2011年03月31日



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雲の形が戻ってきた



今週の初め頃だったと思うんですが、「雲」の様相が変わりました。
変わったというか、戻りつつあるように見えます。


震災後の2週間くらいは、東京の雲はそれまでには見たことのないような形や色や動きの雲が次々と出ており、そして、「突然気温が低下する」ということも(これは今日もあった)続いています。


空に関しては、3年くらい前から何となく毎日見るようになっていて、ヒマなせいもあって、ベランダから見る以外にも、外を歩いている時にも空を見上げて、そのままボケーッと立っていることもあります(あぶねー)。

そんなこともあり、雲の名前などはよくわからないままに空の色とか雲の形なんかはわりと見てきたのですが、3月11日からの2週間くらいの間は、そういう過去に見てきたものをすべて否定するような雲が多かったです。

震災当日にも、暗雲と気温の急激な低下はあったのですが、その3日後くらいから空の様子はむしろひどくなっていき、こちらの記事の日(3月16日頃)に現れた「とぐろを巻くような黒い雲」を見た時には本当に「ああ、これはだめかも」と思いました。

その上の記事には、

「まあ・・・お前みたいな黒い雲も、ずっと不吉だ不吉だと言われてきて、まあ、オレなんかもそう思っていたわけだけど、そのへんはお互いの考え違いという面もありそうだわな。まあ、お互いあんまりトゲのない程度に行こうぜ」。



と書いてありますが、基本的には、その後の日々でイヤな感じの雲を見た時には同じように思って過ごすようにしていました。

そして、数日前、確か4日前だと思いますが、やっと以前と同じような雲に戻ってきたような気がしました。東京ではその翌日から、それまで異常に低かった気温も、また普通くらいの温暖な感じに戻りつつあります(一時的かもしれないですが)。



この数日の間、自宅以外も含めて室内での用事が続いて、ほとんど散歩ができない日が続いていました。それで、昨日の夜あたりに、震災後としては、初めて「イライラが非常につのって」ちょっと危ない感じでした。


ちょうど、今日から数日の間、子どもが奥さんの実家のおばあちゃんのところに遊びに行くことになって、今日は久しぶりに数時間歩き回っていました。

やっぱり、今の私は外を見て歩かないと精神衛生上良くないようです。
また井の頭公園にも行ってきました。



春の池と瓶ビール

散歩を始めたのはまだ午前中で、井の頭公園にも午前 11時くらいに着いたのですが、平日なのに混んでいる。「なんで?」と思ったのですが、春休みということがあるのかもしれないです。


今日は暖かいこともあり、ボートもたくさん池に出ていて、アベック、子ども連れがたくさん来ています。

公園の入り口から池の中央に向かって渡る橋があって、最近はいつもそこで池を眺めるのですが、何十年もここには来ているのに、その池の周辺の風景といったものを気にしたことがなかったので、見ていると、こちらの記事にも書いたような、「自然というのはなんということか」というような感動もありました。

まだ葉のない木のほうが多い時期で、つまり、「茶色のもの」が多い。
それだけに緑のあるもの、花のあるものが目立つのですね。これが春が過ぎ、全部緑になっていくと、「いきいきしすぎて、つまんね」というようなことになりそうな気がします(わがままだな、おい)。


歩き出した時に、ふと思って、木に向かって、

「お前がそのまま緑を出さずに永遠に枯れてしまえば、このまま永遠にいいコントラストでいられるのにな」

とひどい言葉をかけながら進みます。

でも、途中で、「でも枯れちゃったら朽ちてなくなっちゃうか。ハハハハ」と笑いながら(キチ・・・)進みます。

最近、歩きながら笑うことが多いんですよ。


ino-1.jpg

▲ 携帯で撮影した橋からの風景。古い携帯なので色が実際とは全然違います。右のほうの柳みたいなのがきれいでした。


橋を渡ると、小さな動物園とボート乗り場があります。
動物園は震災以後は休園となっていましたが、張り紙があり、「4月1日から再開します」とのことでした。

動物園の入り口の周辺にはベンチなどの座れる場所がたくさんあります。
子ども連れやアベックが多い中に、男数人組で午前中なのにビールを飲んでいる人たちがいる。しかも、よく見るとごっつい男たちが「瓶ビール」を呷っている。


「瓶ビール売ってんの? つーか、家族連れの横で瓶のままで酒飲むなよ。愚連隊かよ」


と思って見てみると、そのうちの男のひとりが赤ちゃんを抱いており、さらによく見ると、それらは複数の家族グループなのでした。


それを見て、売店のほうへ行って見てみると、やはり瓶ビールなどなく、あの人たちは持参したようです。午前中とはいえ、結構ビールを飲んでいる人は多く、私も缶ビールを買って、池を見てみました。ボートがたくさん出ています。

ボート・・・。
この公園のボートには、普通の手で漕ぐボートと、足でペダルみたいなのを踏んで進むボートと、スワンボートがあります。スワンボートが圧倒的に多いのですが、中にはやはり手こぎの人もいる。

「経済的な問題なのかな」と、料金表を見てみると、手こぎは600円で、スワンボートは 700円とあり、料金の差は 100円。金銭的な問題ではなく、「手こぎがいい」として乗っているようです。


