上に上がっている。

「どうして?」と横を見ると、いつからそこにいたのか知らないですが、私の子どもが一生懸命、下の黒い水面に息を吹きかけている。

そして、誰だかわかんないですが、他の場所でも何人かの人がそれをやっている。

私もまたその「作業」に戻り、一生懸命に「宇宙の底」のような黒い水面に息を吹きかけ続けると、さきほどの黒い壁の上の地球がまた見えてきました。

「ほお」

と、あとは子どもや他の人に任せて(休むなよ)、外を見ていると、先ほど宇宙の風景から消えていった星や惑星が次々とまた現れてくる。

「こりゃいい」

と私は満足げにしていると、また、宇宙の風景は元通りに戻っていきました。

その時、乗り物のドアのようなものが開きました。
その向こうに何かある。

私はドアの向こうに歩いて行きました。


そこは、実際には行った記憶はない店ですが、カウンター席が中心の、とてもきれいな作りの焼き鳥屋、あるいは飲み屋のような店でした。

店は満員で、そして、そのお店のカウンターにはガイジン(白人)の男たちが何人か座っていて、みんな満面の笑みでビールを飲んでいる。

おもしろかったのは、その店のビールは瓶ビールで、コップはよくあるサッポロビールの小さなコップなんですが、ガイジンたちは注ぐのにあまり慣れてないせいか、泡がコップの外にこぼれてしまう。

しかし、ガイジンの男たちはすぐにそれをズズズと口で吸って、そして、私に、

「こうやって泡を吸えば大丈夫ネ。だいぶ、ワタシもうまくなったネ」

と私に言います。
私はそれを聞いて、苦笑しています。

カウンターの一番端に座っている大柄のガイジンは黒いTシャツに帽子を被ったお洒落な感じの男なのですが、カウンターの彼の横に、ショートヘアでボーイッシュな日本人女性の一人客が座りました。

もうその外人の大男は大照れで、突然ハシャギだして、真っ赤な顔をしてビールを飲んで、大声で嬉しそうに何か言っています。

カウンターの中にいる若いお店の人が、

「なんだかうるさくなってきちゃいましたねえ。でもまあいいか」

と笑っています。

誰もかれもが笑って大騒ぎの喧噪に包まれている焼き鳥屋の中で、

「ああ、戻ってきてよかった」

と思っている時に目が覚めました。



目覚めた時に、ものすごい泣いていましたので、多分、夢の中でも泣いていたのでしょう。


まあ、いい夢でしたが、あれほどリアルに宇宙の中での落下を夢の中で経験したのは、初めてのことでしたので、いろいろと危なかった(精神的にという意味)のかもしれないですね。

やはり、昨日、「宇宙の自殺がどうだこうだ」と書いたことと関連して見たのだとは思います。


確かに夢は不思議ですね。
そして、それがどうして不思議なのかも、昨日の「宇宙の自殺」の話と絡めると、なんとなく理由もわかるような気もしています。


今回の夢は、昨日の記事と関係している感じがとてもしましたので、「追記」として書かせていただきました。2、3日のお休みというのはそのままにさせていだきますね。


ところで、昨日の記事ではなく、その前の記事のぼんやりと外を見ていて気付いた「宇宙の計画」という記事で、

アジアの日本の東京の西荻窪という街。
あるいはその中の私の部屋の中の机の上。

そして自分と周囲の人をちゃんと見るだけで宇宙のことはすべてわかるというのが、この宇宙の意志なのではないか


というようなことを書いたのですが、誰でも書く「日記」というのがどれだけ大事なことかということについても、初めて気づいた気がします。

日記はちゃんと書いたほうがいいかもしれないなあ。うむ。


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