昔、「世界が水没した時にはスワンボートなんていいかも」と思っていた時がありました。
それがなくても、スワンボートは今でも欲しいものひとつですね。
2台くらいあれば家族で水上で暮らせそう。



公園を出ようとした頃、空には青空も見えているのに、ボツボツと雨が。わりと雨に敏感に反応する人は多く「あ、雨だ」とは言うものの、私もそうですが、こんな天気の日に傘など持っている人などおらず、言うだけです。

「私たち放射能のことも忘れないでね」

と、雨がさりげなく言っているかのように、本当に少しだけ雨が降り、しかも、雲が消えて青空になったのに、まだ少し水滴が落ちてくる。恋人とふたりでソフトクリームを食べながら歩いていたアベックの男のほうが空を見て、「なんで雲がないのに雨がまた少し降るんだよ」と言っています。


まあ、前述したように雲とか気候とかは最近は基本的にコントロールを失った感じはしますので、適度にやり過ごすのがいいようです。

井の頭公園にいた全員に多少のいろんな物質を振りまきながら、雨は去りました。



こどもたちの遊びに対しての無秩序な希求

そういえば、今日ではないのですが、先日、吉祥寺を歩いていた時、ヨドバシカメラの裏側に細い道がたくさんある場所があって、そこで、若いお父さんと5歳くらいの男の子が自転車に乗ってゆっくりと私の横を通りました。

子どもは、大きな声で、


「パワー全開! おとーさんに、放射能ビーーーーーム! ビビビビビ!」



と言って、お父さんの横を走っていき、その若いお父さんも、


「ああ、やられたあああ!」


とか言ってました(笑)。

テレビなどをつけているのなら、子どももニュースでいろんな言葉覚えるでしょうしね。


それを見て、そういえば、小さい頃に自分たちで作り出していたいろいろな遊びを思い出しました。


1番印象深いのは「自主的な生き埋め遊び」でした。

今は家の構造が変わったので、北海道でも屋根から雪はそんなにドサドサと落ちないかもしれないですが、30年前40年前は、とにかく、屋根の雪下ろしをしないと、すぐに屋根に雪が積もり、そして、それは少し暖かい日などに下に落ちます。

この「雪が屋根から落ちる物理的な力」というのはものすごいもので、まず音がすごい。

「ドドド・・・ドドドドドドドドドドド・・・・・ドッカーン!」

という本当に冗談でもなく、爆撃を受けたようなものすごい音で落ちます。
稀に、この屋根から落ちた雪に当たって、怪我をしたり、生き埋めになる人たちが出ます。


私も、小学2年か3年くらいの時に、友だちの家でその友だちと屋根の近くで遊んでいた時に、落雪の直撃を受けたことがあります。

怪我は大したことはなかったのですが、ふたりとも雪と氷中に閉じ込められ、少しして気付いた家の人たちに救出されたのですが、結構な時間、雪と氷に閉じ込められた中にいました。

その時に「初めて知ったこと」がたくさんありました。
これは圧縮されて、氷に近いものに密閉された状態で、いわゆる新雪の中などとは違うのですが、すなわち、

・雪の中は暖かい
・雪の中は音が聞こえない


ということでした。
もちろん、光りはほとんど入らないので、ほぼ真っ暗です。
そして、外部の音がしないので、自分の鼓動だけが聞こえるのです。


救出された後、しばらくして、一緒に埋まった友だちと、「静かだったね」とか、いろいろと話していたのですが、しばらくして、

「あれをもう一回経験したい」

と思ったのです。


そして、学校に行った時に友だちに話して、何人かで「あの状況を再現する」という遊びを作り出したのでした。これは小学生が行う行為としては、実は非常に危険なものだったのですが、手順として、

・雪に深く穴を掘る
・その中に下向きか横向きで横たわる
・空気穴のバイブを上に出す
・上から雪をかけて、上にいる全員で踏み固める
・いよいよ苦しくなったら、パイプを動かして救出を求める
・上にいる子どもたちが救出する

というものでした。
密閉するくらいに強く踏み固めないと、無音にも暖かくもならないということがあって、「本人が自力では脱出できないほどの厚さまで」みんなどドンドンと踏み固めます。


最初は私が自分であの体験を再現したくて、中に入って、そして出てきたのですが、他の子たちもやりたがって、結局、全員で交代でこれをやりました。


この遊びはなんというか・・・本当に快感だったのですよ。

その時はそういう言葉は知らなかったですが、「胎内」というようなニュアンスもあったのかもしれません。みんながまたやりたくなる遊びでした。


ある日、学校で、「雪の中に埋め合ったりするような遊びが最近あるようなんだが、危険だから絶対にやめるように」と教師がクラスで言いました。私たちは「なんで広まったの?」と言い合いましたが、誰かが他の誰かに教えたのか、あるいは、同時多発的に(屋根からの落雪で埋もれる子は多かったので)発生したものだったのかもしれません。


小学生の時は本当にみんな遊びを作り出すことが得意で、私も得意でしたが、しかし、男の子の考え出す遊びには「命の危険」がつきまとうものが多かったです、これは乱暴とかアクティブとかという意味だけではなく、そうでない遊びもそうなってしまう。

ただの雪合戦でさえ、気付くと、誰かがそこに「石」を入れ始めた時から、流血になり戦争状態になり、「戦略」が必要となってくる。あるいは、最初は単なる水鉄砲遊びだったのに、理科の実験室から誰かが塩酸を盗み出して、それを入れるやつが出てくる。

上の水鉄砲は中学生の時ですが、当時の田舎の中学生なんて子どもそのもので、中三でも学校で水鉄砲で鬼ごっこやってたわけです。「かけられたら負け」という感じで。

ある時、水鉄砲遊びの時に廊下の奥から、

「えんさーん、えんさーん!」

という叫び声が聞こえてきて、逃げてくる生徒たちがいる。

「どうしたの?」
「一部のやつらが塩酸を詰め始めた! 服焼かれたやつがいる」


ということで、これも本気でみんな隠れて相手を探し出そうとする。
なんでもかんでも戦争じみる。


そのまま男性性社会のシステムを体現するかようですが、でも、私たち全世代はそんな「ただの遊びが殺伐として」どう感じるかというと、嬉しくてたまらなかったんです(笑)。

そして、無傷で遊びを切り抜けられた時は子ども同士で喜びを分かち合う。

遊びの戦争が終わった後にはみんなで学校を出て、家で「今日も生き残れてありがたい」と、みんなそれぞれに眠って夢を見る。
うーん・・・・・。今考えても、わかるようなわからないような。



七夕の因果

そういえば、私は 1963年生まれなんですが、メールなどをいただく方にもこの周辺の年齢の方も多く、変なこと書いて下さる人が多いですね(笑)。


ちなみに、誕生日は 8月 7日なんですが、これは本州では何の意味もない、この 8月 7日というのは、北海道では当時は七夕の日だったんですよ。気候の問題でそうなったんでしょうが、本州とは1カ月違ったんです。

なので、子どもの時は「七夕に生まれた子なんて、めでたいねえ」などと言われていたのですが、本州に来てから何の意味もない日だと知りました。

鼻の日?

とか言われる始末。
実際にそうらしいですが。


そういう「七夕への因縁」というか、そういうものを持っていたんですが、その 42年後に生まれたうちの子どもの誕生日は 7月 7日で、こっちは正真正銘の七夕に生まれました。「さすが東京生まれの子だねえ」と感心したものです(よくわかんないが)。

そんなわけで、長い逡巡だった「実は七夕と無縁だった私」という問題も、子どもに救われたという話でした。


今回は特に支離滅裂ですみません。
ちょっと用事となってしまいました。




  

2011年03月30日



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なるべく毎日書きたかったのですが、昨日はどうしても時間がとれず、今日も基本的に何だか慌ただしいのですが、ただ、うちの奥さんの震災後の行動など見て気付いたのですが、「それまでインターネットで積極的に情報やニュースをあまり探すというようなことをしていなかった人たち」の中で、震災後からネットで情報を得ようとしている方もいらっしゃるかと思います。


その場合、本人も気付かない状況に陥ることがありますので、簡単に書いておきたいと思いました。

これはふだんからネットで情報を大量に見ることに慣れている人にはあまり関係のない話です。



不安の輪廻

インターネットの閲覧には、「ハイパーリンクの持つ自己洗脳性」というような若干の危険性がもともとあって、ハイパーリンクというのは、ここではネット上にある「リンクすべて」を指していますが、それは一般論としての前提として、

まず、


・「どうして普段は一晩中ネットで情報なんて探らないのに今は、それをやっているのか」


というと、それは、



・「何か不安か心配があるから」



であることが多いと思います。

そうすると、たとえば、ニュースでもブログでも何でもいいのですが、



・「まず、不安なリンクタイトルに目が行く。そして、そちらを選んでクリックする」



ことになります。
その後、どうなるかというと、「不安なリンクからさらに不安なリンクへとたどる」ということになり、最初はリンクの候補は、楽しいものや不安なものも含めて、いくつかの感情のあったサイトやブログからスタートしても、最終的に行き着く雰囲気は、


・すでに不安と恐怖の文字列しかないような場所



であることが多くなり、知らない間に、「不安と恐怖の項目しかない中から情報を選んでいる」ということになることが多いです。


そして、この場合の問題は、どういう経緯であれ、「自分でリンクをクリックしていった」という事実があります。

つまり、

・「これは自分で選択した情報なのだから正しいはずだ」という錯覚に陥りやすい


ということです。

これが結局は、「不安心理から自動的にリンクを辿っていっただけの行為」が、いつの間にか、その正誤を判断する前に自分にとっての「真実の情報」となっていく仕組みです。つまり、言い方としては適切ではないにしても、自分で自分を洗脳に追い込んでしまうというようなことになってしまうようです。

歴史では、いろいろな団体などが、様々な勧誘の方法などを考えてきましたが、実は最も効率的なのが、「自分で考えた結果だ」と思わせることだというのが確定した技術かと思われます。

これはそんなに難しく考えることではなく、様々な局面や著作などの中でおこなわれています。

つまり、

「これは○○である!」

という言い方を人にしないで、

「これは○○でしょうか? それとも△△でしょうか? お考え下さい」

という言い方です。
もちろん、この前提として、ずっと言外に「○○がいい。○○が正しい」というニュアンスを伝え続けているわけです。

その最終形として、「これは○○でしょうか? それとも△△でしょうか?」と訊かれた場合、訊かれた人々の多くは、


「それは○○だ」


と自分で結論に至ります。

これは一見自分で考えて出した結論のように思えるので、実に強固な意志となっていきます。

この方法はこれまであらゆるジャンルで使われてきたと思います。
商品の CM なども含みます。


もちろん、これがいいとか悪いとかでなく、インターネットの場合、自分自身の手によってこの状態に陥っていく可能性があるということを書きたかったのでした。


まあ・・・ハイパーリンクは本当に便利なんですけどね。

私が初めてインターネットに接続した頃は、ダイヤルアップという方式の、しかも、最初は 12800bps という速度で、これは最近の一般家庭のインターネットの、もう・・・何十分の一から何百分の1という速さで、たとえば、ハガキ大くらいの写真が全部表示されるのに、コンビニで買い物をして帰ってきても、まだ表示が終わっていないというようなことはよくありました。

当時は、「インターネットをすることがそのまま電話代」となり、大変な料金がかかったもので、多くの人が、「テレホーダイ」という夜中に NTT の電話代が固定化されるものを使っていたのですが、その夜中の時間全部を使っても、得られる情報などそれほどではなかったのです。


今のほうが、環境も内容もコンテンツも充実していて、信憑性が感じられるものも多い。
しかし、それだけに、「どんな情報も正しそうだ」ということを思いやすいです。

前にも書いたように、実際に現在ネットにある「どんな情報も正しい」のだと思います。
見方や考え方を変えれば、それぞれの主張や意見すべてが正しいかもしれないです。

しかし、今のこの時期に、まして、まだ被災地ではほとんど何も手つかずの状態というような中では、「不安」というような要素は私たちの一部にはあまり必要ないのではないかとも思います。



精神の自己防衛は必要


誰も予測しない中で今回の大災害が起きたように、基本的に私たちには未来が予測できないのなら、少なくとも今は不安を排除するということをした場合がいいということはあるのかもしれません。


私自身は他の情報を今ではあまり見ていないですが、いろいろな見地からいろいろな先行きを予測されている方々がいらっしゃるとは思いますので、そのようなものから情報を得ることは大変に有意義なことだと思います。ただし、そこから「ハイパーリンクの不安の輪廻」に陥らないように、長い時間、関連項目を見ないなどの「自己防衛」は必要かと思います。


最近ちらほらと Yahoo! などのニュースの見だしで見るようになりましたが、以前記事にも書きました PTSD (事故や出来事などの精神的ストレスが後になって肥大化すること。病名や言い方は様々でも、多くがひとつのもの)が本格化するのはこれからです。一般的には、事件後、数週間から数年で顕著になっていきます。

私の経験(私は PTSD から最終的に不安神経症とパニック障害に陥りました)だと、「最初は事件そのものへの恐怖だったものが、恐怖の対象が変化してきて、生活そのものが恐怖に変わってくる」までに数ヶ月を要しています。


この PTSD というのは本当に軽く見てはいけない。

今回は出来事も大きいですし、被災地以外のあらゆる人が PTSD に陥る可能性があるように思います。そして、これは本当に長く本人を苦しめるものです。

そういう意味でも、今の時期だけでも「不安は最小限」にして生活されたほうがいいというように感じます。どちらかというと、震災後に見てきた、たくさんの子どもや若い人たちのような「ゆるい思考」のもとで、精神の現状復帰を目指し、 PTSD を極限まで避けるようにしたほうがいいように感じます。

今回の出来事はそれくらい大きなものです。


未来を予測できない人類には「人生を楽しむ」という性質の一方で、「闇を覗き込みたがる」という性質もあるように思います。そして、覗かない時には覗かないほうがいい時もあるように思います。


タグ:PTSD



  

2011年03月25日



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あるテーマで途中まで書いている時に、用事ができまして、いくら何でも中途半端なので、そちらのほうは後にします。
その「テーマ」には微生物のことにもふれ始めています。


昨日眠っている時だったか酔っている時だったか、「認識しての生命の再起動はいいけど、じゃあ、微生物とかどうする。天然痘とかペストなんかも、人間が感染して再起動させんのかよ」と寝ている時に自分で気付きました。


「あーあ、ついに微生物との最後の対決の時が来たか・・・」

ということを感じます。

以前のブログでは「微生物との対峙」というあたりで、混乱して終わっています。その頃、「人間と植物と微生物」という三者の関係を考えることがとても楽しかったのですが、震災以降は忘れていました。

しかし、人間がこの後の生活や人生を送る上で、あるいは社会システムや経済などの混乱があったとした場合、そこで「病気と医療」というのはかなり大きな問題となってくると思います。


微生物と人類は最終的にどのような関係でいるのが理想なのか。


そのことを書きたいと思いますが、今日は時間が足りませんでした。


phage-1.jpg

▲ 私の永遠のライバルである微生物。写真はバクテリオファージ


ところで、関係ない話ですが、気になったことがあったので書いておきます。

最近はテレビもつけず、インターネットでもニュースは Yahoo! のトップの見だしくらいしか見なく、基本的には情報を遮断している傾向にはあるのですが、いろいろと考えさせられる報道を見ました。


黄色い付着物

同様の報道は他にもたくさんあると思いますが、花粉による「黄色い雨」で気象庁に問い合わせ殺到という、つまり「黄色い物質が雨と共に大量に降ってきた」ことを「放射能じゃないか」と思っている人たちがいるという報道でした。

これの正体がなんであれ、東京に関しては、「この黄色いものは震災前の2月ころから継続的に降り続けて」います。つまり、少なくとも「震災後に始まった」ものではないです。

もし、これが放射能関係のものだったら、東京には震災前から放射性物質が降り続けていたことになります。

なにしろ毎日のように、私が廊下やベランダを拭き掃除していました。
ずっと、それが何だかわからず、今日の報道でスギの花粉だと知りました。


2月頃から、ベランダにたまに見たことのない鳥が柵にとまっていたので、「鳥のフンかな」とか思っていたのですが、「黄色い鳥のフンってのも変だな」とは思っていたので、スギの花粉と知り、今年の花粉の飛散量の多さを知りました。
花粉症の方は今年は花粉でも大変なんでしょうね。


これは都内の路上のありとあらやるところに付着していて、多くの人はそれまでの毎日の生活でこの黄色いのを見ていたはずなんで、やはり、これまでの都会での生活は忙しすぎたということなのかもしれません。

道路に付着した黄色いものを眺めて「なんだろうなあ」と考えられる時間というのは、確かにあまりとれないのかもしれないです。私は毎日眺めて「ここにも黄色いフンか」と悩んでおり、実は夢にまで見ていたのです(笑)。

それは、ベランダに鳩が3羽止まり、それらが黄色いフンをする夢でした。


まあ、これからはこういう「自然で起きるわりと退屈な日常の風景をちゃんと見る」ということは大事なようにも思います。


地震以来、気象的に変化したと個人的に感じられるのが、


・気温
・風
・雲の形


なんですが、気温に関しては、3月11日の最初の地震発生後、確か 30分後くらいに「突然気温が下がった瞬間」がありました。

その時、空が暗くなり、氷のように冷たい風が吹き始めました。

私は空を見上げて、「なんだこりゃ・・・」と声を出して言ったことを覚えてますので、感覚的な話ではないと思います。


しかし最近、それとは別に「街や人の全体の感覚的な様子が変わってきている」ことも感じます。


今なお被災されている方々が厳しい状態の中では、その様子が良くなっているとか悪くなっているとかは書けないですが、何かが変わったことは感じるような感じを日々受けます。


それが何かはわからないのですが、まあ・・・何だろう。


正直よくわからないのですが、仮に何もかもダメになったとしても、「今の時をたくさん見ておきたい」という欲求が今は強いです。


なんかぶつ切れになってしまいましたが、今から用事です。
ごめんなさい。




  

2011年03月22日



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昨日は、部屋の整理と共に、換気扇などを塞ぐなどの作業もしました。
前にこちらの記事も書きましたが、本州の東日本に位置する原発なら、福島でなくとも、どこの原発に事故が起きても、結局は偏西風で日本に戻ってきて、それは放射能が拡散するか減衰するまで何度も循環は続くのだと思います。

これはその時の記事に記した地図です。
毎日コースは違いますが、大まかでこのように偏西風は世界を回ります。




なので、偏西風上に住んでいる限り、ある程度の影響は仕方ないということにはなりそうです。
また、世界を巡る風の循環は偏西風だけではなく、海流とも似ていて、世界のいろいろな場所を巡るようです。

放射能そのものは、室内では影響はかなり弱くなりますが、まあ、隙間風があまり入らないようにするとか、不要な換気扇や郵便受けなどを封鎖するということも気休め程度にやるのもいいのかもしれません。


狂った話ですが、私自身は、昨年、核攻撃の場合のために部屋の隙間風対策は、それなりに行っていました。隣町の吉祥寺は核攻撃のターゲットとして選ばれやすいと考えていたからですが、核攻撃の場合は攻撃が確定してから、すき間を閉めても間に合わないので、先にやっていました。

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タグ:放射線 3.11



  

2011年03月15日



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東京の品不足状況はそろそろ究極的になっており、このことに関しては夜にでもまた書こうと思います。多分、この後、午後3時くらいから停電になると思いますので、昔書いていたブログの2年ほど前の記事に、わりと参考になる図を掲載していたことを思い出しましたので、転載しておきます。

ただ、これは当時、「戦争で原発がピンポイントで攻撃された場合」を想定して書いたもので、また、私が東京に住んでいるので、東海方面のの原発を想定しています。まさか、マグニチュード9などという非現実的な地震で、このことを思い出すことになるとは思いませんでした。

いろいろなことは今晩か、明日に書ければ書きたいと思います。
なんだか、生と死の真意を「死んで確かめる」という状況も近くなってきたみたいで、書けるだけ書きますね。

多少ストレスを感じていますが、それはみんな同じですので。

昨日、子どもが、「地震はね、地球が生きているから起きるんだよ」と言いました。

「ああ、そんなことを思っているとはすごいなあ」と感じました。私は「宇宙全体が生き物だ」と考えていますので、親子でわりと似たようなこと考えていたのだと思うと、それはちょっと嬉しかったですね。

では、ここから過去記事の抜粋です。
笑い系の表現も多く、どうしようかなと思ったんですが、編集している時間がないですので、そのまま転載いたします。

(ここから転載)



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タグ:原発 3.11



  

2011年03月07日



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「無数」の正確さ

昨日、ビリー・マイヤーさんの言う宇宙の歴史のことを記事にしました、そこでは 40兆にのぼる人種の数などの大きな数字が出ています。宇宙の最初には「40兆 3536億 700万」の人種が作られたと。

最初はこの数に驚いていたのですが、冷静に考えると、最近はずっと「巨大な数字の無意味さ」に気付いていた部分はあって、つまり、このように何十兆とか何千兆のような膨大な数を具体的に挙げる考え方そのものが「西洋的」なのだと感じています。まあ、ビリー・マイヤーさんは西洋人でしょうから、その意味では当然なのかもしれないですが。

「西洋的」というのは、要するに「無意味に近いことを具体的に表さないといけない」という強迫概念的な発表行為のことです。

たとえば、同じような数多くの宇宙や人種の存在の概念について、お釈迦さんが言っていた言葉があります(ビリー・マイヤーも「さん」付けにしていますので、お釈迦さんも「さん」付けにしています)。


oshakasama.jpg

故フレッド・ホイル博士の著作「生命はどこからきたか」からの抜粋です。



ブッダは宇宙が、各々がわれわれの惑星系と似た数十億の ”小さな宇宙” から成り立っていると記している。ブッダの対話形式になっている古い仏教の教典のなかに無限の宇宙について述べられている。

「無数の太陽、無数の月、・・・、無数のジャムブディパス、無数のアパラゴヤナス、無数のウッタラクラス、無数のブッダビデバス」

ジャムブディパスとは当時の北インドの人々が知る限りの人の住んでいる地域を表す単語である。この対話から、ブッダが生命と意識(彼はすべての生命に意識があると考えていた)は宇宙の構造に全体として結びついており、別々にできないものと捉えていたことは充分に明らかである。





のようにお釈迦さんは「無数」という表現を使っています。

ここに出てくるジャムブディパスとかアパラゴヤナスとかは、人がたくさんいるような場所を想定して入れ替えるとわかりやすいかもしれません。つまり、「無数の新宿、無数のムンバイ、無数の北新地」というようなほうがわかりいいかもしれません。

そして、この「無数」のほうが多い感じはするのですが、そのお釈迦さんの言葉を引用した西洋人のホイル博士自身は、やはり「数十億」という一種具体的な単位を使っています。


このように「少しでも具体性を持たせる」ことは西洋的科学のひとつの使命のようで、つい先日の 2月26日に NASA が「我々の銀河系には少なくとも 500億の惑星があり、そのうち 5億に生命が存在しうる」というような発表を行ったという報道がありました。

nasa-50billion.jpg

この記事には「科学者は従来、天の川銀河には 1000億の惑星があると考えていたが、最近、3000億に近いと考えるようになった。また、宇宙全体に銀河は 1000億あると見積もられている」とあるのですが、現実的に考えると、ここでの「 1000億ではなく 3000億」という響きにはほとんど意味がないはずなのに、そこに具体性を持たせて(しかも仮説)、それが大々的に報道されることの意味が今ひとつわかりません。


理由のひとつとして、これが「無数の」とした表記ではプレスリリースにならないという理由はあるかと思います。また、それでは報道にも向かない。現在のメディア体制が西洋主体で始まって存続している影響で、「お釈迦さんスタイル」の表現はいい報道とはされていないはずです。

たとえば、ニュースをYahoo! から適当に拾ってみますが、

学生524人行方不明=政権、トリポリで弾圧強化―リビア人権団体
時事通信 3月6日(日)2時32分配信

 【ジュネーブ時事】ジュネーブに本部を置く人権団体「リビア人権連盟」のスリマン・ブッシュウェガル事務局長(65)は4日、インタビューに応じ、カダフィ政権に反対する民衆のデモが起きた後、学生524人が行方不明になっていると証言した。



これがこのような報道だったらどう感じられるでしょうか。

誰かがたくさん行方不明とかそうじゃないとか=どこそこだかで弾圧強化―何とか団体
どこかの通信だかなんだか 3月6日(日)あたりかあるいはそうじゃない月日

 【どこかの時事】どこかの誰かの団体「何たらかんたら」の何とかさん(5歳から120歳くらいの間とかなんとか)は、過去かだか未来だかに、何か言ったとか何とか。どこかの誰かに対する何かが起きたとか起きないとかの後、たくさんだか一人だかの誰それが行方不明になっているとかいないとか、と証言したとかしないとか。



こういう報道はあまり見ないと思います。
しかし、これはふざけているというよりは、「確認されていない、わからない部分を曖昧に書いた」という、ある意味では実は正確な書き方だと思います(お釈迦さんの「無数」という言い方が正確であるように)。「ほとんど伝聞」の報道である場合、むしろ下のほうが正しいという考え方もあります。

しかし、これでは報道にならないと思いますし、報道メディアも読む方も「不正確だろうが何だろうが、具体性のあるほうを好む」という宿命があって、そのために、報道というのは前者だけになっているのかもしれません。


まあ、これは批判的なことを言いたいわけではなく、むしろ「無数」という一見曖昧に見えるような概念を正しいと認識されてくれたお釈迦さんの偉大さのほうを褒めたいというか、そうじゃないというか(こっちも曖昧かよ)。


ちなみに、この「数字」の観念については子どもに気付かされた部分が多く、先日、子どもの話を少し書いたので、また少しだけ書いて見ます。タイトルにつけた「無限の11」というのはこちらの話と関係いたします。



数は「1と2と5だけから成り立っている」

今ではそうでもないのですが、1年くらい前までは、うちの子どもにとって、数というのは3種類の表現で間に合うものでした。

すなわち、



そして、その1がふたつある状態の



そして、

それ以上

の3種類です。

最初、子どもが数を認識したのは、「じゃんけんのチョキと数の2が同じことを示している」ことを気付いた時で、そして、「パーも数を示すことのできるもの」だと気付いた時でした。


janken1.png


チョキは「2」のことであって、これはわかりやすいのですが、半年くらい前までは、「2を数える単位はすべてチョキ」で表現していました。

すなわち、「ふたつ」は「チョキ個」、「ふたり」は「チョキ人」、「2回」は「チョキ回」となるわけです。

極端に書きますと、「昨日、おかあさんとチョキ人でお店に言って、パンをチョキ個食べた」と(笑)。
家ではともかく、外でどこまで通じていたのかはわからないですが、動作の「チョキ」が伴うとわかるので、問題はなかったようです。


「2がチョキ」はわかりやすいことでしたが、しかし「パーの意味」は違いました。

バーは指が5本なので、「5」を指しているかというと、そうでなく、「2では表しきれない単位はすべてパー」でした。

なので、まあ大体、「3以上がパー」だと。
これは現実的に単位として計ることができないものにも使っていました。

すなわち、「昨日、公園でたくさん遊んで、すごく楽しかった」ということの場合、

昨日、公園でパー遊んで、パー楽しかった」というようなニュアンスになっていました。
上記のお釈迦さんでの「無数」に当たります。

彼が 5歳になる前くらいまでの数の単位は上記ですべて足りました。

1 と 2 それ以上。

そして、最近は上の言い方はしなくなり、また、数の認識も増えているのですが、以前も書いたように私は数や文字を自分からは教えませんので、いろいろと自分で数えたり研究したりしているようなんですが、やはり独力で数えることの基本となるのは「手の指」ということになるようで、つまり、右手と左手の指を合わせた数までが「彼の有限」だというようなことのようです。

つまり、以前の「1と2」とそれ以上という範囲が少し変わって、

・1

・2

・それ以上で5まで

・それ以上で10まで

・それ以上


という区分のようです。

なので、今の彼にとって「11以上は無限」ということになりそうですし、「ゼロ」というのも、ゼロは概念の外ですので「それ以上」に入ると思われます。数学的にそれでいいのかどうかはよくわからないですが。


また、実際には、体感できる数値というのは大人でもこんなものだと思います。

たとえば、目の前に人が立っている。

ひとりひとりを数えないで「パッ」と正確な数を認識できるのは何人くらいか。

1人と2人は数えなくても一瞬でわかると思います。
3人、4人だと少し間が開くかもしれないですが、まあ、大丈夫。

しかし、これが8人だとすると、多分、「数える」という行為になっていくのではないでしょうか。
さらにこれが 18人とか35人とかが目の前に立っていても、瞬時には数を判別するのは普通の人だと無理だと思います。

人間の数の現実での認識はそのくらいのもののようで、ということは、「その程度の認識でいい」のだと思われます。
それでも私たち人類は生きて生活していますから。

1〜5くらいまでがあって、あとは無限」で実は問題がないような感じさえいたしますが、しかし、それだと現実生活だとそれでは大変ですが。

お会計は無限です」とか、「うちの会社には無限の人がいます」とか言われても困りますしね。


そういう意味では数の具体性というのは「生活上でのツール」という意味もあるのかもしれません。



アルゴン星の物価

数字の巨大さが極端になると、「それ自体がお笑いになる」ことは、英国のお笑い集団モンティパイソンが 1972年のコント「アルゴン1」で示しています。
数をたくさん掲げること自体が笑いになるということに彼らは気付いていました。

射手座の銀河にあるアルゴン星という星の「物価高」を実況中継しているコントです。


algon1-1.jpg


algon1-2.jpg


algon1-3.jpg

▲ 下のは、やかんの金額。


手元に字幕入りのがありますので、アップしてみます。




ちなみに、私が初めてモンティパイソンを見たのは、レンタルビデオというものが一般化した頃のことで、1980年代の終わり頃で、すでにモンティバイソンの初回オリジナル放映から 20年近く経っていたのですが、初めて見た時の衝撃は大きく、その後、全部見て、今ではパソコン上でスケッチごとに分類して、保存しています。どんなに気分が落ち込んだ時でも、モンティパイソンを見れば大丈夫でした。

いろいろな意味で(あくまで個人的に)モンティパイソン・フライングサーカスは文明史の宝物だとは思います。


何だか、また話が飛びましたが、これからは、具体的な数字が重視されるのはいいとしてもその一方で、「無数」や「無限」というほうも同じ程度に重視する考え方が大事にされるというのもいいのかもしれないなあと思った次第でした。「右脳数字」と「左脳数字」みたいな感覚の話かもしれないです。

古代ギリシャの時間の観念には、クロノスとカイノスと2つあったそうで、このことはつい最近まで私は知らなかったんですけど、いい概念だと思います。
数の単位全体に広げてもいけそうに感じます。

タグ:ブッダ



  

2011年03月04日



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2日ほど前から、うちの奥様の用事みたいなのが立て込んでいて、子どもの面倒をほとんど見なければならなくなっておりまして、どうにもあまり更新できません。面倒といっても、幼稚園に迎えに入ったりとか、ご飯作ったりですが、一日が過ぎるのが早いままで、ほとんど何もできないで終わっていく感じです。

子どものことに関しては、「ペアである自分」が途中で止まったのも、子どものことにふれるかどうかで迷ってしまった部分は確かにあります。自分のことならどんなことでも書けても、人のこととか、まして自分の子どものこととなるとどうも躊躇します。

まあ、普通の幼稚園児の男の子(5歳)ではあるんですけど、うちではいろいろと言ったり書いたりして、どこまで書いていいものかわからない部分はありますし。


うわごとで口ずさむパンスペルミア説

ただ、彼から気付かされることも多く、昨年のクリスマス前くらいに子どもが熱で寝込んだことがあったのですが、その時、熱でうなされている途中で子どもが「パッ」と上半身起こして、こんなことを呟いたことがあります。


幼稚園では神様は空の雲の上にいるっていうけどね・・・それは違うんだよ。神様は透明で、どこにでもいるの。あそこにもそこにもいるの。雲の上にもいるけど、他にもどこにでもいるの。木にセミみたいに止まっていることもあるの。でも、透明だから誰にも見えない。でも、透明でもそこにいるの。全部の空も砂も木も全部すべて神様なの」。


ちなみに、うちの子どもは言葉が遅かったせいか、舌の発達が発語に追いついていないみたいで、今でも「さしすせそ」が「しゃししゅしぇしょ」なんです。サザエさんのタラちゃん語(笑)。だから実際には「神様」は「神しゃま」(笑)。

いずれにしても、その時、私と奥さんは一瞬ビビって、「はあ、そう・・・なんですか?」と思わず敬語に。

「そうなんだよ」

と言って、子どもはそのまま寝てしまいました。
朝には言った本人が忘れてましたけど。


神しゃま語(笑)

あと、最近は、寝る前に「勉強する」と言って、ノートに何か書き留めるんですが、「勉強」というのは、うちの子は座って紙とかノートに絵とか図とか字のようなものとかいろいろなものを書くことをすべて「勉強」と言っていまして、それを寝る前におこなう習慣があります。

字を書くといっても、うちの子は文字は書けませんから、まさに、「字みたいなもの」です。

私は文字とか数字を親から子どもに教えるのはイヤなので、奥さんにもそれだけは絶対にしないで下さいと言っています。文字と数字はとても大事なものだからこそ、自分で覚えたくなってから自分で全部覚えるのが1番だと思っています。それが何歳になろうと。

さて、そんなわけで、彼は日本語を書けないですが、それでも毎日何かを書き留めてから寝ている。

「何書いているの?」と以前訊いた時には、「まだ見せない」とのことでした。

最近になって、ノートを見せてくれたんですが、それはもう圧巻で、ノートのほとんどすべてのページに大きな三重丸が描かれていて、そのうちの何ページかには、その三重の丸を囲むようにびっしりと文字みたいなのが書き込まれている。
1ページにそれこそ何百文字も書かれている。

私 「うーん、すごいねえ。これは字?」
子 「字だよ」
私 「なんの字?」
子 「神様語(かみしゃまご)だよ」
私 「神様語・・・。おとうさんには読めない」
子 「おとーさんに神様語よめるわけないじゃん」


訊けば、丸だけを書いているページにも今後、順次、文字みたいなものが書き込まれていくのだそうです。

これがノートのページの一部。

kamisama2.jpg

携帯で撮ったのでわかりにくいですが、まあ、上のようなことが書いてあると。
右下の黒いのはカーテンかなんかの影です。

そして、今回、私にノートを見せてくれたのは、そこに書き込んでほしいものがあったそうで、

子 「おとーさん、ここに、なな(7)書いて、なな」
私 「数字の7?」
子 「そう、ここに」

ということで、そこに「7」と書くと、満足して、ノートをしまっていました。

まあ、私もそうでしたが、子どもの時には規則性とかが好きだったので、そういう流れかとは思いますが、いろいろやっています。

そういえば、つい先日も散歩している時、上空に飛行機雲があって、「ほら、あの線みたいなの。あれは飛行機が飛んだ後ろにできる雲なんだよ」と説明すると、

子 「ユーフォーだとあれはできないんだよ」
親 「え?」

私が「え?」と思ったのは、うちは今は基本的に子どもにテレビは見せていないし、そういう話もしないので、彼が UFO という言葉を知っているのが意外でした。幼稚園などで子どもたちの間から話題として出るのだと思いますが。

私が、「UFO もあんなふうに飛行機みたく飛んでるかもしれないよ」というと、

子 「いや、おとーさん、あれは雲の下でしょ? ユーフォーは雲の上のね、もっとずーっと上のほうにいるから見えないんだよ」
親 「宇宙のほう?」
子 「うちゅうって何?」
親 「空のずっと上のほうは宇宙っていうんだよ」
子 「そうなの? じゃあ、そこかもしれないけど、ずーっと上なの。こっちには来ないんだよ」
親 「へえ、そうなんですか」



とはいえ、そんな彼の目下の最大の悩みは同級生の何とかちゃんという女の子と仲良くなりたいということのようですが。


そんなわけで、明日くらいまでニュースなどに目を通す時間がないですが、再開した時にはまたよろしくお願いいたします。

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